八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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二十八話:旅の終わり、新たな旅へ

 

 アースラのロビーで椅子に座り込み重苦しい空気を醸し出すなのは達と騎士達。

 誰もが言葉を発することができずに暗い顔をするばかりである。

 そんな近寄りがたい集団の元にクロノがキビキビとした足取りで歩いてくる。

 全員の視線がクロノに集中する中、クロノは重々しくも淀むことなく告げる。

 

 

「……先程―――衛宮切嗣の死亡が確認された」

 

 

 小さな、声にもならない悲鳴を上げるなのはとフェイト。

 ヴィータはどんな顔をすればいいのか分からずに感情が複雑に混ざった顔を作る。

 シャマルは顔を隠して小さな嗚咽を上げる。

 シグナムはやるせなさを隠し切れずに痛いほどに拳を握りしめる。

 ザフィーラは静かに目を瞑り冥福を祈るが本人ですら気づかないうちに肩を震わせていた。

 そしてリインフォースは悲しげに目を伏せるのだった。

 

「せめて、もう一度話をしたかった……」

「切嗣……」

「あの……会いにいけないでしょうか?」

「遺族の面会を止める権限は僕にはない。だが……見たいのか?」

 

 シャマルの申し出に念を押すように告げるクロノ。

 衛宮切嗣の遺体は眉間を撃たれた致命傷以外にも体中が滅多撃ちにされて損傷が激しいのだ。

 本人確認が難しかった(・・・・・)程の傷を負っている。だからそう尋ねたのだ。

 

「構いません。私達だって騎士です。……何度もこういう体験はしてきましたから」

「そうか……なら、案内をしよう。ただ、その前に一つ聞いておきたい」

「はい、なんでしょうか」

「このことは……八神はやてには伝えるのか?」

 

 クロノは未だに目を覚まさないはやてのことを気に掛ける。

 今日一日で様々な辛い経験をした少女。そんな少女にはまだ辛いことが待ち受けている。

 大切な家族であるリインフォースはこの後防衛プログラムの再生を防ぐために消滅する。

 夜天の書がある限りは防衛プログラムも存在し続ける。

 だから、夜天の書の管制人格たる彼女も共に消える定めにあるのだ。

 これだけでもはやてには辛いことだろう。だというのに、それに加えて父親が誰かに殺されたなど伝えられればどうなるかはわからない。

 下手をすれば壊れてしまいかねない。

 

「主には……伝えないでくれ。切嗣もまた主はやてを悲しませたくないはずだ」

 

 問いに答えたのはいずれ自身も消える運命にあるリインフォースだった。

 切嗣と言葉を交わしたのは短い期間しかなかった。

 しかし、本来の切嗣ははやてを悲しませるなど望まないということは直感で理解していた。

 そして、何よりも自分自身も消えることをはやてに伝えることをしないからだ。

 

「そう…か、分かった。主には私達が機を見て話す」

「なら、ついてきてくれ」

 

 リインフォースの言葉にシグナムが重々しく頷き、承諾の意を見せる。

 それを確認したクロノは切嗣の元へ家族を案内していく。

 残されたなのは達は自身の力の無さを噛みしめながら肩を震わせる。

 

「あの時……力づくでも連れられて行くのを止めればよかったのかな…?」

「どうして殺されちゃったんだろ……」

「なのは……」

「フェイト……」

 

 下を向いて俯くなのはとフェイトにユーノとアルフは声がかけられない。

 アルフとしては娘に酷いことをしたというのは許せない。

 しかし、あの心の底からの絶叫を聞いてなお、何も思わないほど非情ではない。

 本当は優しい人間だったのかも知れないと思っていた。

 

「ねえ、ユーノ君。どうしてこんなことになっちゃったのかな?」

「……口封じの為に殺されたんだと思うよ」

「口封じ?」

 

 なのはの声に頷いてユーノはゆっくりと話し始める。

 ユーノはまだ汚いことはよく知らない子供である。

 しかし、普通の子供の何倍も聡い。故に人間社会の闇についても少しはわかる。

 

「うん。あのスカリエッティっていう人は広域次元犯罪者といって犯罪者の中でもトップで追われている人なんだ」

「そう言えば、クロノが言っていた……」

「うん、共犯者だって言っていたから……切嗣さんが捕まって自分の情報が管理局に渡るのを恐れて……それで……」

 

 最後の言葉が上手く喉から出てこずに尻すぼみになっていくユーノ。

 しかし、その先の言葉は言わなくともわかる。

 衛宮切嗣は殺されたのだ。これ以上ないほどに無残に、残酷に。

 その事実がなのはの心に重くのしかかるのだった。

 

「私が…私がはやてちゃんを助けたからこんなことになっちゃったのかな?」

「なのは、それは言っちゃダメだよ」

 

 自身がはやてを助け出したことで間接的に切嗣を殺してしまったのではないのかと悔やむなのはにアルフが厳しい口調で声をかける。

 

「あんたが否定したら、はやてが報われない。それにあいつも報われないだろうさ。フェイトもそうだよ」

「うん……そうだね、アルフ。私達が選んだ道で誰かが傷つく。そのことを私達が否定したら傷ついた人への裏切りになる。でも……難しいね」

 

 一言一言噛みしめるように呟くフェイト。

 そして同時に今までの行いを否定してしまい、悲鳴を上げた切嗣の心境を少しだけ理解した。

 一人の犠牲だけでこれだけ心が痛むのだ。

 恐らくはその何百倍も犠牲を積み上げていた彼の絶望はこんなものではなかっただろう。

 だからこそ、たった一言で壊れてしまった。

 

「頑張って前に進んでいくしかないんだね……」

「そうだね。だから、リインフォースの消滅もちゃんと見届けないと」

「うん……」

 

 少女達は小さな、それでいて大きな覚悟を決め頷く。

 旅する魔導書の旅を終わらせるために。

 

 

 

 

 

 空から降り注ぐ白雪が海鳴を一面の銀世界へと変える。

 その中でも一際目立つ白銀の魔法陣が一人の女性の周りに展開されている。

 さらに、その三角の魔法陣に重ねるようにもう一つ。

 上は赤紫の魔力で、左は桃色、右は黄金の不思議な魔法陣。

 それこそが祝福を運ぶ風を新たな旅へと誘う終わりの(うた)

 

 だが、その旅立ちを黙って見送れるほど夜天の主は非情ではなかった。

 目を覚ますと同時に異変に気づき、こうして車椅子のまま自力で場所を探し出したのだ。

 しかし、それでも祝福の風の気持ちは変わらない。

 主の再三に及ぶ説得にも頷くことはなく、ただ満足気に微笑みかけるだけである。

 

「なんでや…今まで悲しい思いしてきたんや。救われなおかしいやろ!」

「主はやて、私の心と体は既に救われています」

 

 涙ながらに声を上げるはやてにリインフォースは近づいて触れ合うことなく微笑み続ける。

 本当は触れ合ってその温かさを感じていたいのかもしれない。

 だが、海よりも深く愛する者のために彼女は決して魔法陣の中から出ることはない。

 そんな想いが分かるからかはやても無理に近づくことができない。

 

「それに私の意思はあなたの魔導と騎士達の魂に残ります。私はいつも、あなたの傍にいます」

「そんなんちゃう! 一緒におらんのなら違う!」

「駄々っ子はご友人に嫌われますよ」

「リインフォース! ―――あ」

 

 ついに我慢が出来なくなったはやてがリインフォースの元に駆け寄ろうとする。

 しかし、雪の下に隠れた石により躓いてしまい、車椅子から身を投げ出されてしまう。

 その姿に全員が駆け寄って支えてあげたいと思うが儀式を中断するわけにもいかずに悲しげな表情を浮かべるだけである。

 

「なんでや……今から、たくさん幸せになっていかんといけんのに……なんでや」

 

 体を引きずるようにリインフォースの元に近づこうとするはやて。

 その姿に不謹慎ながらに自分のことをここまで思っていてくれるのだと嬉しくなるリインフォース。

 魔法陣から出ないように気を付けながらゆっくりと歩み寄り、涙の流れる頬を優しく撫でる。

 

「大丈夫です。私は世界で一番幸福な魔導書ですから」

 

 もし、心優しき主と最高の騎士達と共に生きていけるのならそれは素晴らしいことだろう。

 だが、それができなくとも幸福であることに変わりはない。

 主の危険を払い、主の身を守るのが魔導の器たる自身の命題。

 主を守るためにこの身を犠牲にでき、主にその終わりを惜しまれる。

 魔導の器としてこれ以上に幸せなことなど存在しないだろう。

 

「リインフォース……」

「私はこの世の誰よりも幸せです。だから、こうして―――笑っていけます」

 

 花の咲くような満面の笑みを浮かべて見せるリインフォース。

 その顔にはやては何も言うことができなくなる。

 本当に彼女は救われて、満ち足りているのだと分かってしまったのだから。

 もしも、彼女が一人の人間であればこんなにも笑えなかったかもしれない。

 

 だが、彼女は気が遠くなる時間を旅してきた魔導書。

 騎士達のように自身が人間だと無意識に思うのではなく、無意識に魔導の器と意識する。

 だからこそ、主一人に全ての愛を注げる。

 何よりも八神はやての魔導書であることを誇りに思う故に。

 

「お別れの時間です」

 

 最後にもう一度、優しく微笑みかけ、リインフォースは魔法陣の中心に移動する。

 目を瞑り、降り注ぐ雪が頬に当たるのを感じながら空を見上げる。

 自分は今からこの空に祝福の風となり還っていく。何一つ心残りはない。

 

 

「主はやて、守護騎士達。それから、小さな勇者達……ありがとう。そして、さようなら」

 

 

 最後の最後に感謝の言葉と別れの言葉を残しリインフォースは夜天の書と共に消えていく。

 白銀の粒となり、空へと昇っていき新たな旅へと向かったのだ。

 残った物ははやての手の平に降り注いだリインフォースの欠片のみ。

 はやてはその欠片を何よりも大切な物として固く抱きしめる。

 

「はやてちゃん……」

「はやて!」

 

 その周りに大切な友人と家族が駆け寄ってくる。

 だが、そこにはいつも傍にいてくれた夜天の書も父の姿もなかったのだった。

 

 

 

 

 

 一先ず、はやての気が休まる場所に移動しようと決めた騎士達はなのは達と別れて自分達の家に来ていた。

 色々なことがあったために随分と久しぶりに感じられる家に一息をつく五人。

 今日は家ではやての心をゆっくりと休めようと考えたところでヴィータがあることに気づく。

 

「なあ……はやては病院に戻んなくていいのか?」

「主の病はもう治った。これ以上苦しむこともない」

「いや、そうじゃなくてさ。……無断外泊ってやつじゃねーのか?」

 

 ヴィータの言葉に全員が顔を見合わせる。

 当然のことながら昨日のことなど石田は知らない。

 恐らくは今も居なくなったはやてを探し回っていることだろう。

 そこまで気づくとサッとシャマルとシグナムの顔が青くなる。

 

「シャマル、すぐに石田先生へ連絡を」

「分かったわ!」

「うわー……石田先生カンカンやろうな」

 

 これから怒られることを想像して苦笑するはやて。

 家に戻ってくるまでの間に大分落ち着いたのもある。

 しかし、それ以上にしっかりしなければならないという感情が働いたためにこうして気丈にふるまえているのだ。

 そんな心情をザフィーラは察していたが主の意思を尊重するに止める。

 もしもの時は自分達が支えればいいのだと硬く決意しながらであるが。

 

「はい、シャマルです。すいません、石田先生……え? そ、そうですか。すいません」

 

 石田に繋がるや否や開口一番に謝り始めるシャマルであったがハトが豆鉄砲で撃たれたような顔になる。

 そして、すぐに若干へこんだような顔になりまた謝り始める。

 何事を言われたのだろうかと不思議そうに自分を見る家族に電話を切って伝え始める。

 

「外泊許可は昨日の内にお父さんがもらっていたみたいです……」

「そうだったのか……ここは助かったと言うべきだろうか」

「でも、そのせいで私がおっちょこちょいだと笑われて……ううぅ」

 

 シャマルのことだからうっかり忘れていたのだろうと石田に笑われたことにへこむ。

 しかし、そんなシャマルを慰められる者はいなかった。

 全員が確かにシャマルならやりかねないと思うが故に。

 そんな空気を変えるためにはやてが話題の転換を図る。

 

「まあ、病院にはもうちょいゆっくりしてから行くとして。おとんはどうなったん?」

 

 はやてが切嗣の行方について聞いた瞬間にピクリと騎士達の肩が動く。

 切嗣は殺された。その相手に対しての恨みが心の中にないわけではない。

 しかし、はやてが落ち着くまでの間は隠し通すと決めた以上はそういった感情もまた、隠し通していた。

 

「……それが、まだ見つかっていないようです」

「そっか……早よ、帰ってこんかな」

 

 寂しそうに呟くはやての顔にシグナムは心が引き裂かれそうになる。

 衛宮切嗣は殺されても全く憎めない行為を今まで行ってきたのだろう。

 実際に自分たちが行われた行動だけでも十分にそれだけのことをされた。

 だとしても、家族として殺されることを許容できるかといえばそんなことはない。

 例え、殺された相手に非があろうともそれが大切な者であれば全く恨まないということができない。それは人間として当然の感情だろう。

 

「あ、私お茶淹れてきます」

 

 切嗣のことから話題を逸らすためにお茶を淹れにキッチンへと向かうシャマル。

 その後姿を見送りながらはやては何となしに事情を察していた。

 恐らくはもう切嗣は帰ってくることはないのだろうと考えていた。

 そんな時、チャイムが鳴らされる。

 

「はーい、今出ます」

「主、私が代わりに出ましょうか」

「ええよ、今はジッとしとるよりも動きたい気分なんよ」

「……分かりました」

 

 それは何か別のことをして悲しいことから考えを離したいということ。

 言葉の裏に隠された主の気持ちに気づき引き下がるシグナム。

 そんなシグナムに微笑みながらはやては車椅子を動かし玄関へと向かう。

 

「はい、どちらさまでしょうか―――」

 

 そこまで言って言葉に詰まる。

 何故ならその人物は帰ってこないと思っていたからだ。

 一面の銀世界の中で一際目立つ黒いコートを体に巻き付けながら男は笑った。

 

 

「ただいま、はやて」

「お帰り……おとん」

 

 




ばかな、いきていただと(棒読み)

IFはケリィが奇跡を起こした後も意地をはって今までの行いを貫こうとしたらどうなるかで書きます。二十四話と二十五話の順番が入れ替わったらどうなるかです。

リインさんはIFの方で色々とやります。

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