八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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今回は二話同時投稿です。
最新話から来た人はご注意を。










最終話:八神切嗣

 向かい合うように椅子に座る切嗣とはやて。

 そして、はやてを囲むように立つ騎士達。

 ヴィータは何度も切嗣の顔を見ては足の有無を確認しており。

 他の騎士達も信じられないという言葉を張り付けた顔で切嗣を見つめている。

 

「大丈夫だよ、ヴィータちゃん。ちゃんと足もついているから幽霊じゃないよ」

「でも! あたし達は確かに切嗣の死体を見たんだ!」

「ヴィータ、どういうことや?」

「あ、はやて……」

 

 この目でその死体を見たというのにこうしてとぼけた笑顔を向けられるのが理解できずに叫ぶヴィータ。

 そのせいではやてにばれてしまうが、そもそも本人が生きているというのなら隠す意味も無くなってくるので今更だろう。

 

「そうです、お父上。あの遺体は間違いなくお父上のものでした」

「そうですよ。私達が間違えるなんてありえませんし……」

「説明して頂けるのですね、お父上?」

 

 騎士達は全員が死体など幾らでも見て、そして作り出してきた者だ。

 だからこそ、少々遺体の損傷が激しくとも分かるという自負もあった。

 何よりも紛いなりにもこの数ヶ月を家族として過ごしてきたのだ。

 偽装などで騙せるものではない。

 

「うん。あれはね、僕のクローンなんだ」

「クローン…?」

「そう、DNAも、指紋も、顔も、全て同じクローン。それを僕の死体のダミーとして使ったのさ。まあ、ダミーというよりは正真正銘の衛宮切嗣(・・・・)の死体なんだけどね」

 

 スカリエッティが切嗣の固有時制御の研究の為に作っておいたクローンを殺して管理局の目を欺いたのだ。元々は起源弾の報酬の為に細胞を渡していたのだが今回は思わぬところで活用することになった。

 無償で手に入れられたが元々は自分の細胞なのでその点については何も思うことはない。

 それにスカリエッティのことなので一体だけで研究をしているわけがない。

 何体もいるうちの一体を使っただけだろう。

 

「でも……そのクローンも生きとったんやない?」

「そうだね、クローンも生きている。僕はまた一つの命を奪った」

 

 元は自分といえど、確固とした一つの生命。それを無慈悲に奪ったことは事実。

 だからこそ、切嗣は彼を最後の犠牲にしようと決めていた。

 自身が行う最後の殺人にしようと誓っていた。

 

「しかし……なぜそのようなことをなされたのですか?」

「まあ、僕が生きていると不都合な悪党(・・)は結構居てね。それを欺くためかな」

 

 シグナムの問いに真実を少しだけ明かしながら本当の理由は隠して説明する。

 切嗣が生きていて困るのは他ならぬ管理局だ。

 だが、他の犯罪者という風に言っておかなければはやて達の身が危ないのだ。

 

「つまりは、お父上目当ての者達が私達を襲う可能性をなくすためでしょうか」

「その通りだよ」

「じゃあ、お父さんはこの後……」

「うん、姿を消すつもりだよ。もう二度と会えないかもしれない」

 

 衛宮切嗣が死んでしまえば情報の漏洩をそれ以上気にする必要はない。

 だが、生きていると分かればはやて達にも危害が及びかねない。

 これ以上共に過ごすわけにはいかないのだ。

 本来であれば家族に対しても隠し通すべきなのだがあることを伝えるためにどうしても姿を現すしかなかった。

 

「リインフォースは……先に行ったんだね。少し、羨ましいかな」

 

 リインフォースが先に消えたことに若干寂しそうに笑いながら告げる切嗣。

 彼女は満足して笑っていけたのだろう。

 自分もそうやって逝ければいいなと思うが当分先の話になるだろう。

 

「おとん……おとんも私の前から居なくなるん?」

「はやて……ごめんね」

「違う。勿論、おとんが居なくなるんは嫌やけど、それ以上におとんが私達と一緒に暮らす権利がないからという理由やったら流石に怒るわ」

 

 はやての目は逃げるために姿を消すのは許さないと雄弁に物語っていた。

 彼女は家族の罪から逃げることはしない。共に償おうと考える。

 そんな姿勢に本当にまっすぐに育ったと思いながら切嗣は微笑む。

 

「少し前の僕ならそう考えていただろうね。実際、今回の事件に関しては全部の罪を僕に押し付けるように言うつもりだったし」

 

 こうなった以上は切嗣ははやてに、衛宮切嗣に殺すと脅されて無理矢理に蒐集を行っていたと証言させる気でいた。

 そうすればはやてが無罪になる可能性は十分にある。

 何よりも、今回の事件での死亡者は“衛宮切嗣”ただ一人なのだ。減刑の見込みはある。

 ただ、騎士達は自分の意思で動いたと明確に判断される可能性があるので罰は免れないだろう。

 だとすれば、はやてが共に罪を償おうとする可能性は高い。

 自分が幾ら止めて無駄だろうと切嗣は判断したのだ。

 

「そんなことせんよ!」

「そうだね。はやての意志に委ねるよ。ただ、僕が生きていることは本当に信頼できる人間にしか言わないこと。これだけは絶対に守ってね」

「……わかった」

 

 苦しそうに頷くはやてに少しばかりの罪悪感が湧く。

 しかし、ここで手を抜けば家族の命が危ないのだ。手を抜くわけにはいかない。

 ただの悪党ならばどうにでもなる。だが、正義を相手にするのは無謀だ。

 正義とは常に勝者のことだ。その勝者を敵に回すことほど厄介なことはない。

 

「やっとやりたいことが分かったんだ」

「……何なん?」

「僕はね、やっぱり―――誰かを助けたいんだ」

 

 かつてならこんな願いを自分が言っていいのかと悩みながら口にしていただろう。

 だが、今は迷いなく言いきれた。誰かを助けたい。

 以前の願いと変わらない。でも、少しだけ変わった。以前は数で助ける人間を選択していた。

 しかし、これからは違う。目の前にいる人間を救っていく。

 後先など考えない。そもそも、未来のことなど神でもなければ分からないのだ。

 ただの人間である自分は今救える人々を全力で救っていけば良かったのだ。

 

「助けられた人の笑顔が見たいんだ。少しでも多くの人を笑顔にしたい」

「それが償うことになるん?」

「僕には償うなんて高尚なことなんてできない。そもそも、過去は帰ってこない。だから、今助けられる人を助けていく。償いは必死に生き抜いて地獄に落ちたときに閻魔様が決めてくれるさ」

 

 ただ、ひたすらに懸命に目の前の人達を助けていく。

 後ろ向きに失った人達に詫び続けてもその人達は決して帰ってこない。

 なら、前向きに命尽きるまで誰かを救い続けよう。

 失った者達以上に今を生きるものが幸せになれるように。

 もしも償うことができるのならそれが唯一許されたことだろう。

 

「誰かを救いたいという願いは間違っていなかった。ただ方法が間違っていたんだ。

 救いたいなら助けて救えばよかったんだ」

 

 今までやってきたことに比べれば後のことをまるで考えない自己満足。

 その場限りの何の計画性もない愚かな行動。だが、誰かを殺すよりも遥かに尊い行為。

 殺しでは誰も笑顔にできなかった。でも、ほんの少し助けるだけで人を笑顔にできた。

 

「愚かな行為だと思う。でも、その愚かさこそが本当に―――大切なものだったんだ」

 

 一人殺せば終わった戦いにこれからは全員を救うまで挑まなくてはならない。

 その間に多くの者が死んでいくだろう。人は彼を愚かと罵るだろう。

 だが、彼は気づいた。人間に必要なのは冷徹な数の計算ではなく温かい希望なのだと。

 笑顔があれば、希望があれば人はどんな荒野からでも立ち上がって歩いて行ける。

 だからこそ人類は今まで決して滅びることなく命を繋ぐことができたのだ。

 そして、立ち上がった者達の中から新たな希望が生み出されるだろう。

 

「僕一人で世界を変えようなんて考えたからいけなかったんだ。人が後ろに繋げることで世界を変えてきたことなんて当たり前のように知っていたはずなのにね」

 

 争いのない恒久的に平和な世界。衛宮切嗣一人ではそもそも不可能だったのだ。

 切嗣は希望の種をまき、その花を咲かしてさらに希望を広めていけば良かったのだ。

 例え、衛宮切嗣が志半ばで倒れようともその芽吹いた種がある限り希望は失われない。

 別の誰かが遺志を受け継ぎ希望をさらに広げていく。

 何度踏み荒らされようとも。何度焼き払われようとも。希望を絶やさない。

 

「僕でダメなら別の人でいい。一人で意固地にならずに時間をかけて多くの人で行えばいい」

 

 その場限りの単純な計算では10の為に1を切り捨てるべきだろう。

 しかし、そのやり方では最後には誰も居なくなるだけだ。

 そうではなく、誰か一人でも目の前の人を救う。その場では一人しか救えないだろう。

 だが、その一人が自分のように誰かを救いたいと願えば今度は別の誰かが救われる。

 その繰り返しだ。

 

 救われた人が誰かを救っていけば、いつかは全てを救える日が来るかもしれない。

 何の現実性もない夢見物語だろう。現実はそんなに上手くはいかない。

 だとしても、現実は無慈悲ではない。衛宮切嗣という男が証明している。

 誰かを救いたいと願う者は必ず生まれるのだと。

 

「……それが、おとんのやりたいこと?」

「うん。やっぱり変なことかな?」

「ううん。素敵な夢やと思うよ」

「そっか、良かった」

 

 父娘は穏やかな笑顔を浮かべて笑いあう。

 騎士達もその周りを優しく囲む家族として笑いあう。

 この小さな世界こそが切嗣が心の底から望んでいた世界かもしれない。

 だが、しかし。切嗣はここから離れていく。

 心に宿る希望の種を世界に広めるために。

 

「シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ。君達にも伝えたいことがあるんだ」

「謝罪は受け付けてねーからな」

「ははは、この期に及んで許してもらおうなんて思ってないよ」

 

 ヴィータの棘がありながらも優しい言葉に笑う切嗣。

 こんなに清々しく笑ったのはいつ以来だろうと思うがそんなことはどうでもよかった。

 

「はやてを頼むよ」

「はい、我らの命は主はやてを守るために」

「それから―――ありがとう」

 

 どこか救われたような顔で告げられた感謝の言葉に思わず瞳が潤むシャマル。

 シグナムは深々と頭を下げその言葉を受け取る。

 ヴィータは瞳をこすって涙を押し隠そうとする。

 ザフィーラは無言で拳を握り溢れ出す感情を抑え込む。

 

「それから、はやて」

「うん」

「風邪をひかないように。悩み事を溜め込まないように。体には気を付けるように。それから……」

「おとん、そんなこと言われんでも分かっとるよ。というか、私としてはおとんの方が心配なんやけど」

「ははは、それもそうか。なら、僕から言うことは一つだけだよ」

 

 苦笑い気味に突っ込まれ、頭を掻いて笑う切嗣。

 そのままはやての前に行き、少し戸惑うような仕草を見せてからその体を抱きしめる。

 親が子を愛する。どこまでも慈愛に満ちた最後の抱擁をかわす。

 

 

「幸せになってね、父さんとの約束だよ」

 

 

 その言葉に堪えていた涙腺が壊れ、涙が再び零れ始めるはやて。

 そんなはやての背中を優しく叩きながら切嗣はあやし続ける。

 彼はこの娘に救われた。光の天使によってその魂を救われたのだ。

 しばらくすると、はやてが鼻声で答える。

 

「うん……グス、約束する…ッ! 絶対に幸せになるからなッ!」

 

「ああ―――安心した」

 

 その言葉を聞き、本当に心の底からの安堵の言葉を零し、切嗣ははやてから離れる。

 騎士達はそんな様子を静かな眼差しで見つめる。

 切嗣は最後に愛しい家族達を一瞥した後に飛びきりの笑顔で微笑む。

 

 

「正義の味方は廃業だ。これからはただの衛宮、いや―――八神切嗣として人を救っていくよ」

 

 

 その言葉を最後に八神切嗣は二度とこの家に帰ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 ――十数年後――

 

「なあ、ヤガミって人知ってるか?」

「あの八神司令のこと?」

「いや、そうじゃなくて男の方だよ」

「知らないわね。どんな人なの?」

 

 一人の少年と一人の少女がミッドチルダの街を歩きながら話していた。

 少年の目は光り輝き、件の人物に憧れているのだと一目に分かる状態だ。

 少女もそれが分かっているためか流さずに真剣に聞き入る。

 

「色んな次元世界を回って人助けをしてるんだってさ」

「へえー、立派な人なのね」

「俺さ、昔火事にあったときにその人に助けられたんだ」

「火事になんてあってたんだ、あんた」

 

 意外なことを聞いたとばかりに少女が目を見開く。

 少年の方は言ってなかったかと首を傾げる。

 どちらにしても深刻ではないのかと判断して少女はそのまま話を続ける。

 

「それで、その人は結局なんなの?」

「その人はさ、俺の憧れでとにかく目の前の誰かを助ける人なんだ。一言でいうなら―――」

 

 少年は屈託なく笑い、眩しい笑みを少女に向ける。

 その姿はかつてどこかの誰かが見せたような子供らしい笑顔と似ていた。

 切嗣が蒔いた希望の種はしっかりと少年の胸の内に花を咲かせていた。

 

 

 

「―――正義の味方だな」

 

 

 

 ~八神家の養父切嗣END~

 

 




色々あるでしょうが作者の主義で取り合えず、本編はハッピーエンド。
まあ、凄まじく険しい道になるでしょうけど頑張っていきます。
後、気づいたらフェイトのトラウマをやたらと抉ってた(白目)

そしてIFですが、こっちは実は一番最初のプロットに近いかなと。
IFルートは続編も考えています。もう、好き勝手やります。

では、ご愛読ありがとうございましたm(__)m
評価等、ありましたらよろしくお願いします。

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