ソリダオン   作:真将

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40.一つではない思い

 単于達は、リーによって坑道の地形を操作し、専用の出口を作って人気のない、入り口とは反対側へ脱出していた。

 場所は山の側面。少し森を進めば道に出る地点である。

 

 「それで、今は、お前が【黒龍王】か? クロ」

 

 後ろから駆けつけたクラリスも合流し、単于は、クロア、グライド、リーを見ながら問う。何故、こんな事をしたのか、と。

 

 「色々と考えたんだけど……これしか思いつかなくて――」

 

 三代目【勇者】による『魔族殲滅宣言』。『黒龍族』の老中の者達は、より深刻に受け止めていた。

 『竜古族』の存在を知っておきながら、浅はかにそのような発言を世界(オーラガルド)に伝えるとは、『霊峰』に対しても宣戦布告したようなものだと認識していた。

 【黒龍王】になってから、クロアは多くの老中より『人の大陸』への進撃を進言されたのである。

 

 だが、クロア個人としては過去に単于と接触しており、『人間』とはそれほど愚かなモノとは思えなかったのだ。もしかすれば一部がいきり立っているのかもしれない、と側近の一人であるイグセスに『人の大陸』へ数名の同胞と共に偵察に向かわせた。

 

 しかし、数日経ってもイグセスから連絡は無く、それによって更に同族内で『人の大陸』進撃の意は大きくなりだした。

 クロアとしては、『魔の大陸』でも戦士として三指に入るイグセスが容易く討ち取られたとは考え辛く、仕方なく、自分が出向くと言い、戻って来るまで進撃は待つように告げた。

 

 だが、クロアが見た『人の大陸』は、かつて先代【黒龍王】と共に来た時とは、まるで変っていた。

 

 『魔族』が迫害され、奴隷に落され、痛めつけられ、そして、殺されていた。

 

 先代と違い、クロアは堅実な『王』とは言い難い。同族じゃなくても、怒りを覚えその場の人間たちを殺そうと足を踏み出すほどの憤怒は今でも覚えている。

 確かに【勇者】は、『人間』にとってすれば希望となる存在だろう。だけど……その【勇者】が宣言した、たった一つの言葉で、ここまで『人間』とは盲信的にソレを行使するほどに意志の弱い生き物だったのか?

 かつて、自分が唯一敗北した単于は、そんな様子は微塵も感じさせなかった。だから、『魔族殲滅宣言』も殆ど『人の大陸』では意味の無い事だと思っていた。

 目の前の迫害され、淘汰されて行く『魔族』達を見て――

 

 そこからクロアの決断は早かった。全てを救う事は不可能だとグライドに言われ、せめて『人の大陸』に居る『黒龍族』全てを緊急に【霊峰】に連れて帰る。

 その為には、【勇者】に解らせなければならなかった。

 一国の王族を攫い、ソレを救出に来た【勇者】に解らせる。『魔族』は容易く殲滅できるモノではない。

 そうまでして『魔族』を否定するのなら、こちらは『人間』全てを否定してやる、と『人の大陸』に伝える為だった。

 

 

 

 

 

 

 クロアから今回の事件を引き起こすに至った経緯を単于は静かに聞いていた。

 

 「それで、他の国の『魔族』の肩身が狭くなるとか考えなかったのか?」

 

 彼の行いは、今の【勇者】に対して抵抗する為の行動だったのだろうが、ソレが成功しようが失敗しようが、結局は『魔族』に対する確執が悪化するだけだ。

 特に今の時期だからこそ、事は慎重に運ばなくてはならない。今回の件は結果として『魔族』側にプラスになるような事は何も無い事柄である。

 

 もし穏便に済ませたと言っても、『人の大陸』では『黒龍族』が野蛮な『魔族』だと伝え広がるだけ。それも、『黒龍族』の頂点である【黒龍王】がソレを行っていると知れれば、言い訳もできなかっただろう。

 

 「やれやれ、ジジイはどうした? 先代【黒龍王】は」

 「じいちゃんは、引退して世界各地の『黒龍族』に会う為に放浪するって。オイラは後を任されて……」

 

 なるほど。昔、吾輩を仲間にせんか? とか言ってきたジジイだ。後継ぎが決まった途端に即座に玉座を降りたのだろう。だが、クロの決断を止めた奴はいなかったのか? 特に長い間、『王族』に仕えているコイツは――

 

 「グライド、お前も止めろよ」

 

 隣でニコニコしているグライドに単于は視線を移す。

 

 「そんな恐れ多い事は出来ません。【黒龍王】の意志は『黒龍族』全体の意志です。一個体が意見をするべき事ではないのです」

 「まったく……その古臭い掟を重視するやり方の所為で、色々と困ってる奴らもいるんだぞ?」

 

 『匈奴』に居るシーザーとアンネは、その所為で【霊峰】へ帰れなかったのだ。今回、クロアが同族全てを【霊峰】に連れ戻すと言っても、あの二人は根本的に同族から“否定”されてしまっているので、それほど歓迎されないだろう。

 

 「解っています。しかし、クロア殿下は新しい掟を考えていますので、ソレを支持するつもりです」

 

 記録しているだけでも100万年前から存在する『竜古族』の掟は、古くから一族の存命を重視し、【霊峰】へ留まるためだけのモノだった。故に、自分の意志で【霊峰】を出た『竜古族』には適応されることは無い。

 つまり、【霊峰】外で死んだり、殺された『竜古族』に関しては自己責任であると処理され、掟の対応外なのである。

 クロアは、今まで『竜古族』の安寧を護ってきた掟に新たな一つを加えるつもりであるのだ。

 

 「と、言いましても……受理されるには最低100年はかかるでしょう」

 

 【霊峰】は『黒龍族』と『白竜族』から選抜される“巫女”が創り出す“絶域”によって覆い隠されている。『竜古族』以外がたどり着くには特殊な方法が必要であり、在住するにも同族以外は認められていない。だからこそ、世界でも最も多く生き延びてきた種族でもあるのだ。

 

 「カッカッカ。なんじゃ懐かしい気配がしてのぅ。何をしとるんじゃ? 貴様ら」

 

 その時、そんなしゃがれた笑い声と共に、その場に現れたのは、一人の老人だった。フード付きのローブに身の中に隻腕を隠し、長いひげと眉毛で口元と隻眼が隠れている。

 

 「あ、おじーちゃん!」

 

 リーは家族の中も最も長生きな『黒龍族』に声を上げて走ると抱き着く。

 

 「じ、じいちゃん!?」

 

 クロアは、その人物の登場に、なんでこんなとこに居んの!? と驚愕の表情で見開く。

 

 「あら、ハン殿下」

 

 グライドは、近所で身内の老人に遭遇したような雰囲気で、現れた先代へ一礼する。

 

 「は、はわわわわわ!?!?!?」

 

 アリスは自然に放出されている凄まじい量のエーテルに当てられて、口が回らなかった。

 

 「こ、【黒龍王】殿!?」

 

 クラリスは、過去に『境の山脈』の“王座”に座っていた人物が、普通に目の前に居る事実に驚く。

 

 「生きてたのか。こら、クソジジイ。『龍薬』の材料は全然違うじゃねぇか」

 

 各自、それぞれの意見を告げる中で、唯一、過去の事で文句をつけたのは単于だけだった。彼は、過去に集める様に言われた『龍薬』の材料が、どれ一つも合っていない事を追及する。

 

 「相変わらずよの、単于。貴様くらいだぞ? 吾輩に敬意を払わないのは。ちなみに嘘を教えたのは、本当の材料だとキツイと思ったからよ。カッカッカ」

 「悪戯好きなジジイなんて尊敬できるか。こっちは命がけだ」

 「ぜぜぜぜぜぜぜ――」

 「アリス、言葉になってないぞ」

 

 いつもと変わらない単于の様子にアリスは何か言おうとするが、当てられるエーテルに耐えきれず、遂にはコテッと気を失って墜落した。

 

 

 

 

 

 「では、今回の件は何事もなかった事にすると?」

 

 ウィオラは馬車の中で正面に座るリーガルと会話をしていた。彼女の隣にはイグナートが座り、ラディウスは外で馬に乗って共に就いている。

 

 馬車は主都――サンタリアンへ向かっている最中だった。6日も業務を疎かにし、更に民も心配させてしまった。早馬で救出の報は国中へ駆けまわるだろうが、それでも早く顔を見せた方が良い。

 その為、リーガルの『三代目【勇者】の使い』の件は、この場で片付けたいと思っていた。

 

 「はい。私としても『魔族殲滅宣言』にはさほど賛同ではないのです。元より『神導教会(クライルス)』も『魔族』は『精霊王』の眷属であると、言い伝えがあるので一方的な政策は受け入れがたいモノがあります」

 「『世界会議』には私の祖母――女王アリエースが赴いていますわ。今の所、他国がどのような決断を下すのかはわかりません。『グランジア』とは、利害の一致で協定を結んでいましたが……状況によっては流れる可能性も高い――」

 「しかし、切り札が存在していた」

 「ええ」

 

 リーガルが切り出し、ウィオラが肯定した“切り札”とは二代目【勇者】――単于の事である。兄がどのように説得したのかは解らないが、彼は再び【勇者】として歩く事を選んでくれた。

 だが、それはまた、彼が一人で“全て”を背負ってしまうのではないかと言う懸念もある。

 

 「出来るなら、それだけは使いたくなかった手でもあります。彼は一度、命を捨てる決意をするほどの絶望を味わっているのですから」

 

 【勇者】として、戦った末路に待っていたのが何も叶わない結果だったのだ。5年前の頃は、たかが土地の一つ、と思っていたが……自分も『アウローラ』が救われないと知らされれば、絶望するだろう。

 人は、帰る場所が無ければ……生きる意味を見いだせない程に弱い生き物なのである。

 

 「それは間違いだよ。彼は強い」

 

 ふと、馬車の側面で、馬に乗り追従しているラディウスが告げる。

 

 「お祖母様も言っていただろう? 人は、護るべき者が居る限り、誰よりも強くなれるって」

 「…………そうですね。お兄様の言うとおりです」

 

 彼は大丈夫だ。【賢者】と戦う際に『匈奴』へ行った時、『赤沙』で彼は、失っていたモノを取り戻していた。今までの彼から発せられた、冷えた声が……まるで違う形に感じられたと思い出す。

 

 「それでも、頼る事はいい顔をされないでしょうけど」

 「それも大丈夫さ。彼はウィオラに“借り”を返すと言っていた。せいぜい、世界を救うまで“借り”にしておこう」

 

 単于殿が“借り”を返す、と? ウィオラは、状況を的確に判断し、断る時は断る、彼が、そんな曖昧な理由で坑道へ訪れた事に驚いていた。

 

 「それならば、借りにしておきましょう。それで、リーガル殿。貴方はこちらに口裏を合わせていただくと言う事でよろしいので?」

 「はい。出来れば、三代目【勇者】殿が納得できる様な言い訳が好ましいですね」

 「それでは、こういった事ではどうでしょう? 『アウローラ』は三代目【勇者】の『従者』である【賢者】ファーナー殿が、過酷な大地である『匈奴』へ独断で調査を行い、志半ばで命を落としてしまいました。その葬儀を国総出で――」

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