八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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十一話:包囲突破

 怪しげな男を捕捉したクロノではあるが即逮捕はできない。

 その人物が闇の書を持っていれば断定できたのだが生憎持っていないようだ。

 もしくは見つからないように隠してある。

 魔力反応を探して発見と共にすぐさま駆けつけた結果こちらを待つように立っていた男。

 この付近の現地民になのは以外の魔導士がいないことは調査により明らかになっている。

 故にこのタイミングで結界の傍で立ち尽くしていた(・・・・・・・・)魔導士は高い確率で闇の書の主だ。

 

「事情聴取にご同行お願いします」

「……いいだろう。だが、その前に一つだけ聞いておきたいことがある」

「……なんでしょうか? 弁護の機会でしたら必ず与えられます」

 

 クロノは目の前にいる人物が大人の男であるために敬意を持った話し方をしている。

 万が一現地民であった場合などに後々面倒なことにならないようにこの国での礼儀というものをある程度遵守していた。

 もっとも、警戒を怠らず近づき過ぎず、離れ過ぎずの距離で愛機S2Uからは決して手を放す事はしていないが。

 

「いや、知らない方が楽に死ねるかな」

「まさかッ!」

 

 チラリと自身の背後に目をやる男に味方かと警戒し、釣られて振り返りそうになるが男が後ろに下がろうとしたことでブラフだと気づく。

 すぐさま捕縛するために駆けだした―――その瞬間カチリという嫌な音がして足元が爆発する。

 

 簡易の地雷式の魔法だと気づくと同時に先程のブラフの真の目的は警戒させずに自分を踏み込ませる罠だったのだと悟る。

 幸い、地雷はバリアジャケットを破る程の物ではないようだった為にすぐに行動に移せる。

 だが、敵の攻撃はそこで終わる事は無かった。

 

「くっ、防げ!」

 

 爆発で巻き上がった煙や破片物に紛れる様に放たれる無数の弾丸。

 条件反射で障壁を創り出し防ぐ。

 そして、弾幕が一瞬だけ途切れた隙に宙に浮き上がり男を探す。

 しかし、先程の攻防の際に建物の影に隠れたのか姿は見えない。

 

(逃げたか? いや、どれだけ早く逃げてもあの短時間で完全に姿を消せるわけがない。と、なると……物陰に隠れてこちらを狙っているか)

 

 そうなれば、こうして宙に浮いているのは的となって危険だ。

 だが、自身が隠れれば相手は間違いなく逃げるだろう。

 故に自身が囮となりつつエイミィに武装局員をこちらに寄越すように念話を飛ばす。

 その隙を狙ったかのように高速の弾丸が飛来する。

 

「そこか! スティンガーレイ!」

 

 しかしながら狙われていると分かっていて当たる程クロノも優しくはない。

 身を翻して躱すと同時に相手の攻撃が直射型だと一瞬で見抜く。

 そこから相手の居場所を割り出し、自身最速の魔法であるスティンガーレイを放つ。

 物陰に青色の弾丸が降り注ぐが撃った次の瞬間には逃げていたのか何の反応もない。

 内心で軽く舌打ちをして再び辺り全体に神経を集中させる。

 

「どこに行った、出て来い!」

【クロノ君、そっちに武装局員を向かわせたよ。逃げ場を無くすように包囲だね】

【どこに隠れてこちらを狙っているか分からない。一瞬たりとも気を抜かないように伝えてくれ】

 

 上空でこちらを探しているクロノをよそに白髪に浅黒い肌の男―――切嗣は舌打ちしたい気持ちになっていた。

 変身魔法で姿は変えてあるが本来は見つかるつもりなどなかった。

 そもそも、本来であれば自分がここに来る理由などない。

 ロッテに任せておけば何の問題もなかったのだ。

 だが―――

 

(どういうわけか通信が繋がらなかった)

 

 普段から連絡に使ってある通信機器が何故か繋がらなかったのである。

 ロッテの身に何かがあったのかと考え、慌てて騎士達の援護の為に出て来たのだがどういうわけかロッテは無事であった。

 そこから考えると意図的にこちらの電波を遮った人物がいる可能性が高い。

 無論、ただの故障という線もあるがそれにしてはタイミングが良すぎる。

 

(仮に遮った人物が居ると仮定した場合、狙いは僕とはやてを引き離すことだ)

 

 それが管理局員かどうかは分からないがこちらにとって不利な状況であることは変わらない。

 すぐさま引き返そうとしたところで狙ったのか偶々なのか分からないが、クロノが接近してきたために管理局のサーチャーに引っ掛からないロッテに向かわせ自分は囮となって残ったのである。

 とにかく、一刻も早くここから離脱し結界を破らねばならない。

 最悪、自分は騎士達に顔を見せてもそこまで怪しまれないのだから。

 しかしながら……それまでに越えねばならない敵がいる。

 

(クロノ・ハラオウン。最年少で執務官になったAAA+クラスの魔導師。経験も既に豊富にあり戦闘はオールラウンダータイプ。極めて隙の無いタイプだ。これは……てこずるな)

 

 ワルサーWA2000に取りつけたスコープ越しにまだ若い少年を観察する。

 ワルサーWA2000は自動式の狙撃銃でありながら手動式の狙撃銃並の命中率を誇る。

 切嗣はワルサーを降ろしすぐに武装局員が援護に来るだろうと考える。

 理想としては増援が来る前にこのまま離脱を果たしたい所だがそれができるのなら苦労はしない。

 しかしながら時間がないのも事実。こちらから仕掛ける以外に道はない。

 

「トンプソン」

『Mode Contender.』

 

 切嗣のデバイス、『トンプソン』がその姿をワルサーから、拳銃と言うよりは小型のライフルのような姿のピストルに変える。トンプソン・コンテンダー。

 一発ごとに手動排莢、弾込めをしなければならない性質上、ゲテモノと呼ばれる種のものだがその特性上ライフル弾ですら放つことができる。

 

 切嗣がさらにそこに改造を加え30-06スプリングフィールド弾をも打てるようにした物がこのデバイスのモデルだ。

 数多の魔導士の血を啜って来た切嗣最大の武器。

 馴染み過ぎたその銃の感触に陰鬱な気分になりながら、30-06スプリングフィールド弾サイズのカートリッジを装填する。

 

「正規の戦いなら分が悪いが、実戦なら話は別だ」

 

 面倒なことにクロノをここで殺すわけにはいかない。

 後々必要な保険(・・)としての戦力になってくることに加え蒐集もしていない。

 だが、ここで退いてもらう必要はあるのだ。

 左手に閃光弾を握りしめ背後から飛び上がり急接近を仕掛ける。

 

「そこか―――しまっ!?」

「これで終わりだ」

 

 接近に気づき振り返った所に閃光弾を炸裂させ相手の視覚を奪う。

 そこへカートリッジで増幅された魔力弾を叩き込めば終わる。

 クロノは止まったままでは危険と判断し、すぐにその場から離れていくが彼の銃口からは逃れられない。

 確実を期すために少し距離を詰めて(・・・・・・)引き金を引く―――

 

 

Delayed Bind(ディレイドバインド)

 

「設置型のバインドか…ッ」

 

 その瞬間仕掛けられていたバインドが切嗣を捕えるべく蛇の様に襲い掛かって来る。

 即座に横に飛んで躱しながら左手にキャリコM950を出し、弾幕を張り鎖を弾き飛ばす。

 キャリコM950の最大の特徴としてはコンパクトであるにもかかわらず50発という弾数を弾倉に籠められるところである。

 これまた扱い辛い銃ではあるが切嗣は敢えてこれを扱う。

 

『Blaze―――』

「ちっ! コンテンダー!」

 

 クロノがS2Uを突きつけるように構え先端に凄まじい熱量を放とうとする。

 切嗣もコンテンダーを構え直し引き金に指を駆ける。

 既に装填されているこちらの方が速い。

 勝つのはこちらだと確信した瞬間に―――強装結界が破れ灼熱の矢が飛んできたのだった。

 

 

 

 

 

 一対一での騎士の戦いを行いながら騎士達の心は、はやてと鍋のことで埋め尽くされていた。

 これ以上長引かせれば主とその友人を待たせるという最大の不敬を働くことになる。

 少々汚い真似になるが背に腹は代えられない。

 外から結界を調べたシャマル立案の作戦の元、騎士達は動き始める。

 まずは、ヴィータが引き金を引く。

 

「ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士ヴィータ。あんたは?」

「なのは、高町なのは!」

 

 突如として攻撃をやめて名乗ったヴィータになのはは認められたのだと感じて若干嬉しそうに名乗り返す。実際にヴィータもその実力は認めているのだが、これは今からする行いに対する詫びのようなものだ。

 悟られぬ様に距離を取り次の行動を止められぬ間合いを取る。

 

「そっか、覚えとく。だから―――悪く思うなよ!」

 

 巨大な鉄球を取り出して全力で打ち飛ばす。

 なのはは勿論自分の所に来るはずと構えるが鉄球は完全に予想外の場所に飛んでいく。

 丁度(・・)自分達の足元で戦っていたアルフとザフィーラの間に飛んでいったのだ。

 

「えっ?」

 

 一瞬誤射かとも思うがまさかヴィータに限ってそんな事は無いだろうと思い鉄球の行方に注視してしまう。

 アルフは瞬時に感づき鉄球とザフィーラから離れる。しかし、ザフィーラは違った。

 逆に鉄球へと突進していきあろうことかその鋼の拳でアルフに向けて弾き飛ばしてきたのだ。

 

 これには流石に驚いたアルフはなりふり構わず後退していき大幅にその距離を離す。

 鉄球はまるで隕石が落ちたかのようなクレーターを創り出すに至ったがアルフにはダメージは無い。そのことになのはがホッと胸をなでおろしたところで―――

 

It comes master.(来ます、マスター)

「分かっ―――えっ!?」

「すまないな、テスタロッサの友人」

 

 レイジングハートが警告を発する。

 なのはは当然ヴィータだと思い顔を上げるがそこに居たのは鉄槌の騎士ではなく、烈火の将であった。

 理解が追いつかないものの体は反応し即座にバリアを創り、炎の魔剣を防ぐ。

 だとしても、即座に思考は切り替えられず防御だけで手一杯になる。

 

「なのは!」

「悪いけど、シグナムのとこには行かせねえ」

「どいて…ッ」

 

 いつの間にか戦闘中になのはとヴィータのすぐ傍(・・・)に来ていたのは分かっていたフェイトではあったがまさかシグナムが背を向けて全力でなのはに斬りかかるとは思っていなかった。

 慌ててなのはの元に行こうとするがそこにヴィータが現れシグナムと同じようにバルディッシュを叩き潰しに来る。

 なのはを見守ることしか出来ぬ歯がゆさに唇を噛みしめ躍起になってヴィータを押し返そうとする。彼女達は既に騎士達の術中に嵌っていた。

 

「フェイト! なのは!」

 

 地上に居たアルフは主達の危機に思わず頭上を見上げて叫ぶ。

 しかし、彼女がその時に真に見るべきだったものは頭上ではなく。

 前方で完全に自由となったザフィーラであった。

 

 

「縛れ―――鋼の軛!」

 

「な――ッ!?」

「え――ッ!?」

 

 二人の騎士からの攻撃を防ぐために完全に死角になっていた下方からの攻撃。

 地上から伸びていく藍白色の杭が少女二人を拘束しその動きを止めた。

 本来であれば突き刺して攻撃することもできるが騎士達の目的はあくまでも離脱して鍋に間に合う事だ。

 そして何より―――

 

「フェイトとなのはを放せ、デカブツ!」

「それはできん。だが、盾の守護獣の名にかけて無傷で返すことを誓おう」

「く…っ」

 

 今にも襲い掛かってこようとしているアルフに対する牽制の為だ。

 もし、これがただの管理局員なら任務を優先して襲い掛かって来る可能性もあるが使い魔である以上主の身に危険が降りかかる真似は天地が引っ繰り返ろうともしない。

 主の為ならば己の誇りが傷つくとも辞さない。

 そして、そうまでして為すべきことは。

 

(シャマル、こちらは準備完了だ)

(ええ、後はヴィータのギガントとシグナムのボーゲンフォルムで壊すだけよ。この二つを受けて耐えられる結界なんてまずないわ)

(これで何とか主の命を果たすことができそうだ)

 

 結界の破壊をしての帰還である。

 そのために三人で連携を取れるように戦いながら少しずつ距離を近づけていたのである。

 ザフィーラが見守る中ヴィータとシグナムは誰に邪魔されることもなく己の武具の真の力を解き放つ。

 

Gigantform.(ギガントフォルム)

 

 鉄鎚の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼンの真価。

 守護騎士の中で最も“物理破壊”を得意とするヴォルケンリッターが一番槍。

 それが彼女らである。

 グラーフアイゼンのフルドライブ状態、ギガントフォルムがその姿を見せつける。

 途方もなく巨大な鉄鎚の姿は見る者に畏怖の念を植え付ける。

 これを仮に動けない少女二人に放てば間違いなく死ぬだろう。

 だが、それは不殺の誓いにより出来ない。

 しかし―――相手が人間ではなく結界ならば伝家の宝刀を解き放つことも許される。

 

「アイゼン、ぶち抜くぞ!」

Es gibt nicht das Ding , das zu mir nicht gerissen wird.(この身に砕け得ぬ物など、ありはしない。)

 

 横薙ぎに放たれる鉄の伯爵グラーフアイゼン最大の一撃。

 その威力は絶大で管理局員が十名以上かけて作り上げた結界に軽々と大穴を開ける。

 しかし、まだ結界はその力を維持し完全には崩れ去らない。

 

「今ならまだ結界の補強が間に合う…っ!」

 

 一人その様子を誰に止められることもなく見ていたユーノは即座に結界の補強を始める。

 もし、ここで騎士達の攻撃が終わっていたとすれば結界は持ち直すことができた可能性もある。

 だが、しかし―――最後にとっておきを騎士達は残していた。

 

(お膳立てはすんだからな。シグナム)

(後はお前の腕次第だな、将)

(お任せしますね、私達のリーダー)

 

(ああ、任せろ。一矢の元に―――消し去ってみせる)

Bogenform.(ボーゲンフォルム)

 

 烈火の将シグナムと、炎の魔剣レヴァンティンの底力。

 ヴォルケンリッターの将にして純粋な戦闘力では最強を誇る主の為の一振りの(つるぎ)

 それが彼女達である。

 刃と連結刃を越える、奥の手。最大の速度と破壊力を誇るフルドライブ状態。

 攻撃の核となる剣と、防御の核となる鞘、それが融合し弓へと姿を変える。

 研ぎ澄まされたその弓は一度向けられれば否応なしに死を覚悟させられる。

 そこから放たれる矢は己が射抜けぬ者など知らぬ。

 高々、強装結界如きが―――我らを止められると思うな。

 

「此度の無礼は次に(まみ)える時に清算させてもらおう」

 

 顕現させた矢をつがえ火炎を凝縮させる。

 放たれるは必滅の一撃。如何なる者も滅ぼさん。

 この業火の矢でもってその身に刻め―――我らヴォルケンリッターの力を!

 

 

「駆けよ! 隼!」

Sturmfalken(シュトゥルムファルケン)

 

 

 灼熱の炎を纏いし矢は音速の壁すら容易く越え、駆ける。

 阻む者などなく結界へと命中、そして容易く貫き、さらにその先へと消えていく。

 ―――完全に結界を破壊しつくして。

 

【武装局員は逃げられる前にヴォルケンリッターの捕捉を!】

【はっ! 直ちに―――なぁっ!?】

【何があったの! 報告を!】

【突如として巨大な嵐が出現、恐らくは他の騎士の仕業かと】

 

 結界が破られたのを見るや否やリンディは素早く追跡の指示を出す。

 しかし、局員が追おうとした瞬間にシャマルが魔力の嵐を生み出し局員を襲っていた。

 威力そのものは高くないが目くらましと足止めには十分だ。

 その間に騎士達は転移を行い、姿を消していく。

 

【クロノ君! そっちに矢が飛んでいったけど大丈夫!?】

【こっちは間一髪でなんとか回避に成功した。結界の影響で威力が落ちていたのも要因だろうが、ただ……逃げられた】

【主と思われる人物……捕まえられたら一気に進展したのにね】

【それとエイミィ、物理被害が出た。逃げる際に質量兵器、恐らくは手榴弾で道路を破壊された。そのせいで人が集まり始めているから追跡も難しい】

【ああ、もう。こういう時にここが管理外世界って実感するね】

 

 切嗣との戦闘中にSturmfalken(シュトゥルムファルケン)を被弾しかけたクロノであるが切嗣と共に回避することには成功していた。

 但し、その隙に逃げられたために悔しそうな顔をしているが。

 さらに、物理被害を起こして人が集まるように誘導されたために大規模な捜索もできない。

 そんな管理外世界ならではの問題も彼の表情を歪めている理由の一つだ。

 

 因みにシグナムの矢が二人の間に割って入ったのは全くの偶然である。

 しかし、クロノはタイミングが良すぎたのでシグナムが主を守る為にワザと狙ったのだと考えてしまった。

 そのため切嗣が闇の書の主であると強く思い込んでいるのだった。

 

【とにかく、一回仕切り直しだな。幸いこっちの被害はほぼない。それに多くの情報を得ることができた。今回の戦いは決して無駄じゃない】

【そうだね。それじゃあ、いったん戻って会議だね。なのはちゃん達も戻って来てるよ】

【わかった】

 

 クロノは通信が終わると短く息を吐いて夜空を見上げる。

 そして、幾ばくかの時間、亡き父に想いを馳せ憂いのある表情を見せる。

 しかしながら顔を下ろした時にはいつもと変わらぬ表情であったのだった。

 

 

 

 

 

「ただいまー! いい匂いだな、はやて」

「ただいま、はやてちゃん」

「シグナム、ただいま戻りました」

「…………」

 

 激戦を乗り越えて無事時間以内に主の元に帰還を果たした騎士達。

 その顔には隠しきれない達成感が滲み出ていたがはやては鍋が楽しみなのだろうと解釈する。

 因みにザフィーラは獣形態なので黙っている。

 

「もうちょい待ってな。もうすぐお鍋できるよ」

「お邪魔してます。ヴィータちゃん、シャマルさん、シグナムさん、ザフィーラ」

「あれ? 切嗣はどこに居るんだ?」

「おとんならさっきビールを買いに―――」

「ただいまー」

「噂をしたら影がさすってやつやな」

 

 遅れて帰宅した切嗣にザフィーラが荷物持ちの為に赴く。

 その忠犬ぶりにすずかが興奮していたがそれはどうでもいいことだろう。

 実際切嗣の内心はそれどころではないのだから。

 

 ロッテから念話で特に変わったところはないと伝えられていたがそれでも胸騒ぎが収まらない。

 実際にこの目ではやての無事を確かめねば気が気ではなかった。

 しかし、それをおくびにも出さずに家に入る。

 

「うん、いい匂いだね」

「おとんはあんまり飲まんようにしてな。すずかちゃんに恥ずかしい父親は見せられへん」

「ははは、出来るだけ気を付けるようにするよ」

 

 目を細めて笑うふりをしながらはやてに暗示などが掛かっていないかを確認する。

 間違いなく普段のはやてだと確信してようやく自然な笑顔を覗かせる。

 先程のシグナムの件もあるのだから通信ができなくなったのは偶然ということだったのだろうと結論付けてザフィーラからビールの入った袋を受け取る。

 

「そう言えば、おとん宛に荷物が届いとったよ」

「……本当かい?」

「なんか、会社の名前が全部漢字やったから中国の会社やと思う。あ、持ってこよーか」

「いや、自分で確認するよ」

 

 不安要素の登場に僅かに表情が硬くなるが鍋の様子を見ていたはやては気づかない。

 その後、短くはやての言葉を断りすぐさま荷物を調べる。

 一先ず爆発物の類ではないことを調べてから箱を手に取る。

 中身自体は何の変哲もない無色透明のグラスと保証書のようなものだった。

 しかし、重要なのはそこではなくはやての印象に残った会社名だった。

 

 

 ――安利実徹渡・出材亜――

 

 

「相変わらず、ふざけたことをする男だ…ッ」

 

 切嗣は誰にも悟られることなく一人、憤りで歯を食い縛るのだった。

 




安利実徹渡・出材亜
何となく運送会社っぽい漢字を選びました。

デバイスは色々ある中でトンプソンにしました。
ありがとうございました。

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