大浴場。プールの様に大きな浴槽と、幾つかの洗面台が存在する。
離れた場所から湧いている温泉を、水道を通し、この屋敷まで開通させており、外に設置されてある水路の変換装置によって、放流のONとOFFを操作していた。
「へぇー、アリスちゃんって、ヴォーグ村から来たのねぇ」
20人は一度に入れる大きな浴槽に、『ラミア』のシャルルは、肩から上と尻尾の先を湯から出して、『妖精』のアリスへ話しかけていた。
アリスには浴槽は大きすぎるので、お湯汲み用の桶に、お湯を溜めて同じように浸かっている。
「はい……必死で逃げて来て、わたし何もできなかった……」
人の持つ悪意。その波に、ヴォーグ村は呑み込まれた。人を人と思わない凶悪な命の略奪者たちに、『妖精』であるアリスは抵抗する事さえできなかったのだ。
「気にすること無いって。私達は、そうやって生きるしかないんだから」
「アリス、と言ったな?」
楽観的なシャルルとは別の、キリっとした声色が二人の会話に割り込んでくる。片翼を洗い終わった『鷹』のクレアだった。
「必要なのは、自分が何をできるのかを知る事だ。君は逃がしてもらったのだろう? ならば、また戻る事も出来たハズだ。だが、君は逃げ延びた」
「私は……」
もし、アリスが残っていたとしても、村の者達と同じように殺されていた可能性が高いだろう。
「それで良い。君を逃がした者は、誰よりも君に生きてほしかったハズだ。それでも、自分が許せないのなら……ここで理由を見つければいい」
「まったく……クレアってホント、古臭いわよねぇ。『鳥爪族』ってみんなそうなの?」
少し離れた鏡の前で身体を洗っている『吸血鬼』のサーシャは、聞こえる様に声を発する。少しだけ周りに反響するので、浴場に居る者全てに響いた。
「結局は、ただの逃げしかない。あたしは、そんなの嫌よ。弱いままで生きるなんて……自分に対して諦めてるって事じゃない」
「サーシャは、本当にそれでいいの?」
わしゃわしゃと『スキュラ』のトマの髪を、防水用の義手で洗ってあげている『黒龍』のアンネは、鋭い一言をサーシャへ告げた。
「強さを求めた者は……皆、孤独になった。その果てで壊れた者も多く見てきたよ」
「だからなに? 力の使い方を間違わなきゃいい。『ミトロジア』の事を何も知らないから……そんな事を言えるのよ」
サーシャの口より出た単語『ミトロジア』は、吸血鬼の文明社会の総称である。
ほとんどの吸血鬼が『ミトロジア』に身を寄せて暮らしており、『魔族』三大文明の一つだった。
「私は賛成ですよ」
少し遅れて、『天使』のユーリが浴室に入ってくる。彼女は、今だけ本来の白い翼を出現させ、頭には光のリングが浮いていた。
「サーシャさんは、誰よりも努力家ですし、どんなことでも学ぶ姿勢は、私も見本にするべきだと思っています」
ユーリは上手く尻尾を洗えずに苦戦している『猫』のジェフリーを手伝う。
「ちょーっと短気だけどね」
シャルルはニヤニヤしながら、浴槽に入ってきたサーシャを見る。そしてアリスの入っている桶を尻尾で持ち上げ、浴槽に浮かせた。
「短気? そう言うのは“ツンデレ”というモノだろう?」
クレアは、ふむ、と顎に手を当てて、まじまじとサーシャを見る。
「サーシャ。“ツンデレ”は、ファン増えるよ」
アンネは、そんな事を言いながら、トマが転ばない様に手を添えて湯に浸からせる。そして、そのまま
「ふんっ。あのポンコツは、いつか必ず解体(バラ)す!」
「別にさぁ、脂肪って言っても体脂肪の事じゃないかもしれないよ?」
「どういう意味よ? そもそも一キロも増えて無いっつの!」
「いや、だからさぁ。胸の事じゃね?」
サーシャは自分の胸部を見る。いま大浴場に居る者達での序列では、後ろから四番目で、成体としては、これ以上の身体的成長も難しい年頃なのだが……
「まさかぁ」
と、今日はしかめっ面ばっかりだったサーシャは嬉しそうに否定する。
「なんか……恐い話ですね」
「全種族共通の悩みだよなぁ。女としては」
アリスとクレアは、それぞれの考えを口に出す。すると、そのタイミングで大浴場の扉が開いた。
「諸君! 酒持って来たよ! 酒! 飲もう!」
小脇に酒瓶を抱えた『白竜族』のロットが、その場に現れる。遅れた理由として、隠していた酒瓶を掘り出していたのである。
「アンネ。おさけっておいしい?」
「トマは飲んだらダメ」
「えー」
「私も飲まないから」
「じゃあ、のまないー」
そんな会話をしながら、アンネは酒に対するトマの興味を薄れさせていた。
「外の雪に放置してたんだけどさぁ。天然の冷蔵庫ってやべー。もう、ガッチガチだから湯で溶かそうぜ!」
「ロットさん、ほどほどにしてください」
ユーリは強く止める様な事はせず、明日に支障が無いように少量だけを許可していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ふむ。長いと思わないか?」
エントランスで女子組が全員、出るまで待っている男子組は、皿を全て洗い終えると、それぞれで暇をつぶしていた。
椅子と机を揃えて、『狼』のカルロと『戦鬼』の孤塁(こるい)は将棋を行っている。将棋一式は単于の持ちモノであるが、教えてもらって打てるようになっていた。
「女は昔から長湯と決まっている。それを辛抱強く待つのも男の宿命だ」
パチンッと気味の良い音が鳴る。孤塁が駒を打ったのである。
「……本当にそうなのか?」
今度はカルロがパチンッと返すように打つ。
「どういう意味だ?」
「男は、その先に踏み込んでなんぼだろ? 『戦鬼族』じゃ、そういうのは無いのか?」
「無いわけじゃない。だが、あまりにも不謹慎だろ」
「孤塁(こるい)。お前はクソ真面目だな。俺は、今こそチャンスだと思っている」
カルロは立ち上がると、いつもと違う状況だからこそ好機であると語る。
「普段は無いぞ。何故なら、あのユーリさんも湯浴みしているからだ!」
「ぬ。うむ……」
「『天使』の湯浴みだ! 獣女や貧乳『吸血鬼』なんて目じゃねぇぜ!」
行動や雰囲気全てが、聖母という言葉と完璧にマッチするユーリは『天使』の中でもかなり穏やかな性格だ。街へ行った時も、彼女の回りには多くの人だかりが出来ていたことも少なくない。
それに、普段、薄着をしないだけ、脱いだら凄いとなんとなく予想はついているのだ。
「はいはい。そーいうことね」
意気込むカロンの肩を後ろから掴む存在があった。その言葉にゆっくり振り向く。
「どうもー。貧乳『吸血鬼』でーす」
そこには、『吸血鬼』のサーシャが影のある笑みで微笑む。その他の女性人は、階段を上がって、各部屋の寝室の用意に移るようだった。
「……孤塁。助け―――」
カルロの顔面が、サーシャの拳で凹むと、明日工事する予定の暖炉へ突っ込んだ。
「ケッ、クズが」
暖炉から足を生やしたまま動かなくなったカルロに、サーシャはそう吐き捨てる。彼女も他の者に続いて寝床の作業を行いに向かった。
後に孤塁(こるい)は、この時の心情を、殺されてもおかしくなかった、と身震いした。
「悪くない」
単于は、本館の裏口から出て少し歩いた所にある、ドノフの工房にて、彼が造った武器を見ていた。
『ジパング』と呼ばれる東の国の、刀造技術を使って作られた武器だった。僅かに反った刀身は、切れ味の方に特化させた“刀”と呼ばれる剣である。
「相当苦労したぞ」
「だが、完成した」
単于は一本の刀を吟味していた。見た目は普通の武器だが、実際は世界初となる原子レベルでエーテルを打ち込む事を成功している。こう言った、武器自体がエーテルを発する様になった物を世間では『魔法武器』と呼んでいた。
『魔法武器』とは、本来理論と詠唱が必要な“魔法”を、その知識と過程を無視して引き出す武器の事である。
自分には適性の無い属性の魔法を使うことが出来たり、自身が使える“魔法”であるのなら、武器自体に効力を送付したりと、通常の武器に比べて一線を画する“兵器”なのである。
ただの兵士でも一騎当千に変貌させるその武器は、未だに確実な生成方法は作られていなかった。
理由として、『魔法武器』の生成には、初期の製造過程から精密にエーテルを組み込まなくてはならないのである。
『魔法武器』の基盤となる武器の“製造法”と“エーテル操作”に精通した者が居なくては、完成させる事は不可能。更に、技術も時間も膨大な費用が掛かるのである。
そして既に造られた武器を、後天的に『魔法武器』とするには偶発的な事柄以外に前例がなく、また人為的に検証して成功した例も存在しなかった。
だが、単于の考えた理論と、ソレを形にするドノフの製造技術。そして、ユーリのエーテル操作技術によって、不可能と言われた前例は打ち破られ、既存の武器を『魔法武器』へ昇格させる事に成功していた。
対応させた武器は、単于が旅をしていた時に使用していた『無月』という刀である。
「空間の圧迫と解放――“風”のエーテルを感じます。それも、これだけで嵐を起こせそうな密度です」
「『伝説の武器』に対抗できる武器として持っておきたい。管理はお前に任せる」
刀身を鞘に納めると、ドノフへ管理を任せる。そして、製造に関わった二人には、この事を他には漏らさない様に厳守していた。
「オレが死ぬか、『無月』を奪われそうになったら壊せ。できるな?」
「まったく、造れと言ったり、壊せと言ったり……何を考えているのか、たまには腹の内を明かしてほしいものだな」
「勘違いするな」
工房から去ろうとした単于は、扉に手をかけてドノフに告げる。
「オレは、お前たちの事は……何とも思っていない。余計な詮索はするな」
単于が、彼ら、彼女らを、この地で世話をしている理由は彼らを助けたかった、からではない。
自分自身の身勝手な目的の為であり、ソレをユーリ以外に知る者は居らず、語ろうともしなかった。それ故に、単于は、他の者達には出て行きたければ好きにすればいいと常に言っている。
「申し訳ありません、ドノフさん。どうか、『無月』をよろしくお願いします」
彼の意志無しに、その目的を許可なくユーリは喋る事はできない。彼女は単于の言葉を尊重する事しか出来なかった。
「まぁ、構わんけどよぉ……」
返事はしつつも、ドノフは嫌な予感を感じていた。しかし、単于に対する自らの感謝する気持ちと、彼が今まで一度も嘘を言ったことが無かったこともあり、全面的に判断を信用しているのである。
「詮索はせんよ。だが、もし何か起こすつもりなら、ワシにも声をかけてくれ。単于の為なら命くらい賭けるつもりだ」
彼に救われた身として、一生かかっても返しきれない恩があるのも事実なのだ。それに彼は、私欲の為に“力”を使うような『人間』じゃない。
「ありがとうございます。私も失礼します」
「おう」
ドノフは特別仕様の箱に『無月』を入れると、特殊な錠と魔法陣で自分以外開けられない様にロックする。
そして、出来れば……この箱を空けない事を祈り、シーツをかけた。
胸囲比較
シャルル>アンネ>ユーリ=クレア>ロット>サーシャ>ジェフリー>トマ=アリス
※カルロ調べ
ん? 誰か来たな。あれ? サーシャ――