ソリダオン   作:真将

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8.故郷のある者

 灰色の空の下。雪がパラパラと降り注ぐ『赤沙』の屋敷の前で、金属のぶつかり合う音が響いていた。

 

 交わっていたのは剣と爪。鍛えられた剣と鉄を切り裂く爪が触れ合う度に火花を散らしている。

 

 「流石ね。単于殿に指導を受けているの?」

 「そんなとこ。でも、あんたは単于より速くない」

 

 『吸血鬼』のサーシャは、ウィオラの連れて来た側近の一人、『女聖騎士』のイグナートと除雪そっちのけで爪と剣を交えていた。

 

 「確かに速度はそちらが上の様ね。でも」

 

 イグナートは足元の雪を蹴って即席の目つぶしをサーシャに向ける。

 

 「くだらないわね!」

 

 その動作は完全に読み切っている。

 サーシャは身を後ろに引いて、慣れたている動きで確実に目つぶしを回避。単于との組手で、よく使われた手だったのだ。

 単于は多彩な動作でいつも自分に敗北を刻んでいる。故に、それらのパターンは全て織り込み済みなのだ。向かって来るイグナートを迎え撃つ。

 

 「見え見え―――!?」

 

 雪の目くらましの向こうから飛んで来たのは、さっきまで交えていた剣だった。咄嗟に姿を現したソレをサーシャは爪で弾くと、剣に意識を向けすぎてしまった。

 鎧を着ているとは思えない機敏な動きで、イグナートはサーシャに接近。そして――

 

 「―――――」

 

 そして、サーシャが爪を向ける前に、イグナートの持つナイフが首筋に当てられていた。

 

 「最も使い慣れた武器を使う事が勝敗を決めるわけじゃないのよ。“試合”と“戦い”を間違えるなら、そこに身を置く事はお勧めしないわ」

 「…………っ」

 

 このままイグナートがナイフに少し力を入れるだけで、簡単に命が絶たれる。サーシャは悔しそうに歯を噛みしめつつも負けを認めた。

 

 「変化できる者だけが生き残る。『吸血鬼』は人間に比べて、身体能力は高いけれど、相手を軽視する性質が自らの勝率を下げてるの。ソレを解消できれば、きっと単于殿にも勝てると思うわよ」

 

 イグナートはナイフを戻し、剣を拾って鞘に納めた。鎧を着て、あれだけ動いたにも関わらず、彼女は殆ど汗を掻いていなかった。

 

 「う、うっさい!! 次は勝つから!」

 

 サーシャは図星を言われて、羞恥心からスコップを取って荒々しく除雪作業を再開した。さぼっていた分だけ彼女の回りは少し多めに雪が残っていた。

 

 「どうしました?」

 

 『天使』のユーリは各所の作業進行状況を確認するために、皆の所を回っていた。そして、エントランス前を担当したサーシャの元へ訪れたのだ。

 剣を拾っているイグナートと、不機嫌に除雪を行っているサーシャ見て察する。

 

 「ユーリ殿」

 「こんにちは、イグナート様。サーシャさんは……進んでませんね」

 

 ユーリの言葉に、サーシャはサボっていた事を指摘されないか、びくびくしていた。

 

 「少し私も散らかしたので、手伝うわ」

 

 イグナートは動くのに不要な鎧を外して身軽になると、余っているスコップを取った。

 

 「お、サーシャ。まーた、さぼってたのー?」

 

 エントランスから『鷹』のクレアと『ラミア』のシャルルが、担当場所を終えて、その場に姿を現す。なんか、キンキンと、鉄を打ちあうような音が聞こえたと思ったら、案の定さぼっていたらしい。

 

 「手伝おう。ユーリ、まだスコップはあるか?」

 「坑道の入り口の道具入れにあります」

 「じゃあ、私が取って来るよ。三人分で良いよね?」

 

 シャルルは、自分とクレアとユーリの分の三つでいいかを確認する。

 

 「はい。幸運な事に単于様は、まだお話し中です。手早く終わらせましょう」

 

 

 

 

 「ふむ。これは画期的な農業だ」

 

 ウィオラと共に訪れた側近の一人、監査員の男――ロイドは、目の前に広がる畑を見て驚きを隠せなかった。

 

 場所は『赤沙』の屋敷から少し離れた所にある洞窟。『シランス』と呼んでいるその洞窟には、様々な野菜を栽培しており、一ヶ月ごとに必要最低限の収穫をする形を取っていた。

 

 「でも、ズルしてる」

 

 義手義足を着けた『黒龍族』のアンネは、溶かした雪をエーテルでホースを通し、畑に周囲に撒いていた。

 今日の当番は、アンネとトマとロットとジェフェリーと孤塁(こるい)の五人である。

 

 「ズル?」

 「品種改良の作物。収穫時間までを短縮されるように、種に魔法がかかってる」

 「時限関係の魔法か? 聞いた事はないが……」

 「少ない養分で、通常の半分以下の時間で育って収穫できる。でも、ハザードさん以外に術式を知らないから――」

 

 その時二人の会話を遮るように、コケー!! と鶏の悲鳴が洞窟に響いた。次に視界の端を、その姿が通り過ぎる。

 

 「ふはは! 待てや! チキン!!」

 

 その横を、凶悪な顔つきで『白竜族』のロットが走り抜けていく。その手には解体用の包丁を持っていた。

 

 「アンネ! だっそう! だっそう!!」

 

 その後を、『スキュラ』のトマが追いかけていた。だが、身軽に追いかけるロットに、とても追いつくことが出来ず、無理に走ろうとして八本の足が絡まって転ぶ。

 

 「あう」

 「大丈夫か?」

 

 洞窟内部の横穴から、餌の入った箱を元の位置に戻した『戦鬼族』の孤塁(こるい)はトマを起き上がらせた。

 

 「こるい、ありがとうございます!」

 「アレはロットに任せておけばいいさ。ジェフリーを手伝うぞ」

 「はーい」

 

 二人は横穴の奥に設けられた養鶏所で、卵をせっせと回収している『猫』のジェフリーの元へ戻った。

 

 「うけけ!! 今日は貴様を余すことなく食らってやるからなぁ!!」

 

 コケー! と必死で叫ぶ鶏の首根っこを摑まえたロットは、失礼、とアンネとロイドに一言告げて、横穴へ歩いて行った。

 

 「……で、どこまで話した?」

 「その件よりも、目の前の疑問をいいかな?」

 

 ロイドは、洞窟内の不自然な温かさと、物理的な灯りが無いのに足元を確かに確認できるほどの明るさを見せている事に疑問を感じていた。

 

 「温度はエーテルの通り道を空間に作って、熱のエーテルを洞窟全体に通してる。灯りは、土の中に光る鉱石を粉末状にして辺りに撒いて、他のエーテルに反応するようにしてる」

 

 人間と違って『魔族』は少なからずエーテルを放出している。これは、彼らが『擬人』の為に留め続ける為のモノで、無意識に蓄えるようにしているのだとか。

 

 「だが、作物を育てるには光が必要だろう。誰も居ない時はどうするんだ?」

 「その時は、コレがある」

 

 アンネはポケットから、自分が管理を任されている緑色の結晶石を取り出した。掌ほどの大きさのソレを出した途端、倍ほどの光量が洞窟全体に行き渡る。

 

 「純度は100パーセントの『風のエーテル』の結晶。これ一つで半年は今の光量を維持できる」

 

 桁外れの発想を組み合わせて、作り出されている技術の数々。その全てにロイドは驚きを隠せなかった。

 

 「これほどの発想は今の『人の大陸』には無い物ばかりだ」

 「かもね。きっと『魔の大陸』にも無い。これを発案したのは単于さん。この風の結晶も彼のエーテルをユーリが固形化したもの」

 「なんと……」

 

 エーテルの結晶は、属性に問わず、ビー玉サイズでも法外的な値段で取引される。

 確実な製法が確立されておらず、自然的に生み出されるのを待つしかないほどに希少であり、不純物を含まない物ほど高価な装飾品や、属性の装備道具として使用されるのだ。

 

 「でも、一度の結晶化で、ユーリは三日気を失う。だから早く結晶に頼らない形を確立しないといけない」

 

 この形でも完全ではなかった。まだ改善しなくてはならない点は山ほどあり、今の状況を保つ事で精一杯である。

 

 「私に限らず……私達は皆、単于さんに救われた。そして、今も彼に救われ続けてるの。だから、彼の言う事を私達は絶対に疑わないし、心から信頼してる」

 

 

 

 

 『赤沙』の屋敷の、ドノフの工房から少し離れた場所にある古い坑道。人の生活があった頃に掘られていた為、今でも最低限の設備は整えられていた。

 その中に『魔道機人』のサベットは、ウィオラの側近の一人である、騎士――ライナスを連行していた。

 先ほどはドノフの工房に居たのだが、あまりに煩いという罪状から、坑道に連行したのである。

 

 『連行者だ』

 「いらっしゃ~い……」

 

 『狼』のカルロは、その中で鉱石を掘るように――女性陣(特にサーシャ)から言い渡されていた。頭にライト付きのヘルメットをかぶり、ツルハシを片手に囚人のように意気消沈している。

 

 「ライナスっす! 半年前に姫様の側近に配属されて、将来は将軍になるつもりで奮戦中っす!」

 「元気いいな……俺はカルロ。『獣牙族』の『狼』だ」

 「おお! 『狼』っすか。俺は『人間』です!」

 「見りゃ解る」

 『『魔道機人』コードF84タイプの近接型だ。名前はサベット』

 

 カルロとサベットはそれぞれ挨拶をする。ライナスが『魔族』に対して好意的と言う事もあっての判断なのだ。

 

 その時、坑道の奥から鉄箱を持った『獅子』のデリックが現れた。一番奥で掘っていたらしく、担当した箱には限界まで鉱石が積まれている。

 

 「ん? 君は?」

 

 デリックは初めて見る人間に、少しだけ警戒した。彼自身の性格と相まって、初対面の者には『魔族』で会っても警戒してしまうのだ。

 

 「騎士のライナスです!」

 「あ、うん……僕はデリック『獣牙族』の『獅子』です」

 「カッケー!! やっぱり、『獣牙族』ってかっこいいっす!! あ、握手してください!!」

 

 少しおどおどしながら、握手を交わしているが、デリックとしては少しだけ複雑な心境である。

 

 『ライナス。ついでだ。作業をやってみるか?』

 「マジっすか!? 炭鉱って初めてなんですよ!」

 

 なにが“ついで”なのか一切不明だが、サベットはノリノリのライナスを奥へ連れて行く。残った二人の事を思っての行動だった。

 

 「悪気はないんだ。デリック、すぐに変われるモノじゃないさ。俺もお前も、気長に行こうぜ」

 

 歩いていくライナスの背を見ながらカルロはデリックに告げた。

 

 

 

 

 『獣牙族』。彼らは気高く、誇り高く、自然と共に生きる一族である。

 戦いに使われる強靭な爪と牙。そして高い自然治癒力を持つことから、野戦戦闘に特化した『魔族』だった。

 『擬人』状態では、耳と尻尾以外は普通の人間と変わらない。そして本来の姿は、それぞれの種族である獣の姿となる。

 『人の大陸』にも『獣牙族』の集落は存在し、森や山の中に集落を作って人目につかない様に暮らしていた。その関係から、デリックとカルロは『人の大陸』の産まれだった。

 それでも彼らの集落は、殆ど『人間』とは関わらずに存在して居た為、人の事はあまり知らなかった。

 

 『魔の大陸』とさほど変わらない生活を送っていたカルロは、二代目【魔王】の召集兵として『人間』と戦った。

 

 両親は疫病で死に、身寄りが無かった事も後ろ押しして、何か自分の名を残すようなことをしたかったのである。

 別に集落の者達と仲が悪かったわけでは無い。むしろ、気の良い存在として慕われていた。故に、多くの業績を残し、『獣牙族』としての強い誇りを持って還って来るつもりで、二代目【勇者】と二代目【魔王】の戦争に、一兵士として加わったのである。

 

 そして決戦間近。カルロの居た部隊は斥侯を命じられ、敵の陣地に潜入。時間差で援軍が到着し、その陣地を落す作戦と聞かされていた。

 カルロの部隊は20人ほどの『獣牙族』の部隊で、死傷者は二、三人程度で、終戦間近になると名のある部隊として重宝される程である。

 そして、今回の作戦も問題なく遂行できると思っていた。

 

 任務を遂行したが、援軍は来なかった。

 

 見捨てられた事に気が付いた時は、部隊は半数以下に減っており、隊長の命令によって退却するしかなかった。

 しかし、『人間』の追撃は止む事が無く、また一人、また一人と死んでいき、残ったのは一番若いカルロだけ。その後、ほどなくして二代目【勇者】によって二代目【魔王】が討ち取られた事で戦争は終わった。

 

 カルロは部隊唯一の生き残りとして、疑問に思ったことは多くあったが、何よりも集落に帰りたかった。誇らしく戦い、そして還ったと、皆に伝えたかったのである。

 だが、彼が集落に戻ると戦死した者達を讃える石碑の前で、鎮魂書が読み上げられていたのだ。

 その中には、カルロの名も読み上げられていた。

 集落の中へ還れなかった。意地でもなんでもない。ただ、産まれた時から持つ『獣牙族』の誇りが、『誇り高く戦死』したと伝えられた以上、ソレを覆すことは出来なかったのである。

 

 唯一の帰る場所を失った。そして、持つべき誇りが為、自殺も出来ない。カルロは自分が何者なのか……何の為にここに居るのか、解らなくなって行った。

 集落を離れ、遠い地へ。その地で生きる為に人を襲い続けた。

 意味の無い毎日。

 少しずつ精神が腐っていくような感覚は、戦いで最も重要な敵との戦力差を図る事も鈍らしていた。

 その時のカルロは戦って死にたかったのだ。

 

 最後に襲い掛かった二人の旅人。それが、単于とユーリだった。

 

 

 

 

 「もしもよ。単于の旦那が……“死ね”って言えば、俺は躊躇いなく命を差し出す。そう望まなかったとしても」

 

 心と生きる意味を単于に与えられた。彼は、生きていける場所を教えてやる、と言って『匈奴』に連れて来た。

 生きるには厳しすぎる極限の大地。それでも……その地へ還る、単于とユーリの背を見た時にその言葉を聞いた。

 

 “ここが、お前の帰ってきてもいい場所だ”

 

 カルロは、その言葉に涙を流した。生きて居てもいい……自分を望んでくれる場所――

 しばらく止まらなかったその涙は、彼が救われた証だった。

 

 「まぁ、お互いの過去を詮索しないのが、ここの暗黙のルールだけどよ。お前も、いつか話してくれや」

 

 カルロは、最も気の許せる親友に告げると、うぉぉぉ! と心から楽しそうにピッケルを使うライナスの声が響く奥へ歩いて行った。




カルロは結構好きなキャラです。
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