ソリダオン   作:真将

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18.彼が人だから

 「ホワイト」

 

 その言葉を口にした時、彼女は首をかしげて、頭の上に疑問詞を浮かべた。

 

 「おい、お前が前に言ってんだぞ? オレみたいに呼び名が欲しいって」

 「そうでした」

 「完全に忘れてただろ?」

 

 これは、まだ……彼女が生きていた頃の話――

 いつもの場所で彼女と話していた。二回目だったと思う。頻繁にそこに訪れる機会が無かったもので、本当に数えるくらいしか顔を合わせた事は無い。

 

 「色々と調べたんだが、“ヴァイス”には“白”って意味があるらしい。別称なら、“ホワイト”ってのが、しっくりくると思ってな」

 「良い呼び名です。ありがとうございます」

 

 微笑む笑顔に、思わず『匈奴』を救うと言う目的を忘れそうになる。

 きっと、彼女の事を『匈奴』と同じくらいオレの中で大切なモノに膨れ上がっていたのだ。片手で数える程も顔を合わせていないと言うのに、彼女の雰囲気に惹かれると自覚していた。

 

 「単于様は羨ましいです」

 「何がだ?」

 「だって、世界中を旅して色々なモノを見ているのでしょう? 私は『白の聖域』から動くわけには行きませんから。単于様のお話だけが、唯一の楽しみなのです」

 

 彼女は『天使』全体の秩序を保つために、この場所から離れるわけにはいかなかった。

 そして、面会者もこの場所に適応できる者でなければ、あっという間に聖域に取り込まれてしまう。オレは、この場所に取り込まれない数少ない『人間』らしい。

 

 「お前が思っている以上に、綺麗な世界じゃない。良い奴よりも、悪い奴の方が長生きするし、かなりしぶとい」

 「そうなのですか?」

 「その中でも、お前は一級品の善人だ。箱入り娘ってレベルじゃない」

 

 透き通るような白い肌に、俗世の悪意を何も知らず、そして取り込まず生きてきた彼女は、世界の全てが今居る聖域と同じ場所であると思っているだろう。

 

 「もし、世界が善人だけだったら、【勇者】も【魔王】も、『人』も『魔』も、変な線引きは無かっただろうな」

 「……確かに、ソレが望まれる世界です。ですけど、私はソレが最善だとは思いません」

 

 ヴァイスは雲海へ視線を移す。その景色は物心ついた頃からずっと傍にあるモノだった。

 

 「完全な“白”はあらゆる“行動”に対して鈍感になります。程よく刺激を持ちながら生きなければ、森羅万象は成長を止めてしまう。それは、滅ぼされる事と同じです」

 「お前からそんな言葉が出るとはな……」

 

 オレの言葉に対して、嬉しそうにヴァイスは微笑む。

 

 「自分でも少し驚きです。やはり、貴方と出会ってから私も変わりつつあるようです」

 「それは良い事なのか? それとも悪い事なのか?」

 「それは、貴方達の後の行動次第だと思います。私は世界の為に、【魔王】を抑制する為の存在ですから」

 

 結局はオレたちの行動に全てかかっている。この世界の――『人間』の存在を賭けて前に進む代表者は【勇者】なのだから。

 

 「単于様は、この世界は好きですか?」

 

 ふと、そんな事を尋ねたヴァイスはオレの顔を見ていた。答えの無いその質問に、どのような回答が出て来るか、わくわくしている。

 

 「どちらかと言えば、“嫌い”だな。いくら、“選ばれた”と言っても……押し出される身としてはたまったものじゃない。『匈奴』は例外だが」

 「そうですか……」

 

 ヴァイスは落胆するが、旅をする中で多くの出会いと世界を見て、その考えは少しだけ変わっていた。

 

 「けど、良い奴であれ、悪い奴であれ……オレが刀を振るう事で救われる事があるのなら、この世界も捨てたものじゃないって思えるよ」

 

 

 

 

 

 なぜ、世界の括りは『人間』と『魔族』なのか?

 肉体的にも、知能的にも、精神的にも、『魔族』には大きく劣る『人間』が、彼らと“対”になっているのか?

 今となっては世界の基準のような知識なのだが、その理由を知っている者は、この世界に数少ない。

 

 『人間』は弱い。

 『人間』は脆い。

 『人間』の持つ意志は、揺さぶられ、貶められ、辱められ、失墜の元に消えて行く。

 

 だから、“対”なのだ。

 弱いから、その“弱さ”を『人間(かれら)』は知っているから――

 

 ドックンッと、一度だけ単于の身体に『風のエーテル』が駆け巡った。

 

 己の弱さを取り戻す様に――

 かつて、目指していた草原とは別の大切なモノを取り戻す様に……動かなくなった身体を、眠っていた意志を――

 

 『人間』は……弱い。

 

 しかし、それと向き合う事で、支えられることで、他人と繋がり、信頼し合う事で、人は……彼らは、『オーラガルド』に存在する、どの種族よりも強くなれる。

 

 確かに……そこに在った。

 進むべき意志が――

 大切な人(ホワイト)が――

 けど……それらは……もう戻ってこない。

 世界を……救った。だが……世界は……オレを……オレ達を救わなかった!!

 

 悔しい……

 

 「オオオオオォォォォォ!!」

 

 単于の“悔しさ”と“怒り”が入り混じったその咆哮は、彼の“叫び”だった。

 

 空間が僅かに歪む。瞬間、大地を揺らすほどの爆発が引き起こる。

 爆弾でも落ちたかのような、衝撃と爆熱と爆風が“兵士”達を吹き飛ばす。主人を待つ抜身の刀は宙で回転し、再びその刃を大地に突き立てた。

 

 「悔しい……悔しいよな……お前ら―――」

 

 ゆっくりと立ち上がる単于には、彼女(ホワイト)の最期の言葉が頭の中で響く。

 

 “きっと、貴方なら大切な者を護れる”

 

 世界に拒絶され、この世界に生きる意味を失った。

 オレも……お前達も……だから……オレは……お前達を……見捨てられなかった――

 

 「待ってろ……今助ける!」

 

 その怒りを知っている。

 その悔しさを知っている。

 その悲しみを知っている。

 その辛さを知っている。

 

 寄せ集めでも何でもいい……

 血も、種族も、姿形も、違っていてもいい!

 オレは……もう奪わせない……

 オレの大切な――家族(もの)を!

 

 「オレの家族を……放せ!!」

 

 彼――二代目【勇者】『撐犁孤塗単于(とうりことぜんう)』は、再び立ち上がる。

 世界が奪おうとする……大切な家族(もの)を、今度こそ護るために――

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