八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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二十一話:闇の書の意志

 煌めく白銀の髪に、雪のように白い素肌。

 それを際立たせる、常世の闇を思わせる三対の翼。

 そして呪縛を意味するかのような黒い衣服に、鎖のようなベルト。

 本来の名前すら失った闇の書の意志がそこに立っていた。

 

「また……全てが終わってしまった。幾度、こんな悲しみを繰り返せばいいのか」

「さあね。今回で終わるかもしれないし、終わらないかもしれない」

 

 刺々しい口調で声をかけてくる切嗣に闇の書の意志はゆっくりと瞼を開ける。

 血のような赤さを備えながら、なお美しい瞳。

 しかし、その目から止まることなく涙が零れ落ちていた。

 

「切嗣……なぜ、主を裏切った?」

「裏切った? 言ったはずだよ。最初からこの時のためにはやてと会ったのだと。僕は最初から誰の味方でもないのさ」

「それでも、主と騎士達はお前を愛していた」

「く、ははは……愛で世界が救えるのなら正義の味方(・・・・・)なんて必要ない」

 

 闇の書の意志の問いかけにも小馬鹿にしたような態度で返していく切嗣。

 愛で世界は救えない。どれだけ人を愛していようと、誰も救われはしない。

 今回だっていい例だ。はやてという少女は闇の書も家族として愛していた。

 だが、闇の書はその身を蝕み食い殺すことしかしていない。愛では何一つ解決しないのだ。

 世界を救うのに必要なのは必要悪としての殺し合い。愛の正反対に位置する冷たい正義だ。

 

「そうか……ならば、我も為すべきことを為すまで。主の願いを―――」

 

 これ以上の問答は意味がないと悟った闇の書の意志がその手に禍々しい魔力を集中させる。

 まるで邪念が渦巻いているかのような闇の集合体は巨大な塊となり彼女の手の上に宿る。

 それを見て切嗣は冷たい笑みをこぼす。

 

 ほら、見てみろ。結局は―――殺し合うしかないんだ。

 

「―――冷たく残酷な世界に終焉を」

Diabolic emission. (デアボリック・エミッション)

 

 天へと昇っていき今にも破裂せんと膨張する闇の塊。

 空間攻撃魔法。砲撃などの点で攻撃するのではなく面で攻撃する魔法。

 本来であれば面になった分、威力も保ち辛いはずなのだが闇の書にそのような欠点などない。

 切嗣はもはや、止めることは不可能と判断し、一目散に逃げ去る。

 

固有時制御(Time alter)――(――)三倍速(triple accel)

 

 その切り替えの早さについていくことができずに先程からこちらの様子を窺っていた魔法少女二人は呆気にとられる。

 しかし、空間攻撃である以上は当然彼女たちにも危険は訪れるわけである。

 防御に定評がある、なのはが急いで円状のシールドを作り出して空間そのものを削り取るかのような魔力の爆発を受け止める。

 

「……闇に染まれ」

 

 まるで核爆弾でも落とされたかのような光景が生み出され辺りが闇に染められる。

 その威力故になのはとフェイトは消し飛んでしまうかと思われたが、何とか防ぎ切り、今度は速さを武器とするフェイトがなのはを抱えて物陰に逃げ込む。

 ひとまず、相手の魔の手から逃れられたことに胸を撫で下ろしながらこれからどうするべきかと話し合っているところに増援としてユーノとアルフが現れる。

 

「なのは!」

「フェイト!」

「ユーノ君、アルフさん、来てくれたんだ」

 

 心強い味方の登場に笑みを覗かせるなのはとフェイト。

 しかし、すぐに先ほどまでの出来事を思い出して暗い表情になる。

 そんな様子にユーノが何事があったのかと尋ねる。

 

「はやてが闇の書の主で、それで覚醒したんだ」

「ちょっと待って、それじゃあ今まで僕達が主だと思っていた人は」

「うん、偽物だったみたい」

「そうなんだ……。だとすると今まで僕達が追っていた人は一体?」

 

 ユーノの問いかけに体を震わせるフェイト。

 一体何があったのかと訝しがるアルフとユーノ。

 なのはは気を使い、そのあとの言葉を自分が引き継ぐ。

 

「はやてちゃんのお父さんが偽物で……はやてちゃんを裏切ったの」

「なんだい、そりゃ! その子も騙されてたってのかい!?」

 

 子供が親に利用されたと聞いて憤りを見せるアルフ。

 彼女中ではどうしてもフェイトがプレシアに利用され捨てられたことが残っているのだ。

 故に他にも同じような子供がいるとなると怒りが抑えられない。

 何よりも目の前で傷口を抉られて震えている主の姿が許せない。

 いつもの笑顔を取り戻す為ならば彼女は如何なることも戸惑わないであろう。

 

「それで、その人はどこかに行っちゃって―――」

 

 そこまでなのはが言った時、辺り一帯が封鎖結界により閉じ込められる。

 闇の書の意志がその場にいる者全てを逃がさないように張ったのだ。

 彼女は主の願い通り、誰一人として生かして返す気はない。

 

「クロノも応援に来てくれているけど大分時間がかかる。だから、それまでは僕達だけでなんとかしないと」

「うん。……こんな終わり方なんて許せないもん」

「はやて……一人じゃないって、伝えてあげないと」

 

 これ以上の増援は望めず、補給もままならない状態だというのに少女達は諦めない。

 寧ろ、絶対に自分達の力で何とかしてみせるのだと熱い想いを胸に抱く。

 なのははこんな悲しい結末など認めないと。

 フェイトは自分のように決して一人ではないのだと伝えたくて。

 己の愛機達に語り掛ける。

 

「お願い、レイジングハート」

「行くよ、バルディッシュ」

 

『All right.』

『Yes, sir.』

 

 四人は飛び立ち、悲しみ檻に囚われているはやてと闇の書を救いに向かうのだった。

 

 

 

 

 硬質な音を響かせてぶつかり続ける闇と閃光。

 閃光の戦斧に対して闇は武器すら持たずに相手をする。

 しかし、闇は何人たりとも寄せ付けることはなく、閃光をはじき続ける。

 

「く……強い。本当の意味で桁が違う」

「全て闇に呑まれて眠れ」

 

 闇の書はロストロギアの名に恥じることなく圧倒的な力を見せつける。

 だとしても、フェイト達は諦めない。

 並みの攻撃が通らないのであれば、並みでない攻撃を繰り出すまでだ。

 かつてシグナムとぶつけ合った遠中距離で最も威力ある魔法、プラズマスマッシャーを使う。

 

 しかし、威力の高い技は往々にして発動までに時間がかかるものである。

 相手は自分の速さに簡単についてくる闇の書である。

 一人であれば当てるどころかカウンターの餌食だろう。

 だが、彼女は一人ではない。

 

「縛れ!」

「くらいな!」

 

 ユーノにアルフというサポート役としては最高峰の二人がいる。

 二人はフェイトの攻撃を当てるため、チェーンバインドとバインドを用い足と腕を拘束する。

 さらに、もう一人なのはが闇の書の意志を挟み込むように砲撃の溜を行う。

 動けなくなった相手に左右からの強烈無比な攻撃。

 普通であればこれだけで落とせる。仮に防がれたとしても大ダメージは逃れられない。

 

『Plasma smasher.』

『Divine buster, extension.』

 

 放たれる雷鳴の一撃に不屈の一撃。

 これならば攻撃も通るだろうと確信する四人であったが、彼らは闇の書を侮っていた。

 闇の書の意志はまるで紙でも引きちぎるようにこともなげにバインドを引き千切って見せる。

 そして、身を翻して砲撃を避ける。

 目標を見失った砲撃はお互いにぶつかり合い霧散して消え去っていく。

 

「刃以って、血に染めよ。穿て、ブラッディダガー」

『Blutiger Dolch.』

 

 ついで闇の書の意志は血の色をした鋼の短剣を突如として、少女二人の目の前に出現させる。

 少女達が驚く間もなく血の刃は突進し爆裂四散した。

 アルフとユーノが心配し、二人の名前を叫ぶ中なのはとフェイトは多少衣服が汚れた状態ではあるが無傷の姿を見せる。少女達二人は反応できなかったが、彼女達の愛機が機械らしい冷静さをもって防いでみせたのだ。

 

「はやてちゃん! 闇の書さん! こんな悲しいことはやめてください!」

「悲しくて、何もかもどうでもいいって思う気持ちはよくわかるよ。でも! 何もかもが終わったわけじゃない!」

 

 破壊の化身の前に文字通り必死の想いで立ち塞がり、説得するなのはとフェイト。

 その言葉を闇の書の意志は眉一つ動かない本物の機械としての表情で聞いていく。

 自分には揺れるべき心など存在しないのだと言い聞かせながら。

 

「我は闇の書。主の願いを叶えるための存在。主は確かに全ての破壊を望んだ」

「なら、どうして私達と優先して戦ってるの?」

「私はいずれ暴走状態に陥る。世界の滅びはその時におのずと訪れる。なら、今は主との関わりが強い者達から壊す」

「そんな……それが本当にはやての願い? 違うよね。一時の絶望に身を任せているだけだよ、それは」

 

 自身も親に見捨てられた経験のあるフェイトは真っすぐに闇の書の意志の瞳を見つめて話す。

 その奥に居るであろうはやてにも声が届くことを信じて。

 

「主は私の中で絶望の淵で夢を見ている。私にできることは優しい夢を見せて主を癒すだけ」

「そんなの間違ってる…っ。現実から目を逸らさないで! 誰かが―――私達ははやての傍にずっと居る!」

「……もう、遅い。何もかも…遅すぎる」

 

 母親にゴミのように捨てられ、生きる意志も、目的も見失っていた時に気づいた事実。

 誰よりも信頼していた人物から見捨てられたとしても、必ず誰かが傍にいてくれること。

 必ず誰かが手を差し伸べてくれていること。

 世界は残酷だけど、同時に何よりも美しいことを。

 全身全霊をもって伝えようとしたが、悠久の時を絶望で染め上げた闇の書には届かない。

 

「咎人達に、滅びの光を。星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ」

「え? あれって……まさか」

 

 手を掲げ、桃色の見慣れた円状の魔法陣を展開する闇の書の意志にユーノが声を上ずらせる。

 ベルカ式ではなくミッド式の魔法陣。そして、なのはと同じ桃色の魔力光。

 何よりも周囲の魔力を収束していくあの姿は間違いなく―――

 

「なのはのスターライト・ブレイカー!?」

「不味い……早く逃げないとッ」

 

 なのはのリンカーコアを蒐集したことで使用可能とした切り札、スターライト・ブレイカー。

 技をコピーするという出鱈目な芸当に声を荒げるユーノ。

 誰よりもその威力と危険性を理解し、顔を青ざめさせるフェイト。

 肝心のコピーされた本人といえば、驚いたものの、闇の書は凄いんだなと思う程度である。

 

「行くよ、なのは」

「ちょ、ちょっと慌て過ぎじゃない?」

「至近で食らったら防御なんて役に立たない」

「そ、そうなんだ」

 

 周囲の余りの慌てように少し傷つきつつ尋ねてみるが、今日一番の真剣な顔で返されてしまい自分の技の威力に自分で少し引いてしまう。

 全力で飛び去り、範囲内から完全に離れてしまおうと目論む四人だったが、そこに思わぬアクシデントが起こる。

 

Sir, there are noncombatants(左方向300ヤード) on the left at three hundred yards. (一般市民がいます)

 

「フェイトちゃん!」

「うん。すぐに探そう、なのは」

 

 バルディッシュの警告により、すぐさま退避を止め一般市民の保護に目的を変えるのだった。

 

 

 

 

 

「あの二人、どれぐらいもつと思う?」

「さあね、こっちとしては暴走直前の数分前までは囮になってくれると助かるけどね」

 

 戦場から遠く離れた場所にて、アリアと切嗣は常軌を逸した桃色の閃光を見物しながら会話をする。

 切嗣とてあの爆心地に一般人がいるのには気づいてはいたが、計画に支障が出ぬように見捨ててきた。

 

 対管理局用に人質としてとっておいても良かったのだが、肝心の闇の書は人質ごとこちらを殺しにくる。

 片方にしか効かない人質を取っても乱戦ではあまり意味はない。

 それよりも、身軽に動ける方が闇の書の封印には有利だ。

 

「デュランダルの準備は?」

「もう、できている」

「オーケイ、なら、後は暴走開始直前の隙をつくまでだ。尤も、もうしばらくかかりそうだが」

 

 まるで核爆発でも起こしたかのようなスターライト・ブレイカーの爆発を見ながらぼやく。

 あのレベルの攻撃を際限なく撃ち続けられるのだからまさに反則級だ。

 あくまでも対人戦闘に特化した今の切嗣の武装では荷が重い。

 化け物じみた魔力量を誇る少女二人に押し付けるのが得策だ。

 ただ、あの二人がやられれば間違いなくこちらに向かってくるだろうが。

 

「それにしても、闇の書はこっちに来るものと思っていたんだが、意外だな」

「未だに信じたくないだけ……かも」

「…………」

 

 自分を目の敵にしてくるはずだと踏んでいた切嗣にとっては闇の書の意志がなのは達を襲っているのが不可解でならない。

 そんな切嗣に向けてアリアが闇の書の意志の考えを、いや、はやての想いが未だに裏切られたことを信じたくないのではないかと告げる。

 黙ってその言葉の意味を噛みしめる。それほどまでにはやては自分のことを信用して、愛してくれていたのだと今更ながらに感じ、首を振る。

 

「まあ、都合が良ければそれでいい。僕は闇の書の意志の近くの持ち場につく。機が満ちたら封印を頼む。可能な限り、良い環境は作り出す」

「分かった。そっちも、もしもの時の保険(・・)は任せた」

「ああ、わざわざ無理を言って頼んでいたもの(・・・・・・・)だ。と言っても、無駄になることを祈っているよ」

「分かっている。必ず、成功させる」

 

 仮面の下で並々ならぬ覚悟を決めた表情を作るアリア。

 そして、それ自体が仮面なのではないかと錯覚してしまうほどに無表情の切嗣。

 両者は最後に目を交り合わせることもなく、自らの持ち場へと向かっていく。

 何の罪もない少女の息の根を完全に止めるために。

 

 

「……許してくれなんて請えない。ただ、一つ願うとしたら、僕を―――呪ってくれ」

 

 

 自分が殺す人間から目を背けず、決してその顔を忘れぬこと。

 いつの日か、その死が報われる世界ができるまで。己も相手も決して忘れない。

 それが犠牲にする者に対して彼に唯一できることなのだから。

 

 舞台は最終幕を迎える。果たして今宵の劇はどう転ぶのか。

 結末は役者達にもわからない。もし、分かる存在がいるとすれば。

 それは狂いに狂った―――運命(Fate)だけだ。

 




次回は微妙に更新遅れるかもです。次回は結構長くなるかもしれないので。
次はかなり書きたかった部分ですので。

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