八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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十三話:心の刃

「こんにちはー」

「いらっしゃーい。寄ってくれておおきにな」

「ううん、こっちの方こそお邪魔します」

 

 騎士達が家を空けることが多くなり、少しばかりの寂しさを覚え始めていたはやての元にすずかが訪れる。はやては趣味の合う友達としてすずかのことが気に入っている。

 そして何よりすずかの思慮深く優しいその性格がはやてには心地良い。

 

「今日はお土産にケーキを持ってきたんだ」

「あ、もしかしてこのケーキ、翠屋のケーキ?」

「うん。もしかしてよく食べてるの?」

「あはは、家のヴィータがあそこのシュークリームには目が無いんよ」

 

 すずかの手土産であるフルーツケーキに舌鼓を打ちながら八神家の末っ子に想いを馳せる。

 目を輝かせながら口いっぱいにシュークリームを詰め込む姿は思い出すだけでも微笑ましい気分になれる。すずかも思わず思い浮かべてクスリと花が咲くような笑みを見せる。

 

「実はね、翠屋さんはわたしの友達の御両親が開いているお店なんだ」

「へー、意外と世間は狭いもんやね」

「ふふ、そうかもね。もしかしたらもうどこかで出会ったりしてるかもね」

「あはは。そうやったらおもろいなぁー」

 

 微笑みあいながら冗談を交わす。

 しかし、あながち冗談ではなく、世間は広いようで狭いということを知ることになるだろう。

 何せ、彼女の家族はもうその友達と会っているどころか戦っているのだから。

 

「やあ、いらっしゃい、すずかちゃん」

「あ、お邪魔しています。はやてちゃんのお父さん」

「ゆっくりと寛いで行ってね。もう少ししたらヴィータちゃんも帰って来るから」

「はい!」

 

 部屋で仕事をしていた切嗣が水を飲みに出て来たことですずかに気づく。

 そして軽くあいさつを済ませ、ヴィータが帰ってくると伝えて部屋に戻っていく。

 はやてとすずかは今度は最近読んだ本の話に夢中になる。

 切嗣は部屋に戻り背伸びをして、眠気を覚ます。

 

「それにしても僕が闇の書の主に間違われるとはね……」

 

 予想だにしていなかった展開に自然と声が零れ落ちる。

 慌てて口を抑え、辺りに気を配るが二人共楽し気に話しているだけである。

 安堵の息を吐き椅子の上に沈み込む。

 どうも色々とありすぎて知らず知らずのうちに疲れが出ているようだ。

 人間である以上疲れが溜まればミスがでてくる。

 どうやら、自分の体にも気をつけなければならないらしい。

 

(とにかく、今後の方針の転換は必要だ。想定外だが僕が大きく動く必要が出て来た。早いうちにリーゼ達に連絡を入れないとな)

 

 本来であれば切嗣の存在をこの段階で管理局にばらす予定はなかった。

 しかし、スカリエッティの身勝手な行動によりリーゼ達による仮面の男よりも早くばれるという事態に。しかも、主の可能性が最も高いと疑われ念入りに調査されている。

 やはり一発ぐらいはあの科学者に鉛玉を撃ち込んでおくべきだったと八つ当たり的に考えながら端末に計画内容を打ち込んでいく。

 暗号にして万が一傍受されても安全なようにはしているが悪魔の頭脳相手には気休めにしかならない。

 

(こうなったら逆に僕を囮にしてはやてから目を逸らさせるか?)

 

 いっそ、自分が精力的に動いて管理局を引き付けるという作戦もありだろう。

 その間に騎士達が闇の書を完成させてしまえば後は全く目を付けられていないリーゼ達が不意を突き、永久凍結を施して終わりだ。

 ただ、こちらに目を引きつけ過ぎると、封印に失敗した場合にアルカンシェルが間に合わなくなる恐れが出てくる。

 可能性としては低いが不安要素は全て排除しておくべきだ。

 最終局面では最低でも真の覚醒にすぐに気づけるように働きかけなければならない。

 

(そして、闇の書の真の覚醒の引き金は僕が引く。これだけは他人に任せるわけにはいかない)

 

 絶望による破壊衝動を起こさせるために最も信頼していた者の裏切り程相応しいものはない。

 故に最後の瞬間に切嗣は立ち会わなければならない。

 絶望の表情を、憎悪に満ちた瞳を、己の目に焼き付けなければならない。

 それこそが父親として(・・・・・)の最低限の義務であるのだから。

 そこまで考えたところで頭をハンマーで殴られた様な衝撃に襲われる。

 

(何を考えているんだ僕は…ッ。これじゃあ、完全に私情だ。私情で計画を練れば破綻することぐらい目に見えているだろう!)

 

 ガンガンと痛む頭を押さえながら机につっぷす。

 これ以上考えたら心が完全に壊れると本能が警鐘を鳴らして来る。

 

 

 ―――キミがアタシを殺して……オネガイッ!

 

 

 血が滲むほどに唇を噛みしめる。

 今度こそは愛する者をこの手で殺さなければならない。

 そうしなければ“彼女”の死は無意味なものとなってしまう。

 理想も何もかもが壊れて消えてしまう!

 

「違う…違う……僕は最少の犠牲で最大の結果を出す。それだけなんだ…っ」

 

 うわごとのように呟きながら必要なことだけを端末に打ち込み送信する。

 今のところは自分が主だと勘違いさせたままの方がいい。

 後は臨機応変に対応すれば問題ない。盤面は既に終盤だ。

 もう、誰にも止められるはずがない。だというのに、頭は混乱したまま定まらない。

 気分を落ち着けるために外に出ようと漠然と考え廊下に出る。

 

「闇の書…?」

『…………』

 

 すると丁度移動中だったのか闇の書がフワフワと宙を漂っていた。

 まさか、先程の声を聞かれたかと警戒するが管制人格は主の承認がない限り目覚める事は無い。

 そして、今回の主であるはやてはそれを知らない。

 つまり、闇の書には意思疎通を取る手段はないのだ。

 

 それでも普段ならば念には念を入れて不用意な言葉は一切かけない。

 それどころかただの機械としてしか見ていない。

 だというのに、今日は魔が差したのか心の底に封じ込めたはずの感情が暴れ狂う。

 重く低い声でただの機械を問いただしてしまう。

 

 

「……答えろ、闇の書。お前はなぜ―――ッ」

 

 

 ―――はやて(僕の娘)(生贄)に選んだ?

 

 

 最後の最後でなんとかその言葉を呑み込み食い止める。

 しかし、闇の書はその先の言葉が分かるかのように静かに浮遊し続ける。

 しばらく重い沈黙が続いたがやがて切嗣が動き出す。

 

「……いや、なんでもない」

 

 今日はやはり疲れているのだろう。機械相手に謝罪までしてしまうなんて。

 後で二時間ほど睡眠をとるべきだ。そう判断して切嗣はその場から足早に離れていく。

 

 まるで、気の迷いが生じ“犠牲の分別”ができなくなった自分から背を向けるように。

 世界が滅びても娘には生きていて欲しいと願う、親の心から目を逸らすように。

 娘の不幸が他人のものであればよかったと呪う、醜い希望から逃げるように。

 

 ふらふらと揺れながら―――真っ直ぐに歩き去って行く。

 その背中を闇の書の意思はどうすることもできずにただただ見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 すずかがはやての元に訪れた数日後、クロノとリンディはアースラの武装追加、アルカンシェルが整ったという知らせを受けて本局に赴いていた。

 その結果司令部にはエイミィが残り指揮代行を務める事態になっていた。

 当の本人は緊急事態などそうそう起こるものではない楽観視していたのだが……。

 

「なんで、こんなタイミングで敵が見つかるのよー!」

「エ、エイミィさん、落ち着いてください」

「結界を張れる局員の到着まで最速で45分……まずい、まずいよ」

 

 敵が自分達の都合を知っているはずもなく見事に発見に成功したのだ。

 画面に映し出されるヴィータとザフィーラ。しかもヴィータは闇の書を抱えている。

 平時であれば喜び勇むところだが今回は最大戦力のクロノもいなければ司令塔であるリンディもいない。

 

 要するに、トップが居ない状態で戦わなければならないのだ。

 そして現在の指揮代行であるエイミィは戦闘指示などを出しながら己の職務をこなさなければならないのだ。少し泣きたい気分になって来るのも仕方がないだろう。

 

「クロノ君とは連絡が取れても本局からだと間に合うか微妙だし、リンディ提督も会議中みたいで繋がらないし……どうしよう」

 

 二人が居さえすれば絶好の機会なのだ。しかし、二人が居ないことでそれが逃げてしまう。

 ヴォルケンリッター達はどうも悪運が強いらしい。

 懸命にタッチパネルを操作するエイミィの横顔に何かを決心したなのはとフェイトが進言する。

 

「エイミィさん、私達が行きます」

「うん、ここで闇の書を抑えるチャンスを逃したら次はどうなるか分からないし」

「あたしはあのデカブツに言ってやりたいことがあるんだ」

 

 アルフがザフィーラと戦い足止めを行う。その間になのはとフェイトがヴィータと戦う。

 勿論、この二人が二対一で戦うような真似を取るとは考えづらい。

 恐らくはなのはが一対一を申し込み、フェイトは見守ることになるだろう。

 だが、ヴィータからすれば二対一であることに変わらない。

 

 何せ、なのはを倒しても後ろには自身よりも速いフェイトが控えているのだ。

 逃げ切ることは不可能。故に連戦を考えながらなのはと戦わなければならないのだ。

 さらに結界が張れない以上は相手に増援が来る可能性も十二分に考えられる。

 その場合に一方的にならないためにも二人居た方がいいのだ。

 勿論、リスクは高いがそれでも闇の書と騎士を捕える絶好の機会を棒に振るわけにもいかない。

 

「わかった。二人共お願い!」

『はい!』

 

 エイミィは自身が決断を下すという事の重みを噛みしめながら三人に出撃要請をする。

 もし、この場にクロノかリンディが居れば別の決断をしたかも知れないが臨時であるエイミィには己の決断を信じて少女達を送り出すしかなかったのだった。

 

「リンディ提督とクロノ君、それに武装局員にも伝えておかないと」

 

 エイミィは先程の自身の決定した内容を他の者達に急いで送信していく。

 しかし、彼女はその時に気づくことができなかった。

 自身の通信を傍受する者の存在に。

 

 

 

 

 広大な砂漠が広がる世界にてヴィータは巨大な虫のような竜のような巨大な生物と戦っていた。

 リンカーコアの蒐集という点では悪くない相手だが、その分純粋に強い。

 生物としての純粋な力が桁違いなのだ。

 

「たく、しぶといんだよ、てめえ。シグナムに楽勝だって大見え切ったんだから無様な姿は見せられねえんだよ!」

 

 実はこの魔法生物相手にヴィータは余り相性が良くない。

 しかし、他の騎士だと簡単に倒せるかと言われるとそうでもない。

 生命力が強く凶暴なのでどの騎士でも一苦労するというのがヴィータには分かっていた。

 そのため、心配して自分がこの世界に行くと言ったシグナムを訳も分からずに味方につけられた切嗣の説得によって渋々納得させたのだ。

 だからこそ、負けるわけにはいかない。そう覚悟を新たに、グラーフアイゼンを握りしめたところで砂の中から無数の触手が伸びてくる

 

「しまった!」

 

 このままでは動きを封じられてしまうと直感するものの体は動かない。

 せめて襲い来る衝撃に備えて身を固くするが―――

 

『Divine buster. Extension.』

「ディバイン・バスター!」

 

 長距離から放たれた桃色の砲撃により、触手はその体ごと掻き消されてしまう。

 見覚えのある魔力光にハッとして振り返ってみるとよくぞそこから撃てたと称賛したくなる距離から砲撃の構えを解くなのはの姿が見えた。

 今の攻撃であればそのまま自分を狙って落とすことなど容易かった。

 そうであるにも関わらずあの少女は自分を助けた。

 そのことに理解が及ばなくなりヴィータは思わず怒鳴ってしまう。

 

「おい! 何勝手なことしてんだよ! あんな奴、一人で楽勝だっての!」

「そう言われても、私はヴィータちゃんと戦いに来たんじゃないんだし」

「なのは、その調子で話せばきっと伝わるよ」

【いや、フェイトちゃんもその調子、とかじゃなくて捕まえてよ! 助けてどうするの?】

 

 少し恥ずかしそうに笑いながら近づくなのはとフェイト。

 モニターから覗くエイミィからすればチャンスを棒に振られたようなものなので思わず天然少女二人にツッコミを入れてしまう。

 その声に二人そろってそう言えばそうだった、という顔をするあたり彼女達の根の善良さが(うかが)える。

 

「ねえ、ヴィータちゃん。どうして闇の書の完成を目指すか教えてくれない? もしかしたら協力できることがあるかもしれないから……ね?」

「うるせー! 管理局の奴の話なんか聞けるか!」

「大丈夫、私は民間協力者だから」

「テスタロッサは管理局員だろうが!」

「ご、ごめんね、なのは。私が居たせいで……」

 

 自分が居たせいでなのはの説得が失敗してしまったと落ち込むフェイト。

 それを慌てて慰めるなのは。

 そんなコントのような気の抜けた光景に呆れながらヴィータは冷静に戦況を判断する。

 まず単純に二対一と数では不利だ。この様子だとザフィーラの方にも敵は行っているだろう。

 つまり一人で戦わなければならない。

 相手が弱ければどうという事もないのだが悔しいことに相手の実力は本物だ。

 完全に不利だと悟り無意識にグラーフアイゼンを固く握りしめる。

 

「ヴィータちゃん、私が勝ったらお話聞かせてね!」

「……テスタロッサは戦わねえのかよ?」

「私も……あなたの話を聞きたいから」

 

 胡散臭げにフェイトを見るが、ニコリと微笑み、さらになのはの横から一歩下がる。

 自分は本当に戦う気がなくなのはに任せるというのだ。

 やはり、この少女達と戦うと調子が狂うとヴィータは内心で溜息を吐く。

 一対一は望むところだ。しかし、この戦いに勝ったところで実りがない。

 

 一度蒐集した相手からはもう蒐集はできない。

 つまりなのはに勝っても闇の書のページは埋まらないのだ。

 どうせ戦うのならまだ蒐集していないフェイトにするべきだ。

 だが、それを見るからに頑固そうななのはが許すかと言えば許さないだろう。

 

「なんだよ、戦わねーのかよ。ビビってんのか?」

「そういうわけじゃないけど……戦えないのは少し残念かな」

 

 ヴィータからの挑発に少し困ったような顔で呟くフェイト。

 何とか怒らせて先にフェイトから戦おうと考えたヴィータだったがそう上手くはいかない。

 やはり、ここは何とか隙を作り出して撤退するのが最善かと考えたところで聞きなれた凛とした声が耳に入って来る。

 

 

「その心配はないぞ、テスタロッサ。私と―――レヴァンティンが相手になろう」

 

 

『シグナム!?』

 

 鞘からレヴァンティンを抜き放った状態で現れたシグナムになのはとフェイトだけでなくヴィータも心底驚く。

 念話で敵に発見されたことを伝えたのは確かだが余りにも救援に来るのが早すぎる。

 相手がこちらを発見したのとほぼ同時に動き出さなければ間に合わないはずなのだ。

 そんな疑問を感じ取ったのかシグナムが念話で話しかけてくる。

 

(シャマルから頼まれて来た。テスタロッサとその友人がこちらに向かったとな)

(シャマル? 確か今日は切嗣の代わりにはやての病院の付き添いで家にいるはずだろ)

(そうだ、そのシャマルから知らされたのだ。……我々にとっていい知らせと悪い知らせをな)

 

 どこか自分の失態を恥じ入る顔をしながらヴィータの横に降り立つシグナム。

 その表情に不安が駆り立てられるがここにこうして彼女が居る以上ははやての身に何かがあったのではないと理解し心を落ち着かせる。

 そんな心情を察してか安心させるような言葉を彼女がかけてくる。

 

(そう、心配するな。失態ではあるが戦闘前に気にする程のことではない……)

(これが終わったら早く話せよ)

(分かっている。ザフィーラにも伝えねばならないからな)

 

 確かに気にはなるが戦場で他のことに気を取られれば待っているのは無慈悲な死だけである。

 故にヴィータは歴戦の騎士として素早く心を整えてグラーフアイゼンをなのはに突き付ける。

 シグナムもまた、フェイトにレヴァンティンを突き付ける。

 少女達二人はその闘気に当てられて己の愛機を強く握りしめる。

 

「烈火の将、シグナム―――」

「鉄槌の騎士、ヴィータ―――」

「高町なのは―――」

「フェイト・テスタロッサ―――」

 

『―――いざ、参る!』

 

 一拍すら置かずにぶつかり合うデバイス達。

 こうして少女達と騎士達の三度目の出会いは始まったのである。

 




固有時制御(タイムアルター)、減速以外はソニックムーブやブリッツアクションとかの高速移動魔法を使った方がいい気がするこの頃。体の負担がないし。
でもそれはまんまフェイトさんという……何か他とは違う特性は無いのだろうか。
もしくは二倍速が普通の二倍ではなく高速移動魔法の二倍という設定にするか。
でも、体内時間操作だからなぁ……レアスキルに該当させるのが合うかなとも。
いっそ、オリジナル魔法としてとにかくどんな魔法よりも速く・遅く動けるけど体の負担がやばい魔法にするか。
でも、二重加速(ダブルアクセル)って言わせたい。そして体への負担は捨てられないと検討中。

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