ソリダオン   作:真将

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27.看板と王子

 その看板を『王』の命令で打ち立てられたのは、6日前からだった。

 

 『王女ウィオラ・サンタリアンが、かどわかされ、犯人は救出に【勇者】を要求。しかし、我こそ強者と言う者は誰でも問わず、王女を救ってくれる者を求む』

 

 「まるで悪戯のようです」

 

 民衆と戦士に混ざって、その看板を見上げていた隻眼の女が呟く。

 過去の戦いで失明した片目を眼帯で覆い、清楚な雰囲気ながらも他の住人に比べて凛々しく、戦いを知る者の眼で看板の少ない文面から状況を分析していた。

 

 「実際、煽って遊んでる感じだ。あのバアさん……本気で王女(ウィオラ)の事を救う気があるのか?」

 「誘拐したのは『黒龍族』だと言う話です。救いに行った者達は、立ちはだかる『黒龍族』を突破出来ずに『疾駆騎士団』も『天飛騎士団』も退却したと聞いています」

 「人の事は言えないが、敵も遊んでいるのか?」

 

 一体でも国を灰燼とする『竜古族』が、敵意を持って向かって来る『人間』を、殺さずに追い返している。まるでゲームだ。

 

 「いえ、恐らく……本当に【勇者】を待っているんだと思います。それ以外の犠牲を出さない所を見ると……」

 

 と、女は会話している人物の聞き覚えのある声にようやく気が付き、そちらへ視線を向けた。そこには――

 

 「久しぶりだな、クラリス。【黒龍王】のジジイは、新しい遊びでも始めたと思うか?」

 

 共に二代目【魔王】を討伐した、二代目【勇者】――単于が立っていた。

 

 

 

 

 「お願いですから、驚かさないでください」

 「最初にお前の家に寄ろうと思ったが、広場に寄って正解だったな」

 

 単于は広場から少し離れた場所にある、小さな校舎の中に足を踏み入れていた。机の数はそう多くない施設。この場所は、お金が無くて教養を受けられない子供に無償で勤勉を教えている学校だった。クラリスがほぼ一人で運営している。

 

 「元気そうで何よりです」

 「そうでもない。今も、命がむき出しの状態だ。アリスのおかげで、なんとか生き長らえている」

 

 棚の教養資料を興味深そうに見ながら飛んでいるアリスへ視線を向ける。保管されている教材用の瓶を見て興味深そうに移動していたが、一つの瓶に入っているヘビに驚いて墜落する。

 

 「驚きましたね。まさか『妖精』とは……貴方の症状は聞いていましたが」

 

 クラリスも、単于の事はユーリからの手紙で知っていた。そして、近い内に命が絶える事も。

 

 「クラリス。オレが此処に来た用件は二つだ。一つは、お前に見てもらいたい物がある」

 

 単于は目の前にひし形の黄色い結晶となったユーリを目の前に置いた。その結晶を持ち上げながらクラリスは驚く。

 

 「これは……」

 「お前は、『光魔法』が専門だったよな? この結晶は、ユーリの光のエーテルが基盤になって造られたモノだ」

 

 単于はユーリが結晶化した経緯を全て話す。直接見ていた訳ではないが、彼女が唯一敵対した、あの“ソルガ”という『魔道機人』が原因だろう。

 クラリスは結晶を持ち上げてエーテルの性質事態を確認する。彼女としても見た事の無い程な造形なのだ。

 

 「エーテルの均等化も、状態意地も完璧です。これは……人に造れる結晶じゃありません。それも、中に生物を入れたまま維持するなんて――」

 「お前では無理か」

 「ごめんなさい。ですが、コレは解除できるハズですよ」

 

 クラリスは単于に結晶を返すと、救う事が出来ると断言した。

 

 「結晶化は様々な自然現象によって発生する現象です。人為的に造り出す事はほぼ不可能でしたが、近年“ある【賢者】”の書物が出てきた事から、結晶化の研究は凄まじい速度で実用化に迫ったと聞いています。その『魔道機人』は、その技術を既に実用化までされていたところを考えていいでしょう」

 

 エーテルの結晶は決められた“式”を使って設定しなければ、そこからエーテルを抽出して使用する事が出来ない。今のユーリの結晶は、エーテルの放出も無ければ、無駄に発光する事も無い。ただの宝石のようなひし形の結晶である。

 もし捕える事を重視して結晶化を行っていたのであれば、結晶から解く方法も敵は知っているはずなのだ。

 

 「……面倒だが、三代目に会いに行く必要がありそうだな」

 

 単于は、三代目【勇者】との邂逅も視野に入れている。

 だが、そうなれば……顔を合わせて、さようなら、とは行かないだろう。出来るならソレは最後の手段にしたい。

 

 「そういえば、ハザードの奴に連絡しているんだが、帰って来ない。何か知ってるか?」

 

 国の意向で、単于が『匈奴』に居ると言う情報は王宮と、その他の信用できる身内だけとなっていた。そのため国外との連絡手段は信用できる物のみ通すことになっており、【勇者】と証明する印も使われる事は無い。

 

 「ハザードさんなら、『魔導結社』の命令で、『世界会議』の警護に就くと言っていました。グランファスさんも同じように」

 

 かつての【魔王】を倒したメンバーが警護に就く事で一層の安全を世間に約束しているのだ。実際、ハザードとグランファスは世界でも有数の実力者である。

 

 「お前は行かなかったのか?」

 「私は杖を置きましたから。それに、子供たちもいますし」

 

 旅が終わって、教師となったクラリスは『勇者協会』からの莫大な報奨金を受け取らず、『神導教会』の登録も消していた。

 その後、女王(アリエース)の提案で『アウローラ』で生きる事にしたのである。

 今は宮廷や公式の高官として働くのではなく、街の片隅で学校に通えない子供たちに世界の事を教えていた。

 

 「生活は裕福とは言えませんけど……生きがいのある毎日です」

 「そうか……」

 

 クラリスの様子は単于も嬉しくもあり、同時に当てが外れたと息を吐いた。そもそも、ユーリの件は自分の過失が招いた結果だ。可能性をめぐって行くしかないと思っている。

 

 「もう二つ目はなんでしょう?」

 

 クラリスは、ユーリの事は力になれないが、それ以外でも単于が此処に訪れた理由を尋ねた。

 

 「オレが旅をしている間、『匈奴』の奴らの事を、お前に任せたい。シーザーやドノフだけでは、上手く回らないと思ってな」

 

 皆の体調管理と生活環境の改善は、全てユーリが行っていた。最終的な判断は単于が下していたが、それでも細かいところは全て彼女が内々に処理する事も多かったのである。

 

 「あいつ等も、お前の事は信頼してるし、お前もあいつ等の内情もよく解ってるからな」

 

 クラリスも何度か『匈奴』を訪れたことがあった。トマやフランツが主で、他に教養が必要な面子に勤勉を教えに来てくれていたのだ。その様子から、皆から“先生”と呼ばれ慕われている。

 

 「それは、少し困ります」

 

 その時、校舎に足を踏みこむ鎧の音が聞こえ自ずと視線がそちらに向く。視線の先には、横戸式の扉を開けて立つ一人の女【聖騎士】の姿があった。

 

 「イグナートか? 珍しく怪我でもしたか?」

 

 単于は、相当な手練れの彼女が手当てを受けている状況を指摘する。

 

 「……お恥ずかしい限りで、手も足も出せない上に、気を失った所を丁寧に街まで運ばれたのです」

 

 彼女は頭や火傷を負った頬に包帯を巻いており、悔しそうに拳を握りしめる。クラリスの話から、その怪我の理由はなんとなく察した。

 

 「いや、イグナート。君は良くやってくれているよ。手加減されたとは言え『黒龍族』相手に、部隊全員生存で、皆が軽傷で帰還できたのは君の指揮のおかげだ」

 

 イグナートの後ろから、その場に良く通るような声色を持つ青年が現れた。雰囲気からして上流貴族のモノであると解るが、服装は、庶民の物が少し見栄えの良くなった程度のモノを着ている。

 

 「しかし、ライナスは――」

 「あれは、彼が悪い。記念に鱗を取るとか言って、特攻されれば誰だって止められないし、相手も手加減は出来ないだろうからね」

 

 ちなみにライナスは、正面から吐炎(ブレス)を喰らい、相方のグリフォンもろとも全身包帯を巻かれて診療所にぶち込まれている。運ばれて来たとき、その『黒龍族』の者に、こう言われたらしい。

 

 “死ぬようなことはさせないでくださいね”と。

 

 「……これって茶番だろ?」

 「わぁ……」

 

 単于とアリスはその話を聞いて、それぞれ感想を述べる。ライナス……初めて会ったのは、『匈奴』に来たあの時だったが、見た目通りにアホな奴だったとは……

 

 「クラリス先生、失礼しますよ。よっこらしょっと」

 

 と、上品な雰囲気を持つ青年は単于と、彼の肩に乗ったアリスと、クラリスの三人が見える位置に座る。

 

 「まぁ、あの婆さんを推薦したのはオレだが、やっぱりお前は王族に向かないな」

 「いやはや、【勇者】殿にそう言われると、旧知の友としては光栄でもあるな」

 「あの……単于さん」

 

 ふと、アリスは、普通に会話に入って来た、なんとも庶民くさい青年の事を尋ねた。

 

 「こいつは、ラディウス・サンタリアン。『アウローラ』の王位継承序列第2位で、ウィオラの実兄だ」

 

 とてつもない人物の来訪を、アリス以外は特に気にした様子もなく接していたのである。

 

 「こんにちは、『妖精』さん。ラディとお呼びください」

 

 と、キザな台詞が自覚無しに普通に出てくる王子に、アリスは慌てて頭を下げて挨拶をした。

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