八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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二十七話:終演

 

 突如として現れたスカリエッティの姿にそれまでの腑抜けた顔を一変させる切嗣。

 その目は敵を見るというよりも憎しみそのものを見るかのようである。

 彼の並々ならぬ顔に相手が何者かも分からぬ者達も一同に緊張した面持ちになる。

 そして、その名を知る者は驚愕の表情を見せる。

 

「広域次元犯罪者のスカリエッティだと?」

「如何にも私が稀代の天才科学者、ジェイルスカリエッティだ」

「一体何のようだ」

「いやいや、君達には興味はないよ。尤も、調べてみたいものと浅からぬ因縁のあるものはいるがね」

 

 クロノからの問いに肩を竦めながら答えるスカリエッティ。

 そして、黄金の瞳をギョロリと騎士達に向ける。

 そのままの視線で今度はフェイトを観察する。

 思わず後退ってしまうフェイトに不気味な笑みを返しスカリエッティは話を戻す。

 

「私が用があるのは彼、衛宮切嗣だけだよ」

「僕には一切用がないけどね」

「くくく、相変わらずつれないねぇ」

 

 あからさまにスカリエッティを嫌悪する切嗣。

 逆に古い友人と話すかのように嬉しそうに話すスカリエッティ。

 その二人のギャップが見守る者達からすれば異常だった。

 

「かつて奇跡を諦めた人間が奇跡を目にしてどんな気持ちを抱いているのかね?」

「おかげさまで、お前の顔を見た瞬間から現在進行形で最悪の気分だよ」

「ふはは、ということは少なからず救われたのかね?」

 

 切嗣の全力の皮肉にも全く反応することなく、土足で彼の心を踏み荒らす。

 しかもそれが遠からず当たっているのから性質が悪い。

 渋面を作る彼にスカリエッティはますます笑みを深めて笑う。

 この科学者の本質はとにかく欲望に忠実というところだ。

 誰かの心を荒らしたいと思えばとことん、遠慮など欠片もなく荒らしてくる。

 それが、彼が科学者を嫌う一番の理由だ。

 

「いやはや、今までの行いを否定された時はどうなることかヒヤヒヤ(・・・・)しながら見守っていたが元気そうで何よりだよ」

「心にも思っていないことを言うな。虫唾が走る」

「まさか、この世で誰よりも君の欲望を肯定している私がそんなことをすると思うかね?」

「……だから、お前は嫌いなんだ」

 

 スカリエッティは衛宮切嗣の理想をこの世の誰よりも肯定している。

 不可能だと分かり切っていた。だからこそ、そんな無限の欲望を応援した。

 自分の悦の為に他者を犠牲にする切嗣とは正反対の男。

 だというのに、この世で最も切嗣を理解しているのはスカリエッティだった。

 そのことが何よりも彼を苛立たせた。まるで自分が同じ存在だと言われているようで。

 

「あなたは、結局おとんとどういう関係なんや?」

「んん? 君は悲しき運命から解放された夜天の主か。くくく、私は彼とは同僚だよ。ああ、彼が言うには共犯者らしいがね」

「……あなたも世界を救おうとしとったんですか?」

「……くっ、ははは! ふははははは!」

 

 はやてからの素朴な問いかけにホログラム越しだというのにゾッとするような嗤いが起きる。

 問いかけたはやての方は一体何が起きたのか分からずポカンとする。

 切嗣はまた始まったのかと苛立ちも隠さずに舌打ちで反応する。

 

「くふふ……まさか、この私が! そのような殊勝な願いを抱くものかね」

「だろうな」

「私の願いは欲望を満たすことだよ。無限に満たされることなどない欲望をね」

 

 どこまでも貪欲に、己の欲望に忠実に、彼は生きることを望む。

 彼の欲望もまた無限に沸き上がり、決して叶うものなどではない。

 しかし、だからこそ追い続ける。何もかもを踏み台にしてでも欲望を満たそうとする。

 そんな本質がどこか切嗣と似ているのかもしれない。

 

「くくく、偶にはこうして知らぬ者と語り合うのも悪くない。だが、あまり時間もない。君の今後について話そうじゃないか」

「……今までのやり方じゃ世界は救えない」

「だとしても、やはり支障が出るだろう? 場所を変えてゆっくりと話そうじゃないか」

 

 そう言って指を鳴らすスカリエッティ。

 すると切嗣の足元に強制の転送陣が展開される。

 慌てる周囲。しかし、当の本人は落ち着いた様子で動くこともない。

 切嗣とて自分の現状をどうにかする必要があるのは理解している。

 故に抵抗などしない。

 

「おとん!」

「ちょっと、出かけてくるよ。はやて」

 

 愛娘に優しく笑いかけて姿を消す切嗣。

 それと同時にスカリエッティのホログラムも消える。

 急いで転移魔法陣の解析を試みようとエイミィに連絡を取るクロノ。

 だが、悪いこととは総じて続いて起こるものである。

 

「はやて!?」

「主!」

 

 今度は突如としてはやてが気を失って倒れてしまったのである。

 はやてに駆け寄る騎士達と少女二人を脇目にクロノは冷静にアースラへの転移を頼む。

 

「エイミィ、アースラへの転移を頼む。それと転移先は分かったか?」

【はやてちゃんの方はすぐに! でも、転移の方は複雑すぎて……これ頭おかしいよ】

「そうか……」

 

 後をつけられないように常人では解析できないレベルで複雑化された魔法陣に頭を抱えるエイミィ。

 クロノも相手はただの自信家ではなく、それを裏付けする実力を肌で感じる。

 広域次元犯罪者に魔導士殺し。二人がどんな関係なのかは詳しくは分からない。

 しかし、これだけは分かる。自分が本当に心休まる時はまだ先だということだけは。

 

 

 

 

 

「やあ、直接顔を合わせて話をする方がやはり趣があるね」

「それで、僕がこれからどうするかの話だな」

「おや、無視かい」

 

 どこの世界にあるかもわからない薄暗い研究所。

 そこにスカリエッティと切嗣は居た。

 スカリエッティが座るように勧めてくるがそんな気が起きるはずもなく切嗣は腕を組んで立ち続ける。

 

「今まで通りのやり方を通すつもりはもう僕にはない。あんなやり方じゃ犠牲が増えるだけで何も救えはしない」

「くくく、なるほど、なるほど。では、スポンサーの元から離れるかね?」

「そうなるな。元より、こうなった僕に利用価値はないだろう」

 

 大の為に小を切り捨てる。当たり前のように今まで行って来た行為ももうできない。

 そうなれば、衛宮切嗣に利用価値はない。

 心を押し殺した冷酷な殺人マシーンとして都合よく利用されていただけだ。

 なら、価値のなくなった道具は捨て去られるだけだろう。

 

「しかし、そんなことを私の前で堂々と言っていいのかね」

「まさか、お前が飼い主に尻尾を振るとでも言うのかい?」

「く、ふふふ。いや、痛いところを突かれたね」

 

 参ったとばかりに頭を抑えながら笑うスカリエッティ。

 この男はただ研究資金と施設が提供されるので上に従っているフリをしているだけなのだ。

 上は気づいてはいないが、いつ飼い主の首を食いちぎってやろうかと虎視眈々と狙っている。

 そうでなければ切嗣を放置しているはずがないのだ。

 

「そうなると、君の家族が危ないんじゃないかい?」

「だろうな。最悪僕をおびき出すための人質に使われるかもしれない」

 

 切嗣は知られると不味い情報を持ちすぎている。

 勿論、犯罪者の言うことをどこまで信用するのかということはあるが。

 とにかく、自分達の下を離れるというのなら相応の“処理”が必要だと判断するだろう。

 そうなった時に切嗣の家族(弱点)が突かれる可能性は高い。

 

 

「だから、衛宮切嗣はここで―――死ぬ(・・)必要がある」

 

 

 告げられた言葉に一瞬たりとも動揺することなくスカリエッティはニヤリと笑う。

 その言葉の裏に隠された真意を見抜いたからである。

 そして、何よりもその成功には自分の力が不可欠なのだ。

 つまりこれは仕事以外で初めて衛宮切嗣が協力を求めたということだ。

 

「くくく! それで君は私への報酬は何をくれるんだい?」

「鉛玉を眉間に一発でどうだ? 破格の待遇だぞ」

「ふはははッ! この私に脅しをかけてくるかい。相変わらずだね、君は」

「今なら喉にも一発サービスしてやるよ。先にその口を黙らせてやる」

 

 冗談などではない声色であるにも関わらず、スカリエッティは嗤い続ける。

 これで譲歩をしてきていた方が拍子抜けだ。

 やはり衛宮切嗣は目的達成の為なら残酷になれる男でなければならない。

 

「ははは! いいだろう。君の退職祝いだとでも思えば安いものだ」

「すぐに用意できるか?」

「君のレアスキルの研究の為にとっておいた“物”であればすぐに用意できるよ」

 

 水面下で動き始める計画。

 それは一人の男をこの世から消し去るための計画。

 家族を守るために男が選んだ一つの選択。

 

「最後の処置をどうするかね? こちらでやっても構わないよ」

「いや、“自分”のことぐらい自分でやるさ」

「くく、そうかね。では、私は準備を始めるとしよう」

 

 そう言ってすぐに研究室の奥に消えていこうとするスカリエッティだったが、ふと足を止めて振り返る。

 何事かと怪訝そうに眉を顰める切嗣にスカリエッティは問いかける。

 まるで、それが本当の前金だとでも言うように。

 

「一つ聞かせてもらってもいいかね。君が過去を否定されてもなお歩き続けようとする理由を」

「……何も変わらない。僕は誰かを救いたいだけだ」

 

 仏頂面のまま返事を返す切嗣。その言葉は彼と始めて会った時の返答と変わらぬものだった。

 だというのに、その声色はどこか満足しているかのような、答えを得たかのようだった。

 そのことが解せずにスカリエッティはさらに問いを重ねる。

 

「ならば、何故今までの行いをやめるのだね? 今回は素晴らしい奇跡が起きたがそんなものなどただの偶然だと君は心の奥底では思っているはずだよ」

「そうだね。現実を見ればこれからも同じことを繰り返し続けるのが正しいのかもしれない」

「では、何故?」

「正しいことをするだけじゃ、人の心は救えないからだ」

 

 ハッキリと目を見開き、宣言する切嗣に驚きを禁じ得なかった。

 誰よりも心を押し殺し、効率だけを追い求めた機械のような男が心を語ったのだ。

 衛宮切嗣は今まで数だけで選択をしてきた。人間を見ていなかった。

 心を無視していた。例え、100人中1人を犠牲にして残りの99人を救ったとしても。

 果たして、その99人全員がそこから先を立って歩いていけるのか?

 

 数でみればただの1人だ。だが、人間としてみればその1人は誰かの子供で、誰かの孫で、誰かの親で、誰かの友人で、誰かの最愛の人なのだ。

 そんな1人を奪われた者達は果たしてその先生きていけるのか? 希望を持てるのか?

 答えは分からない。だが、一つだけ分かることは、人は心が死ねば生きてはいけないことだ。

 例え命が助かっても、そこに希望がなければ、心が救われなければ真に救われたとは言えない。

 

「そのことに気づいた。だから……変えるんだ」

「なるほど……それが君の答えかね。くくく、安心したよ。全てを諦めたわけではなく、より難しい願いに変わったというわけだ」

 

 より難しい願い。その言葉に切嗣は顔を伏せる。

 そうだ。今まではただ殺し続ければ良かった。だがこれからは救わなければならない。

 誰かを助け続けなければならない。

 救えずに目の前で死んでいく人々を見続けなければならない。

 決して以前のように助けることを諦めないように。これからずっと。

 想像するだけで絶望してしまうような道のりだ。

 だが、それでも歩き続けなければならない。

 

「話は終わりだ、早く準備をしろ」

「ふふふ、相変わらずせっかちだねぇ」

 

 相も変わらぬ不気味な笑みを浮かべスカリエッティは準備へと向かっていく。

 その後ろ姿に鉛玉を撃ち込んでやりたいという衝動を抑えながら切嗣は煙草を取り出しそこで手を止める。

 しばらく箱を眺めていたが、やがて一本だけ取り出し残りは箱ごと握りつぶす。

 

「これが最後の煙草になるかな」

 

 火をつけて深く味わうように煙を吸い込む。

 しばらく煙の流れを見つめていたがフッと笑いを零しスカリエッティの向かった方へと自身も歩み始める。

 不思議と体が軽く感じる。これから行うことに対して少し不謹慎なことを考えながら歩く。

 

「さて、準備は整ったよ。いつでもやってくれたまえ」

「…………」

「おや、君ともあろうというものが戸惑うのかい?」

 

 声をかけるスカリエッティに対し、切嗣は無言で返す。

 その様子にさらに笑いを深める科学者に切嗣はしかめた顔を隠すこともなく告げる。

 

「流石の僕も自分で“自分”を―――殺すのは初体験だからね」

 

 コンテンダーを起動させ眉間(・・)に突きつけ押し付ける。

 嫌悪感がないわけではない。だが、他人を殺すのに比べれば幾らか気が楽だった。

 ゆっくりと引き金にかける指の力を上げていく。

 

 

「これが……衛宮切嗣、最後の―――殺人だ」

 

 

 誓うようにそう呟いた後、鈍い銃声が響き渡る。

 舞い散る脳髄と血液を見ながらスカリエッティはその場で一人だけ笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 アースラで切嗣とスカリエッティの後を追っていたクルー達は一同に言葉を失っていた。

 探索中に微かに観測された魔力反応を追ってサーチャーを飛ばした。

 そして、衛宮切嗣を補足することに成功した。

 だが、その衛宮切嗣の姿が問題だった。

 

「エイミィさん、はやてちゃんのお父さんが見つかったんですか!?」

「なのはちゃん、フェイトちゃん見たらダメ!」

『―――え?』

 

 切嗣が見つかったことを知ったなのはとフェイトが飛び込んでくるのをエイミィが静止しようとするが止められずに変わり果てた姿を目にしてしまう。

 遅れてやってきた、まだ眠っているはやて以外の八神家の家族も言葉を失ってしまう。

 

「うそ……お父さん」

 

 シャマルが信じられないと首を振りシグナムに寄りかかる。

 シグナムもそんなシャマルを支えながら信じられないと何度も瞬きをするのだった。

 だが、目の前の結果は変わらない。彼らが目にしたものは―――

 

 

 ―――眉間に巨大な風穴を開けられ、血まみれで息絶えている衛宮切嗣(・・・・)の姿だった。

 

 




ケリィがしんだー。このひとでなしー(棒読み)

次回で終わるかもです。そして、IFルート。
別名スカさんルート。

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