坑道内に入った単于たちは、クラリスの魔法によって杖の先を光らせ、ソレを光源として先に進んでいた。
坑道内の所々にはエーテルを使用して発動する灯りが置かれているが、今は機能していない。これは、洞窟内のエーテルが全て支配下に置かれている事を意味している。
「入った瞬間に感じましたが、この暗さは『闇魔法』の類です」
「……10メートルも先が見えないのは考え物だな」
「すみません。半径5メートル以内しかエーテルを使えないので、相殺も出来ません」
黒い煙のように視界を覆うのは、『闇のエーテル』を使用しているとクラリスは分析した。同時に、何者かの“絶域”の内部に入ってしまったと付け加える。
「“絶域”……範囲は解りませんが、どのくらいだと思いますか?」
リーガルは、その場の面々に、どれほどまでが敵の支配下なのかを尋ねる。現状では、『魔法剣』に送付するエーテルしか自由に使用できない事もあり慎重にならざる得ない。
「坑道は全ての範囲に入っているだろう。発動者にはこっちの人数が解っているハズだ」
“絶域”。
エーテルの行使に熟達している者ならば、必ずと言っても良いほど持っている、絶対空間のことである。範囲内のエーテルを強制的に支配下に置き、支配者の許可なくエーテルが使用できなくなるのだ。
加えて、『魔族』でも“神格”として存在する者ならば、“絶域”の性能も『人間』とは比べ物にならない。『魔の大陸』三大文明の一つ【霊峰】は、『巫女』と呼ばれる者の“絶域”によって人の立ち寄る事が不可能であると言われているほどで、人の常識は軽くる越えてくる。
「油断せずに行きましょう。特に――」
と、少しだけ拓けた空間に出る。トロッコを通すレールは存在して居るが、中継地点とは思い難い。入り口から距離にして200メートルほどしか進んでおらず、更にレールは一本しかない所を見ると、どうやら道具置き場のようであった。
「♪~♪~! キター! つぎのひと、きた!」
闇の奥から鼻歌とそんな声が聞こえた瞬間、一気に闇が晴れる。
思ったより広い空間であると同時に、黒いローブで全身を覆った少女が嬉しそうに目の前のトロッコに座り、足をパタパタ泳がせている。
そこに居たのは一人の少女。身長は130前後で見た目相当の小柄な体格だった。
フードの奥に光る眼と肩から、前に三つ編みを垂らし、その先端には黒いエーテルの結晶がアクセサリーの様に吊るされている。警戒する訳でもなく、楽しそうに目を輝かせて三人に声を上げた。
「きろくこうしん中なのー。だれからくるー? おにいちゃん? おねえちゃん? おじちゃん?」
両手を広げて楽しそうに、少女はくるくる回っている。単于は腰の『無月』に手をかけながら一歩、前に踏み出した。
「オレがやる」
その身に戦意を纏い、少女との対峙を選択する。坑道に居た得体の知れない少女。どう見ても敵勢力であるだろう。
「
「馬鹿言ってると、ケツを焼かれるぞ。コイツは二世紀近く生きてるクソガキだ。坑道ごと生き埋めにしても死なない」
「ぬー! リーはくそがきじゃないよ!」
両手を上げて可愛く起こる少女――リーの感情を表したのか、突風の様にエーテルがその場に駆け抜けた。ソレに当てられたクラリスとリーガルは思わず呼吸の仕方を失い、息荒く膝を着く。
「アリス」
「は、はい!」
単于の言葉でアリスはエーテルの変換範囲を最大まで引き上げた。その範囲にクラリスとリーガルを入り、二人の呼吸が正常に戻る。
「助かりました……」
「こ、これは……確かに只者ではない」
クラリスは咄嗟の物事に対応できなかった。リーガルは、少女が何気なく放出したエーテルが、自分たちの身体機能に支障を来すほどに凄まじいモノであると認識して戦慄する。
「リーはね! ずっと【れいほう】にいて、今回はじめてのおでかけなの! だからイグセスのきろくをやぶるんだー! れんしょーきろく!」
ビリビリと坑道が震えている。リーの感情に呼応する様に、山全体が楽しんでいるようだった。
「……遊んでいる暇は無くてな。悪いが一瞬で終わりだ」
「いっしゅん? じゃあ、リーもいっしゅん!」
歩みを止めて、『無月』の間合の外でリーに対して攻撃を仕掛けようと動作を図る。
「――――」
『無月』の鯉口を一瞬だけ切る。刹那、リーは気を失うと糸の切れた人形の様に、そのまま倒れた。同時に周囲を覆う異常な濃度の闇が、通常の濃度へ変わる。
「…………」
単于はリーが気を失っている事を確認すると、鯉口を切った『無月』を再び鞘へ戻した。
「何をしたのですか?」
リーガルは、目の前の状況に驚いていた。聞きたいことが多々あったが、第一声はソレである。
膨大なエーテルを、無邪気に放出する少女との戦いに勝つにしても、ただでは済まないと思っていた。無垢である程、加減が難しい。それが、あっさり幕を閉じた結末は、単于が何かしたことは明らかであると察していた。
「『空のエーテル』で酸欠を起こさせた。人だと致死量でも、『黒龍族』は耐えられると踏んでいたからな」
そして回復も早い。リーは倒れてから何の蘇生処置も無しに、数秒で目を開けると身体を起こす。すると、負けた事を察したのか、その眼が潤んで――
「泣くな!」
単于の声にピタッと涙が停止する。
「……ったく。勘弁してくれ」
リーが泣くと、間違いなく周囲のエーテルは暴走し、坑道ごと生き埋めになりかねない。ソレを止める為と、精神的に幼いリーを虐めている様な絵面はあまり良い気分ではなかった。
「……まけー! リーのまけー! う……まけちゃった。王さまにおこられちゃう……」
その言葉に硬直したのは、単于以外の全員だった。リーの言った“王さま”という単語は、まさに無視できない事柄であったのだ。
「……リーちゃん? 王さまって、誰の事? どこに居るの?」
クラリスは素直に敗北を認めたリーに敵意が無いと判断して近づいていた。彼女は小さい子供ともかかわる事が多いので、その雰囲気で尋ねる。
「王さまは、王さまですよー!! こくりゅうおうさま! おくで、ウィオラのおねーちゃんといっしょにいるー!!」
リーの様な純粋な感覚は決して嘘をつかない。となれば、坑道の奥で待ち構える存在は神に等しき力を持った『魔族』の頂点の一角……【黒龍王】であると告げていた。
「やれやれ。世知辛い世の中になったのぅ」
単于たちの入って行った坑道の入り口を見ながら、酒を飲んでいる老人が居た。腰にナイフを下げ、失った片腕と片目の潰れた傷跡。彫の深い顔つきは、歴戦の戦者であり同時に世界を見続けていた者でもある。
長い間、背負い続けたモノを最近、孫に任せた彼は、今は世捨て人となって世界中の同族の元を訪れていた。この後、『魔の大陸』で噂になっている『匈奴』にも足を運ぶ予定である。
「まったく、あのアホが。置手紙だけ残して『人の大陸』へ向かうとは……ま、今は奴が背負う時代だからのぅ。【勇者】殿に任せるか。カッカッカ」
隻腕の老人は世界を謳歌する様に、坑道に背を向けて同族の気配がする場を後にした。