ソリダオン   作:真将

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1.白銀の死国

 その大地には強く風が吹き荒れていた。

 狂うような暴風は、空より落ちる零度以下の白い結晶をかき混ぜ、大地に叩きつけて白銀に染め上げていた。

 

 その吹雪に覆われている大地は、7年前から白銀の景色を維持し続け、生物が存命するにはあまりにも過酷な環境である。

 叩きつけるような雪の中を一つの影が進んでいた。その影は、その地で生活する数少ない存在である。

 

 「…………」

 

 影は一頭の黒馬と、それに跨る一人の人間であった。

 人間は全身を防寒具に身を包み、視界はゴーグルで保護。布を口から鼻まで覆い、手綱を持つ手は手袋をはめている。

 

 進む事すら、ままならない天候の中を生きて通り抜ける為に、適した装備で馬を操っていた。操られる黒馬も彼に応える様な、確かな足取りで一歩ずつ進んでいる。

 彼は、吹雪によって十メートルも見えない視界の中、迷わずに帰路についている最中だった。

 

 「……まだ、エーテルは安定しないか……」

 

 彼の口から出た『エーテル』とは、この世界に存在する“魔法”の源である。

 一般的な超常現象から“奇跡”と呼ばれる物事を人為的に引き起し、世界ではソレを、より実用的に使用できる事柄を“魔法”と呼んでいた。

 

 「死んだ大地とは……良く言ったものだ」

 

 容赦ない吹雪によって、来たときにつけた足跡は数分で消えてしまう。目印となるモノも全て見えなくなってしまう程の雪量。この天気で外に出るのは本来は自殺に等しい行為である。

 しかし彼は、まるで帰る先が見えているように、的確に住居に向かって馬を進ませていた。

 

 「…………フー」

 

 布越しでも、肺から出る白い息は、外気との温度差に暴風にさらわれてあっという間に消えて行った。

 この国の名は『匈奴』。そして、彼は……この場所を故郷とする、ただ一人の『人間』だった。

 

 「――――ノワール。止まれ」

 

 彼は足となり進んでいる黒馬の名前を呼ぶ。手綱で止める前に、その言葉を理解した黒馬は自身の意志で歩を止めた。

 そして、人が立つにも困難な暴風を身に受けながらも、黒馬は微動だにせず、主人の次の言葉を待つ。

 

 「待機だ」

 

 彼は黒馬そう言い残し、馬上から降りる。積もった雪に足が埋まりながらも、確かな足取りで、止めた理由を探索する。

 そして、見間違いが無いように、ゴーグルを少し上げると進むべき道の先に倒れているモノを、裸眼で確認した。

 

 「…………『妖精』か」

 

 視線の先には、一人の『妖精』が俯せに行き倒れていた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 『妖精』。

 

 一般的には、なかなか会う事の出来ない縁起ものとして知られている。

 人をそのまま小さくしたような姿をしており、大きさは人の肩に乗るほどの大きさである。

 主な移動法は、背に生える蝶のような四枚の羽根を駆使して飛行する事で行うことが特徴だった。

 『妖精』は、基本的に幼い容姿をしている個体が多く、見た目では成体か幼体かは判別しにくい。100年近く生きた場合が成体として推測され、その寿命は1000年とも10000年とも言われている。

 しかし、それらの情報は全て仮説であるのだ。『妖精』の生涯は、未だ全てが謎に包まれており、生涯に関しては全て仮説の域を出ない、最も謎の多い『魔族』であった。

 

 

 

 

 「…………―――」

 

 彼女は目を覚ますと、最後に見た光景とは全く違うモノに驚いて、辺りを見回した。

 最期に見た景色は、白く凍える雪原だった。強風で飛ぶことも出来ず、延々と歩いて、体力の限界を迎えて気を失ったのである。

 

 そこからの記憶は無く、ここがどこなのかも解らない。

 

 自分の居る場所はどこかの一室のようだった。

 人の生活感のあるベッドや机。そして、ベッドの近くに置かれた台の上に、自分用に作られた小さな寝床。そこで眠っていた様である。

 最期に着ていた服とは違い、その上から寒くない様に厚着をさせられている。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 ふと、部屋の開かれたままの扉から声がした。身体は反射的にビクッと反応し、そちらへ視線を向ける。

 視線の先には、一人の女性が物腰柔らかい雰囲気で笑みを作っていた。

 

 ウェーブのかかった白い髪に、肩ほどまで伸びるセミロング。少し伸びた前髪に片目が隠れていた。シャツとコルセットに、ロングスカートを着た、清楚な雰囲気を持つ綺麗な女性である。

 

 「あ……あの―――」

 「警戒するのも解ります」

 

 彼女は気を使って近づくことは無く、扉の前で優しく微笑みながら言葉を繋ぐ。

 

 「こ、ここは―――」

 「その前に自己紹介させてください」

 

 女性は胸に手を当てて丁寧な物腰で、お辞儀をする。

 

 「私は、ユーリ。『天使』です」

 「わ、わたしは、アリス……です。『妖精』……です」

 

 『天使』のユーリは聖母のように微笑みながら、アリスへ手を差し伸べながら優しく告げた。

 

 「ここが、どう言う所なのか、説明させてもらえませんか?」

 

 

 

 

 大きな廊下と、古びた内装が目立つこの屋敷は『赤沙』と呼ばれ、この極寒の国でも唯一“生き物”の住むことが出来る様に整備されている建物だった。

 

 この屋敷に暮らす者達は全部で17人。それぞれが各々で対応可能な役割を与えられており、日々を過ごしている。

 そして、アリスを含めれば18人目であり、彼女が望むなら、ここの主も迎えるつもりらしい。

 

 「そうですか……村を襲撃されて」

 

 アリスは、未だ低下した体力では飛行が難しい。そこで、ユーリは気を使い、肩へ彼女を乗せて共に移動していた。

 そして、会わせたい人の元へ向かう道中、アリスから雪原で倒れていた事情を尋ねていた。

 

 そして今、知る者達の中でも話題になっている予想が当っていると確信する。彼女(アリス)は最近噂になっている、“魔族狩り”から逃げてきたのである。

 

 「わたし……小さいから。捕まったら終わりだって思って、必死に逃げて来たんです」

 

 『妖精』は小さくとも、その存在価値は“人”からすれば膨大な汎用性がある。

 どんなエーテルでも取り込み、そして無色にして周囲に放出する要素を無意識に行っており、多くの研究者が探究の過程で問題となる、エーテルの変換を解消とする画期的な存在となっていのだ。

 出生や生息地も定かでない『妖精』は、希少な存在として捕獲され、実験動物として扱われる事も少なくない。

 主にエーテル変換器として使われ、個型で強力な兵器の原動力として強制的に組み込まれているという噂もある。

 

 小さく、強い抵抗手段を持たない彼らは、そう言った脅威に対して逃げる事しか出来ない。故に、他の心を読んだり、姿を消したりと、生きるための処世術を多く持ち合わせているりだ。それでも『人間』に限らず、他の種族と接触する時は、特に怯えるのは当然の事だった。

 

 アリスの居た『妖精』の群は、20体ほどの集まりであり、世界各地の村や都市を点々と移動して生きていた。

 基本的にはエーテルで自らの周囲を覆い、普通の人間には見えない様に存在する。そして、清い心を持つ者を見極めて、話をしたり、助けたりして過ごしているのである。

 

 「……知り合いのおじいさんが、わたしを逃がしてくれたんです」

 

 だが、今回アリス達が滞在していた炭鉱の村は他の人間によって襲撃を受けたのである。

 理由も理解する間もなく村は蹂躙され、仲間も散り散りになってしまった。

 そして、もっとも親しかった老人が、トロッコに彼女を乗せて逃がしたのである。彼はアリスの後を敵が追わないために、線路の進路を切り替える必要からその場に残っり、その後の安否は解らなかった。

 

 「『匈奴』に通じる地下道は、ヴォーグ山脈の鉱山ですね。アリスさんの居た村も、山脈の名前をそのままとって、ヴォーグ村と呼ばれている村です」

 

 彼女自身も何度かその村には足を運んだことがあった。その為、顔見知り程度には交流がある。

 ユーリは手元に半透明に映し出された情報を、視覚で読み取るようにエーテルで実体化していた。

 

 「わぁ」

 「一応、『天使』ですから。これくらいのエーテルの操作はお手の物ですよ」

 

 驚いているアリスにユーリは説明する。

 『天使』は、“魔族”の中でもエーテルの精密な操作や、使用に長ける一族であり、この程度の事は手足を動かすように簡単な物事であった。

 

 「これから、アリスさんには私の主に会ってもらいます」

 「はい。ですけど……『人間』さん……ですよね?」

 

 アリスは不安だった。襲われたのが人間であったこともあり、“人間”に会う事に強い抵抗を感じているのだ。

 

 「大丈夫です。誰よりも私たちの事を考えていてくれる方です。アリスさんの事も、きっと受け入れてくれます」

 

 『妖精』は、他の生き物の心を読み取ることが出来る。そして、その清らかな心を自らの存在に重ねて体力の回復を図るのである。

 無論、普通に食事をとることも不可能でないが、今はユーリの裏の無い清い心によって少しずつ回復が行われていた。

 

 「ああ? なんじゃこりぁ!?」

 

 廊下を歩いていると、エントランスの見える場所へたどり着く。そして、大きな扉のある入り口から、低く怒鳴るような声が聞こえた。

 

 「ドノフさん。どうしました?」

 

 ユーリは肩のアリスを支えて、階段を降りる。そして、入り口前に設置されている、機能していない暖炉を修理しているドワーフに声をかける。

 

 「おう、ユース! そっちの『妖精』のお嬢ちゃん、目ぇ覚ましたか!」

 「ユーリです。ドノフさん」

 「ガハハ。気にするな!」

 「気にします。もう五年近くの付き合いでしょう?」

 「ガハハ。そりよりも……この暖炉は何年放置してたんだぁ? 煤だらけじゃねーか!!」

 

 半身を突っ込んで様子を見ていたのか、ドノフは顔中、煤だらけで真っ黒である。

 

 「単于様は、かなり古いものだと言っていました。難しいようでしたら、煙だけは外に出る様にしていただければ」

 「元よりそのつもりだけどな! 完全に修理するなら、暖炉じゃなくて床下を通して、暖房式にするわい」

 「あら、それは素敵ですね。ぜひお願いしても?」

 「『ドワーフ』使いの荒い奴よ! まぁいい。孤塁(こるい)、サベット、デリックの三人に声をかけてくれや。奴らをこき使えば、三日で行ける」

 「解りました。単于様に一言告げて、すぐに対応しましょう」

 「頼んだぜ。ユーラ」

 「ユーリです」

 

 アリスは、ユーリとドノフの会話を見ているだけだった。

 そして、『ドワーフ』という自分と同じ“精霊”の部類に分けられる存在に、自然と親近感が湧く。

 けれど、それよりも驚きの方が大きかった。

 

 「すみません。仕事をさせてもらいました」

 「あ、いえ。なんて言うか……『天使』さんだけが居るのかと思いました」

 

 本来、一つの集落や小さな村に多くの種族が存在すると、意見が合わずに亀裂を生みやすい。

 例として、丁寧で知的な『天使』と、豪快で不作法な『ドワーフ』とは価値観事態が合わない。

 多くの街や村で見た事があったが、自ずと彼らが顔を合わせる事はほぼ皆無と言ってもよかった。会わせたら会わせたで、喧嘩にならなかった事が無いほどに感覚が合わないのである。

 

 「不思議ですか? ここには『ドワーフ』だけではなく、『竜古族』も『獣牙族』も『鳥爪族』も他にも多種の『魔族』が居ます」

 

 『魔族』とは、人とは違う者達の事である。『妖精』や『天使』と言った、聖なる加護を受けた存在も、『魔族』の括りに含まれる。

 

 「そ、それで、喧嘩とかにならないんですか?」

 「なりますよ」

 

 ユーリはアリスの疑問にあっさり答えた。しかし、それに困っているような素振りは微塵も無い。

 

 「同じ思考を持つ者達では無いのですから、思想や価値観が違うのは仕方ありません。結果、種族特有の価値観の違いから衝突することも多々あります。ですが、心の底から他者を傷つけようとは誰も思っていませんよ」

 

 自信満々で言い切る。それが誇らしいとさえ思う表情と気持ちは、アリスにも伝わってきた。

 

 「この形を考えたのは、これから会う私達の主(あるじ)なのです」

 

 彼の事を思っているのか、ユーリの心は歩む先に嬉しさを感じているようだった。

 そして、裏口へ取り着き、扉を開けて外に出る。雪は絶え間なく降り続いているが、風は少しだけ弱くなっていた。

 

 「寒くないですか?」

 

 ユーリは肩に乗るアリスへ気遣う。アリスは着させてもらっていた防寒具で寒さは感じなかった。

 

 「大丈夫です」

 「回復したばかりなので、無理はしないでくださいね。こちらです」

 

 軽装にも関わらず、ユーリは寒さを感じていない。彼女はエーテルで自らの周りを薄く覆い、寒さの大部分をカットしているのだ。長時間の使用は出来ないが、少し外に出る程度には問題ないのである。

 歩みは雪を踏む音と共に、角を曲がった先に見える馬小屋へ向かう。

 

 「――単于様」

 

 ユーリが馬小屋の中で、一頭の黒馬にブラシをかけて、毛並みを整えている男に声をかける。今まで彼女(ユーリ)の発した声で、一番感情の入った声だった。

 

 「ユーリ……“様”は止めろと、五年前から言ってるだろ」

 「いいえ。私は……いえ、私達『天使』は貴方の事を“英雄”と讃えています。本来なら――」

 「頑固なところは、ホワイトそっくりだな」

 「従妹ですので。これでも妥協しているのですよ? 単于様」

 「めんどくさい奴め」

 

 男は諦めたようにため息を吐くと、ブラシを置いて黒馬を撫でる。

 ブラシをされていた黒馬――ノワールは一度、ブルルッと鼻を鳴らすとアリスへ視線を向けた。

 

 「目を覚ましたのか」

 「はい」

 

 そして、彼もアリスへと視線を向ける。

 獲物を見定める事に特化したような鋭い視線。笑った事の無いような、への字口の表情。読み取れる気配は、ユーリのような穏やかなモノではなく、刃のように近寄りがたい雰囲気だった。

 

 「ア、アリスです! 助けていただいて―――」

 

 アリスは羽で飛ぼうとするが、まだ上手く動かせず、ユーリの肩から思わず落ちた。

 

 「――まだ本調子じゃないな?」

 

 落ちた彼女に、ユーリが反応する前に、彼はアリスの服のうなじ部分をつまみ上げて掴み止めた。そのまま、ノワールの頭の上に彼女を乗せる。

 

 「え? あ、あの……」

 

 突然、馬の頭に乗せられてアリスは狼狽える。対してノワールは、さほど気にした様子は無く、読み取ることは難しいが喜んでいるように見える。

 

 「こいつが、オレとユーリ以外に、初対面で触れるのを許したのは、お前だけだ」

 

 褒めているのか、そうではないのか解りづらい口調と表情だった。

 

 「『妖精』さん、ですから」

 「見れば解る」

 

 ユーリが一言で補足する。

 『妖精』は、人の心を読むことが出来が、それは自分たちに対して、どう思っているのかを大まかに感じる取る程度のものである。

 警戒心の強い愛馬(ノワール)の様子から、アリスは心配する事はないと判断すると、

 

 「オレの名前は単于(ぜんう)だ。草原『匈奴』の民族長をしている」

 

 彼は、この屋敷。そして……連日吹雪の吹き荒れる死んだ国――『匈奴』の長であるとアリスに告げた。

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