一週間後。夜の『匈奴』では、元に戻るように厳しい吹雪が吹き荒れていた。
怪我をしていた者達も動き回る事を許され、『赤沙』の屋敷は無理をしない程度に標準運転に変わっている。ただ、『天使』のユーリの結晶化という問題だけを残して、変わらない毎日が戻っていた。
「シーザーどうなっている?」
単于は『黒龍族』のシーザーの診療室へ訪れていた。シーザーは医師でもあり、単于の抱える症状の定期診断を行っているのだ。
「こんな事は言いたくないが……やはり、回復に向かっている」
「……そうか。複雑な気分だ」
12日前は、ひと月、持つかどうかだったと言うのに……自らを蝕んでいた『風のエーテル』は、現在は安全圏となっているのである。
特性は変わらない。未だに単于の『風のエーテル』に対する素質は上がり続けているが、ソレを溜めこみ過ぎず、循環する方法をシーザーが見つけたのだ。
「アリスはこの事を承諾済みだ。だが、こうも効果的になって来るとなると……利用しているようで心が痛い」
『妖精』の最大の特徴であるエーテルの変換。それはアリスも例外ではない。
彼女が単于の傍にいると、今までは溜め込むだけだった『風のエーテル』を周囲のエーテルに変換して放出できる事が解ったのである。
これは、今までユーリが行っていた“結晶化”よりも安全でリスクも無い。だが、その代償はアリスの人生を決めてしまう事にあった。
「アリスが居なかった場合、何日オレは持つ?」
「……今は増加エーテルよりも、放出エーテルの方が多い。エーテルは少しずつ増えていると仮定し……最悪三日で死に至るだろう」
シーザーは自らで作ったカルテを片手に告げた。そして、アリスに頼む以外に単于の症状の進行を止める方法が思いつかなかったのである。
「……解った。少しアリスと話してみる」
「ユーリの件は、儂の方は専門外だ。力に成れなくてすまん……」
「仕方ないさ。お前は医学だからな。ユーリはどっちかと言うと魔法学の方だ。ハザードにも手紙は出しているが……」
単于は立ち上がるとそう告げ、扉の前に向かう。
「ハザード殿はなんと?」
「返事はない。三日で帰ってきそうなものだが……妙な感じだ」
三代目【勇者】による『人の大陸』の『魔族』狩りは続いている。だが、前ほどに凶悪な噂は聞かなくなった。
まるで嵐の前の静けさのような嫌な雰囲気だと感じている。しかも、『匈奴』では情報が集まらなさすぎる。
【
二週間後に『人の大陸』で最も力を持つ大国の代表同士が一同に会する『世界会議』がある。無論、『アウローラ』もその内の大国一つに含まれているため参議するのだが、【賢者】の件で世界中が敵になる可能性もあるのだ。
「代わりに助っ人を連れて来る。まぁ、オレよりはお前達が気を許しやすい奴だ」
診察室を出て行こうとした単于にシーザーから放られたのは一本の刀――『無月』だった。単于はそのエーテルを感じとり、振り返ってキャッチする。
「単于。儂も皆も……お前以上に、心から気を許せる者は世界にはおらんよ」
「……物好きな奴らだ。相変わらずな」
軽く手を振って診察室を後にすると自室へ向かった。
「…………はっ! 集中、集中!」
アリスは転寝しそうな所で頬を叩いて目を覚ました。
彼女は単于の自室で本を読んでいた。隣には黄色いひし形の結晶となったユーリが置かれている。
彼女が開いている本は『妖精』に関する情報図鑑。
自分の事を知れば、何か出来る事があるのではないかと考えたのだが、共通文字も上手く読めず解読から入っている。
「まだ起きてたのか?」
単于は『無月』を壁に立てかけると、ランプの傍で本を見ているアリスに告げる。
「こ、ごめんなさい。もう寝ます」
「ユーリの件は、オレ達にはどうしようもない。何とかできそうな所には全て手紙を出したが……一週間経っても一通も返ってこない」
知り合いのほとんどは『魔族』である。連絡が来ないのは三代目【勇者】が何か関わっていると考えるのが無難だろう。
となれば、このまま『匈奴』に居ても事態は一向に進展しない可能性が高い。
「アリス、お前に頼みがある。よく考えてから答えを出してほしい」
単于はアリスにソレを告げる。その理由も、全て包み隠さず全て伝えた。
「……解りました。少し考えます」
「別に断ったからって、お前の事を変に扱ったりしない。お前の性分だと気にするかもしれないが……その意志はお前だけのモノだ。尊重する」
「でも、そうしたら単于さんは―――」
「別の方法を考えるさ。とは言っても、その場合は時間との勝負になるだろう」
だが、命を賭けるに値する。ユーリはソレを望まないだろうが、時間も方法も限られている。
これ以上、世界が変わってしまう前に単于は『匈奴』を発つつもりだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日。単于は一度に三人の『魔族』と対峙していた。
「らぁ!」
単于の頭を狙って蹴りを繰り出した『狼』のカルロは残っている足を払われ、あっさり軸足が崩されると倒れこむ。
「せいっ!」
その背後を捉えたと『戦鬼族』の
「うご!?」
「シァ!」
最期に単于と対峙したのは、『吸血鬼』のサーシャである。
爪を向けた彼女は何をされたのか解らない内に視界が空を見ていた。単于は彼女の手を一瞬で取り、いつ投げられたのか解らないほど完璧に払い投げを極めていたのである。カルロの上に。
「あがぁ……」
三人の一番下に居るカルロは二人分の体重に潰されていた。
「……やれやれ。三体一でも連携が無いなら一対一だ。個人で勝とうとは考えず、仲間と連携を取れ」
「でも、それじゃ……意味ないじゃない!」
サーシャは起き上がると再び単于と対峙する。そして有無を言わさず爪で攻撃してくる。
「勘違いするな。一人で得られる力などたかが知れている。お前に足りないのはソレだ、サーシャ」
組手を始めた頃から、まるで変らないサーシャに単于は呆れて告げた。
彼女はいずれ『匈奴』を出て『吸血鬼』の文明社会【ミトロジア】に戻る事を望んでいる。どういう意図があるのかは解らないが、本人が望む以上、皆、心から賛成していた。
だが、【ミトロジア】という文明は外部からの参入者には、ある意味『匈奴』よりも過酷な場所である。単于も彼女に出来る限りの知識を教えていたが、このままでは危険であるとも判断していた。
「あたしが弱いから……ユーリがあんなことになった! もっと強ければ! もうあんなことは起きない!」
単于とユーリを助けに行ったとき、サーシャは何もできなかったと感じていたのだ。
そして、
「そうか」
次にサーシャは足を払われると再び投げられていた。どうやって投げられたのか解らないほどの完璧な背負い投げ。気が付いたら勢いはそのままに孤塁(こるい)たちの元に投げられている。
「おっと」
「うげぇ!?」
投げられたサーシャを受け止めた孤塁は、そのまま起き上がろうとしていたカルロへ再び倒れた。
「……力への渇望はオレもあった。だが、オレと違って……お前は、すぐに気がつける」
自分は気が付くのが遅すぎた。ずっと……支えてくれた者達が傍に居たのに、自分勝手な生き方で全てを無くしてしまう所だったのだ。
「“家族”を頼るのも強さの一つだ、サーシャ。抱え過ぎるなよ」