ソリダオン   作:真将

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4.深き命の話

 時間は深夜を回り、気配を失った『赤沙』は寝静まっていた。

 

 稀に起こる、野外の活動が困難な吹雪によって、『匈奴』の者達は今日一日中、屋敷に缶詰状態である。日常化している作業が行う事が出来ず、彼らはフラストレーションが溜まっていた。

 外は当然の様に吹雪いているが、明日には風が止むため、今日の所はいつもより早い時間で皆、就寝に付いたのである。それでも一部の者は、今日中に必要な作業を行っており、その部屋だけは明かりがついていた。

 

 皆とずれた時間に眠っていた『妖精』のアリスは、中々寝付けなかった。

 眠っている者を起こさない様に部屋を抜け出すと、暗く照明の落された屋敷内を飛行する。

 ふと、廊下に漏れるオレンジ色の光に気が付いた。エントランスから食堂へ向かう途中にある部屋。屋敷内を一通り案内された時に、『診察室』と言われた場所である。

 

 薬の匂いは部屋に近づくに告げて強くなる。その中を覗くと、白を基準とした清潔感の漂う部屋が存在し、様々な薬品が薬棚に収まっていた。

 

 「寝れないのか? アリス」

 

 その部屋の主である、『黒龍族』のシーザーは、『匈奴』の皆の体調管理を任されている医師だった。彼は、まとめている診断書の手を止め、入り口で覗くように室内を見るアリスへ視線を向ける。

 アリスの事は既に皆が知る所となっており、食事の時に自己紹介が行われていた。皆、拒絶することなく彼女を受け入れている。

 

 「あ、すみません!」

 「気にするな」

 

 シーザーは、作業を中断してしまった事を気に掛けるアリスに、机の端にクッションを置いて座る場所を作ってあげた。

 

 「君は、ヴォーグ村から来たのだったね」

 「はい。お医者さんの、おじいさんに助けていただいて」

 

 シーザーの大らかな雰囲気に、アリスは自然と用意してもらったクッションに腰を下ろしていた。

 

 「彼とは友人だった。年甲斐もなく、学ぶ事の出来た数少ない者だったよ」

 「シーザーさんも、お医者さんなんですよね?」

 「ああ。とは言っても、儂の専門は『魔族』だけどな」

 

 既に2000年近く生きているシーザーは、“自分の病”を治すために世界中を渡り歩き、『魔族』に関する医療知識を漁りまわったのだ。

 

 「……アリス。もしよければ、この老人の退屈しのぎに、少しばかり話を聞いてくれないか?」

 「え?」

 「『匈奴』の皆には話してある。君にも同じように知っていて欲しいのだ。共に暮らす家族として」

 

 どんなことでも純粋に捉えてくれる彼女へ、シーザーは己の身の上話を偽る事無く語った。

 

 

 

 

 

 『竜古族』。その種族は、『魔族』に限らず、この世界に居るあらゆる生物の中で、自他共に“最強”と言っても良い存在である。

 

 その一歩は大地を砕く強靭な脚。

 その飛行は嵐を起こす羽ばたき。

 その牙は鋼を噛み砕く顎。

 その口内から放たれる獄炎は、城砦を灰燼と化す。

 

 『人の大陸』での遭遇はもちろん。『魔の大陸』でも、更に侵入が困難な【霊峰】に(きょ)を構える彼らは、“生きる伝説”とも称されるほどの者達なのだ。

 実際に記録されている戦闘力として、一体で億の軍勢を殲滅し、その鱗を傷つけるには1000の戦士の命と等価であると言われ、相対した者は、その眼光の前から動けなくなると語った。

 

 しかし意外にも、そんな超常的な存在である彼らは、『人の大陸』でひっそりと暮らしている者も多いのである。自身を纏うエーテルを把握し、人間の姿となって生活しているのだ。

 『擬人』と呼ばれるその変化術は、後に様々な『魔族』で適応されたが、ソレを最初に体現したのは『竜古族』である。

 

 彼らは“世界”を知るために、“人”の姿を選んだのだ。

 天変地異に匹敵する程の力を持っていても、決して野蛮な存在では無い。彼らは学ぶことを忘れず、知らない事を『人間』から学んでいる最中だった。

 

 「そう、畏まらずともいい。昔は『妖精』とも、持ちつ持たれつ、だったのだ」

 「そうなんですか?」

 

 シーザーは語る。【霊峰】には『妖精』の集落もあり、そこでは多くの同胞が彼らと協力関係にあるのだと。

 

 「『人の大陸』に侵入する時は、自らのエーテルを安定させるために『妖精』に協力を求める者も少なくなかった」

 

 『人間』はおろか、他の『魔族』とは比較にならない程のエーテルを内包する彼らは、最も波長の合う『妖精』を介して、『擬人』の為のエーテルを微調整してもらっていたのである。

 

 「シーザーさんもですか?」

 「儂は、そこそこ出来る方だったのでな。【霊峰】から妻と共に出た」

 「奥さんと」

 

 アリスの言葉に頷いて、そして、どこか寂しそうな眼をして続けた。

 

「儂は、『黒龍』に成れなくなってしまった。だから【霊峰】には……還れないのだよ」

 

 アリスが感じ取るだけでも、シーザーからは『竜古族』に似合った凄まじい量のエーテルが内包されている事が解る。それは全て解放するだけで、この辺りが焦土と化すほどの密度だった。

 

 「今から、50年も前になる――」

 

 

 

 

 50年前。シーザーは『人の大陸』で『擬人』の術を用いて、“人の街”で家族と生活していた。基本的には、歳を取らない事を悟られない様に各地を転々とする『竜古族』の中でも、一つの地点に居を構える、特に珍しい考えを持っていたのだ。

 すると、その噂を聞きつけた初代【魔王】が訪れた。【魔王】の要請により、対【勇者】兵として、参加する様に召集を受けたのである。

 単身でも戦局をひっくり返すほどの存在である『竜古族』は姿を見せるだけでも大きな抑止力となると【魔王】は知っていた。

 シーザーは戦いを好まないとしても、故郷の【霊峰】からの勅命と、妻にも進められて参戦することを決意する。

 

 数年だけ妻の元を彼は離れた。5000年近く生きる『竜古族』として瞬きのような時間であった。

 そして、悲劇が起こる。戦いの最中、妻と産まれたばかりの子供は戦渦に巻き込まれて、亡くなったのである。

 『竜古族』の寿命は長くても10000年近く。そして、1000年は標準で生きる種族である。故に、生涯の伴侶はかけがえのない“存在”であり、その下に生まれる子供は、二つと無い宝だった。

 シーザーは家族(ソレ)を失った。

 心が引き裂かれそうな程のショックで、彼は人の姿に閉じ込められたまま『擬人』の術を解くことが出来なくなってしまったのである。

 後に、ひたすら『人の大陸』にて、この精神障害を治療する方法を模索した。その過程で、多くの種族に対する医療技術を学び、何年も模索し続けた。

 

 彼の功績は知れずと『人の大陸』に轟き、多様な知識を持つ医師として広く噂された。多くの偉業や不治の病と言われたモノに対しての特効薬や、治療法を確立し、その功績から“医神”とも比喩されるほどの存在として、医者では名の知らぬ者は居ない程に有名となった。

 

 しかし、シーザーにとっては『竜古族』である事を知られないために各地を転々としていた事もあり、その様な事になっているとも知らず、どうでもよかった。

 何故なら、自分の心の傷だけは……『黒龍』に戻る事だけは、どうしても出来なかったからだ。

 

 もはや……最後の手段として、故郷である【霊峰】にて『黒龍族』の王に知識を請う事しかないと判断した。

 だが、『擬人』の術を解けないシーザーを『黒龍族』は同族でないと判断。【霊峰】への侵入を固く禁じたのである。

 元より、故郷は出た時点で戻るつもりは無かったのだが、その決定は……ただ一つの『竜古族』としての繋がりも、完全に断たれた瞬間だった。

 

 心の全てが虚無で埋め尽くされ、誰も居ない地で命を絶とうとした時、単于に出会ったのである。

 

 

 

 

 「うぅ……」

 

 シーザーの生い立ちを黙って聞いていたアリスは、瞳から溢れる涙を止める事が出来なかった。

 

 「涙もろいな」

 

 ガーゼを小さく切って、涙をぬぐうようにアリスに渡す。

 

 「ご、ごめんなさい。わたし……何かあればすぐ泣いちゃうんです。ごめんなさい」

 「君たち『妖精』は、他の感情を強く感じ取る種族だ。すまない。悲しませてしまったな」

 「い、いえ……ごめんなさい」

 

 何度も謝るアリスの様子に、シーザーは笑みを浮かべる。

 

 「儂は多くの者を救い、その果てに自分自身を救う術が在ると思っていた。だが、一人で生きるには……難しい世界だ」

 

 今の生活こそが救われていると、シーザーは毎日のように感じ取っていた。かつて、妻と共に過ごした時と変わらない今の日々。種族は違えど、心が繋がっていれば家族である事に変わりは無いと『匈奴』で教えてもらっていた。

 そして、この場所へ手を差し伸べてくれた単于には感謝しきれないほどの恩を感じている。

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