「むむむ……」
『吸血鬼』のサーシャは『本の部屋』で、一つの本を真剣に読んでいた。しかし、それで内容を理解するのとは別の話である。
開いているのは、結晶化現象に関する専門書だった。
ユーリが出来る限り、『天使』の秘術に触れない範囲でまとめた書物であり、結晶化の理論と必要性が書かれている。専門用語と構築理論を一言で書かれている為、ソレを取りまとめた内容は、専門でも無いサーシャにとって理解するには難しい内容だった。
「うーがー!」
「逆さにしても読めんぞ」
そこへ『戦鬼』の
「結晶化か……『天使』が詳しいと聞くが?」
「その『天使』が結晶になってるのよ」
自然発生以外でのエーテルの結晶化は、偶発的な作用の他、『天使』の秘術による形成が確認されている。しかし、人が結晶の中に閉じ込められるなど少なくとも聞いた事が無い事だった。
「……『戦鬼族』の間にこんな話がある」
サーシャの様子を見かねた孤塁は、まだ自分が『魔の大陸』の『戦鬼族』の集落に居た時に聞いたおとぎ話を思い出した。
ある一匹の鬼が、不治の病に侵された息子を助ける為に、彼のエーテルを使って病を完治できる技術を見つけるまで結晶の中に閉じ込めたという、おとぎ話である。
「その結晶化した鬼は、それから元に戻す術を知ってるって事じゃない?」
そうでなければ意味が無い。息子を助ける為に閉じ込めたのだから、ソレを解く方法も知っていることになる。
「だが、おとぎ話だ。どこからどこまでが、本当か解らん」
「でも、可能性はある」
二割も理解できない本とにらめっこするよりも、ずっと確率がある。
サーシャは、霧のように不確かなモノでも親友を助けられる可能性があるなら、調べるに値すると、単于の部屋へ行った。
「クレールさん。これで良い?」
「そうですね。これなら、問題ないでしょう」
クレールは『白竜族』のロットより療養者達の食事を作っていた。シーザーは、その辺りは詳しくないので二人に任せている。
「よし。じゃあ、コレ持っていきます」
「いえ、私が持っていきます」
「え、でもクレールさんも傷が……」
クレールとクレアは他の者に比べて軽傷だったが、首を痛めていた。
クレアは『鳥爪族』であったため、軽傷で済んだが、クレールは『擬人』でしか受ける事が出来なかった事で、より強くダメージを受けている。
それでも二日で容体が良くなったので、ようやく動き回る事をシーザーより許されたのだ。
「今日はお客さんが、たくさんいらっしゃるので、ロットさんはその準備をお願いします」
「でも、私じゃクレールさんみたいには……」
「何事も経験です。一度、やってみてください」
「……解りました! あ、でも後で味を確認してください」
クレールは、私からもぜひ、と微笑むと皆が療養している部屋へ食事を運んだ。
「皆いい奴だな。ああ、そうか」
騎士団のグリフィンの世話をしているクレアは、まるで話をするように会話をしていた。
『クレア。意志疎通できるの?』
ジェフリーは喋れない為、クレアの羽を引っ張って文字を書いたスケッチブックを見せる。
「大まかだがな。これでも『鳥爪族』だ。道に迷った時は、地元の鳥達に道を尋ねたものだ」
まだ、空を飛ぶことの出来た頃をクレアは思い出す。今の片翼では飛ぶことは出来ないが、それ以外にも出来る事を『匈奴』で与えられている。
『なんて言ってるの?』
「彼らは自分たちのご主人が好きなようだ。乗せて飛ぶことに誇りを感じているのだと」
今までは、吹雪の所為でグリフォンたちは『匈奴』へ入る事はできなかった。故に、こうして顔を合わせるのは初対面なのである。
「……おいおい。やめてくれ」
と、グリフォンの一体が発した、鳴き声にも似た言葉をクレアは理解する。
『なんて言ったの?』
少しだけ恥ずかしそうに否定するクレアは、ジェフリーを見て、
「いや、聞き間違いだ。聞き間違い!」
『……“綺麗”だと言っている』
そこへ、松葉杖を突きながら現れたのはサベットだった。彼はドノフが療養しているので、パーツを付け替えて最低限の動きを確立していた。凍結で動かなくなった片脚は外している。
そして、自身の持つ管理マニュアルが役に立つと思い、クレアたちの手助けに来たのだ。
『サベット、解るの?』
『ああ。標準的な翻訳機能はついている』
「……サベット、この事は誰にも言うな」
『何故だ? 彼らは君の眼が“綺麗”だと褒めたのだが?』
その言葉に、クレアは猛烈に恥ずかしくなって、いてもたっても居られなくなったのか、顔を真っ赤にして走って逃げて行った。
『まぁ、今まで見たどの『鳥爪族』よりも、彼女が美しいと、言った後の、おだて、なのだが……』
『次にクレアに会ったら、言ってあげて』
ジェフリーはそう書いたスケッチブックをグリフォン達に見せると、彼らは返事をするように一斉に鳴いた。
よっす、単于。元気にしてるかな? 愛しのハザードちゃんで~す。
こっちは最近忙しくて、目が回りそうだわ。あんたのおかげで、あたしもかなり有名になっちゃったからねぇ~。
クラリスやグランのおっさんみたいに、ひっそりとすれば良かったと思う、今日この頃。
最近の出来事は、三代目【勇者】が勧誘して来た事くらいかな?
ちゃんと断りましたよ。浮気しない女って素敵でしょ? でも、それ以来、結構しつこい。
早速だけど、恋人のフリしてよ。二代目【勇者】が彼氏なら、流石に諦めると思うし。うけけ。
まぁ、本気の前振りはここまでにして、手紙呼んだよ。その『妖精』の事だけどサ。
彼らの生態は『魔道結社』でも、本当に謎めいた事柄の一つで扱われているんだよね。
『妖精』がどうやって生まれて、どうやって消えるのか。
兵器の生態部品になっていた『妖精』も、いつの間にか消えていたりして結構扱い難いモノらしいよ?
あたし達は、ソレを取り締まる方だけど、救出や救助した『妖精』って殆ど事例が無いんだよね。
だから今じゃ、見つけたら結晶化して、彼らの特性だけを利用する方に、世界の理論はシフトしてるみたい。違法だけどね~。
だから、あたし達が知っている事は、一般的な事と殆ど変らない。けど、見方は大きく異なるよ。
その辺りの詳しい事は、会って話ししない? あんたって全然手紙くれないからさ。皆、心配してるよ?
まぁ、ひと月ごとに、ユーリが生存報告の手紙くれてたから、生きてるのは知ってるけどサ。
もう、身体も持たないなら、やり残した事が無いようにね。あたしは、生涯ずっとあんたの仲間だから。じゃーにー♪
以上、愛しのハザードちゃんより
P.S.三代目【魔王】が現れたぞ♪
「…………こいつ、オレを引っ張り出す気満々だな」
単于は今日届いた、昔の仲間からの手紙を読んでいた。相変わらず悪ふざけの過ぎた奴だが、一番長く旅をして、最も信頼して背中を預けた仲である。
「どうせなら、結晶化についても聞いておけばよかったか……」
単于は結晶となったまま戻らないユーリを見る。
掌によりも、少し小さいひし形の黄色い結晶。これはユーリ自身の光のエーテルによって創られており、彼女は中で、眠るように瞳を閉じていた。
「……悪いな、ユーリ。もうしばらく待っていてくれ」
最低でも、動き出せるのは身体が完治してからだ。必ず助ける。お前が、五年間も、オレを助けてくれたように。
「単于!」
「ノックくらいしろ」
扉を開いて入ってきたサーシャに単于は注意した。たまにこうして訪れる事はあるが、いつもユーリ一緒だったので入る前に必ずノックがあった。
「あ、ごめんなさい。で、見つけたのよ! ユーリを戻す方法!」
「なに?」
「サーシャ。可能性だけで話はするな」
と、追いかけてきた孤塁(こるい)は、申し訳なさそうに単于を見る。
「何があった?」
「すみません、単于殿。『戦鬼族』に伝わるおとぎ話なんです」
「……まさか」
旅をしていた頃、『戦鬼族』の集落に寄った時、単于も聞いた事のある物語だった。
「そうよ! それ! それならきっと、ユーリも」
「孤塁、シーザーは本当にサーシャを軽傷と判断したのか?」
「はい。ですが、もう一度診てもらった方がいいかもしれません」
「ちょっと! あたしは正気よ!」
単于は椅子に体重を預けると、真剣にサーシャへ諭す。
「いいか? 『悲晶鬼』という物語は、『戦鬼族』の中でも最も古いおとぎ話だ」
「俺は祖母から聞いたが、祖母は1000年以上の出来事だと言い信憑性は皆無だ」
単于と孤塁はそれぞれ説明する。平均300年生きる『戦鬼族』である。もし実在する者ならば、その技術を『人の大陸』も『魔の大陸』も放ってはおかない。
伝承では“鬼”との事であるが、【魔王】の勢力にそんな『戦鬼族』は確認されていないのだ。
「初代【魔王】は今から200年も前だが、その時も“結晶化”に関する事態は何も出ていない」
むしろ、“結晶化”が一般的に浸透されてきたのは、ここ50年ほど前からである。
「それじゃ……そんな“鬼”は居ないって事?」
「物語が、そのまま現実に在るわけじゃない。だが、『天使』の伝承では結晶化の技術は“鬼”から継いだと言われているが」
「それよ! たぶん、その“鬼”が――」
「その“鬼”は比喩なんだよ。『天使』の伝承である“鬼”は、自分たち以外の種族の事だったんだ」
『人間』も『魔族』も、その時の『天使』達とって、他の種族は全て“鬼”として言われていた。その為、本当に『戦鬼族』であった可能性は低いだろう。
「それに、後からこじつけは色々と出来るものだ。この話は結晶化には関係ない」
「……わかった」
サーシャは落胆して部屋から出ていく。そして、彼女が完全に出て行ってから単于は孤塁に問う。
「孤塁。お前の知る範囲で答えてほしいんだが」
「なんでしょうか?」
「『戦鬼族』に“仙人”と呼ばれる奴は居るか?」
サーシャの話を聞いて、単于もある事を思い出していた。それは、世界各地で聞いた噂だったが、今思えば『戦鬼族』に居るかもしれない。
「居ますが……」
「ますが?」
「仮なんです。元は、そう言う役割を担う“三本角”が居たらしいのですが……戻ってないと言われてます」
「……そうか。ありがとうな」
当てが外れたか? いや……ハザードの言うには【賢者】は間違いなく世界に三人いる。
「単于殿? まさか単于殿まで――」
「信じてないから安心しろ」
そう、追い払うように孤塁に告げると、手紙を書くから出て行くように告げた。
「……『人の大陸』ではなく……『世界』か」
それは、ハザードの言っていた、【賢者】の数であると単于は考えていた。