ソリダオン   作:真将

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34.人の前で歩む者は

 「驚きです」

 

 坑道を進むリーガルは前方を進む単于へ、先ほどのリーとの戦いが、最も難しい結果となった事に驚きを隠せなかった。

 

 「せんせいー? クラリスってせんせいなの?」

 「はい。授業で色々な事を教えてますよ」

 「じゃー、リーにも! じゅぎょーう!」

 

 そんな感じで、クラリスに手を引かれてるリーを見て、リーガルは驚きしか出てこない。

 これが……あの伝説の『竜古族』? その中でも地上最強の生物と言われる『黒龍族』の直系とは思えなかった。まるで5歳にも満たない児童のような雰囲気と外見なのだ。

 

 「確かに、彼女の内包するエーテルは人とは思えません。『黒龍族』であるのは確定でしょうが……それでも互いに無傷で済ませるとは……」

 

 単于の実力をリーガルは知らない。だが、この坑道に赴けば間違いなく王女を攫った『黒龍族』と対峙する事になるのは必須。ソレを踏まえての侵入だとすれば、少なくとも戦う事の出来る装備を持っているのだと思っていた。

 

 実際、リーガルの知り合いには龍を殺すことに特化した一族もいる。故に『竜古族』は決して倒せない敵ではない。だが、互いに無傷では絶対に終わらない事だけは確かだったのだが……

 

 「相手が、まだ200年のガキだったからな。同族への忠誠心も薄く、自分が世界の中心だって考えてる精神年齢だと判断した」

 

 リーは人間で言う所の5歳未満の精神年齢であった。これが、精神的に自立し立場と忠誠心を持っている“戦者”であれば、いくら単于でも戦いは避けられなかっただろう。

 

 「少ないやり取りで瞬時に判断したのですか? 自らを偽っている可能性もあったはずですが……」

 「純粋な奴は……嫌でも、そう言う雰囲気を吐き出しているものだ。それに、年上でもガキを斬るのは眼覚めが悪い」

 

 単于がリーから感じたのは、敵意でもなければ殺意でもない。純粋な自分の感情をぶつけてくる“子供”そのものだったのだ。

 

 「ですが、熟達していないのなら、ここで倒しておく絶好の機会では?」

 

 少なくともリーガルは今後の脅威について考えていた。もし奥に居るのが、彼女の言うとおり【黒龍王】なら、戦う事になった場合に敵の戦力は一つでも少ない方が良い。

 

 「今の状況で全て収まるのなら、その選択も無くは無かった。だが、奥に居るのは『黒龍族』の『王』だ。同族で、しかも子供が殺されたとなれば、人と言う種が滅ぶまで『黒龍族』は止まらなくなるぞ」

 

 どんな戦いでも、きっかけは些細な事から始まる。こちらの目的は王女の救出であり、戦争を始めるつもりはないのだ。

 双方被害が最小限で済むのであれば、それに越したことは無いだろう。

 

 「ふむ。確かにそうですね。ですが、今は三代目【勇者】様による『魔族殲滅宣言』が発令中です。ソレに背く事になりますよ?」

 「なら、黙ってろ」

 「……はい?」

 「この坑道に入った奴全員が口裏を揃えればいい。それで全て丸く収まるだろ」

 

 思わず、リーガルは眼を点にした。『人の大陸』で、『黒龍族』と相対して、それを知らぬフリをしろと? 本来なら『竜古族』と交えた時点で名を残すには十分な功績だと言うのに、それを知らぬフリでも構わないとは……

 

 「本当に欲の無い人ですね。老上(ラオシャン)殿」

 「そんなモノには興味は無い。一日一日を普通に過ごせるだけで十分だ」

 

 そう言いながら、前に足を進める単于の背は、何よりも惹かれるモノがあった。不思議とリーガルも、彼ならば今回の件は誰も傷つけずに納める事が出来るかもしれないと、思えてきたのである。

 

 「……貴方のような人間が【勇者】であったのなら、きっと今のような世の中には成らなかったでしょう」

 「それは、ただの結果論だ。人は……取るに足らない日常を失ってから初めて大切だと気が付く。今の世界に流れている事態も……結局は大きな変化に過ぎん」

 

 『人の大陸』がこれからどうなるのか……【勇者】でさえ、未来を知る事は出来ないのだろう。

 

 『魔族殲滅宣言』。強引に世界へ落された【勇者】の意志だが、それだけに振り回されるだけが人の本質では無い。過酷な時代だからこそ、自分を見失わない“人の意志”を世界に見せつける絶好の機会でもある。

 

 「この時代を乗り越える事が出来れば、【魔王】も『人の大陸』には手を出し辛くなるだろうよ」

 

 劇的な変化が今、『人の大陸』に訪れている。だからこそ、進むべき確かな自我を失ってはいけないのだ。

 

 「止まれ」

 

 その言葉で単于が足を止めると他の者達も足を止める。目の前には二つに分かれた道が存在していた。右と左。どちらが正解で、どちらが間違いなのか……そもそも正解はあるのか――

 

 「二手に別れるぞ」

 

 暗闇。奥には『黒龍族』がいる。その状況下にも関わらず、単于は迷わずそう告げた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 『世界会議』を終えた十六夜空(いざよいそら)は、『サンドラ』の浜辺から自国である『ジパング』へ向かう、海賊船に乗っていた。

 

 「…………」

 

 甲板の横から海を眺める彼女は、『世界会議』が終わってからも、ずっと自分のした決断を考えている。

 今後の世界方針は決まった。だが……まさか、あんな事になるとは――

 

 「ずっと考えているよな? 未だに納得できない結果だったのか?」

 「阿見傘」

 

 空の護衛として『オベリスク』へ同行した武芸者――阿見傘は、現れて早々にそんな事を言いながら横に並ぶ。

 

 「……納得できない……訳じゃないけど、あの奇襲じみた発言に対して判断を早まったかと思ってね」

 

 そう、まさか……彼女があんなことを言い出すとは――

 

 

 

 

 

 『世界会議』の場で、初めて発言した『アウローラ』の女王――アリエースの“言葉”は、皆の耳に鮮明に入って来た。

 

 「撐犁孤塗単于(とうりことぜんう)殿が、再び世界へ歩み出しました」

 

 その情報は、『世界会議』が始まる数刻前に速達で届いていた。本国(アウローラ)に居る(ラディウス)からの確かな情報である。

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