「クラリスさん。彼は――
左の道を進みながら、リーガルは明かりを担当しているクラリスに、並み外れた器量を持つ単于の事を尋ねていた。
あれほどの思考と実力を持つのなら、注目されないハズが無い。自分は今まで、彼の事はまるで知らなかったのだ。
『
後に『レジェンディア』を召集する際に世界有数の実力者が必要だからであった。
リーガルは、今回『アウローラ』へ赴く際に、その実力者を本部の名簿で確認しており、その者達とも接触するのも視野に入れていたのだ。
「彼は、『匈奴』の地に残った最後の民です。前回の【魔王】との戦いでは無くてはならない存在でした」
クラリスは、単于が偽名を使っていたことから、何らかの理由で素性を隠していると察する。
「あの極寒の大地――『匈奴』を故郷に持つ者でしたか」
彼は他から流れて来たと言っていた。きっと『匈奴』の様子を見て驚愕したのだろう。かつて『匈奴』に居る、勇者候補に会う為に視察と称して訪れたことがあったが、その時の面影は一切無かったのだ。
「あの土地に再び住まう事は不可能でしょう。『匈奴』に居た民族は、風の噂では新天地へ移動したという話ですが……」
その辺りの話を単于が認識しているのかは解らなかった。『匈奴』に住んでいた者達は一体どこへ行ったのか。彼は捜そうともしていないし、連絡を取っている様子は一切無い。『アウローラ』としても、呼び戻したいと思っているらしいが……
「例え、人の住むことが過酷な国になってしまっても、彼にとっては二つとない故郷だったんだと思います」
だから、単于は『伝説の剣』を取り、命を賭けて【魔王】を倒したのだ。その結果が悲惨で、何も救われなかったとしても……その地に還る事だけは絶対に決めていたのである。
「……そうですか。私は彼が少しだけ羨ましい」
リーガルは、絶対に崩れない意志と決意を持つ単于を羨ましがっていた。『
理不尽だと思っていても、それに従わないといけないのだ。
「確かに、彼は独自の価値観で行動していますが、私はソレが最良だとは思いません。状況によっては相手に敬意を払う方が被害も少なく、丸く収まる場合があるでしょう。大切なのは、自分自身を見失わない事であると、私は――」
と、元とは言え教会の上級役職の者に偉そうに説いている事に、クラリスは咄嗟に頭を下げた。
「す、すみません!! 私……生意気な事を……」
「いや……勉強になったよ。自分自身を見失わない事……か。良い言葉だ」
解っていて、理解していても、ソレを他人から指摘されるのでは捉え方が違ってくる。
この世界には大きな溝が存在し、それは物理的な物だけではなく人の心にも存在している。ソレを取り除くのが【勇者】の役目で、その果てが和解か戦争になるかも、結局は【勇者】の
世界の『
ならば、単に上からの言葉に流されるのではなく、個人個人が確固たる意志を持って歩み出すことで、より良い世界になるはずだ。
世界には【勇者】が必要だ。『人の大陸』だけではなく
「……誰? 誰か居るの?」
その時、通路の奥から声が聞こえた。女性の成人に成るか成らないかの中間の声色。その声の場所へ向かって、リーガルとクラリスは走る。
「――! ウィオラ姫!」
そこには、ウィオラ・サンタリアンが土で造られた牢に入れられていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ウィオラは【黒龍王】との最初の邂逅時、彼を警戒しつつも状況を打開する為に、どうすればいいか考えていた。
「人を呼ぼうとか考えない方が良い。既に、オイラの配下が主都に潜入している。合図か、時間内に合流地点に現れなければ……この街が焦土となる」
既に街中に少なくとも一体の『黒龍族』が侵入しているのだと言う。加えて、目の前の青年が本当に【黒龍王】であるのなら、勝ち目はゼロだ。
国が滅ぼされて、それで何も残らない。
「できれば、そんな事はしたくないんだよね。遺恨ってやつ? オイラは怨むのも怨まれるのも好まない。まぁ、軽い物語を作るつもりで付き合っておくれよ」
「物語?」
「そう、よくあるでしょ? 悪いドラゴンに攫われた姫を勇者が助けに来るって話。結構実話だと思うからね。この辺りで修正しておこうと思うんだ」
伝説の生き物の中でも、更に頂点に立つ存在が、まるで子供のような発想をしていた。そんな理由で、国を人質に私を攫おうとしているのか……
「簡単な筋書きだよ。勇者は姫を助けに来たけれど、ドラゴンには敵わなかった。けど、ドラゴンは姫を返し、変わりに自分たちの存在に干渉し無い様に言葉を残して去る」
「それで……貴方達に何の得があるの?」
「得? そんなモノは求めていない。ただ、再認識させようと思ってるだけだ」
ふと、空気が変わった。四季は真冬だと言うのに、夏の様に周囲の温度が引き上がっていく。頬をつたる汗は緊張からではない。
「『竜古族(オイラたち)』は、人が一生かけても届かない存在だと言う事を知らしめ『魔族殲滅宣言』なんて身の丈も知らない発言をする【勇者】に解らせる為だ」
人が受けるにはあまりにも強すぎる存在感。今までは抑えていたのだろう。目の前の青年から感じる雰囲気は、災害と同じモノ――
だが“災害”との決定的な違いがある。それは……意志を持っていると言う事だった――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「無事ですか? お怪我は?」
左の通路の奥に捕えられていたウィオラを、クラリスとリーガルは救出していた。
土の檻はリーガルが崩し、その開いた隙間からクラリスは中に入ると、防寒用の上着をウィオラへ羽織らせる。
「ありがとうございますわ、クラリス。それと、こちらの方は――」
「リーガルと申します。本来の立場は『
「ありがとうございます。『
『人の大陸』最大の組織である『
「いえ、私は『
「それは……」
クラリスは全く予期していなかったリーガルの立場に、驚きを隠せなかった。確かに、彼ほどの実力者なら【勇者】にスカウトされていてもおかしくは無い。
「すみません。回りくどくなってしまいましたが……私は三代目【勇者】殿の『従者』――【魔法剣士】、リーガル・デュケーンです」
「…………」
なんとなく、単于が二手に別れると言った意図が掴めた。偶然かもしれないが、リーガルの事を信用していなかったのかもしれない。
だから、自分の傍から引き離す為にわざわざ二組に別れると言ったのだ。
「リーガル殿。貴方がどのような用件で
一週間前に『匈奴』で討たれた【賢者】の件は『アウローラ』が関わっていると睨んでいるだろう。だが、『世界会議』では情報伝達の時間差を利用して【賢者】の死亡は、まだ【勇者】まで届いていないハズだ。
「お恥ずかしながら、その件はこの地に来てから知りました。北部国境でその話を聞いたのです。元々、私の目的は【賢者】と共に『アウローラ』へ協力を求める事でしたが――」
「申し訳ありませんが、我が『王』の許可なく、ウィオラ殿下を連れ出すのは遠慮願います」
すると、【黒龍王】の従属者であるグライドが丁寧な物腰で発言しながら、その場に現れて三人を見ていた。同時に、唯一の最悪とも言える結末が判明してしまった。
【黒龍王】は……右の通路の奥に――