「ユーリ」
結晶に閉じ込められ、眠るように眼を閉じた『天使』のユーリに告げる。
「ドノフ」
傷を負い、それでも何とか息をしている『ドワーフ』のドノフへ告げる。
「クレール」
“兵士”に捕まっている『白竜族』のクレールへ告げる。
「サベット」
身体を槍に貫かれながらも“兵士”に向かい合う『魔道機人』のサベットに告げる。
「クレア」
剣を突き立てられ“兵士”に押さえつけられている『鷹』のクレアへ告げる。
「カルロ」
重傷を負い、それでも戦おうとしている『狼』のカルロへ告げる。
「サーシャ」
涙を流しながら、必死に叫んでいた『吸血鬼』のサーシャへ告げる。
「デリック」
命を賭けて、その身に多くの矢を受けた『獅子』のデリックへ告げる。
「アリス」
背後で、デリックに声をかけている『妖精』のアリスへ告げる。
「必ず……必ず助ける!」
単于は、デリックが持っていた刀――『無月』を拾い上げた。その様子を見てドノフだけが焦りの眼を見せる。
彼は医者のシーザーから忠告を受けていたのだ。単于自身の限界と、命に係わる事柄を――
「ダメだ、単于!! 『無月』を抜くなぁ!!」
単于は解っていた。『無月』を使えばきっと自分は―――これが最後になる。それでも、彼らは命を賭けて助けに来てくれた。だから……
「――――」
『無月』を抜く事に抵抗は無かった。鯉口を切って鞘より放たれた刀は、澄んだ碧色の刀身を周囲に見せつける。
そして、
「――風が……止んだ?」
アリスは怒るように吹き荒れていた強風が、途端に消えた事に疑問を抱いて辺りを見回す。
雪だけが頭を撫でるように優しく降り注いでいた。
「アリス……ノワールと共にデリックの傍に寄れ」
ノワールの鞍には、『風のエーテル』に対する防護がついている。近くに居れば、これから起こる“強すぎる”エーテルの影響を受けないのだ。
「! 単于さん!」
アリスは近づき、戦斧を振り下ろしてくる“兵士”を見て声を上げる。単于は、その“兵士”に対して、ただ一度だけ『無月』を振った。
豆腐を切るように刃は抵抗なく通り抜けると、遅れて発生した吹き飛ばすような強風によって、その“兵士”は三つに斬り分かれて吹き飛ぶ。
「オラァ!!」
強く踏みしめ、地面に風のエーテルを流し込む。巻き上がる風圧によって雪と共に刀が宙に舞い上がった。
そして、宙に回転しながら浮き上がった刀同士がぶつかり合うと火花を散らすと、再び爆発が生じる。熱せられた刀が勢いよく一帯に降り注いだ。
それは、“家族”を襲っていた多くの“兵士”を穿つ。
「『空のエーテル』かぁ。中々、回りくどい事するねぇ」
ファーナーは、不自然に起こる爆発は、『空のエーテル』であると理解していた。
流れを基本としてエーテルを支配下に置く『風のエーテル』を更に突き詰めると、その先へたどり着く。
それが『空のエーテル』であり、大気組成と気圧を操る事が可能となり、強大な要素をコントロールする事が可能になる。
だが、より無色のエーテルに近いソレを『人間』が操ると言う事は、その耐性や護符を持たない限り、エーテルの不可に耐えられず肉体は急速に死に向かう諸刃のエーテルでもある。
特に『空のエーテル』は、世界でも確認されたのはごく少数で、耐性や護符の獲得が成されていない未解析の領域でもあるのだ。『魔族』ならともかく、『人間』には負担が強すぎるのである。
「けど、その程度じゃ僕には届かない」
不敵に笑うファーナーだが、彼には到底理解できない感情を単于は強く宿していた。
命を賭けて大切な者を護る。かつて、彼が、仲間と
この無風の空間こそ、その証明である。
それが、彼の“怒り”と“悔しさ”――
これが、二代目【勇者】なのだと――
連鎖する様に起こる爆発は“兵士”の軍列に穴を開け、その間を単于は駆ける。そして、彼の手にある『無月』が一薙ぎされる度に、10体の“兵士”が一度に屠られていく。
「だけど、二代目。君はソレを理解しているのかな?」
鬼神のごとき単于の進行に“兵士”達の陣形は、真ん中が一直線に破られるように拓けていた。
彼は爆発と共に500の軍団を中央突破し、ファーナーを見上げる位置にまでたどり着く。そして、彼(ファーナー)を睨み上げていた。
「返してもらうぞ……“
その瞬間、ファーナーの周囲が爆発する。『空のエーテル』によって発火性の混合気体を作り出し、炸裂させているのだ。
しかし、それでもファーナー自身を直接狙う事はできなかった。
それは彼が、“絶域”と呼ばれる、周囲のエーテルを絶対的な管理下に置くフィールドを展開しているからである。
これは、魔法使いならば誰でも持ち合わせているモノであり、【賢者】と名乗るファーナーの“絶域”の範囲は、半径数メートルと狭い。
しかし、その内部にある、ほぼすべてのエーテルを強制的に支配下における強力なモノなのだ。
「無理だよ。君では届かない、と言っただろう?」
その時、爆発によって発生した雪煙の向こう側から『無月』がファーナーを狙って飛んで来る。空間を突き破るような高速の投擲。ファーナーは気が付いたが避ける事は出来ない。
『無月』は『風のエーテル』を纏い、更にソレを無力化したとしても、刃が彼(ファーナー)を貫く。
「――――」
ハズだった。彼が護衛に就けている、精鋭と言える二体の“兵士”は、携える魔法剣で『無月』を弾き逸らしたのだ。
回転しながら少し離れた場所へ『無月』は突き刺さる。
「…………」
単于は血を吐きながら膝を着いた。身体は限界を迎え、立っている事すら出来なくなったのである。
最期の予想しない『無月』の投擲は、以外ながらもファーナーを討ち取るには高い可能性を秘めていた。しかし……防がれた以上……次の手は――
「だから、言ったでしょう?」
ファーナーの嘲笑が膝をつく単于に向けられる。
万策は……尽きた。ソレは誰もが考え、そしてファーナーも完璧に勝利したと確信する。
だが、彼は気が付かず、そして知らなかった。
ファーナーの視界を覆う目的で発生したと思われる気化爆発は、実は拘束されたクレールとクレアが逃げる為の時間をつくるためでもあった事。
そして、『空のエーテル』の本懐。
一般的には気圧や気体の構成を操るモノであり、特定の『魔道理論』は存在していた。しかし、それもただの“知識”であり、“経験”が無かった。
【賢者】として彼が重視した知識は“光”と“闇”。“理”も標準以上だが、それ以上、深層を知ろうとはしていなかった。
巨大な積乱雲にて発生する下降気流と、中で生み出される小高気圧(メソハイ)と呼ばれる特殊な気圧。
この二つの現象によって引き起こる“災害”がある。
「――は……」
ファーナーが周囲の異変に気が付いたのは、自らが白い息を吐いたからだった。“絶域”内部に居ると言うのに“寒さ”を感じたのである。
エーテルで操作できていない? 違う……上書きされている? “絶域”の外は……天然のエーテルが……一切存在しない!?
『無月』を抜いた時点で、単于は慣れない“絶域”を無理やり展開していた。
支配下に置くのは『風のエーテル』のみだが、その大きさは、大穴を易々と覆い、上空は雲にまで到達する広域である。大きすぎる故に、ファーナーは気が付かなかったのだ。
それは、単于が敵を確実に倒すために命を賭した一撃。
その最後のカギは、自らの『風のエーテル』を送付した魔法刀『無月』を敵の近くに突き立てる事にある。
そうすることで、ソレの微調整が可能なのだ。
極寒の地で発生した、爆発による熱気を、周囲に溶かして散らすのではなく維持したまま、一定の方向で上空へ持ち上げる事で、変わりに冷えた気圧の
人は、その現象を『ダウンバースト』と呼んでいた。
天を覆う【魔王】の“呪い”が揺らいだ。
ダウンバースト。その衝撃に吹き飛ばされそうになったクレアは『風のエーテル』で近くにいるクレールを庇う。
単于の“絶域”は『風のエーテル』で満たされており、彼らには使用を許していた。
大穴の中に居た残りの者達は、互いに動けぬ者を助け起こしながら見上げる。爆発のような衝撃が続いている、地点の中心にいる【賢者】を。
「こ……これは……ふざけるな……僕が……この僕がぁぁぁ」
“絶域”はエーテルを絶対的な支配下に置く術。無論、エーテルによって発生した、この“ダウンバースト”も例外ではない。
しかし、ファーナーは……コレを無力化する為の十分な知識を持ち合わせていなかった。
未だ世界は“災害”に苦しんでいる。予兆を検出してエーテルを変質させる事で初動を止める事はできるが、発生したソレに対しては無力でしかないのだ。
さまざまな要素が重なって発生する膨大なエネルギーに対し、“人”は成す術も無い。一人の人間はおろか、村や街、時には大陸さえも脅かす滅びとなるのだ。
一個人が易々と防げるモノではなかった。
「ああごごごご……おごぁ――――」
急激に低下する気圧によって沸点が引き下がり、ファーナーの体内では体温で血液が沸騰していた。
内側から体液の全てが煮え立ち、気を失って彼の“絶域”が解除される。
瞬間、細胞まで全て凍りつくと、まだ発生している衝撃によって粉々に吹き飛んだ。
「――――」
ずっと……その空を目指していた。この空を見せたいと……
空から光が注いでいた。
深夜を抜けた夜明けは、ダウンバーストによって、不自然に穿たれた雲の隙間から朝日を『匈奴』の大地に差し込んでいる。
七年前に取り戻すと志した。『
「……綺麗」
ファーナーが死んだことで、“兵士”達はエーテルに還り、その場に残っていたのは単于の家族だけだった。
「―――単于さん!」
全員が、光の刺し込む空に見惚れている中で、倒れたまま動かない単于にアリスは声をかけた。
彼女は仰向けで倒れている単于へ近づき、揺さぶりながら必死で声をかける。それでも彼は……眼を閉じて身動き一つしない。
「単于さん! 単于さん!!」
その声に他の者達も単于へ駆け寄った。彼は限界だった。最後は立つ事も出来ない程に身体を酷使していたのだ。
「単―――」
と、起きる様に彼の腕が動き、アリスの頬へ触れる。
「……ノワールの傍に居ろと……言っただろ」
「単于ざん! ……よがっだ」
涙や鼻水を流しながら、アリスは単于が生きていた事を他の仲間と共に、心から喜びの声を上げた。
約、七年ぶりに『匈奴』の大地に刺し込んだ光。ずっと救われないと思っていた、その光景を再び見上げる事が出来た。
それは……彼が立ち上がり、再び歩き出すには十分な
ファーナー乙