『人』と『魔』の定義は、様々な説が流れていた。
『魔』は人に創り出された存在だった、とか。
『人』はこの世界に後から流れてきた存在だった、とか。
多くの憶測が飛び交うが、ただ一つだけ変わらないものが、どの種族にも共通して存在していた。
それは、愛する者と共に在る、という事。
基本的には同族同士での交際が当たり前の常識だが、その限りでは無かった。
『人間』と『魔族』でも愛を育むこともある。
無論、異種同士の交際を本人たち以外の周囲は、すぐには受け入れられない。
しかし、その二人に確かな意志と、強い絆があれば、周囲も最終的には祝福してくれる。
『人』と『魔』は決して対立するだけではない。わかり合える、繋がりを持つことが出来る。
それを証明するかのように『人』と『魔』は、愛し合う事を許されていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
強烈な『殺意』を単于は背後から襲っていた。
放つのは『魔道機人』のソルガ。彼は対峙していたユーリを結晶へ封印し、無力化している。
そして、次の標的である単于へ襲いかかっていた。
もうすぐ夜明けだった。だが、この上空を覆う厚い雲では、朝の光が『匈奴』を刺すことは無い……
ソルガは残った片腕のギミックを展開し、そこから内包された刃が現れる。同時に両肩部、両腰部、背部から、格納されていた刃が一斉に展開された。
計5本の刃。人では到底受けきれない刃乱が単于に襲い掛かる。
「――――」
単于はソルガの接近に気づき、振り向くと彼の腰パーツに引っかかっている結晶となったユーリを一度見る。
そして、両肩部の刃を両手の刀で受ける。両腰から鋏を閉じる様に迫る刃は、足元で寝ていた刀を爪先で弾き立てる様に両側に持ち上げて受けた。
片手の刃が迫る。単于は刀を一本放すと、ナイフでその攻撃を受け止めた。
「――――」
時間差のランダムに、ソルガの6枚の刃が単于に襲い掛かる。法則性の無い5つの刃を単于は、二つの腕で5つの刃をそれぞれ持ち替えながら、受け続ける。
「なんと――」
こいつは……本当に『人間』なのか―――
その瞬間、ソルガの振るう肩側の刃が単于の刀によって破壊された。
ソルガの刃も特殊な仕様だったが、風のエーテルによって攻撃力が上がっていた刃には到底及ばなかったのである。
しかし、分解されてギミックを失った片腕が、単于の身体に接触し攻撃を与えた。
確かな手ごたえを与える一撃は、単于の脇腹にめり込むと、その奥の骨を砕き、衝撃を内部へ侵透させ反響させる。
いくら超人的な立ち回りが出来たとしても、その肉体はただの『人間』。当りさえすれば殺す事は不可能ではないのだ。
しかし、その痛みを感じる前に、単于の刃がソルガを戦闘不能なまでに細切れに動く。砕けた刃によって開いた空間から、単于が一気に勝負を決めたのである。
「……ゴホッ!」
単于は血を吐きながらも、バラバラになったソルガの腰のパーツから、ユーリの結晶を取り握り込んだ。
「ずっと……」
考えていた。五年間、ずっと……ずっと……だった……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【魔王】が倒れた。
『人の世界』は【勇者】を英雄として称え、誰もがその存在を祝福する。だが、そんな中、たった一人だけ絶望している『人間』が居た。
「……嘘だろ……」
「……私もこんな事は言いたくない」
『天王』に告げられた言葉に、単于は思わず彼に掴みかかって詰め寄る。
「あり得ねぇだろ!! アイツは……ホワイトは……一週間前、笑ってたんだ! また会えるって……ずっと……約束してたんだ!! アイツに、故郷を! 『匈奴』を見せるって!!」
単于は掴みかかったまま、ずるずると力なく項垂れる。
「無いだろ……そんなの……なんで……ホワイト……なんで……アイツが死んだんだ……」
旅では一度も見せなかった涙は、単于の感情を忠実に表していた。彼の仲間たちも、どう声をかければいいのか、わからない。
「…………『きっと、貴方なら大切な者を護れる』。彼女の最期の言葉だ」
「『匈奴』は……」
そして単于は当初の目的だった、【魔王】の“呪い”について尋ねた。【魔王】は死んだ。なら、『
「それは……自分の眼で見ると良い」
彼は『天使』達に送られ、『匈奴』へ還った。
誰よりもソレを信じた。ソレだけを心の支えに、旅をして【魔王】を倒す事を選んだのだから――
「――――」
『
吹き荒れる風。絶え間なく降り続ける雪。それが混ざり合って草原は白く染められ、人の暮らせる環境では無かった。
旅をする前と、何も変わらない。救われぬ土地のままの『
彼は、力なくその場に崩れる。放心する様に、膝で立つとそのまま項垂れた。
【魔王】の呪いは、解けていなかったのだ。
信じて、戦った。旅の途中で新しく護りたいと思う仲間もできた。共に生涯を在りたいと……愛した女性(ひと)がいた――
「オレは……何の為に――」
だが、全て無駄だった。何も救われなかった。
『匈奴(こきょう)』も、ホワイトも……世界は……【勇者】は……最も救って欲しいモノを何一つ救わなかったのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
惚れたから……好きだから……そんな単純な事じゃない!!
ホワイトはオレに……新しい目標を与えてくれた。『匈奴(こきょう)』を救う以外の、戦う為の目的をオレにくれたんだ。
なぁ……オレさぁ……お前と一緒に笑いたかった……お前と一緒に……『匈奴』で生きたかった……
なのに……なんで……オレに何も言わなかったんだよ……
「ゴホッ! ゴホッ!!」
ソルガの一撃はただの打撃では無かった。体内で衝撃は鳴動し、身体内部でダメージが反復するような一撃。その衝撃は今でも単于を襲っている。
「ホワイトは死んだ……『匈奴』も……もう死んでいる!!」
ずっと答えを探していた。
『天使』のユーリは、単于を傍で支えたが、それでも彼は答えを見つけられなかった。ただ残ったのは、いずれ死に絶える身体と、何も救えなかった悔しさだけ……
「来い……殺して……殺してやる!!」
結晶となったユーリを握りしめながら片手で刀を持ち、前方にいる、100を越える“兵士”達を睨みつけた。
「すごい、すごい」
その時、声が聞こえた。
暴風の中でも確かに聞こえる声は、高度にエーテルを操作して空間に響かせている。その声に、向かって来る“兵士”達は次の命令を待つように停止していた。
その中で、一際強いエーテルを感じ取った単于は、大穴の上に一台の馬車が止まっている事に気づく。
声は、その馬車から降りる者から発せられていた。
「なんて言うか……もう流石と言うしかないよ。僕の“兵士”がここまで手こずったのは初めてだ」
拍手をしながら、自らが環境の影響を受けない様に風のエーテルを纏っている男が穴の上から単于へ顔を見せる。
「こんばんは。僕は【勇者】様の従者の一人、【賢者】ファーナーと言います」
ファーナーは必死に戦っている単于を嘲笑うかのように見下していた。
「ソルガ……やっぱり君も、使えないなぁ」
既に半分以上雪に埋もれたソルガの残骸に、ファーナーは落胆する。仲間が死んだのに、使えない、と斬り捨てる様だった。
「君の持ってる、ソレ」
ファーナーは単于の持つ結晶化したユーリを指差す。
「きっと【勇者】様が欲しがると思うんだよね。中身も」
「取りに来い……お前の命と引き換えにくれてやる」
「それって、渡す気ないでしょ? まったく、本当に馬鹿ばっかりで嫌になっちゃうよ」
と、単于へ一体の“兵士”が向かって来る。さほどまで戦っていた“兵士”とは使う武器が変わっていた。
「代わりに僕の“兵士”が取りに行くよ」
両手持ちの大剣。単于は超過している刀で受けるが、逆に弾かれ、武器にヒビが入る。
「ソルガと比べてもらっちゃ困るなぁ。コレは僕の“魔法”だ。僕が指揮をする事で、彼らも、その武器も、全て……並みの軍隊を凌駕する」
次に、雪の中を潜って回り込んだ“兵士”に囲まれた。
気づかなかったわけでは無い。ソルガに受けたダメージが今も響いているため、動きが鈍っているのだ。
「ゴホッ!」
動き回れば動き回るほどソルガの残した衝撃が揺れ動き、増幅されていく。そして、鈍った思考と身体能力によって“兵士”への対応が遅れた。
大剣を持つ兵が突っ込んでくる。咄嗟に刀を振り斜めに両断するが、ソレに気を取られた事で他の“兵士”の攻撃を受けた。
鉄槌。斬り壊されたとしてもダメージの通る武器であった。
「―――が……」
ユーリの結晶は単于の手を離れると宙へ飛ぶ。
風のエーテルが流れる。それはファーナーが支配するモノで、結晶(ユーリ)を自らの元へ運ぶために操っていた。
「……へぇ。これは美しい」
眠るように結晶の中に閉じ込められているユーリを見てファーナーは呟く。
この結晶化を解くには、色々と手順を踏まなくてはいけないのだが、一人だけその過程を省略する事の出来る人物をファーナーは知っている。
「彼女も【勇者】様の為に尽くせるなら本望でしょう。そして、貴殿の首も、【勇者】様はさぞ喜びますよ」
ファーナーは笑う。そして、出ている“兵士”を全て消し、強化した“兵士”を再び創り出す。鎧に武器も全て変わり、体格も一回り大柄な“兵士”となっていた。
確実に追い込むために穴の上から全ての兵士の指揮を取る。そして、周囲のエーテルを全て支配下に置く。
単于の手元に残ったのは、ただヒビの入った得物(カタナ)と、覆る事の無い“死”だけだった。