『赤沙』の屋敷は、最大で50人近くが生活することが出来る巨大な屋敷である。
主な出入りは中心の巨大な本館からであり、他は周りの小さい建物に連絡橋を設けて最低限の行き来を確保していた。本館では出来ない事を別の建物で賄っているのである。
生活の中心となる建物は本館であり、20近い部屋と、人を迎える事が出来る広いエントランスからは、食堂と大浴場へ繋がっていた。
朝と夜は食堂に集まり、全員が顔を合わせる事が基本だが、各々で担当している作業が延長してしまうと、その限りでは無い。
特に最近は、吹雪の関係で各々の作業量が増えている者も多く、全員が揃う機会は少なくなっていた。
食堂にはアリスを含んだ、18人の“魔族”が集まっている。
皆、所定の席に座って、眼の前に並べられた食事を食べながら会話していた。色々な声色に包まれる長方形の長机は、料理と共に、彩も持ち合わせており、他にはない雰囲気を創り出している。
「なんか、こうして皆揃って飯食うのって久しぶりじゃね?」
『狼』の男――カロルは骨付き肉を喰いちぎりながら満足そうに咀嚼する。青年の姿で頭にバンダナを巻いているのだが、獣耳や尻尾と言った人には無い特徴を携えていた。
「アンタの汚い食べ方を毎日見るのは不快よ」
カロルの正面に座る、長い紫色の髪をツインテールに縛った、『吸血鬼』の女――サーシャは、箸で野菜を自分の受け皿に移すと丁寧に箸で口に運ぶ。
「あ? 血を吸うだけの柔い犬歯と、戦牙の違いを教えてやろうか?」
「食事中に喧嘩は駄目ですよ」
その二人を仲裁するように、離れた席から声が飛んだ。
眼に残る傷跡は両目を失明している事を意味していた。『白竜族』の男――クレールは屋敷の料理長である事から、白髪は短く整えられ、物腰柔らかい雰囲気は若い者達の仲裁に入る事も多い。
その一声に、カロルは舌打ちをして、サーシャは、
「サーシャ。君は野菜ばかり食べていてはダメです。近くには、肉料理も置いてあるはずですよ?
カロル。わざわざ、遠くの席から肉料理を引っ張るのは止めなさい。君はちゃんと、最低限の野菜を取らなければダメです」
クレールは眼が見えずとも、料理の配置と匂いで食事の進行状況を見ずに理解していた。
「へーい」
「はーい」
隠しても騙せないクレールに観念したように、二人は、それぞれの苦手なモノを食べ始める。
『減量中か? サーシャ』
反響するような、その言葉を逃さずに聞き取ったサーシャは、流れる様な手つきで食事用のナイフを声の主に投げた。
ナイフの飛翔した対象は、カァンと金属質な音が鳴って弾いて宙をくるくると回る。当てられた者は空中でナイフをキャッチする。
『何をする?』
「ナイフを投げられて解らない? サベット」
生身の『魔族』の中で、ただ一人だけ無機物に命を吹き込まれている『
『安心しろ。貴様の脂肪は少々しか増えていない』
「殺す。この場でスクラップにしてやるわ。ポンコツ――」
サーシャは椅子を倒して、ゆらりと立ち上がった。殺意によって高ぶった感情は、彼女の容姿を変化させる。
普通の眼から、『吸血鬼』特有の充血したような赤い眼と、指は鉄をも引き裂くほどの爪へ変わっていた。
「ちょ、ちょっ、待ってくださいよ。二人とも僕を挟んで喧嘩しないで」
慌てて皿を持って自分の席を離れる『獅子』の男――デリックは、食堂に居る者の中で一番大柄な身体であった。
カルロと同じ種族なのだが、彼の場合は『獅子』であり、生まれつき持つ戦闘力は屈指の物を持ち合わせている。しかし、その性格が問題だった。
「ふ、二人共。喧嘩は良くないよぉ」
「あ゛?」
「ひっ! ごめんなさい!!」
40センチも背の低いサーシャに睨らまれ、逃げる様に離れる。デリックは、この中でも特に弱気な性格なのだ。特に争い事に関しては、いつも隅で縮こまっている。
「邪魔よ、デリック。この鉄屑を次の粗大ゴミに出すから」
『身に降りかかる火の粉は、振り払わなければならないか……』
サベットはサーシャとは対照的に、椅子から丁寧に立ち上がると、一度排熱を行い、戦う為に僅かに装甲が持ち上がった。戦闘状態に移行しており、右腕のギミックが一部解放される。
「二人とも、今は止めるべきだ。埃が立つ」
互いの攻撃が始まると言う刹那に、その喧嘩を引き留めたのは、鷹の眼で呆れながら二人を見る『鷹』の女――クレアである。
彼女も人の姿だが、背には茶色の羽が揃った右翼だけが存在していた。過去の事故によって片翼を失い、飛行する事が出来ないのである。
「くだらない」
そして、もう一人もクレアに賛同するように声を出す。黒い前髪に片目が隠れている、『黒龍族』の女――アンネだった。彼女は右手と左足を義手義足で補っており、今も改良を重ねて、より伝達に優れた義手で食事をしていた。
「アンネ、アンネ! さっき“ししゅう”ってので、『アンネ』って編んだの。あとでみて!」
周囲の喧騒など知らずと言った様子で、『スキュラ』の少女――トマは、アンネを慕い、最も懐いている。髪の片側には、アンネに貰った髪飾りを着けている。
「食事が終わったらね」
「わーい」
「まぁ、まぁ、サーシャも気にしてるのは解るって。サベットも、そう言うのって、女の子は気にしてるんだから、気を付けてよ」
どうどう、と行動でサーシャを窘めるのは、『ラミア』の女――シャルルである。彼女は気の良い性格であり、サーシャとよく一緒に居る女友達だった。
『そう言うものなのか?』
「そういうものなの! ねー、ユーリ」
シャルルは少し離れた席に座っている、もう一人の親友を状況に巻き込む。ユーリは微笑みながら、サベットへ注意した。
「サベットさん、デリカシーが無いですよ?」
『以後気をつけよう。すまなかった、サーシャ』
サベットは丁寧にキッチリ45°で謝罪の為に頭を下げる。
サーシャは多少不服ながらも、親友二人である、シャルルとユーリの顔を立てるつもりで、眼も爪も元に戻して自分の席に戻った。
「ドノフ。サベットは、また関節の動きが悪くなってるぞ」
「ああ。後でメンテしてやらんとな」
その喧騒の様子で、サベットの動きが気になった『黒龍族』の老医師の男――シーザーは、近くに座る『ドワーフ』の老人の男――ドノフへ、一目見て感じた事を尋ねる。
「
「なんだ?」
『吸血鬼』の少年――フランツは、隣でスープを飲んでいる、一本角の『戦鬼族』の男――孤塁(こるい)に話しかける。
「また、『戦鬼族』の事を色々と教えてください」
「ああ。ジェフリーも一緒に聞くか?」
二人を見ている『猫』の少女――ジェフリーは失語症であるため、一度頷いて意思表示をした。尻尾が嬉しそうに動く。
「
出された料理をバランスよく食べている単于へ、『白竜族』の女――ロットは、今日こそは自信満々で彼に問う。
ロットは、目の見えないクレールを補佐する副料理長である。毎日の食事は、
「どう? 美味しい?」
いつも食事を食べた後、無言で食器を片づける単于は、一度も彼らの料理を“美味い”と言った事が無い。最近は、そんな彼に“美味い”と言わせることが彼女の目標になっているのだ。
「いつもよりはマシな味付けだ」
その言葉にロットは、ッシャア!! とガッツポーズを作る。
「少しおおらかになりましたね」
本気で喜んでいるロットと単于を交互に見ながら、ユーリは微笑む。
「何がだ?」
「いつもは、“食えれば良い”って言ってました」
「……忙しい奴らだ」
ロットは嬉しそうにクレールと、次の献立を話している。その様子に単于は呆れながら、ため息を吐いた。
そんな、『魔族』として、別種の集まりであるこの食事時にアリスは心底驚く。
血の雨が降るのではないかと錯覚するほどのサーシャの殺気を感じた時は、思わず硬直してしまった。
『吸血鬼』は知的で独自の理論に基づいて行動するが、プライドが高いため、自らで正しいと思った事に関しては、よほどの事が無い限り、ソレを曲げる事は無いのである。しかし、同族でも仲裁が困難なソレを、この場の別の種族が総出で仲裁していた。
「アリスさん。お口に合いませんか?」
食の止まっていたアリスを心配するようにユーリは尋ねる。食事は美味しい。むしろ、今まで食べた事の無いほどの美味しさだった。
「あ、いえ……大丈夫――――」
「なにぃ!?」
アリスの硬直は別の出来事だったのだが、食事の止まっている事をえらく憤慨したロットは、彼女を見る。
「……くっ! 盲点だったわ……確かに『妖精』は、食事をしなくてもエーテルの供給だけで生きていける種族……故に、その味覚は他の食物に汚染されてない純粋なモノ!! さまざまな味付けをしたこの食卓では、有無を言わせるような物は――――」
ブツブツと料理を見ながらロットは一人考え込む。
「あ、あの……」
「すまないね。彼女は、一度考え出すと止まらないんだ。出来る事なら付き合ってあげてほしい」
クレールは優しくアリスに告げる。その声は、ロットに届いていない。彼女は自分の思考に埋もれていた。
「は、はい」
「とは言っても……あんまり煩いなら、ほどほどに無視をする事をお勧めする」
クレアが補足する。彼女もロットの探究精神に巻き込まれた事があり、構っても良いが、ほどほどにしないと、心身削られるとアドバイスする。
「今日は男が食器洗いの当番だ。全員逃げずに参加しろよ」
「うーす」
「女は先に風呂に入れ。その後、全員の寝床の用意をしておけ」
「はーい」
単于(ぜんう)の言葉に一旦、話声は止まると、次は女子による一番風呂の争奪戦だった。
次は風呂回です