八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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十二話:昔話 ☆

 はやては騎士達に無理矢理取らされたに近い休暇をお招きされたアリサの家で過ごしていた。

 両隣にはなのはとフェイトが居り、シャマルの策略は成功していると言えるだろう。

 このまますずかも入れた五人で年頃の少女らしくガールズトークに花でも咲かせれば完璧だ。

 しかし、現実とは何もかも上手くいくということはない。

 

「ああ……出撃要請とか入らんやろうか。それともシグナムに命令して訓練しようか……」

「私がお仕事休んで誰かに迷惑かけてないかな……」

「執務官試験……大丈夫かな」

 

 とてもではないが楽しい休日には見えない空気を纏う三人の少女。

 はやてとなのははワーカーホリックとでも言える症状を。

 フェイトはだんだんと近づいてきた執務官試験への不安から。

 暗くはないが、重い空気を纏っている。

 そんな三人にすずかは大変なんだなと苦笑いをしながら見守る。

 しかしながら、アリサの方は耐えられないらしく、なのはが丁度13回目の溜息を吐いたところで叫ぶ。

 

「あんた達、ちょっとは気を抜きなさいよ!」

 

 アリサの叫びに揃ってビクリと体を震わせる三人。

 その様子にすずかは小さく笑うがアリサの怒りは未だに収まらない。

 先程までの自分達の行動も分からずにポカンと見つめてくる三人に指を突き付ける。

 

「はやては何で自分が休まされているか理解しなさい! 体を休める日に動いたら意味ないでしょうが!」

「でもなぁ……落ち着かんし」

「でもじゃないわよ。休むのも練習の内ってよく言うでしょ」

 

 眉を下げたはやての反論をぴしゃりと撥ね退け、そのままの勢いで叩き潰すアリサ。

 そして、次はなのはに向きなおり、睨み付ける。

 その視線になのはは自分を心配してくれているのだと分かっていても思わず怯んでしまう。

 

「なのはは心配し過ぎ。詳しくは知らないけど、あんた一人が一日休んだ程度で回らなくなるならとっくの昔に潰れてるわよ、そこ」

「そ、それはそうだけど……やっぱり気になるわけで……」

「あのねぇ、あんたがどれだけ才能があるかなんて魔法を使えない私には分からないけど、これだけは分かるわ」

 

 一度言葉を切り、やれやれとでも言う様に肩をすくめて見せるアリサ。

 その仕草に余程自分が馬鹿にされているのかと思い若干ショックを受けるなのは。

 しかし、彼女の言葉はなのはの予想していたものとは違っていた。

 

 

「―――どんな天才でも一人じゃ世界は変えられない。まあ、パパの受け売りだけど」

 

 

 その言葉に息を呑んだのはなのはではなく、隣のはやてであった。

 なのはの方はすぐに意味が呑み込めずに難しそうに顔をしかめさせる。

 そんななのはにアリサは仕方がないとばかりに解説していく。

 

「要するに、なのは一人がいくら頑張っても限界があるってことよ」

「で、でも頑張るのをやめるのはおかしいよ!」

「誰も頑張るのをやめろなんて言ってないでしょ。自分一人で何とかしようとせずに他人も頼るってことよ。どうせあんたのことだから何でもかんでも自分がやらないといけないって思ってるんでしょ?」

「うっ……」

 

 図星を突かれて言葉に詰まるなのはに今度はアリサが溜息を吐く。

 自分の力だけで誰にも迷惑を掛けようとしないのは美徳だ。

 だが、行き過ぎればそれは自分以外の人間には何もできないという傲慢にもなる。

 そうした人間は必ずどこかで行き詰ってしまう。そして、自滅するのが理だ。

 

「とにかく、あんたは週に一日の休みぐらいしっかり休みなさい」

「は、はい」

 

 自身に気圧されたのかコクコクと頷くなのはに怒りのボルテージが下がったのか冷静になるアリサ。先程までのやたらと説教臭い自分に若干恥ずかしくなって頬を染めながら今度はフェイトの方を向く。

 いよいよ自分に回ってきたと唾を飲み込むフェイトに向けてアリサは口を開く。

 

「フェイトは、まぁ……頑張りなさい」

「私だけやけに軽くないかな!?」

 

 厳しく言われることを予想していたが心のどこかで心配されることを喜んでいたためにショックを受けるフェイト。

 今にも泣きだしてしまいそうな表情に慌ててアリサがオンオフの切り替えが大切だとそれらしいことを言っているのを聞きながら、はやては一人あることを思い出していた。

 それはグレアムに切嗣の過去を聞いた時のことだった。

 

 

 

 

 

「おとんと初めて会ったのはどんな時やったんです?」

「彼との出会いかい? ……もう随分と昔のことになるかな」

 

 グレアムが誕生日のプレゼントを持ってきた時のことだった。

 はやてはグレアムに切嗣との出会いを何気なく尋ねてみた。

 彼は彼女の質問に一気に老け込んだかのような表情になり遠くを見つめる。

 その様子にこれは重い話なのだろうと察し、佇まいを正すはやて。

 

「今からする話の内容は誰にも話したことがないものだ。恐らく、彼も誰にも話していないだろう」

「……はい」

「まず、私達の出会いは一つのロストロギアが起こした災害がきっかけだった」

 

 ロストロギア。その単語にはやてはゴクリと唾を飲み込む。

 それははやてが切嗣と巡り合うことになった発端でもあり、なのは達の出会いの発端でもあるからだ。

 グレアムは一端言葉を切り、紅茶でのどを潤してから話を再開する。

 

「祖国に帰省していた私が丁度その場に居合わせられたのは幸運だった……。いや、結局は何も救えていない以上はそれもあまり関係ないか」

「……一体、何があったんです?」

「昔ながらの伝承を残す小さな村があってね。そこに切嗣君は滞在していた。そして悲劇が起きた」

 

 あの事件の凄惨さを思い出したのか僅かに眉を顰めるグレアム。

 彼は許せないのだ。もっと早く異変に気付かなかった自分に。

 民間人を守るための管理局員だというのに誰一人救えなかったという後悔が今も残る。

 しかし、どれだけ後悔しようとも過去は変えられない。

 老兵にできることはせめて再発しないように伝えていくことだけだ。

 

「吸血鬼やグールの伝承は知っているかい、はやて君?」

「はい。そういった伝説の生き物の本も読んでますし」

「ああ、はやて君は読書が好きだからね。だが、それの元になるものが実在したことは知っているかい?」

「え?」

 

 驚いて目を見開くはやて。彼女自身は本の中から家族が現れたり、魔法少女になったりと色々と非常識なことをやっているという自覚がある。

 しかしながら、未知の世界からのものではない、自分の世界にもあったというのは驚きだ。

 特に、この世界には魔法文明がないと言われていたのも響いた。

 

「でも、魔法文明は地球にはないんやないんですか?」

「ああ、確かに“文明”はないね。ただ、私もはやて君もなのは君もみんな地球生まれだ」

「んー……つまり、私達みたいなんが昔にもおったってことですか?」

「その通り。文明自体はないが魔法を使える個人は確かに存在する。つまり、文明がないことイコール、技術がなかったということにはならないんだよ」

 

 そう言われてみて妙に納得するはやて。歴史物や伝承物も読んでいるはやてではあるが、そういったものは魔法でもないと説明できないものが多々ある。

 例えば日本で奇跡を起こしたとして有名な天草四郎。

 彼は呪文を唱えただけで鳥を動けなくした、海の上を歩いたなどと言われている。

 魔法を知る前のはやてならばそれは何らかのマジックだと断じていただろう。

 しかし、魔法の存在がある知った今となればデマだと断じることはできない。

 両方とも魔法であればそれほど難しいことではない。

 他にも炎の十字架を創り出したなどと言われているが頑張ればシグナムでもできるだろう。

 

「そして、魔法を知らない一般の人からは伝説として受け継がれ続けている。技術としては受け継ぐ人間が生まれないことが多いから廃れていった。ここまでなら問題はないんだがね。……中にはロストロギアとして今も人に害をなす物が残っているんだ」

「それで……ロストロギアのせいで村が酷いことに…?」

 

 はやての問いかけに重々しく頷くグレアム。

 どういった内容かは分からないが吸血鬼にグールといった言葉から碌なことではないことだけは分かる。

 だが、それでも切嗣を知るためには避けては通れない道だと思い、グレアムを促す。

 

「人を操り血肉を貪る怪物に変える洗脳型のロストロギア。それに汚染された村はまさしく地獄絵図だったよ。村人全てがグールとなっていたんだ」

「……それでおとんはどうしたんですか?」

 

 そうは聞くものの彼女の中では何となくであるが答えが出ていた。

 衛宮切嗣であれば被害が出ないようにグールに変わった村人全員を始末しただろうと。

 そう思っていたはやての予想は全てではないが裏切られる。

 

「……初めは逃げて、私達に助けを求めに来たよ」

「―――え?」

 

 予想だにしなかった答えに目を丸くするはやて。

 衛宮切嗣が為すべきことから逃げるなど考えられなかった。

 彼は常に己の正義を貫き続けてきたはずだ。

 だというのに、逃げたというのだ。全てから、己の責務から。

 

「私は彼を保護して、リーゼ達が村人の“処理”を行いに行った。その時に……助けてくれと言われたのだよ」

「誰を……ですか?」

 

 はやては切嗣が助けてくれと言った主語は彼自身ではないことを悟っていた。

 あの養父が心の底から救いを求めるとすればそれは他者を助けるためでしかないと。

 これだけは絶対に狂いがないと自信を持って言えた。

 

「村人は助かるのかと、彼女が助かるのかと言われたよ……」

「彼…女?」

「ああ、ことの起点となった少女だ。私は彼に助けられないと言った。……それからかな、彼の目から全ての感情が消えたのは」

 

 衛宮切嗣という男が本当の意味で機械となる決断を下したあの日。

 その決断を下させたのは紛れもなく自身だと悔い、目を瞑るグレアム。

 一方のはやてはどうしてもその少女のことが気になっていた。

 あの養父をして殺せないと留まらせた理由は何なのかと。

 

「その人は……どんな人だったんですか?」

「詳しくは分からないが……彼は彼女の亡骸の前で涙を流してこう言っていた。

『―――ごめんね。君を殺してあげられなくて』と」

 

 要するに、それは切嗣が彼女に自分を殺してほしいと言われたということだ。

 そして、切嗣はそれを拒んだ。その結果として全ての村人が死んだ。

 彼があれだけ全てを救おうとする行為を否定したのはこういった過去があったからなのだ。

 そう考えるとはやての心は重い重しが載ったように苦しくなる。

 

「もしかしておとんは……その人のことが好きやったかもしれんなぁ」

「そうかもしれないね。唯一殺せなかった女性……そしてそのせいでより多くの被害が出た。『全てを救おうとした愚かさの代償は全てを失うことだ』そう、彼は言っていたよ」

 

 重々しい空気が流れ、二人そろって紅茶を啜る音だけが部屋の中に響く。

 その中で先に動いたのは話を終わりにする義務を持つグレアムの方だった。

 

「それからの彼は孤独のまま走り続けた。鬼のように仕事に取り組んでいった。もう誰も悲しませないという理想だけを追い続けて。そして私達の言葉を聞くこともなく姿を消してしまった」

 

 もし、自分達が彼に声を届かせることができたのならば全ての悲劇はなくせたのではないか。

 考えども、考えども、出てくるのは後悔ばかり。老人である為か暗い考えばかりが(よぎ)る。

 そんな自分に少し嫌気がさしながら彼はティーカップを机に置く。

 

「そして私達が再び会った時、彼の目を見て私は確信したよ。彼のそれまでの人生はどれだけ絶望しても孤独故に理想以外に縋りつく物がなかったのだとね」

「誰かに頼ろうとは考えんかったんかな……」

「そうだね。一人で意固地になっても一人では世界は変えられない……それに気づけたら切嗣君も少しは救われたかもしれない」

 

 グレアムの言葉を聞きながらはやては思う。

 自分達と一緒に居た時ですら養父は孤独だったのだろうかと。

 彼がこの場に居ない今となっては簡単に聞くこともできない。

 またしても聞きたいことが増えたとはやては心を奮い立たせる。

 

「大丈夫です。おとんを捕まえたら、今度こそは孤独にせえへんから。グレアムおじさんも見とってください」

「……そうかね。それは楽しみだ。私も老兵ながら尽力させてもらうよ。これでも管理局にはまだコネがあるからね」

 

 ニッコリと笑って見せたはやてに眩しそうに目を細める。

 もう老兵には出番はないと思っていたが若者の手助けぐらいはできるだろう。

 そう心に誓い、彼ははやてに笑い返すのだった。

 

 

 

 

 

「……やて、はやて! ちょっと聞いてる?」

「ん? おぉっと、ごめんなぁアリサちゃん。ちょっとぼーっとしとった」

 

 思い出にふけっているところに声をかけられて頭を掻くはやて。

 そんな様子にアリサの方はまた仕事のことでも考えていたのだろうと思い頬を膨らませる。

 隣のすすかがそんな愛らしい様子に微笑みを浮かべているがアリサは気づかない。

 

「もう、こうなったら運動でもしましょ。何も考えられないぐらい動けばあんたらでも忘れるでしょ」

「いいね、アリサちゃん。私もちょっと動きたかったし」

「なら、決まりね。ほら行くわよ! なのはも嫌がらない」

「う、運動は苦手なのにー」

 

 わいわいがやがやと動き出す友人達の様子にはやては一人笑みを浮かべる。

 自分はこの友人達が居る限りは決して孤独にはならないと。

 




おまけは定番のFateネタを入れてあるんでそういうのが嫌いな人はその部分は流してください。


おまけ~イノセントに切嗣が居たら~

「チェ…チェックメイト」
「うぅ……参りました、主」
「アインスはもうちょい先読まんと。なんや、三分でチェックメイトって。カップラーメンやないんやで」

 八神堂では現在はやてとアインスがチェスを行っていた。
 と、言ってもほとんどその場凌ぎの考えしかできないアインスと先の先まで読むはやてでは一方的な展開となりはやての圧勝に終わった。
 机に突っ伏してしくしくと泣くアインスにはやては若干呆れ交じりに指摘する。

「そうは言われても……」
「どうしたんだい、アインス。そんなに落ち込んで」
「切嗣!」

 そこに店の奥で在庫の整理を行っていた切嗣がひょっこりと顔を出す。
 アインスは味方ができたと思ったのかガバリと起き上がり助けを求める。
 二人から事情を聴いた切嗣はなるほどと頷く。

「確かにそれは速すぎるね」
「切嗣ぅ~!」

 まさかの裏切りに切嗣の肩を掴んでカクカクと揺らすアインスに切嗣は苦笑いを返す。
 しかし、途中で何かに気づいたのかパッと顔を輝かす。
 何事かと首をひねる切嗣とはやてにアインスは告げる。

「切嗣も主と勝負すれば私を馬鹿にできないはずだ」
「馬鹿にしてるわけじゃないんだけどね……」
「まあ、まあ、アインスがああ言っとるんやしやろうか。休憩時間はまだあるし」

 頬を膨らませて怒っているアインスに困ったように頬を掻く切嗣。
 アインスの提案に面白そうに乗るはやて。
 そういったこともありあっという間に決定してしまう。

「まあ、やるのは構わないんだけど。一ついいかなアインス?」
「何だい、切嗣?」
「うん。やるのは構わないけど―――別に、勝ってしまっても構わないよね」





「ほ、ほんまに勝ちよった……普通は負けフラグやろ、あれ」
「ははは、まだまだ娘には負けられないからね」
「切嗣…切嗣だけは私の味方だと思っていたのに……」
「アインス、そんな裏切られたって顔をされるとちょっと傷つくんだけど」

 勝負の結果は接戦になった末に切嗣の勝利だった。
 だと言うのに、アインスは裏切られたという顔をして切嗣を可愛らしく睨む。
 若干ショックを受ける切嗣だったが持ち直して一つ咳をする。

「まあ、読み合いだとはやての方が上なのは確かだけどね」
「なら、どうして勝ったんだ?」
「それは経験かな。結局は盤上も戦場だからね」

 一瞬陰のある顔をする切嗣だったがすぐに笑顔に戻る。
 その為かはやてもアインスも何も気づくことはない。

「まあ、僕としては落とし穴を作ったり、相手陣営の後ろ側から攻撃できないのが不満だけど」
「おとん、これチェスや」
「そもそも反逆が起きないのはおかしくないかい? 円卓みたいに」
「おとんはチェスに一体何を求めとるん?」

 やたらとリアリティを求めだす養父に呆れながら時計を見ると時間が来ていたので慌てて動き出す。
 アインスと切嗣も店に戻る準備を始める。
 しかし、先にはやてが居なくなったところで切嗣がアインスを呼び止める。

「アインス」
「どうした、切嗣?」
「……今は幸せかい?」

 問いかけの意味が分からずにきょとんとした顔をするアインスだったがすぐに満面の笑みを見せる。

「この上なく幸せだよ」
「そっか―――安心した」

 その言葉に切嗣はまるで自分が救われたかのような笑顔を零す。
 その笑顔が余りにも綺麗だったためにアインスは思わず真紅の瞳を見開く。

「おとーん、アインスー。早よ来てーや」
「あ、はい、主」
「今行くよ、はやて」 

 はやての呼びかけに答えるように二人は足早に、しかし自然に二人並びながら歩き出すのだった。


~おわり~


イノセントと原典でアインスの口調が違うので違和感があったらすみません。

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