ソリダオン   作:真将

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ちょっと思いついたので投稿


閑話 勇道の仲間たち
彼の傍に在る賢人


 この世界は救われる価値なんてない。

 

 近隣の国の戦争に巻き込まれた私の村は、物資の補給と言う名の理不尽な略奪により、焼かれて、あたし以外は全て殺された。

 その時、襲撃した騎士団と言う名のならず者たちに捕まったあたしは、道中で散々慰み者として犯されつづけた。最終的にはその国にある鉱山の労働場に送られ、過酷な労働を強いられた。

 鍛えたことのない細身の体で日々のノルマを課すために昼は休みなく働いた。そして夜は今までと同じだった。

 

「…………」

 

 涙は枯れ果てていた。毎日眠るときに一人か多い時は三人の相手をさせられる。それがお前の役目だと言わんばかりに、毎夜犯されるのだ。

 

 あたしは二十にも満たない小娘だった。元々子供を作りにくい体質なのか、誰かもわからない子供を身ごもる事も無く、日々を怨むことも当の昔に通り過ぎていた。ただ馬鹿みたいに繰り返される毎日に疲れ果ててしまったから。

 世間では【勇者】だの【魔王】だの慌ただしく飛び交う二つのキーワードはあたしにとって、全くもって馴染の無い事だった。

 勝手に滅べばいい。この世界に“救われる価値”なんてない。私はそう思って疲れて今日も目を閉じた。

 

 あたし一人が疲れていても、日は昇りそして沈んでいく。世界から見ればちっぽけな人間の、ちっぽけな不幸なのだ。当たり前に続いていくこの世界で“救われる”とはなんなのだろう?

 いつもと同じように別室に連れられて、犯されていると慌ただしく声と悲鳴が飛び交った。

 

「解放軍だー!」

 

 誰かがそう叫び、そして聞こえなくなった。後から知ったのだが、近隣の泥沼と化した戦争を止める為に両国の難民によって結成された『終戦解放軍』と呼ばれる反乱軍が、あたしのいる鉱山の労働施設を開放に来たと教えてもらった。

 

 彼らは、この戦争によって理不尽に帰る場所を失った者たちを救助し、戦争を終わらせることを目的とした組織だった。

 その時、部屋の壁が吹き飛んだ。崩れる壁で上がった土煙によって襲撃者の姿は見えないが、あたしを犯していた男は襲撃者によって首を落され一撃で絶命した。

 

「……女の人か」

 

 持っている武器を振って、ヒュッと刃に着いた血を飛ばす彼は、そこであたしに気が付いた。見た目はかなり幼い。12か13そこらの小さな剣士。にもかかわらず射殺すほどに鋭い視線は、その年齢の子供が持つべき瞳では無かった。

 得物を肩に乗せながら月の光で映し出された顔は、あたしよりも年下であると告げている。そして眼前まで近づいて来ると、

 

「――お前も物好きだな」

「え?」

「ここまでされて、生きようと思うとは」

 

 そう言いながら彼は、羽織っているマントを脱ぐとあたしに投げて渡した。それと、同時に施設に残っている兵士達が扉から入ってくる。

 あらたか、逃げる先に売るための奴隷としてあたしを連れて行こうとしたのだろう。

 

「――――」

 

 彼は兵士たちの目的を察し、明らかな嫌悪を表情に宿す。月の光に反射する銀閃が動く度に兵士達は斬り倒されて行った。睨まれただけで気落されるほどの殺気に逃げていく兵士達にも、彼は容赦なくその背後から斬りつけて始末して行った。

 

 朝日が昇る頃。労働施設は『終戦解放軍』によって制圧され、奴隷として働いていた者達は皆涙を流して自由を喜んでいた。その中であたしは、その日の出をいつもと同じように昇ってきたはずなのに、不思議と“違う”と感じたのだ。

 

「泣いているのか?」

 

 その日の出に無意識に涙を流していたあたしは、いつの間にか隣に座って同じように日の出を見ている彼にそう問われる。

 

「ここは陽の光が見えるんだな……」

 

 “日の出”を見ながら兵士たちを斬り殺した時とは別の雰囲気でどこか疲れたように彼は呟いた。

 

 

 その後、解放軍に居た魔法使いにあたしは魔法を教えてもらった。

 『終戦解放軍』は常に戦力が不足していたのだ。故に開放した者たちでも戦おうとする者達は全て戦力として扱われて、用いられる技術を全て教えられた。

 

「ハザードちゃん。正直言って、もう教えることないよ」

 

 解放軍の魔法使いは、あたしの成長速度に、もう教えられることは無い、もっと高位の魔道士を知っているので、そちらを紹介しようかと勧めてくれた。

 

「ありがと。でも、それじゃ意味ないんだよねぇ」

 

 魔法に対して極端な素質を持つらしく、あたしにとってしてみれば魔法なんて息を吸って吐くのと同じように行使できたのだ。一度見れば大抵は理解できる。

 魔法を習いだして二週間後、あたしも彼と同じ様に解放軍の最前線で戦えるところまで力をつけていた。

 

「え? 出身は『匈奴』なの?」

 

 解放軍のリーダーが今後の進行計画を彼と話している際に何気ない『匈奴』という一言を聞き逃せなかった。彼が去った後でどことなくリーダーに問い詰める。

 

「ん? おっと、他の奴には秘密にしておいてくれよ? 彼は自分の意志で俺達と共に戦っていてくれる。あの極限の地の民だ。本人もあまり追及されたくない様でね。この戦いが終わったら帰るそうだよ」

「帰るって……『匈奴』は人が住めないような場所じゃなかったけ?」

 

 【魔王】の呪いによって止む事の無い寒気に包まれた土地『匈奴』。民たちは皆死に絶えるか、新天地に移動したと噂程度に聞いていた。

 

「しかし、彼にとってはかけがえのない場所なのだろう。例え、そこが地獄と呼ばれる場所だとしても」

 

 帰るべき場所に還る。彼は人として当然のことをしているに過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 その後、『終戦解放軍』により多数の重要拠点を制圧された両国は、互いに平等の利益を寄せることによって戦争は終結した。

 

「どこに行くのさ」

 

 姿を隠すようにフード付きのマントを着て、平和になった国を去ろうとしている彼を捉まえた。生きて帰れた兵士たちは泣いて家族と抱き合う。そんな光景で溢れている国境を尻目に去ろうとしていたのだ。

 

「お前もさっさと帰れ」

「ご要望に応えられなくて悪いけど、あたしに帰る場所なんて無いんだよね。村は焼かれて、皆は殺されちゃったし」

 

 それについてはもう整理がついている。そして今更悲しむような感情も無く、単なる辛い思い出としてせいぜい苦笑いが出るくらいだ。

 

「だから、あたしも行くよ。一人なんでしょ? これからの生活に魔法使いなんてどうっすか?」

「いらない。それに、足手まといを抱えて生活できる程余裕がある訳じゃない」

「迷惑はかけないよ? 邪魔だと思ったら捨ててくれてもいいし」

「尚更いらん。せめて、何の為に生きているかくらい、見つけてからそんな事を口にするんだな」

 

 その時、向けられた彼の眼は、あたしに対して何の価値も感じていない瞳だった。

 

「明日を望まない奴に何の価値もない」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 それから三年後、魔道士として十二分に力をつけたあたしは彼と再会する。

 その時の彼は最後に別れた時の眼よりも、更に深く鋭く、強い使命を宿した【勇者】となっていた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 近隣の大国『アウローラ』で再開したあたしと彼は、神導師教会『クライルス』の支部から、治癒術士を一人選び、旅に同行してもらった。

 

「それにしても解りません」

 

 クラリスと言う助祭は【勇者】の仲間に選ばれたことを“神に選ばれた”“世界を救う手助けが出来て光栄です”とか言って本当に嬉しそうにしていた。

 

「私はともかく、貴女は修業中の身でしょう? エーテルの乱れが強く出ていますよ。確かに【勇者】様の旅に同行できる事はこの上ない幸福ですが……未熟な身では危険極まりない」

「だから、何度も言ってるじゃん」

 

 人の溢れる酒場で食事を取りながら自己紹介を行っていた。彼はあたしたちの会話には微塵も興味なさげに黙々と食事をとっている。

 

「ただ、嬉しいだけだって」

「確かに、【勇者】様と共に【魔王】を討伐し世界を救済する旅は、名誉ある事です。それを“神の意志”により同行を許された私なら疑問は無いですが……」

 

 殆ど歳も変わらない癖にうるさい奴だ。あたしは表面上は、あははと笑っていても、この女――クラリスの事は嫌いだった。

 

 彼が連れて行くと言わなければ一生話す事も無かっただろう。

 

 別に彼女に嫉妬しているわけではない。どんな事も“神の御導き”と考えている思考がどうも理解できず、何かと“神よ”“神よ”と告げる様子に、仲間になって数時間で嫌気がさしたのだ。

 そもそも、あたしは世界なんて救う気はないし、神様なんてこれっぽっちも信じていない。

 

 故郷の村が焼かれてそれから数年間の間、地獄を味わい続けたにも関わらずそれを放置した“神”が実在するのなら、はっきり言って死ねばいいと思う。

 

 所詮は空想の絵空事で、この女の様子を見る限り『神導教会』の経本はそれを忠実に妄想しているようだ。そんな本に“神”が宿ると言うのなら、それこそ尻でも拭く紙にでもした方が、救われる人も多いに決まっている。

 だって……あの日、あたしの地獄を終らせたのは、“神様”ではなかったのだから―――

 

「―――――」

 

 隣でスープを飲む、撐犁孤塗単于(とうりことぜんう)と名乗る【勇者】だったからだ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「面倒な敵だったな」

 

 素早いフットワークが特徴である『ワーウルフ』の群を退けた単于(ぜんう)は、慣れた手つきで刀の血を払って鞘へ納める。

 

「さ、流石ですね……私は追いかけるだけで精一杯でした」

 

 やはり、クラリスは司祭と言うだけあって体力は少なく動き回る敵は得意ではないようだ。先の戦闘で何度か危ない所を度々単于(ぜんう)がカバーしていた。

 

「す、すみません。何も出来なかったです……」

「気にするな。魔法職にああいう敵は慣れないと難しい。最悪、引きつけててくれればいい」

「はい」

「ほら! 見てよこれ! この地方には珍しい薬草! 色々と応用が効くんだ、これ」

「ちょっと! 私達が戦っている間に、のんきに薬草探しですか!?」

 

 不慣れな事に一生懸命になっているクラリスは肩で息をしながら、あたしに目くじらを立てる。

 

「ほー、ただの『ワーウルフ』相手にあたふたしてただけのクラリスさんがそれ言いますか?」

「ぐぬぬ……」

「別に単于(ぜんう)一人でも余裕なんだから、下手に首突っ込んで足手まといになるよりは離れてた方が良いでしょ? ねー」

「好きにしろ」

「流石! よくわかってるぅ」

 

 そう言いながら先を目指す彼の後に続き、クラリスは、まだ話は終わってませんよ!! としつこく言い寄ってきた。

 

「だいたい、戦う気が無いのなら、何故ついてきるのですか!?」

「適材適所ってやつねー。まぁ、必要なときはちゃんと戦うって」

 

 これ以上の口論は面倒なので適当にあしらって後は無視をすることにした。ああは言ったが……あたしは世界の為に戦うつもりなんてこれっぽっちも無い。

 

 “こんな世界”は勝手に滅びてしまえばいい。戦ってやるものか……この世界の為になんて――

 あの日……あたしの地獄を終らせた時に出会った単于は、少なくとも人だった。けれど、今はあの時とはまるで違う。気のせいかもしれないが、少しだけ焦っている様にも見えなくもない。

 敵と対峙して、他の感情を抱く余裕がないほどに一片も隙がないのだ。張りつめている。

 

 【勇者】となった彼は何を思って……敵を斬っているのだろう?

 

 三年前に初めて彼と出会った時……その表情を見たあたしは、不謹慎ながらもこう思ってしまった。

 あたしと同じで……彼も“不幸”だと―――

 

 栄光に選ばれたわけではない。ただ周りが……世界が【勇者】を求めたから彼はソレに答えたのだ。そして、その歩みを止めるには心の臓が止まるか、【魔王】を倒した時しかない。

 近づきがたい殺気を常にまとい続けなければならない程に……彼にとっては強い意味を持つ旅路なのだ。

 

「ほら、行きますよ」

 

 分かれ道で地図を片手にどちらに向かうか確認していた二人はどっちに進むか決めた様だった。

 

「ほいほい」

 

 あたしたちを“不幸”にした世界の為に戦う必要なんてない。きっと単于も心のどこかでそれを感じているハズだ。

 あたしは―――彼に救われた。まだ幼く、それでも還る場所がある、彼に“救われた”のだ。

 いつか単于が、この世界の為に戦う事をやめた時に、彼を救う為にあたしはここに在る――

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「今日はここで一晩明かす。少し早いが、寝床を探すぞ」

「はい」

 

 あたし達は廃墟となった村に辿り着いていた。目的地は隣国に近い都市であったのだが、このまま進めば山の中で夜になると言う事で、少し日は高いが廃村で山を越える為に色々と整えることになったのだ。

 

「…………」

 

 そして、あたしは壊れていても見覚えのある家屋の立ち並びに無言になっていた。この村の事を知っていたからだった。

 

「まともな建物は無さそうです。皆焼け焦げて――――」

 

 屋根のある建物を調べながら中に入ると、焼け焦げた人形の死体が抱き合いながら壁に身を預けていた。死体の大きさ的に親子。母が子を庇っているが、二人とも槍に貫かれている。

 

「―――――…………」

 

 クラリスは遺体に近づくと弔う様に祈りを捧げた。本職の行動はやはり実がある。珍しく納得しながらあたしはその建物から出た。

 ここは……滅ぼされたあたしの故郷だった。

 

 

 カーン。カーン。と何かを打ち付ける音が聞こえた。

 クラリスは死体が『死霊』にならない様に祈りと正しい浄化を行う為に村中を回っている。

 あたしは今日の寝床になりそうな建物を探していたが、完全に屋根の残っている物は殆どない。せいぜいマシと思える最低限の屋根のある建物を見つけたので単于を探していた。

 

「……薪はもういいんじゃない?」

 

 彼は、まだ使える斧を見つけて家具をバラバラに解体していた。一晩明かすつもりなので火が消えない様に多くの薪を作っているらしい。

 

「……お前の故郷だろ?」

 

 彼は背を向けて振り上げた斧を振り下ろし、バキッと音を立てながら家具は使える大きさに砕ける。弾けて飛んだ薪を拾って集めている箇所に投げ、次の家財道具を定位置に置く。

 

「……あの日、あたしは森に薬草を取りに行ってた。運よく焼き殺されることは無かったよ」

「運が良かったと、その後の事を知っていれば本当にそう思っていたか?」

「…………」

 

 単于は斧を振り下ろす。家具を砕く音だけが辺りに響く。その様をあたしはただ見ているだけだった。

 

「“幸せ”の物差しは人それぞれだ。だからこそ、人は“不幸”も知らなければならない」

 

 吐き捨てるように告げた彼は、この滅びも当然であったと言いたいらしい。

 誰も居ない故郷。わたしを知る人間は皆、殺された。血の繋がった身内は誰も居らず、小さい頃から良く知る友達ももう居ない。

 彼は、それがあたしに必要な“不幸”だと言った。

 

 死生観の違い。ただそれだけなのに、彼との間に決して触れ合う事の出来ない“壁”を感じた。

 それ以上の彼の言葉を聞きたくなくて、あたしは……逃げるように単于から離れていた。

 

 

 

 

 早くに就寝についたあたしは、次の日起きてからも昨日の単于の言葉がどうしても忘れられなかった。

 つくづく思い知らされた。戦い続けることで、単于は自分を保っているのかもしれないと思っていた。けれど、彼は人として……枠から大きく離れすぎた思考を持ってしまっているだろう。

 最初から勘違いしていたのかもしれない。彼は……“不幸”という物差しを普通の人間とは介する事が出来ないのだ。

 

「…………会いに行こうかな――――」

 

 解放軍時代に魔法の教授を受けた魔法使いから教えてもらった、『山の隠者』と呼ばれる賢者の存在。このまま『理魔法』を極めるならその賢者の下で教えを請えばいい、と言われた。

 

 『山の隠者』は変わり者で、弟子入りなどそうそう認めないらしいが、天才的な才能を持つ、あたしならきっと気に入ってもらえると、会う事を勧められていたのだ。

 単于は……あたしが思っている様な人じゃなかった。あたしが勝手に彼を“不幸”だと思い込んでいたのだ。彼にとってはそんな事は当然の事柄だというのに……滑稽も良い所だ。

 

「……あ、おはよ―――――――」

 

 あたし達の休んだ建物は村の中央広場に面している建物で、外に出るとすぐ開けた広場がある。単于に一言言ってから、彼の元から去るつもりで―――

 

「―――――」

 

 日の出があたしの故郷に差し込んでいた。

 朝日に照らされた広場には、村の人数分の簡易な板で立てられた墓標が造られていたのだ。

 クラリスは残留する魂を『開放の祈り』で天に還している。エーテルを使うあたしでも少しはソレが見えていた。

 

「どこでも日の出が見えるのは……贅沢だな」

 

 単于は建物の扉の横で一晩中墓標を造っていたのか壁に寄りかかり、肩に刀を立てかけて座っていた。その言葉はあの時……地獄が本当に終わったと確信した時と同じ声色。まるで祈る様な彼の言葉は天に還っていく村の皆の魂に向けられていた。

 

「泣いているのか?」

 

 あたしは彼に背を向けて墓標を見ていた。けれど、彼はあたしが泣いている事を見ずに見抜いている。

 この止まらない涙は……村の皆の為に流れ出るものじゃなかったのだ。

 ただ、あたしは全て知った気でいて、そうなのだと勝手に決めつけていた事に、どうしようもなく情けなくなって涙が流れたのだ。

 

 あたしは……彼の事を何も知らなかった。知ろうともせずに、勝手に決めつけていたのだ。

 その存在が……どれだけ辛く、苦しく、まともに踏み歩けない旅路を進まなければならないのかをあたしは知ったつもりだったのだ。

 

 ずっと彼は苦しんでいる。【勇者】として世界と向き合うと言う事は振り返ることが許されない。それはどれほどの苦悩と地獄が続くことになるのだろう……

 

 誰もが彼の事を卑下にしても。

 誰もが彼の事を狂っていると感じても。

 誰もが彼を愚かだと思ったとしても。

 

 あたしは……あたしだけは、彼の生き方を認めてあげなければならない。それが、彼の決めた……己の命を使うと決めた……道の歩き方なのだから―――

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

『こんなことは……始めてだ』

 

 あたしは【白の都市】に在る『知恵の塔』と呼ばれる中に存在する、“世界の知識”と向き会っていた。

 この場所に入り“世界の知恵”に声をかけられるのは、“極めた者”だけだと言われていたが、あたしはその条件を満たしていたらしい。

 

『“白王の意志”と“黒王の意志”を揃えずに、“我ら”が引き寄せられたその器量……人の身であるならば一〇〇以上の歳月を用いたとしても……たどり着ける者は稀の域だ』

「そんなことは別に関係ないじゃん。ようは、ソレが目の前に居るって事が重要じゃないの?」

 

 ふーん、と鼻で笑うあたしの目の前に、周囲に漂う“文字”が回転する様に集まり、人の形へと変わって行く。

 

『貴様の求める『賢者』とは……この世界の“大いなる意志”だ―――』

 

 “文字”は人の形から竜巻の様に回転すると今度は“竜の形”へ集束した。

 

『汝に問う。なぜ、我らの“断片”を欲する? “賢者”を欲する? この“知識”を欲する? 世界を救う為か?』

 

 この『知恵の塔』に入った者達は、誰もがその問いに頭を縦に降り、自らの志を語る。しかし、それは違う。この“知識”で世界が救えるのなら、“文字”は他に与えたりはしない。

 

「…………――――ない」

『なに?』

「この世界は救えないと、言ったのです」

 

 あたしの言葉に“文字”は驚いたように竜の形を崩し、人の形に戻った。

 

「もし、この地に“全知全能者”が居たとしても、絶対に叶う事ではない世迷言であると……この世界を何一つ“救う”ことなど出来ないと言っているのです」

『…………』

「何を持って救われるのか……それは個々によって大きく違います。ですが―――」

 

 その言葉を言う前に、あたしの脳裏に映ったのは傷つきながらも常に前に立ち、そして一度も“救う”と言わない一人の【勇者】の背中だった。

 

「彼はこの世界に対して一度も“救う”とは言いません。彼は―――いつも“救われていろ”と言うのです」

 

 単于は知っているのだ。この世界は救えない。救おうとしても絶対にソレは叶わない。

 だから彼は進む道を全て斬り開き、ただ歩くことのできる道だけを残す。その道を歩く者達が勝手に“救われる”と信じて常に誰よりも前に歩を進めるのだ。

 

「救うことが出来る世界だから、救うのではない。ただそのために、己の存在の全てを捧げる人がいるのであれば……あたしは、その人と共に世界を救います」

『……よかろう。貴女に“賢者の知恵”を授ける。その思い人と共に辿り着いてみよ……旅の果てへ』

 

 

 外に出ると、仲間たちが待っていた。皆あたしの無事を喜んでくれたが、ただ一人階段で背を向けて座っている彼だけは―――――

 

「遅かったな。少しはマシになったのか?」

「――――うん。ばっちり!」

「そうか。ならもう行くぞ」

 

 いつもと変わらない口調でそう言うと立ち上がって歩き出した。そして、あたしのやる事も変わらない。その背に追いついて横に並ぶだけだ。

 

 この世界が救われなければ……きっと彼は“笑う”ことは出来ないのだろう。

 

 ならば、彼が世界を救うその日まで、その隣で彼を支え続けよう。例え、たどり着くことが困難な……報われない旅路だとしても、共に在り続けよう。

 それがあたしの決めた、あたしの道の歩き方なのだから――――

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……夫ですか?」

 

 あたしはいつの間にか気を失っていたようだ。目を覚ますと、失明した片目を簡易な応急処置で治療されたクラリスの顔が映る。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 身体を起こし、少し飛んだ記憶を辿る。

 今いる場所は【境の都市】から少し『魔の大陸』へ進んだところにある廃城だった。ここに【魔王】が居るとの情報を受け近隣の王国の騎士団と共に攻めに来たのである。

 外では【魔王】軍と騎士団の激しい戦闘が繰り広げられている。まるで戦争のように万単位の衝突だった。

 

「まだ横になっていないと危険です! “精霊化”の副作用で姿が安定していないのですよ!?」

「……大丈夫、大丈夫。自分の足で立てるからさ」

 

 すると、先行して敵を始末した単于が歩いて戻ってきていた。改めて皆の姿を見ると満身創痍もいい所で、誰もが余裕の無い戦いであると再認識する。

 

「……動けるな? この奥に混合魔法じゃないと破れない扉があった」

「うん。任せてよ」

「え!? ちょっと! ちょっと!」

 

 何事も無かったかのように立ち上がるとクラリスは珍しく単于に意見する。

 

「彼女は攻撃魔法と私の治癒魔法の補助も一人でやっているんです。もう少しだけ休息を……」

「いくらグランファスが居るとは言っても、外の魔族相手には長く持たない。外の味方が全滅したら、今度はオレ達が挟撃を食らうぞ。そうなったら誰も助からない」

「し、しかし……」

 

 そう、この作戦は廃城の内部に侵入したあたし達がいち早く【魔王】を倒すことに全てがかかっている。あたし達が、もたつけば、もたつくだけ、外の死体が増えるのだ。

 

 単于の言っている事は正しい。誰もが余裕の無いこの戦いで出来ることは限られてくる。あたしは彼に求められていることをするだけだ。

 

「扉はどこ?」

「こっちだ」

「貴女も貴女です。なぜそこまで無茶をするのですか? 貴女にそこまでする理由なんて―――」

 

 追って来ながらもクラリスは一番酷使しているあたしの事を心配してくれていた。その気持ちはよくわかる。けれど、あたしの答えはいつも決まっている。

 

「だから……いつも言ってるでしょ?」

 

 それだけは絶対に変わらない。ただあたしは――――

 

「嬉しいだけだって」

 

 初めて彼と“日の出”を見た時から思っていた。

 一度も見たことのない彼の本当の笑顔を……あたしは見たいだけなのだ。

 

 その為に、彼の為に何かできることが、あたしはただ嬉しい。

 

 想い人の居る彼と絶対に交わる事の出来ない運命だとしても――――

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