八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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世界も違うのでケリィの過去はオリジナル要素も含まれます。
色々変更有です。


三話:魔導士殺しのエミヤ

 ――世界を変えられる奇跡を渇望した――

 

 一人でも多くの犠牲をなくすために死地に赴いた。

 死ぬべき人間を殺すことで死ぬ必要のない人間を救ってきた。

 それでも犠牲がなくなることは無かった。

 犠牲の無い平和など訪れないととうに悟っていた。

 

 それでも心は激しく求めた。誰も死なないですむ奇跡を。

 だが心とは反対に男の手はもはや後戻りなど出来ぬほどに赤く染まっていた。

 誰も傷つかない世界が欲しいと心は泣き叫んだ。しかし、男は殺して救うことしか知らなかった。

 願いが美しく高潔であればあるほどに男は汚れていった。

 

 寧ろ己にしかその行動はできぬのだと意固地になり死に場所を求めるように戦場に赴いた。

 他者から見れば実利とリスクが釣り合わない破綻した思考。

 明らかに自滅的な行動原理。だが男にとっては足を止めることこそが滅びだった。

 犠牲にした分の対価(平和)を手に入れなければならない。

 そう思って行動しなければ自分が保てなかった。恐怖で狂ってしまいそうだった。

 

 正義など求めなければよかった。

 正義の味方になど憧れたから多くの犠牲を出してしまったのだ。

 もしも、正義を求めなければ犠牲にした者達は今でも笑っていたのではないか。

 どうして自分は誰かを助けたかったのに―――誰かを殺しているのだろう?

 

 正義を、己の在り方を、人の醜さを、呪いながら、絶望しながら、男の体は人を殺し続けた(救い続けた)

 その頃だった、男が魔法という存在に出会ったのは。

 

 

 

 

 

 一軒の如何にもイギリスの古風な住居だという家で切嗣は一人の男と向かい合っていた。

 テーブルの向かい側にはグレアムが座り優雅に紅茶を飲んでいた。

 そしてその隣には猫耳と尻尾を生やした若い女性、リーゼアリアが秘書のように立ち続けているのだった。

 

「現状ヴォルケンリッター達は蒐集を行っていない。恐らく現状が続くのであればこのまま蒐集は行われない」

「……今までの主と違い、はやて君は本当によくできた子だね」

「だが、それでは困る。ヴォルケンリッターには蒐集を行ってもらい闇の書を完成して貰わないと封印ができない」

 

 グレアムの言葉など聞こえていないかのように切嗣は淡々と状況と今後とるべき方策を述べて行く。

 そんな姿にグレアムは痛々しいものを見る目を向けるがそれでも切嗣は反応を示さない。

 

「……切嗣君」

「考えられる手段としてははやてに暗示をかけ意識を変えさせる。はやてを人質に取り騎士達に無理やり蒐集を行わせる。闇の書でなければ助からないレベルの怪我、病気にかける事だね。最もこれは足の麻痺の時点ではやてが拒否をしているから微妙な所だけどね」

「切嗣君!」

「……なんだい? 何か今後の方針で案があるのかい」

 

 見ていられなくなりグレアムは語尾を強めて切嗣の言葉を遮る。

 だが切嗣は相も変らぬ無表情で事務的な会話を返すだけである。

 しかし、グレアムには切嗣がわざと事務的な話に終始しはやて個人の話を避けているのが分かった。

 

「いや、はやて君の様子はどうなのかね」

「家を出る前に盗聴器をしかけてきた。それにロッテが監視についている。何があってもすぐに対処は可能だ、心配はいらない」

「私がそういったことを聞いているのではないことぐらい君だって分かっているだろう?」

 

 少し咎めるように告げるグレアムに切嗣は目を逸らす。

 しばらくの間沈黙が続いていたがこのままでは埒が明かないと判断したグレアムが折れる。

 紅茶を一口口に含みのどを潤してから事務的な話を切り出す。

 

「……頼まれていたもの(・・・・・・・・)は持ってきておいた。後で確認しておいてくれ」

「分かった。それでデュランダルの出来は?」

「威力としては申し分ない。タイミングさえ間違わなければ封印は可能だろう」

「そうか、後はアリアとロッテの腕次第というわけだね」

 

 主と共に闇の書の永久凍結。無限転生という非常に厄介な機能を持つ闇の書への最終手段。

 今まさに切嗣達が進めている作戦がそれだ。

 そのために強力な氷結魔法に特化したデバイス、デュランダルをグレアムは制作した。

 準備は整っている。後はヴォルケンリッター達の蒐集を待つだけなのである。

 

「そうなってくると問題は管理局に嗅ぎつけられるかどうかになってくるね」

「まさかこの立場になって身内から見つかるのを恐れるようになるとは思ってもいなかったよ」

「間違っても最終段階までばれないようにしてくれ。あなたがいないと計画に失敗した場合の対処ができない」

「肝に銘じているよ。……犠牲を無駄にするわけにはいかないからね」

 

 グレアムは十一年前の事件を思い出す。あの事件で自らの意思で部下を殺した。

 何年経っても後悔はなくならず傷口は決して塞がらない。

 あの状況でグレアムは客観的に見れば闇の書を止め世界を危機から救ってみせた。

 まさに正義の味方だ。だが……どれだけ繕ったところでやったことは殺しだ。

 正義(殺し)に酔いしれられる程彼は人間をやめていない。

 

 ならば……自分よりも遥かに若い年齢の頃から正義(殺し)を行ってきた目の前に居る男はどんな感情を抱いているのだろうか?

 正義に酔いしれている? そんなはずがない。

 正義に酔いしれた者はあのような死んだ目をしていない。

 何より彼は知っている。全てを救おうとした結果、全てを救えなかった男の絶望の涙を。

 

「君と会ってからもう何年も経ったが……君は変わらない」

「当然だ。人の本質というものは変わらない。魔法があったところで人が存在する限り殺し合いが終わらないようにね」

「……私はあのとき君を助けるべきではなかったと思っているのだよ。

 君にとってはあそこで死ぬことができた方が余程救いだったのではないかとね」

 

 死ぬことこそが救いだったと言われても切嗣は表情を変えることは無い。

 しかし、瞳の奥には人並みの幸福を祈り、正義を捨てようと思った在りし日が浮かんでいた。

 

「僕が死ぬとすればそれは犠牲に見合う対価が得られた時だ。もっともそれは不可能だろうけどね」

 

 そう言って酷く不格好な笑顔を見せる。

 その姿からは切嗣の自身には死ぬ権利すらなく永遠に殺し続ける(救い続ける)のだという諦めに似た覚悟を感じさせた。

 グレアムは余りにも残酷な運命に目を背けるように飲みかけの紅茶を見つめる。

 赤い紅茶は不思議なことに血と炎を彷彿(ほうふつ)させ老人に過去を思い起こさせた。

 

 

 

 

 

 ――片方しか救えぬのに両方を救おうとしたらどうなるのか?――

 

 男はその答えを身をもって知った。

 誰かを救うために誰かを殺し続けた男はある日傷つき倒れた。

 ここで終わるのもいいかもしれないと生きることを諦め、目を瞑った。

 だが、男は再び目を醒ますことができた。

 

 目を醒ました男の前には自分を救ったと言う美しい少女がいた。

 介抱をされていくうちに男は少女に恋をしていった。

 まだ若かった男はここで夢や義務を放り出して人並みの幸せを掴んでもいいのではないかと思った。

 少女の笑顔が好きだった。それを守ることができたらどれだけ素晴らしいかと思った。

 

 だが男にはそんなささやかな願いすら許されなかった。

 選択の時は非情にも男の元に訪れる。

 ある日男が少女の元を訪れると少女は血だらけで倒れていた。

 驚く男に少女は言った。自分を殺してくれと。呪いが他の者に移る前に。

 男は呪いなど信じていなかったが彼女を安心させるためにどちらも助けると言い残して医者を呼びに行った。

 ……彼女の肌を染め上げる血が彼女の両親のものだとも気づかずに。

 

 医者を伴い戻って来た男は絶句した。村は血を流して彷徨う亡者で満たされていたのだ。

 何の冗談だと絶句しているところに後ろから襲い掛かられ医者は噛まれてしまった。

 すぐさま撃ち殺そうとしたところで男は茫然とした。

 医者の肉を食いちぎっていたのは変わり果てた少女だったのだ。

 

 声を掛けても返事はなくただ自分を餌としてみる貪欲な視線だけが返って来るのだった。

 殺さなければならない。だが殺したくない。元凶はどう考えても少女だ。

 それでも殺せない。引き金を引けない。男は叫び声を上げて彼女から逃げ出した。

 あてもなく走り続けた。ただ全てから逃げ出したくて。

 

 気づけば変わった服装の高齢の男性と猫耳を生やした二人の女性が目の前に居た。

 ―――助けてくれ。男は三人の不自然さなど気にも留めずに助けを求めた。

 それが自分ではなく少女を助けてくれと言っているのだと三人は気づかなかった。

 だからその為に来たなどと軽々しく口にしてしまった。

 女性二人はすぐさま村に向かい魔法の力を使い亡者を殲滅していった。

 

 驚く男に高齢の男性は端的に説明した。自分達は魔導士と呼ばれる存在であると。

 そして今回の事件はロストロギアと呼ばれる古代遺産の引き起こしたものであると。

 人を操り血肉を貪る怪物に変える存在。

 吸血鬼やグールの伝承などはそれが元になったものだろうと語られるがそんなことはどうでもよかった。

 ただ少女が助かるのかと、村人が助かるのかと問う。

 

 男性はその問いに悲し気に首を振るだけだった。

 亡者になったものは既に死んでおり、元に戻しても生き返ることは無い。

 探せばあるかもしれないが放置すればいたずらに被害は広がるだけなのだと。

 男は黙って聞いていたがやがて立ち上がり止める声も聞かずに村の方へと歩いていく。

 全ての光を失った目のまま。

 

 男はただ機械のように淡々と亡者になった者達を始末していった。

 己が逃げたがために犠牲になってしまった者達を。

 表面上は無感情に。内心では懺悔の涙を流しながら。

 ただひたすらに殺していく。女性達が恐怖の眼差しで見てくるのも気づかずに。

 そして、男は目にする。先に女性達に敗れ事切れた少女を。

 

 ―――ごめんね。君を殺してあげられなくて。

 

 男の瞳から己の意思とは全く関係のない涙が零れ落ちていくのだった。

 

 

 ――全てを救おうとした愚かさの代償は全てを失うことだった――

 

 

 

 

 

「初めて君と会った日に私はこの悲劇を繰り返さないように管理局に入るように勧めた。魔法があればより多くの人を救うことが可能だとうそぶいた。あのままでは君が壊れてしまうと判断したから」

「ああ、事実僕はあのままなら壊れていただろう。その点ではあなたに感謝している」

「……だが、君は気づいた。魔法は万能でないと、結局正義で救えない人間はいるのだと」

「そうだ。だから僕は管理局をやめて必要悪となった。この件に関しては迷惑をかけたね」

 

 あの日里帰りで地球に帰っていたグレアムが駆けつけることができたのは切嗣にとって幸運だったのか不運だったのか。それは誰にも分からない。

 管理外世界とはいえグレアムや切嗣のようにリンカーコアを持った人間は存在する。

 そして、過去にも存在した。歴史上の偉人などは多くがリンカーコアを保持していたのではないかとグレアムは考えている。

 とにかく管理外世界とはいえそういった者達が魔法遺産を作っていた可能性は十分にあるのだ。

 というよりも実際に数は少ないがああして存在していたのだ。

 そうしたものが今でも伝説やオーパーツとして語り継がれている。

 因みにグレアムはムー大陸もロストロギアで滅んだのではないかと睨んでいる。

 

「最初は質量兵器を禁止している平和な世界だと思ったよ。でも、武器を奪ったところで争いは起こる。地球でも貧しい国に紛争が絶えないように次元世界でも貧しい世界では争いが絶えない」

 

 表情は変わらないが握りしめる手に力がこもっているのを見るに切嗣にとっては許せない事なのだろう。

 そもそも兵器がなくなれば争いが起きないというのは安易な考えだ。

 人類は棍棒さえあれば戦争を起こせるのだ。

 寧ろ地球で言う核抑止力の方が争いの数は減らせるだろう。

 正し、一度起きれば世界は滅びるが。

 逆に言えば武器の威力が低ければそれだけ小競り合いは起きやすい。

 最も、その場合は相手より強い武器を求め結果として古代ベルカのようになるだけだろうが。

 

「管理局はあくまでも平和を維持する機関だ。よほどのことがなければ武力介入はできない。でも管理世界ですら紛争は絶えない。平和に見えるのは表面だけだ」

 

 如何に管理局が次元世界の平和を守っているとはいえ世界の中の小国同士の紛争まで手を出すことはしない。

 そもそも管理局にそれだけの余裕はない。数年おきに新たな世界を発見している状態なのだ。

 誰がどう考えてもそのうち首が回らなくなることは見えている。

 それでもロストロギアが危険なために世界を広げなくてはならない。

 地上部隊も治安維持で精一杯で戦争をすることなど出来ない。

 

「でも非殺傷設定がある。それだけでも進化しているわよ」

「本当にそう思うかい、アリア?」

「どういうことかしら…?」

「僕は勘違いをしていたよ。非殺傷設定は人の殺意すら抑えられるんだとね。でも違った。進歩したのは技術であって人間じゃない」

 

 どこか疲れたようにアリアに返す切嗣。

 切嗣とて非殺傷設定という機能には初めは心を打たれた。

 しかし、そんなものは幻想に過ぎなかった。

 人を殺すのに必要なのは大層な魔法ではなくただの殺意なのだ。

 

「人間なんてそこら辺に落ちている石一つあれば殺せるんだ。質量兵器がなくとも、魔法がなくとも人を殺す方法はいくらでもある。アリア、君は人間がどれだけの歴史と知性を費やして殺人のテクノロジーを育んできたか分かるかい?」

 

 そう自嘲するように問いかける切嗣。彼は人間がどれだけの歴史と知性を費やして殺人のテクノロジーを育んできたかを身をもって学び取った。

 誰かを助けたいのに殺す技術だけ上手くなっていく。

 何という矛盾かと自分でなければ大笑いしてやりたい気持ちだ。

 

「それでも、大きな戦争は無くなっているわ」

「そうだね。でも流血は絶えない。人間の本質は石器時代から一歩も進んじゃいない」

「……やっぱり貴方は優し過ぎる程に優しいのね」

 

 普通の人間であれば大きな戦争でもなければ違う国・世界で誰が傷つこうが気にも留めない。

 しかし、切嗣は優し過ぎた。誰かが傷つく世界の残酷さが許せない。

 だから誰よりも冷酷になって世界に立ち向かおうとした。

 

「世界が変わっても争いがなくならないのなら僕のやる事はあの頃と変わらない」

「……引き返す道があってもかね?」

「もう遅すぎる。より多くの人間の平和の為に小数を殺していくだけさ」

 

 熱意もなければ信念もない。

 そんな目をしているのにも関わらず切嗣は真っ直ぐに歩き続ける。

 自分が彼女を殺さなかったから犠牲になってしまった人達の為に。

 

「それが次元世界のあらゆる紛争地に現れ強力な魔導士を殺し尽していった『魔導士殺しのエミヤ』の本質なのかね……」

 

「偶々敵の頭や、主戦力が魔導士だっただけさ。まあ、こっちとしては殺しやすくて楽だったけどね」

 

 グレアムの『魔導士殺しのエミヤ』という言葉に少し眉を顰める。

 切嗣自身はそのように名乗ったつもりはない。

 本人としては殺すことで犠牲が減る人物であれば分け隔てなく殺しているのだから。

 だだ、ターゲットを殺す際には余計な障害を減らすために敵側に雇われるように打診をすることが多かったのでこの名前はそれなりに役立った。

 

「それとこれは私の推測なのだが。管理局の警告を無視して危険なロストロギアを所持している人物が不審死する事件が相次いだ時期があるのだが……これも君だと思うのだが、どうかね?」

「危険なロストロギアを放置すればあの時の二の舞になるからね」

 

 何でもないように肯定する切嗣にグレアムはため息をつく。

 そもそも闇の書の件で接触してきた時点で見当はついていた。

 表には出さないがあの件以来ロストロギアに関して思うところはあるのだろう。

 だが、本当に気になっているのはそこではない。

 

(彼が奪ったと思われるロストロギアがなぜ管理局にあるのだ?)

 

 不審死を確認された後に管理局が回収した物は構わない。

 しかし、殺害と同時に奪われたはずのロストロギアまで管理局が所持しているのはどういうことだ。

 記録には不当な取引を差し押さえたと書かれているがその事件の担当にそれとなく聞いても知らないと答えるのだ。

 そもそも、広大な次元世界を後ろ盾もなしに本当に活動できるのか?

 

「ふぅ、随分と関係のない話をしてしまったね。時間は有限だ。今から予想される展開について作戦を練っておこう」

「ああ……そうしよう」

 

 余計な思考が頭を占めるが今は関係ない事だと切り捨てるために紅茶を飲み干す。

 反対に切嗣の紅茶は一滴たりとも減っていないのがいやに気になるのだった。

 




次回はほのぼのできるといいなぁ……。

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