ソリダオン   作:真将

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25.平原の幽霊

 降り止まぬ雪と、吹き止まぬ風の世界。

 そこは、【魔王】に呪われた大地――『匈奴(きょうど)』と呼ばれる草原の国だった。

 その国を、救う為に世界を駆けた者が居る。

 彼は旅の中で、多くと出会い、関わり、失い、根源たる【魔王】を肉薄し、その剣にて討ち滅ぼした。

 過の者は……二代目【勇者】『撐犁孤塗単于(とうりことぜんう)』と名乗っていた。

 

 

 

 

 『匈奴(きょうど)』の雪原を数時間で走り抜けた。

 

 普通の馬よりも、数段高い身体能力を持つ黒馬のノワールは、風も、積もった雪も、物ともせず疾走する。

 そして、その背には主人である単于(ぜんう)を乗せ、少しだけ高い丘に駆け上がった。

 

 「少し休むか」

 

 目視で国境の壁を確認した単于は、ノワールから降りる。

 

 ノワールは息を切らすことも無かったが、単于が心配しているのは(ノワール)の体力ではなく、四肢の消耗であった。馬は脚を怪我すれば、思い通りに走る事は難しくなる。

 草原で馬と共に生きる『匈奴』の民であるが故に、ノワールと単于は小さい頃から共に育ち、強い絆を持って互いを信頼している。その為、主従というよりは親友のようなものだった。

 

 「単于さん。ここは?」

 

 風によって飛ばされない様に、『匈奴』を抜けるまでは顔を出すな、と告げられていた者が声を発する。

 腰に着けたポシェットから、人形のような大きさの『妖精』が顔を出していた。

 厚着をしたアリスと名乗る『妖精』の彼女は、見慣れた白い世界以外の風景を物珍しく思いながら丘をからの景色を眺める。

 まだ薄暗く、星が見える時間帯。数メートル後ろには『匈奴』の国境を表しているように、積もり切れた雪の線が見て取れる。

 

 「マホッドの平原。『匈奴』と『アウローラ北部国境』が隣接している」

 

 マホッドの平原は高い樹が少なく、ある程度の高さを稼げば、国境壁がどこからでも見える平地である。戦争時はアウローラ北部でも、特に戦略的に使われる戦地でもあった。

 

 「日の出が確認してから北部国境に入る。ソレまでは、休むぞ」

 

 単于は一本の木も無い平坦な景色に相変わらず危険な場所であるように警戒していた。薄らと地平線が明るくなっていく。

 

 「穏やかな所ですね」

 

 身体を休めるように四肢を折り畳んで座るノワールの傍に、蝶の様な羽をはばたかせて、アリスも降りる。

 

 「そうでもない。ある意味、ここは『匈奴』よりも危険な土地だ」

 

 道具袋から赤い結晶を単于は取り出すと、専用の受け皿に置き自身のエーテルを流し込む。すると赤い結晶は松明のように炎を発し、明るさと温かさを生み出した。

 純度40%の『火のエーテル』である。

 

 「危険なんですか? すごく穏やかな場所ですけど……」

 

 アリスから見ればマホッドの平原は、穏やかで平和そのものの風景なのだ。観光をするのならば、この場所はピッタリと言っても良いだろう。

 

 「……出るぞ」

 「え?」

 

 何気なく、刀を傍に寄せる単于の様子から、警戒に値する事が起こると、アリスは察する。そして、彼の視線の先を同じように見た。

 

 その時の彼女の瞳に映ったのは、半透明に映し出された人型の“影”だった。首をかしげて佇み、その姿はアリスの事を眼球の無い目で見ている。

 

 「…………」

 「――――」

 

 すると半透明のソレは興味を無くしたのか、アリスから意識を外すと猫背で歩いて行った。

 

 「ぜ、単于さん……なんですか? アレ――」

 

 不意に現れた幽霊のような存在の事を、知るであろう人物に問う。

 

 「『不霊(アート・ゴースト)』。【勇者協会】の方でも、世界でも数少ない“倒せない敵”として認識されてる現象だ」

 

 『不霊(アート・ゴースト)』に対しては、物理的な攻撃はもちろん、エーテルによる魔法攻撃や、『光魔法』の“昇天術”も効果は無い。多くの『光魔法』の使い手が、ヤツの除去に出向いたが、誰もが返り討ちにあっている。

 

 「こちらから敵意を持って何かを仕掛けない限りは、アレも襲って来ないから心配するな」

 「単于さん、あの人……何か未練でもあるのでしょうか?」

 

 アリスは、よたよたと歩いて行く『ゴースト』を見ながらつぶやいた。

 

 「アレが“人”に見えるお前にびっくりだ」

 

 誰もが『不霊(アート・ゴースト)』の事は、異形の現象として、まともに見ない。

 交戦するような事になれば、一方的に被害を受けるだけの災害のようなモノだからである。関わらない方が終始安泰。何が起こるかも一切わからない以上、不要な接触は避けるのが鉄則だった。

 

 更に『不霊(アート・ゴースト)』は出現時間が決まっている。

 

 時間帯は早朝5時と夕刻の17時の一時間だけ出現し、いつから現れたのか不明であり、『匈奴』の民は、アレを邪悪なモノと言うより精霊のような物として崇めている部族も存在した。

 単于自身も、あちらから理由もなく攻撃してこない事から、さほど脅威とは思っていない。昔は、【匈奴】や【アウローラ】に攻め入る敵国が、知らずに『不霊(アート・ゴースト)』を攻撃し、壊滅させられた事もあった。

 

 「【アウローラ】では『守護神』みたいな奴だ。知らない奴と若い奴らはビビってたけどな」

 

 初対面で遭遇した時に、知らない若い面子はユーリも含めて本気で驚いていた。トマ以外の女子は【赤沙】の屋敷に帰ってからも、しばらく集団で行動していたほどに衝撃的だったらしい。

 

 「『不霊(アート・ゴースト)』さんってなんだか寂しそうです。ずっと何かを待ってるような……」

 「……そこら辺の事も『妖精』は解るのか?」

 

 エーテルに関しては“魔族”一の感受性を持つ『妖精』から見れば奴は、そのように見えるらしい。

 

 「え? あ、ちょっとそんな感じだと思っただけですけど……」

 

 確かに、歩き方や決まった時間帯に現れる様子を見れば、何かを探しているか、待っているとも考えられるが……理由は未だに解明されていない。

 

 「まぁ、少なくとも、お前にそう持ってもらえるだけでも、奴にとっては救いなんだろうな」

 

 知らなくても、一人でも自分の事を思ってくれる存在が居るだけでいい。

 ホワイトも……救われない者を、覚えてあげる事が一番救われると言っていた。

 

 「お前らしさだな、アリス」

 「ただ、お人好しなだけですけどね」

 「誰にでも出来る事じゃないさ」

 

 この旅でアリスが変わってしまわない様に、単于は彼女の事を守り通す意志を心に宿していた。

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