八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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二十話:正義の形

 病院の白い屋上の床に広がっていく鮮血。

 鉄臭い匂いが切嗣の鼻腔をくすぐるが、そんなものを感じられる機能は残っていなかった。

 人が自分の匂いに慣れて気づけぬように、切嗣にとっては血の匂いはそれ程までに慣れ親しんだ匂いであるのだ。

 

「なんだよ……何やってんだよ、切嗣っ!?」

「闇の書の完成のためだよ、ヴィータ(・・・・)

 

 怒りと、悲しみと、困惑が、ごちゃ混ぜになった表情で叫ぶヴィータ。

 それを見ても切嗣の表情には何も浮かばない。

 息をして、立っているのが信じられないほどに人間からかけ離れた瞳で戦場を俯瞰するだけである。

 

「最後の蒐集は役目を終えた騎士達から行う。今までにも何度か行われてきた」

「そんな記憶は……いや、それよりも、私達が犠牲になるのなら主はやては救われるのですか?」

 

 切嗣から知らされる真実に記憶には残っていないと困惑するシグナム。

 しかし、すぐにはやての身を案じる。

 元々、この命を差し出すことで彼女が救われるのなら喜んで差し出すつもりだったのだ。

 だが、現実というものはいつだって残酷だ。

 

「いや―――助からないよ」

「……え?」

 

 こぼれた声は果たして三人の騎士の誰のものであったのか。

 もしかすれば、全員の声だったのかもしれない。

 彼らが信じて歩いてきた道を、唯一の希望の光を、切嗣は無感情に踏みにじったのだ。

 

「闇の書は歴代の主の悪意ある改変を受け、本来の力を失ってしまった。完成したところで主の魔力と魂を食い尽くし破壊の限りを尽くすだけだ」

「……うそ…よ。そんなの嘘よッ! 私達は闇の書の一部、闇の書については私達が一番知っているわ!」

 

 淡々と語られる事実に必死に否定の言葉を叫ぶシャマル。

 その言葉には願望と絶望が交互に混ざり、聞く者の心を揺らす。

 しかし、切嗣はその言葉をあざ笑うように鼻を鳴らすだけである。

 

「まさか。指先が脳の異常を知れると思っているのかい? 本当の名前すら忘れた君達が?」

 

 嘲るように語る切嗣に、騎士達の目からは希望が失われていく。

 誰も彼もが動くことすら忘れて呆然とすることしかできない。

 それは何も人間達だけに至ったことだけではなくデバイス達もまた、動くことができない。

 

「君達が今まで行ってきたことは全部―――無駄だったんだよ」

「無駄ってなに!? そんな言い方……あまりにも酷過ぎるッ!」

 

 信頼していた人物から、自分たちの行動を無駄と切り捨てられ、絶望が顔を覆う騎士達。

 そんな騎士達の様子に見かねたなのはが切嗣に向かってあらん限りの叫びをあげる。

 だが、全てを捨て、落ちるところまで落ちる覚悟をした男にその声は届かない。

 

「幾ら過程が美しくても結果が伴わなければ意味がない。無価値だ」

「そんなのおかしいよ…っ。頑張った人が報われないなんて間違ってる!」

「……決して叶うことのない理想を抱いた時、人は幾ら頑張ったところで報われないんだよ」

 

 なのはの叫びに対しても切嗣は終始無表情で己への皮肉を込めて返す。

 人が抱くには余りにも大きすぎる理想を抱いた時、その者の救いは自らの破滅だけとなる。

 諦めて投げ捨てることがなければ理想を抱いて溺死するだけだ。

 

「少し、長話をしてしまったな。そろそろ始めるとしよう」

 

 どこか疲れたような声で闇の書を掲げる切嗣。

 ページが開かれて騎士達の体からリンカーコアが浮かび上がる。

 本来であれば戦闘不能状態にでもしなければ奪うことのできないリンカーコア。

 しかしながら、元が闇の書の一部の騎士達であれば逆らうこともできずに奪われるだけである。

 所詮はプログラムとして構成されただけの存在なのだ。

 

「これが現実だ。幾ら人間のフリをしたところで、機械(・・)は自分の役目を果たすだけの存在だ」

「そんな…そんなことねえ! はやてが…はやては、あたし達を家族として扱ってくれたッ!」

「そうだよ、ヴィータちゃんは機械なんかじゃない! だから、こんなこと私が止める!」

 

 苦しみながらも自分達が人間だと叫ぶヴィータ。

 なのははその姿に涙ぐみながら切嗣を止めるために砲撃の構えを見せる。

 切嗣はその姿に胸がズキリと痛むのを感じながら無表情でデバイスを構える。

 

「トンプソン」

『Mode Contender.』

 

 既に布石は敷かれている。自らの切り札(・・・)を最大限に生かすための環境は整った。

 銃の構えを見せればなのははロッテから得た偽の情報によりさらに砲撃の威力を高めていく。

 高町なのはは危険である。封印が失敗した時の対処も考えれば居た方がいいかもしれないがクロノとフェイトがいれば足りる。

 生きていればメリットよりもデメリットの方が大きい。あの希望に満ちた目は危険だ。

 故にここで後顧の憂いを断つ。

 

「はやてはどうするの! あなたの娘だよね!?」

「簡単なことだよ―――永遠の眠りについて貰うだけさ」

 

 未だに戦闘態勢を取らずにフェイトの言葉に冷徹にそう返す切嗣。

 フェイトにとっては親から見捨てられるというのは他人であっても心が抉られるトラウマのため武器を構えることができないのだ。

 だが、切嗣の言葉は今の今まで絶望を浮かべていたシグナムの瞳に怒りの業火を滾らせることになった。

 

「全力全開! ディバイン―――」

「トンプソン、カートリッジロード」

 

 切嗣が一瞬早く魔弾の引き金を引く。

 なのはがロッテに言われたとおりに全力で弾丸を打ち落とすために最後の溜を作る。

 次の瞬間には銃弾と砲撃がぶつかると誰もが思った時、憎しみの烈火が割り込んでくる。

 

 

「このッ! ―――外道がぁああッ!!」

 

 

 リンカーコアが体外に摘出されている状態であるにも関わらず、全力で炎の魔剣を振りかぶるシグナム。なのははそのことに驚き、砲撃を止めてしまう。

 切嗣はバインドが解かれたことにほんの少しだけ眉を動かすが、一切の動揺をすることなく魔弾を放った。

 

「紫電―――一閃ッ!」

 

Origin bullet(オリジンバレット).』

 

 切嗣の切り札たる魔弾、『起源弾』が烈火の将の愛剣、レヴァンティンの纏う炎に焼かれて消えていく。

 そのまま、一気に切嗣ごと斬り伏せようとしたシグナムであったがその足はピタリと止まる。

 何かがおかしいと脳が気付く前に体が理解していた。

 ―――己の体の崩壊を。

 

「バイバイ、シグナム」

「―――ッ!?」

 

 何が起こったのかも理解できずにシグナムの全身から血が噴き出してくる。

 内部からズタズタに引き裂かれたかのようにその美しい容姿を血で染め上げる。

 抗うことすらできずに崩れ落ちていき、リンカーコアを全て奪われたことで足元からその姿は消えていく。状況の理解すらままならない頭で彼女は一つだけ理解した。自分は死ぬのだと。

 

「なに……なにが起きたの?」

「……折角の銃弾が無駄撃ちになったな」

 

 ――私達はその……家族なのですから――

 

 魔力の靄となって消え去っていくシグナムの言葉が思い出され心が騒めく。

 堅物と表現されることも多かったがどこか優しさも兼ね備えた女性だった。

 自分のことを慕ってくれていたことが嫌なほど簡単に思い出せる。

 家族をこの手で撃ち殺した罪悪感が全身を毒のように駆け巡る。

 だが、すぐにその感情を振り払い、切嗣は無表情を貫く。

 

「銃弾を斬ったからこうなったの…?」

「さてね、僕にもさっぱりだ」

 

 皮肉気な声でなのはに返す切嗣。

 起源弾、「切断」と「結合」の性質を持つロストロギアを合成することで作られた弾丸。

 それ自体は無害であるロストロギアを混ぜ合わせ凶悪な兵器に改造した辛辣な切り札。

 どういった仕組みかというとまず、魔法を使う際、リンカーコアから使うべき部分へと魔力は流される。

 

 つまり、回路の様なものが存在する。

 疑似的な神経の様なものであり電気を流す路の様なものである。

 リンカーコアが電気を生み出す炉であり、そこから電気を流すのに必要な回路なのだ。

 

 起源弾は切って、嗣ぐ、効果を持つ。

 それは修復ではなく、紐を切って結び直すようなものである。

 当然そこには結び目が生まれるように、不可逆の変化が対象を襲う。

 この弾丸で穿たれた傷は即座に結合され、まるで古傷のように変化する。

 ただ、結合であって修復ではないため、結合されたところの元の機能は失われていく。

 

 そして、この弾丸の真価は相手が魔法で干渉することで発揮される。

 弾丸の効果は魔法回路にまで及び、切断、結合される。

 結果、回路に走っていた魔力は暴走し、術者自身を傷つける。

 RPG的に喩えると、相手の保有するMP数値がそのまま肉体へのダメージ数値になるようなものだ。つまり相手が強力な魔法を使っていればいるほど殺傷力が上がる仕様である。

 

 ただし、材料がロストロギアということもあり弾数には限りがある。

 66発しか作られておらず、また製造できるのもスカリエッティただ一人とあって、とにかく希少である。

 現在までに37発を消費。1発の浪費もなく、起源弾は37人の魔導士と騎士を破壊してきた。

 そして、今、38人目の騎士が魔弾の餌食となったのである。

 

「僕一人で終わらせる予定だったけど、時間がない。頼むよ」

 

 新たに煙草を取り出しながら何者かに声をかける切嗣。

 すると、どこからともなくバインドが現れ、なのは、フェイト、ヴィータの三人をあっという間に縛り上げてしまう。

 本来であれば封印の直前まではアリアは隠れている予定であったが、なのはとフェイトの妨害を考えて早めに動かしたのだ。

 二人を始末するのは不可能ではないが時間がない以上は生かすしかない。

 

「お父さん……どうして? 信じていたのに……」

「生憎、僕は他人の信頼に答えられる人間じゃないんだ。君もシグナムの後を追うといい」

「なんで…なんで…どうしてなのッ…?」

「お休み、シャマル」

 

 溶けるように消えていくシャマルの姿を凍り付いたままの表情で見送り煙を吐き出す。

 

 ――はやてちゃんの病気が治ったらみんなでまた静かに暮らしましょう――

 

 少しドジな部分もあったが、はやてを見守る姿はまるで母親の様な温かさがあった。

 やわらかい笑みで自分に笑いかけてくれた。何か失敗すると泣きそうな顔で謝ってきた。

 思い出したくなどないのに頭の中を記憶が駆け巡っていく。

 できることなら今すぐ膝を屈して胃の中のものをすべて吐き出してしまいたい。

 それでも、彼の体は微動だにしない。

 

「切嗣ッ! ふざけんなよ…全部嘘だったのかよッ!? 今まで優しくしてくれたのも、頭を撫でてくれたのも! 出かけた帰りにアイスを買ってくれたりしたのも―――全部嘘なのかよッ!?」

 

 瞳から止まることなく涙を流しながらヴィータが悲痛な叫びをあげる。

 その声を聴く度に切嗣の心は軋みをあげる。

 嘘なんかじゃない。全部本心だ。今でも家族だと思っている。

 心の底から可愛がっていた。だが、返す言葉はたったの三文字。

 

 

「ああ―――嘘だよ(・・・)

 

 

「切嗣ゥウウッ!!」

 

 憎しみとも、悲しみとも、怒りとも、分からぬ声が夜空に響き渡る。

 リンカーコアを蒐集中ならば息の根を止めても蒐集に問題はない。

 一思いに楽にしてやろうと考え、切嗣はコンテンダーをヴィータに向ける。

 

 ――このケーキ、ギガウマじゃねーか!――

 

 どこか刺々しい態度も鳴りを潜め、甘いものやアイスに目がない末っ子的存在。

 自分に甘えてきてくれるのが嬉しくてついつい甘やかすことが多かった少女。

 素直になれない態度で自分に気を使ってくれた表情が浮かび上がる。

 心が声にならない声を出して今すぐ引き金から手を離せと絶叫する。

 だというのに、この指先はピクリとも震えはしない。

 

「今まで楽しかったよ、ヴィータ」

 

 無慈悲に、無感情に、鉛玉は風を切り、音を超え―――少女の胸を穿つ。

 なのはの悲鳴が辺りを包む中、ヴィータの体はその服のように真っ赤に染まっていく。

 同時にリンカーコアの蒐集も全て終わり、消えていく。

 本来であれば体も消えていくのだが演出(・・)のためにアリアに側だけを残させる。

 

「オオオッ!」

「ザフィーラか……待っていたよ」

 

 夜空にこだまする雄叫びにゆっくりと振り返り、向かってくるザフィーラを空虚な瞳で見つめながらコンテンダーに装填する。

 ザフィーラは勢いそのままに拳を振り上げて殴りかかって来る。

 しかし、切嗣の顔に当たるという瞬間にピタリと腕を止める。

 ブルブルと体を震わせながら、腹の底から絞り出したような声を出す。

 

「私は…っ、主はやてとその家族を守る盾の守護獣……ッ! だというのに、なぜッ!?」

「仕事熱心で感心だね。だけど、僕は君達を家族だなんて思っていない」

「私は! 私達はあなたを本当の家族だと思っていたッ!! この拳はあなたに向ける為にあるのではなかったッ!!」

「そうかい、そいつは光栄だね。だけど、何もかも終わりだ―――奪え」

 

 心まで凍り付くような冷たい音程で闇の書に命じる。

 白いリンカーコアが取り出され見る見るうちに小さくなっていく。

 だが、ザフィーラはなおも気持ちで踏みとどまり続け、拳を振り上げる。

 

「私達はただ静かに暮らしたかっただけだ! なのに、何故それを!?」

「はっ、今までさんざん人を殺してきた人間がのうのうと生きられるわけがないだろう?」

 

 ザフィーラの思いの丈を切嗣は鼻で笑ってみせ、コンテンダーをザフィーラの拳に向ける。

 しかし、その言葉は果たして誰に向けて言ったのであろうか。

 誰よりも人を殺してきたにも関わらず、平和を享受していた自分自身に向けて言ったのではないのだろうか。

 

「それにね。君達が現れた時から、いや、闇の書がはやての元に現れた瞬間から―――今日はやてが死ぬのは運命だったんだよ」

「うおおおおッ!!」

「だから、静かで平和な暮らしなんて―――幻だったんだよ」

 

 迫りくる鋼の拳。それを容赦なく穿つ魔導士殺しの銃弾。

 血しぶきを上げ、弾丸に貫かれた腕をなお、切嗣に向け伸ばす。

 そして、あと少しで触れるといったところで―――止まる。

 

「……お父上ッ」

 

 力尽き、血糊を切嗣のコートに押し付けながら崩れ落ちるザフィーラ。

 最後の最後に彼の拳が届かなかったのは力尽きたからなのか。

 それとも、最後の最後まで切嗣を信じていたかったのか。

 それは彼自身にもわからない。

 

「あの子の傍に行くといい。永遠にね、ザフィーラ」

 

 ――お任せください。必ず闇の書を完成させてみせます――

 

 騎士の中で誰よりも責任感が強かった男だった。

 一度誓ったことはどんなことがあっても必ず成し遂げてみせた。

 無口ではあったが強い信頼を寄せられていたのは知っている。それを裏切った。

 泣きたかった。ただ、ひたすらに泣き叫びたかった。

 泣いて許しを請いたかった。そんなことなどできるはずなどないのに。

 

「……これで準備は整った。高町なのはとフェイト・テスタロッサは?」

「四重のバインドにクリスタルゲージだ。数分は出られない」

 

 どこからともなく現れた仮面の男の姿をしたアリアに淡々と尋ねる。

 アリアも淡々と返してくるがどこか気遣うような視線を感じるのは気のせいではないだろう。

 だが、こんなところで弱音を吐くのなら初めからこんなことなどしていない。

 切嗣はコンテンダーを強く握りしめて声を絞り出す。

 

「それで十分だ。はやてを……八神はやて(・・・・・)を連れてきてくれ」

「……分かった」

 

 青い魔法陣が屋上に浮かび上がり、光を放ち始める。アリアはそれと同時に姿を隠す。

 すると中から歩くことができずに地面に座り込んだ状態のはやてが現れる。

 すぐにでも支えに行ってあげたいという感情が呼び起こされるが体は動かない。

 何が起きたのかわからず呆然とこちらを見つめるはやてに能面の様な表情で声をかける。

 

 

「メリークリスマス、はやて」

 

 

「な、なにが起こったん? 急に屋上に―――あ」

 

 困惑した表情で尋ねるはやてだったが、切嗣のすぐ足元で血塗れで倒れ伏す二人の姿を見て言葉を失う。

 その二人とはヴィータとザフィーラの二人組である。

 すぐさま駆け寄ろうとするが立ち上がることすらできない彼女では這って動くことしかできない。

 

「おとん! 早よ、手当せんと、ヴィータとザフィーラが死んでまう!」

「その必要はないよ、はやて」

「なんでや!? なんで、そんなこと―――」

「―――もう、死んでるんだよ」

 

 時が止まったかのように静寂だけが辺りを支配する。

 はやての頭の中を何度もその言葉が駆け巡る。―――死んでいる。

 自分の大切な家族が。もう二度と帰ってこない。

 全身から力が抜け冷たい床に頬をこすりつける羽目になる。

 

「シ、シグナムとシャマルは…?」

「後ろを見てごらん」

「あ……あ、ああああッ!」

 

 はやての甲高い悲鳴が切嗣の鼓膜に突き刺さる。

 彼女の視線の先には血だまりに沈む、シグナムとシャマルの服があった。

 言葉に表すことのできない悲痛が彼女の胸を襲う。

 誰が? 一体誰がこんなにも酷いことをしたのだ。

 少女はそんな当然の疑問を誰に向けてもなしに叫ぶ。

 

「誰や…誰が、私の家族をこんなんにしたんやーッ!」

 

 その叫びを聞きながら切嗣はもう一本、煙草を取り出して口に銜える。

 まるで心を落ち着けるように火をつけ、ゆっくりと煙を吸い込んでから吐き出す。

 立ち昇る紫煙に在りし日の家庭の情景を思い浮かべ、それを振り切るように宣言する。

 

「僕がやったんだよ、はやて」

「………え」

「だから―――僕がみんなを殺したんだよ。この手でね」

 

 心底訳が分からないという顔をするはやて。

 そんなはやてに優しく、丁寧に自分が殺したのだと説明する切嗣。

 それでも、納得がいかない、否、いくわけなどないはやては首を小さく振る。

 

「何言っとるん……だって、おとんは……私の家族やろ?」

「折角の機会だ。僕がどうしてはやての養父になったのかを教えておこうか」

 

 どこまでも、底が見えない暗い闇の様な瞳を向けながら切嗣は語り始める。

 その心を分厚い氷で覆い尽くしながら。

 

「まず、僕は闇の書を完成させるためにはやての養父になった」

「それと……父親になることの何が関係あるん」

「闇の書は起動しない限りは蒐集すらできない。そして完成しても主にしか使えない。だから、僕は君を利用することにした」

 

 はやての耳に信じられない、信じたくもない話がどんどんと入って来る。

 はやての養父として常に監視を続け、守護騎士達からも信頼を得て、何食わぬ顔で完成した闇の書を横から奪い取る。

 簡単に言えば切嗣の説明はこのようなものだった。

 だが、それだけの話で彼女の心は瞬く間に軋んでいく。

 

「私はこんな物なんか要らん。みんなが居てくれればそれでええんよ。なのに……なんでこんなことしたん!?」

「闇の書を完成させるために必要だからさ。騎士達は最後の最後でやっと無意味じゃない行動をしてくれた」

「無意味ってなんや…! おとんだってあの子達のことを家族として思っとったろ!」

 

 はやての言葉に切嗣は声を上げて笑う。後もう少しではやての心は絶望に覆われるだろう。

 後少しだ。悲しみと怒りを押し殺して笑い続けよう。この身は道化なのだから。

 大嘘をついて観客を盛り上げて見せよう。この心を犠牲にしてでも。

 

「家族? ただの機械が人間の真似事をしていただけじゃないか」

「あの子達は機械なんかやない! 人間やっ!!」

 

 そんなことは分かっている。彼らが機械ならこの心はこんなにも傷つきはしない。

 しかし、そのことをここで明かすわけにはいかない。

 世界を守るためには少女の心を犠牲にしなければならないのだ。

 ただ、思わずにはいられない。どうしてこの子なのだろうかと。

 どうして犠牲になるのはいつも自分以外の人間なのだろうかと。

 彼の心は血の涙を流し続ける。

 

「なんで…なんで、おとんがそんなこと言うんやッ! 私のおとんはそんな人やない! おとんは……私の味方(・・)やないん…?」

「目の前にあるものが全て真実だとは限らない。例えば―――君の両親の死のように」

 

 涙ながらに叫び声を上げるはやての姿に胸が張り裂けそうになるが耐える。

 そして、追い込みをかける。もう、遠慮などいらない。

 真実と嘘が入り乱れようが、死者の意思を踏みにじろうが知ったことではない。

 過程がどうあれ、結果にたどり着きさえすればいいのだから。

 

「君の両親は事故死したが、その事故は―――僕が人為的に引き起こした」

「……う…そ…」

「監視のために邪魔な者は排除するのは基本だよ。おかげで誰にも怪しまれることなく君を引き取れた。最初から最後まで計画の一部でしかない」

 

 はやての瞳が絶望と、怒りと、憎しみが籠った瞳に変わる。

 はやての両親の死が都合が良かったのは間違いないが、本当に殺してはいない。

 そもそも、引き取るという行動は無駄と手間が大きすぎる。愛がなければ絶対にできない。

 両親が健在であれば両親に洗脳をかけた方が早い。

 両親が死んだからこそ切嗣は養父となったのだ。

 

 誰も悲しまないように一人で暮らさせるという選択もあった。

 だが、彼はそれを選ばなかった。それは彼すら気づくことのなかった後ろめたさからだ。

 せめて自分だけは彼女の死に涙をしようと、誤った選択をしたのが今ここで味わっている地獄の苦しみの始まりなのだ。

 それでも、彼に後悔などない。はやては切嗣にそれ以上のものを与えてくれた。

 だからこそ……これから言わねばならない言葉が果てしなく重い。

 

 

「だからね、はやて。僕は君を―――愛したことなんかなかった」

 

 

 耳をつんざく声にならない悲鳴。砕け落ちる心の音。

 その音は果たしてはやての心なのか、切嗣の心なのか。

 はたまた、両方の心だったのかそれはどちらにもわからない。

 ただ一つ分かることとすれば、それは―――はやての心を絶望が覆ったことである。

 

 黒い三角の魔法陣がはやてを中心に浮かび上がり、禍々しい力の渦が天に駆け上がる。

 はやての小さな手に計りきれないほどのエネルギーを秘めた書が握られる。

 

「我は闇の書の主。この手に力を……封印開放」

Freilassung.(解放)

「こんナ……コンナセカイ―――ミンナコワレテシマエバイイッ!」

 

 絶望の言葉とともに真の覚醒を迎え、その姿を闇の書の意思に変えていくはやてに目を向けることなく切嗣は吸殻を放り捨て踏みにじる。

 そして、誰にも届かないように小さな声で謝罪の言葉をつぶやく。

 

 

「ごめんね、はやて……。僕は―――正義の味方なんだ…ッ」

 

 

 正義の味方は味方をした方しか、正義に含まれる人々しか、救えない。

 例え最愛の娘であったとしても、正義に含まれないのなら容赦なく殺す。

 それが切嗣の信じる―――正義の形だ。

 




リンカーコアは独自解釈ありです。細かいことは原作にもないのでお許しを。
起源弾はまあ、ロストロギア合成なので弾数が少ないという設定にしました。能力は同じ。
切嗣考案で作ったのはスカさん。この二人が組むとえげつない兵器がどんどん完成します(白目)

それと初期設定ではシグナムかシャマルが切嗣の恋人になっていて絶望度アップの予定でした。
さらに、はやての両親をマジで切嗣が暗殺して養父なったという設定も。
まあ、これに関しては本文でも書いてある通りに引き取るのは実際は効率が悪く、原作みたいに見張る程度が他の仕事もできて一番いいですからね。
両親が死なない限りは養父なる理由がない。そして、運悪く人間の心が働いた結果ですね。

さて、まだまだケリィの受難は終わりません。次回もお楽しみに。

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