ソリダオン   作:真将

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24.彼女の選択

 「……むむ。やはり、ここは塩を一つまみ――」

 

 食堂の厨房。多くの鍋やフライパンを同時に仕える分だけのコンロが設置され、至る所に調理器具が吊り下げられていた。

 『白竜族』のロットは鍋を睨みながら、昼ごはんとして皆が食べるスープの味を調整していた。本来の担当者である『白竜族』のクレールは、直接食材の収穫に『シランス』の洞窟に出向いており、この場にはいない。

 

 「ロットさん」

 「むむ……む? アリス――」

 

 来訪者に振り向いたロットは、鍋を弱火にして蓋をした。

 

 「どったの? お昼はもうちょっと待ってね」

 

 つまみ食いはダメだよ? と、鍋を火にかけている間に調理台の上を片付ける。そして、ロットが趣味で集めているお酒関係の私物の中から、おちょこを取り出した。

 

 「はい。これなら丁度いいでしょ?」

 

 暖めたお茶を入れて、アリスに振る舞う。彼女は両手でおちょこを持つと少しだけお茶を啜った。

 

 「ありがとうございます」

 「どういたしまして」

 

 微笑むロットは自分にも茶碗にお茶を入れて飲む。

 

 「シーザーから何か伝言?」

 

 ロットはアリスの役割を加味して、この場に訪れた理由を判断した。

 

 「いえ、違います」

 「ふむ。じゃあ、なに? たわいもない女子会でもする?」

 

 アリスは『匈奴』でも比較的に真面目な部類に入る。だから、無意味に飛び回ったりはしないとロットは気が付いていた。

 

 「単于さんって……どんな人だと思います?」

 「うーん。単于さん……かぁ。それを答えるには、あたしの事を話さねばなるまいな」

 

 ロットは茶碗に入ったお茶を見ながら初めて単于と出会った時の事を思い出す。

 

 

 

 

 

 元々、ロットは捨てられた『白竜』であり『人間』の辺境の村に拾われて、村の皆に育てられた。

 誰もが喜んで彼女を実の娘のように育て、ロットも村の人たちを本当の家族のように思って生きて居た。

 そして『擬人』を使う事を、村に来た他の『白竜族』から学び、人の姿になる事に成功した。そしてソレを機に、村の皆が彼女を見る目は変わった。

 

 その村は数十年に一度、その地に住まう“土地神”に人身御供が行われていたのである。村人たちは、ソレに毎回さらってきた『魔族』を捧げ、“土地神”から多大な恩恵を受け取っていたのだ。

 

 豊作。実りの多い山。四季に問わず、捕れる獣。

 

 ロットを育てた時から、村人は決めていたのだ。

 伝説と呼ばれる『竜』を……彼女を捧げれば、きっと今までで一番の恩恵を受けることが出来る。

 一度、味を占めた村人は、更なる恩恵の前に、ロットの事を誰も助けようとは思っていなかったのだ。

 生贄の数日前。ロットは“土地神”に捧げられる前に、その真実を知った。

 ロットは逃げ出したが、土地勘のある村人たちに、あっという間に捕まり、連れ戻されてしまった。村人たちは彼女を、彼女として扱うのではなく、生贄としか見ていなかった。

 

 それからだった。向けられる“悪意”に対して、ロットは強く感じる様になり、パニック障害を患ってしまったのだ。

 今まで信じていた村の皆は、最初から自分のことなど、自分たちが美味しい思いをするための生贄でしかなかったのだ。

 信じていたモノが全て失われ、“土地神”を前に抵抗する気も起きなかった。

 

 だが、そこに現れたユーリによって助けられ、ロットは逃がされた。だが、村人がソレを許すハズはない。

 一斉に向かって来る彼らの前に立ったのは単于だった。

 

 “勤めを果たせ! その為に貴様を育てたのだ!”

 

 村人からの声と、向かって来る彼らの恐ろしい形相に、ロットはただ耳を塞ぎ、泣きながら単于に懇願する様に叫んだ。

 

 「みんな……みんな! 殺して!!」

 

 全てが終わった時、村は朝日に照らされていた。

 ロットは村を一望できる位置にある“土地神”の祠の前で座り込んで静かに成った村を眺めていた。

 50人ほど居た村人達は皆、死体に変わり、ロットはずっと呪文のように、繰り返し謝っていた。

 殺したのは単于だったが、それを願ったのはロット本人だったからである。彼女がそう言うまで、単于は村人には一切手を出していなかった。

 

 “土地神”を倒したユーリも、その場に駆けつけると震えているロットを優しく抱きしめた。

 単于は、戦闘不能になるように斬りつけた者へ、止めを刺しに行っている。

 そして、ソレが終わったのか、返り血だけを僅かに浴びた彼は、ロットに告げた。

 

 “まだ誰かを信じる意志があるのなら、オレの故郷に来るか?”

 

 ずっと共に過ごした村人よりも、彼らを殺した単于の言葉の方が救いであるように聞こえた。

 そして、ロットは『匈奴』で……単于の元で生きる事を選んだ。

 

 

 「どこかで、認めなきゃいけなかった。あたしを救ったのは誰なのか、それが解ったから、『匈奴』に来たのよ」

 

 ロットは自分の意志で『匈奴』に来た。単于とユーリと共に居れば、自分がどんな風に生きたいのか解るかと思ったからである。

 

 「でも、結局はクレールさんの料理に惚れちゃったんだけどね」

 

 そこで食べさせてもらったクレールの料理に思わず感動してしまった。

 食べ物一つでここまで感動できるのかと驚き、彼に料理の事を聞くと、どんどん深みにはまって自分も作ってみたいと思うようになったのである。

 

 「っと、ごめんごめん。アリスの質問ね。単于さんは――」

 

 

 

 

 

 「……なに? 単于をどう思うかだと?」

 

 工房で鈍になった包丁を研いでいる『ドワーフ』のドノフは、アリスの問いに作業を止めた。

 

 「そうだな……奴は、恐れを知らぬと言うか、強い使命感を常に意識している『人間』だな」

 「それって……単于さんが【勇者】であることが関わっているのでしょうか?」

 「かもしれん。だが、そうではないかもしれん。結局のところ、本人しか解らんのだろう」

 

 自己犠牲精神。『人間』のみならず、意志を持つ存在なら誰でも少なからず持ち合わせている感覚である。

 単于のソレは特に強いモノであるとドノフは感じていた。今となっては、元々彼は死に向かっていた事もあり、そう言う意味では無茶をしたのだろが。しかし、

 

 「ワシも、そのよくわからん意志に救われた」

 

 と、ドノフは自分が『匈奴』に来た経緯をアリスに話す。

 

 

 

 

 

 彼は『人の大陸』で『人間』と共に大きな工房都市の中で生きていた。荒っぽい鉱山の男たちと、種族は違えど強い意志で繋がった親友同士であった。

 しかし、二代目【魔王】による『人の大陸』への攻撃が始まると、各国への武器供給が必要になり、ドノフの居た都市も例外ではなく多くの武器製造を言い渡された。

 

 【魔王】の配下でないのなら、『人の大陸』の為に武器を造り続けろ。

 

 国からの命令に工房都市は昼夜、休みなく働かせられた。同じ職場で働いていた『ドワーフ』の仲間も『人間』が好きだった。だから【勇者】が【魔王】を倒すと信じて指示通り武器を造り続けたのである。

 

 だが、【勇者】が【魔王】を倒したと言う一報は入ってこない。

 無理な過労で仲間たちは次々に倒れていく。その中でも『人間』の仲間たちはドノフ達、『ドワーフ』よりも早くに限界を迎えた。

 それでも、必ず今までのように笑い合える日が来ると信じて、仲間は炭鉱を掘り進め、ドノフ達は鉄を打ち続ける。

 

 その結果、鉱山は崩壊した。

 無理に掘り進めた為、地盤の補強が成されておらずに、多くの仲間が生き埋めになったのだ。

 落盤事故で半分以下になった炭鉱の仲間たちは、それでも国に武器を造る事を強制される。何とか遺体だけは掘り出し、出来る限り家族の元へ返した。掘り出す、仲間の遺体を見てドノフは強い感情に駆られる。

 

 なぜ、仲間が死んでまで続けなくてはならない? なぜ、ワシらは武器を造り続けている? なぜ―――

 ワシらにコレを命じた奴らは、死んだ仲間たちへ謝罪の一つもしないのか……

 

 ドノフは単身、管理者の元へ飛びこんだ。そして問い詰める。

 本当に……これで【魔王】は倒せるのか! 【勇者】は何をしている!? と、

 

 その行動が反逆行為とみなされ、その場にいた魔法使いに、ドノフは片方の肺を消滅させらる重傷を負い、『ドワーフ』として最も必要である、体力を奪われたのである。

 ロクに治療も出来ない場所に戻され、ドノフはまともに鉄を打つ事の出来ない日々を送った。

 

 その数日後、【勇者】が【魔王】を倒したと言う速報が世界に駆け巡る。もちろん工房都市にも、その情報は訪れた。

 解放される。都市の仲間は誰もが喜んだが―――本国はそうは思わなかった。

 

 ドノフ達が作らされていたのは量産された武器だけではなく、希少な“魔法武具”の開発も強制されていたのである。

 本来は、専門家の監督と膨大なエーテルの結晶を使用して完成する“魔法武具”は、【勇者】の使う武器よりも威力は落ちるが、過の『竜古族』とも単身で互角に戦えると言われていた代物だった。

 

 【勇者】と【魔王】の戦争が終わり、これ以上は表立った情報を他に与えるべきではないと判断した本国は、製造法を知る工房都市の者達全てを始末する事を決めたのだ。

 殆ど休み無しに、奴隷のように働かされた工房都市の仲間たちは抵抗する力を持ち合わせていなかった。

 

 虐殺は早急に行われ、肺を失う重傷で気を失っていたドノフは、死んでいると判断され見逃されていた。

 

 次に工房都市で目を覚ました時には、ドノフに適切な治療をした医者のシーザーと、彼の補佐をしているユーリの姿。

 そして、工房都市の仲間を殺した者達を、皆殺しにした単于がドノフの目覚めを待っていた。

 

 “生きていたのは、アンタだけだった”

 

 単于の言葉に、ドノフは何を怨んでいいのか解らなくなった。

 国の所為か? 『人間』の所為か? それとも【勇者】の所為か? 仲間たちは……何の為に死んだ? みんな、気の良い連中だった……

 すると単于は、刀を抜き、柄をドノフの方へ向けると、こう告げた。

 

 “オレが二代目【勇者】だ。アンタの仲間の仇だ”

 

 その言葉の意味と行動の意味。そして、彼が連れているシーザーとユーリはドノフと単于のやり取りと結末を黙って見ていた。

 差し出された刀の柄。そして、自らを仲間の仇だと告げる【勇者】。その眼は嘘をついていない。

 

 彼は、謝る事はなかった。詫びる事も無かった。そして、無言で差し出された刀は、何とも言えない悲しさを含んでいた。

 『ドワーフ』は長い間、武器の生成や整備に関わる『魔族』である。武器を見れば、ソレを使う者が何を思って武器を握るのかが解るのだ。

 

 単于が差し出した武器は、生きる意味が不確かで今でも崩れそうな悲しみがまとわりついていた。それは彼の本質そのものを体現していたのだと、今思えば理解できる。

 強い力は感じる。だが、人と言う存在としてはあまりにも弱々しかったのだ。

 

 “ワシが……お前さんを斬る理由は無い”

 

 大切なモノ、生き方を全て失ったドノフにとって、目の前の【勇者】は同じ存在だったのだ。

 

 “もし、アンタが良ければ……『匈奴』に来ないか?”

 

 単于は刀を戻してそう尋ねる。ドノフは窓から見える死んだ都市を見て、もはやこの場所に大切なモノは無いと悟った。

 そして、死んだ仲間たちに最後の別れを告げると、『匈奴』へ単于達と共に還ったのである。

 

 

 

 

 

 「正直、考えられんよ。たかが一人の『魔族』に、【勇者】が命を差し出したんだ」

 

 【魔王】を倒した【勇者】は、栄光と名誉が与えられ、その伝説は語られる。世界を救ったと言うのに、彼は救われたとは思っていなかったのだ。

 

 「アリス。質問の答えを言おう。単于はな――」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 アリス、オレは二週間前まで命はひと月も持たないと言われていた。自分の特質に少しずつ身体が蝕まれていたんだ。

 その件は、シーザーからも聞いていると思うが、今は……お前のおかげで死なずに済んでいる状態だ。

 この状態が数年続けば、お前の協力なしでもエーテルの増加は緩やかになると、シーザーは推測している。

 だが、数年もユーリを結晶の中に閉じ込めておくわけにはいかない。

 

 生物を内部に閉じ込めての結晶化は聞いた事も見た事も無く、このままユーリが無事でいる保証はどこにも無い。

 専門家の知り合いにも手紙を送り、判断を仰いでいるが返答が無い。こちらから出向くしかないと思っている。

 外の世界は『匈奴』よりも危険だ。

 本来なら、オレ一人で旅が出来るのならよかったが……それは無理なんだ。

 

 アリス、お前の力を貸してくれ。

 オレが勝手に引き起こして、勝手にユーリを巻き込んだ。だから、身勝手な願いだと思っている。

 この場で答えが出ないなら、考えて答えを教えてほしい。

 

 

 「…………単于さん」

 

 わたしは彼の事を知らない。

 彼はわたしを助けてくれた。けど、他の皆のように命を預けられるほど、共感したわけじゃないのだ。

 この場所は居心地がいい。それは単于さん一人が作り出しているからじゃない。

 この場所で生きる事を皆が、幸福であると心から思っているからこそ……過去に辛い事があっても今を笑っていられるんだ。

 

 わたしは産まれも知らない。親が居るのかもわからない。

 なら、わたしが命を賭ける時が来るとすれば……一体どんな時なのだろう?

 

 こんな小さな身体で、ナイフも持てない身体で、戦う事の出来ない身で、わたしは――




次回、エピローグ!
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