八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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四話:救われる者、救われぬ者

 ―――お前は機械か? それとも人間か?

 

 その言葉にリインフォースは一瞬、目を見開いた後、クスリと笑う。

 まるで少女のような笑みに切嗣は思わず仏頂面をやめて彼女を見つめる。

 彼女はそんな様子がまたおかしかったのかもう一度微笑む。

 

「そうか、お前もそんな表情ができたんだな」

「……質問に答えてくれないか?」

「ふふふ、そうだな」

 

 からかわれたことを無視して話を進めようとする姿にまたしても笑いが起こる。

 流石に悪いと思うのだが、この世から消える前なので少し気が高まっているのかもしれない。

 そう結論付けながらリインフォースは笑いを抑え思考を始める。

 しかし、元から答えは決まっていたのかすぐに口を開きなおした。

 

「機械だ。魔導の器たる私がそうでなければ一体何だというのだ」

 

 それが全てだった。主に尽くし、主の為に死ぬ。

 その生き様こそがデバイス、魔導の器の本願。

 彼女はこの生き方をまさに実践してみせた。ならば、その身は機械。

 魔導の器にとって最高の最後を迎えられるのが彼女だ。

 

「そうか……」

 

 彼女の言葉に対して何かを考え込むように目を瞑る切嗣。

 幾ばくかの時間、そうしていたかと思うとゆっくりと目を開けて息を吐く。

 リインフォースは彼の姿に何事だろうかと首を傾げる。

 

「なら、今からすることに関しては許可がとりやすいかな」

「切嗣、何をするつもりだ?」

「非常にかってながら、僕は君を生きながらえさせるよ」

 

 彼の言葉に思わず美しい赤の瞳を見開くリインフォース。

 反対に切嗣の方はいつもの調子を若干取り戻したのか無表情に戻る。

 辺りが静寂に包まれる中、リインフォースがその静寂を破る。

 

「……どうするつもりだ。夜天の書がある限り防衛プログラムは必ず再生される。それを防ぐには夜天の書の破壊が不可欠だ」

「その点は重々承知しているよ。現状から破壊せずに修復するには時間が足りない」

「では、お前は私に何をするつもりだ?」

 

 赤い(まなこ)を細めて訝しげに切嗣の表情をうかがうリインフォース。

 対する切嗣はタバコを取り出し、火を点けるのに忙しく、目を向けない。

 尤も、彼女の視線に気づかない程鈍ければ戦場を生き抜くことなどできはしないので気づいた上で無視をしているのだが。

 ただ、その無視をしている理由は胸に残る罪悪感の為に目を合わせられないという弱さ故なのだが。

 

「君の人格と記憶のデータをコピーさせてもらう」

「……そうか、そういうことか」

 

 リインフォースはそれだけの言葉で納得したのか小さく頷く。

 管制人格であるリインフォースは夜天の書と一心同体と言っても過言ではない。

 だが、厳密には一心同体などではない。

 管制人格と言えど、夜天の書というハードを構成する一つのプログラムに過ぎない。

 切嗣が行おうとしていることは簡単に言えば。

 パソコンの中のあるデータをUSBにコピーし、別のパソコンに移し替える作業だ。

 機械であるがゆえに、デバイスであるがゆえに可能な方法だ。

 それを行えば元のパソコン、夜天の書本体が故障しようが大破しようがコピーしたデータ、リインフォースは別の場所で守られる。

 

「確かにそうすれば私の記録の全ては守られる。しかし、魔導の全ては失われるぞ」

 

 リインフォースの言うように人格部分と魔法行使に使われる部分は別なので魔法技術は失われてしまう。

 だが、その点は彼にとっては問題ではない。

 

「ああ、その点は気にすることはない。こっちの協力者は魔法に興味があるわけじゃないからね。機械でありながら人であるユニゾンデバイスの君に興味があるらしい」

「実験体として私を求めているのか?」

「否定はしない。だが、常識的な範囲での検査しかさせない」

 

 スカリエッティは戦闘機人という機械と人の融合を研究している。

 既に何体かの作品は仕上がっているが、彼にとっての研究は終わりではない。

 より、機械らしく、人間らしいという矛盾した作品を作り上げることを望む。

 その点で、機械でありながら人の姿を取り、感情を持つユニゾンデバイスは興味深いのだ。

 

「それを信じるかどうかは置いておくとしてだ。データを移し替えるのであれば私の体はなくなる。これではただのインテリジェントデバイスと変わりはしない」

「それに関してはこちらで君のデータを基に、体を、ユニゾンデバイスを復元させてもらう。一時的にデータとして窮屈な思いはするだろうが、すぐにそれもなくなる」

「なるほどな。しかし、私は再び囚われの身になる気はないぞ」

「あいつがどう思うかは知らないが、僕にそのつもりはない。解析が終わり次第、はやての元に返す」

 

 はやての元に返すという言葉に初めて興味を惹かれるリインフォース。

 常時の切嗣であれば相手を騙すための言葉であったかもしれないが今の彼にそこまでの余裕はない。また、最低ながらも父親として何か一つでも償えないかと考えた結果でもある。

 しかしながら、この計画にはある欠点が存在する。

 

「それとだ。これだけは言っておかないといけない。コピーを取ればそちらは無事なのは間違いないが……オリジナルのデータは、今ここにいる君は変わらず消える運命だ」

 

 ここにきて初めてハッキリと苦悶の表情を浮かべる切嗣。

 それは結局、自分には全てを救うことができはしないのかという憤り。

 もしも、スカリエッティの申し出を初めの段階で受け入れていれば全てを救えたのではという後悔である。

 オリジナルのリインフォースそのものの人格の移植という手段は防衛プログラムの再生を抑えている枷を外すと同義なので不確定の為に不可。

 移植ではなく、記憶と人格を引き継いだコピーが現状では限界なのである。

 もっと早く、切嗣が決断していれば別の方法もあったのかもしれないが。

 

 

「そうか……少し尋ねてもいいか?」

「……なんだい」

「どうして、それを私に伝えたのだ。お前の目的からすればそれを伝えることは目的達成の確立を下げかねない行為だ。理解しかねる」

 

 もしも、悪魔の契約であろうと、それで自分が救われるのであれば結ぶ人間は多いだろう。

 だが、救われるのが自分と同じ顔をした赤の他人だと言われて頷く人間はいない。

 切嗣の言動は最高の効率を求める行為に反しているのだ。

 その理由を聞かれて切嗣は何とも言えない表情を作り出す。

 

「……ただ、黙っていてもいずればれると思ったからに過ぎない」

「そうか、では質問を変えよう」

 

 リインフォースはこの手段ではいつまで経っても答えは得られないと悟り、手法を変える。

 その雰囲気の変化に目敏く切嗣は気づくがどうすることもできないので何も言わない。

 

「お前は私に罪悪感を抱いているか?」

「……それは」

「答えはYESかNOでしてくれ」

 

 口籠る切嗣にリインフォースはさらに追い打ちをかける。

 切嗣は仏頂面をさらに渋めて、無言で小さく頷く。

 その答えに満足げに笑い、彼女はさらに質問を続ける。

 

「お前は私に救われて欲しいのか?」

「……ッ!」

「私が一番聞きたいのはそこだ。嘘は許さないからな」

 

 嘘は許さないと釘を刺されて押し黙る切嗣。

 しばしの間、静寂が辺りを支配するが、リインフォースの純粋な瞳に負け切嗣が頭を抱える。

 本心を言わなければ、彼女は交渉の場にすら立ってくれないだろうと悟ったからだ。

 若干投げやり気味に切嗣は答える。

 

「ああ、YESだよ。僕は君を救いたい。この手で誰かを助けたという実感を得たい。別に君じゃなくてもいいんだ。これは偽善だ。そんな偽善だから、君を完全に救うこともできない。エゴすら満たせない愚かな願いだ。自分のことながら反吐が出るよ」

 

 心底、毛嫌いしていると、手に取るように分かる顔をする切嗣。

 だというのに、リインフォースは面白そうに、嬉しそうに微笑む。

 彼女が何故そのような表情をするのか出来ずにますます顔をしかめる切嗣。

 その表情に反対にますます楽しそうに笑うリインフォース。

 

「いや、結局は私のことに気を使っているのだと思うと嬉しくてね」

「何を言っている? これは僕のエゴだ。誰の為でもない僕の為だ」

「そうだろうな。だが、それでも素直に気を使われるのは嬉しくてね」

 

 思えば、純粋に彼女の身を案じてくれたのは騎士達を抜けば、今代の主はやてと、切嗣ぐらいではないかと思う。

 やはり、血の繋がりはなくとも親子とは似るものなのだなと思いながらリインフォースは笑みを深める。

 口に出してもよかったのだがそれを言えば、切嗣は最低の父親だったと返してくるだけだろうと今までのデータから分かっていたので言わなかった。

 

「それで、こっちの申し出には乗ってくれるのかい? 尤も、断っても無理やりにでも救わせてもらうけどね」

「それならば、最初からそうすれば良かったものを。やはり、私に気を使っているのではないか」

「…………」

 

 これ以上話せばボロが出ると悟り、口を噤む切嗣を見つめながらリインフォースは考える。

 このまま消えることに後悔などない。魔導の器として最高の終わりを迎えられるのだから。

 しかし、愛する主と騎士達と共に生きたくないかと言われれば迷うところだ。

 望みを抱くこと自体が、彼女が機械ではない証明になり得るのだが、そこまでは考えない。

 しばらく思考した末に彼女は答えを出す。

 

「いいだろう。その提案を飲もう。ただし、条件がある」

「内容次第だな」

 

 ある程度の譲歩は仕方がないだろうと考え、頷く切嗣。

 リインフォースはそれを見てゆっくりと条件を述べていく。

 

「まず、私の安全はお前が保証することだ」

「……構わない」

「次に、そちらの目的が終われば私を自由にすること」

「先程、言った通りだ。それよりも口約束でいいのか?」

「私はデバイスだぞ? 記録の保存など目を瞑ってでもできる」

 

 次々と盟約化されていく条件。

 切嗣としてもスカリエッティに全面的に従うということはするつもりはない。

 利害が一致していれば裏切ることはあり得ないが、自分以外の誰かが犠牲にならないように、ある程度の配慮は見せる。

 特に、口に出す権利がないと決めているが、切嗣にとってリインフォースは家族なのだ。

 何よりもはやてと騎士達への償いの為に無事に送り届けるまでが彼のエゴなのだ。

 

「最後に私に―――人間としての幸せを教えてくれ」

「……なんだと?」

 

 予想外の要求に目を丸くする切嗣。

 それを理解できていないと受け取ったのかリインフォースは丁寧に説明する。

 

「そのままの意味だ。デバイスとしての最高の幸せは得た。ならば、次の私には人間としての幸せを得て欲しい。それとも、デバイスたる私には無理だと思うか?」

「そんなことはない。寧ろ君は…!」

 

 ―――人間じゃないか。

 

 喉元まで出掛かったその言葉を飲み込んでリインフォースから目を背ける切嗣。

 感情のあるものは道具ではなく人間だ。それが彼の持論だ。

 故に彼女もまた人間として意識してしまう。だが、彼女は己を機械として認識している。

 間違ってはいない。まさにその通りなのだから。

 

 だから言えなかった。しかしながら、彼は納得できなかった。

 何よりも、その人間であると認識する彼女を見捨てる自分を。

 誰かを救うために契約をしたはずだった。

 だというのに、早速完全な救いとはかけ離れた救いとなった。

 これもまた、衛宮切嗣という男の愚かさ故なのかと自虐する。

 

「そう思ってくれるのなら私としても嬉しいよ。さあ、この条件をのむのか?」

 

 リインフォースの言葉に切嗣は深く考え込む。

 彼女が幸せを掴めるかどうかを悩んでいるのではない。

 果たして、人の幸せを摘むことだけを行ってきた自分が幸せを教えることができるのか。

 自分を幸せにすることを許せない男が誰かを幸せにできるのか。

 悩むことは全て自身の力の無さ故のものだった。

 

「……分かった。努力しよう」

 

 たっぷりと悩んだ末に下した決断は要求をのむことだった。

 自信など欠片もなかった。だが、それでも。

 誰かを少しでも救えるという誘惑の前では関係がなかった。

 己の欲望を満たすために契約を結んだ。

 

「なら、契約は成立だな。そうと決まれば早く済ませてくれ。騎士達がもうすぐ来る」

「分かった。……始めよう」

 

 

 

 

 

「なんでや…今まで悲しい思いしてきたんや。救われなおかしいやろ!」

「主はやて、私の心と体は既に救われています」

 

 夜天の書の消滅の儀式。その最中に現れたはやてにあやす様に話しかけるリインフォース。

 だが、一日の内に何人もの家族を失いかけたはやては決して認めない。

 

「嫌や……おとんの次にリインフォースも消えるなんて嫌や!」

「主はやて……これはお別れではありません。いつか必ず、また会えます。切嗣とも、私とも」

「リインフォース…?」

 

 慰めにしてはやけに確信の籠った言葉に涙の溜まった目を上げるはやて。

 リインフォースはその視線に微笑みを返すだけで答えを教えることはない。

 そのまま魔法陣の中心に移動していく。

 

「お別れの時間です」

 

 最後の最後にこの美しい世界を。愛おしい主を、騎士達を。

 そして、小さな勇者達をその目に焼き付けて彼女は目を瞑り、雪に当たるように顔を上げる。

 彼女は祝福の風となりこの世界を旅する、果てのない旅に出る。

 

「あぁ……本当に贅沢な生涯でした。主はやて、守護騎士達、小さな勇者達……ありがとう」

 

 なんと贅沢な生涯だろうかと彼女は満足げな表情を浮かべる。

 主の危険を払い、主の身を守るのが魔導の器たる自身の命題。

 その命題を果たし、主にその終わりを惜しまれる。魔導の器として最高の終わり方。

 そして、後に託した己の意思が人間としての幸せを得られる。

 デバイスとして、人間として、両方の幸せを得られる者など自分ぐらいなものだろう。

 これを贅沢と言わずに何を贅沢というのだろうか。何よりも―――

 

 

「そして―――また、会いましょう」

 

 

 ―――再びはやて達と巡り合うことができるのだから。

 自分の生涯は最高のものだったと胸を張って言える。

 最後にそう思い、彼女はしばしの旅路に出た。

 

「リインフォース……」

 

 白銀の粒となり、空へと昇り、天から主はやてに贈り物を届ける。

 はやての手の平に降り注ぎし物はリインフォースの魔導の欠片。

 新たな魔導の導き手を生み出すための彼女からのクリスマスプレゼント。

 はやてはその欠片を何よりも大切な物として固く抱きしめる。

 その周りに大切な友人と家族が駆け寄ってくる。

 

 

「……リインフォース、そろそろ行こう」

『主には姿を見せないのか?』

 

 

 そんな光景を隠れた場所から見守っていた切嗣と代わりの拠り所にコピーされたリインフォース。

 切嗣としてはそのままはやてに知らせてリインフォースを渡してもよかった。

 だが、スカリエッティとの契約もあり、何よりもユニゾンデバイスの復元という恐ろしく難易度の高い作業が待っているために復元後に知らせて返すことに決めたのだった。

 それに生きていると知られれば追手が付くので面倒でもある。

 尤も、一番の理由としては。

 

「……合わす顔がない」

『そうか……』

 

 切嗣自身にはやてと騎士達に会う勇気がないからである。

 リインフォースもそれが分かっているためかそれ以上は何も言わない。

 しばらく無言で立ち去っていた二人であったが珍しく切嗣の方から沈黙を破る。

 

「もっと、完璧な方法で救えればよかった……。僕がもっと早く助けようとしていれば…っ」

『気にするな。今はともかく、あちらの私は生粋の機械だ。コピーされる方が普通だろう。そして、どちらも同じ私だ。お前は間違いなく私を救った』

「でも……それでも、僕は―――」

 

 慰めてくるリインフォースの声を聞きながらも切嗣の顔は曇ったままであった。

 今回、衛宮切嗣は1人を救ったと言える結果を出した。

 だが、それだけだ。1人を救えば視野は広がる。

 1人の次は10人を、10人の次は100人を、100人の次は―――

 

 

「―――誰かが消える光景なんて見たくないんだ」

 

 

 ―――一体、何人を救えば良いのだろうか?

 




次回ははやて達を書きます。
リインフォースはこっちだと救われます。完璧な救いじゃないけど。
願いはデカすぎるとやっぱり人を苦しめる。
まあ、スカさん的にはケリィが苦しんで愉悦。

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