八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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五話:人と機械

 ――闇の書――

 

 時を超え、世界を廻り、様々な主の手を渡ってきた、旅する魔道書。

 しかし今はもはや呪いの書として機能することしか許されない。

 己の意思に反し終わること無き輪廻を繰り返し続ける。

 そこに安らぎは無く、悲しみと憎しみだけが支配していた。

 だが、しかし。

 

 今回は、今までとは違った。

 今までがいったいどれだけの時を示しているのか、それすら定かではない。

 気が遠くなるほどの長き時の中、闇の書は守護騎士らと共に旅を続けてきた。

 その中でも今この時は―――特別だった。

 

(主はやて、騎士達に安らぎを与えてくれた心優しき主)

 

 はやての元で闇の書が封を解かれて早数ヶ月。

 闇の書の頁は未だ1頁すら蒐集されていない。

 驚くことに彼女は騎士達に蒐集を命ずることなく家族として迎え入れた。

 今までにそのような主などいなかった。否、これからも現れることは無いだろう。

 

 戦い、奪う事しか行わなかった。ただ与えられた使命をこなすことしなかった機械。

 心など必要ないとばかりに押し殺していた道具。

 そんな騎士達がまるで本物の人間であるかのように主の傍に居るのを見るのが闇の書は好きだ。

 

 剣において勝る者は無し、烈火の将シグナム。

 その手に砕けぬ物は無し、鉄鎚の騎士ヴィータ。

 主に訪れる全ての災厄を防ぎし、盾の守護獣ザフィーラ。

 騎士と主を常に助けし、風の癒し手シャマル。

 何者にも負けることなどないと自負する最高の騎士達。

 

(こうして幸福な日々を受け入れ、喜ぶとは想像できなかったな)

 

 これも主の器の大きさ故か。それとも恐れも知らぬ子どもの特有の愛情故か。

 どちらかは分からないがただ一つ分かることがある。

 それは闇の書にとっても、騎士達にとってもはやてが最高の主であることだ。

 

 主はやて、闇の書という常夜の闇にさした一筋の光。

 救いの手を求めることもなかった騎士達に自ら手をさし伸ばした光の天使。

 絶望を希望に変えるに相応しい主。

 

 だが……それでも運命は変えられない。

 どれだけ主が平穏を望もうと、騎士達がそれを守る為に戦おうと、待ち受けるのは滅びのみ。

 闇の書は破壊以外に願いを叶える術を知らない。

 幾多の世界を破壊しつくしてきた力を持っても少女一人の願いも叶えられはしない。

 

 闇の書に意思はあれど運命を伝えることはできない。

 否、伝えることができても伝えることなどないだろう。

 目覚め、破壊し、再生の時を迎えるまで、闇の書はただ待ち続けるのみ。

 ただ……その時が僅かでも遠い日であるように祈りながら。

 

(しかし……主の父親。あの者は何者だ)

 

 闇の書は八神切嗣という人間に対して興味と警戒を抱いていた。

 一見すれば娘にうだつの上がらないどこにでもいるような父親。

 騎士達にも愛情を持って接してくれる一家の大黒柱。

 だというのに……あの目は何なのだ?

 

 家族には決して見せないが闇の書たる自身を見るときにふとみせる虚無。

 人間であるというのにプログラムのような、機械のような瞳。

 自分達と同じ機械のように“何をしたいか”ではなく、“何をすべきか”で動く者の目。

 本当に人間であるか疑いたくなる瞳。

 

 だが、主や騎士達と触れ合う時の目は間違いなく人間のもの。

 その不釣り合いさが興味と警戒を抱かせた。

 しかし、それでも―――闇の書にできることは目覚めの時までただ待ち続けるのみ。

 それこそが闇の書にとって今すべきことなのだから。

 

 

 

 

 

 冬も近づく秋口の深夜。切嗣ははやてが眠ったのを確認してからリビングに騎士達を呼び出していた。

 騎士達にはただはやての病気について話したいとだけ伝えた。

 主のことについての話とあって誰もが真剣な顔で切嗣を見つめる。

 

「集まってくれてありがとう。君達は間違いなくはやての家族だ。だからはやての病状について知る権利がある」

「……はい、お父上」

 

 シグナムがヴォルケンリッターを代表して緊張した面持ちで頷く。

 これから切嗣が話すことは騎士達の心を揺るがし蒐集に駆り立てることになるだろう。

 もし、騎士達がただのプログラムであればこの策は通じない。

 しかし、切嗣は彼等を人間だと認識しているため失敗するとは微塵も思っていない。

 

「はやての脚を苦しめている麻痺は未だに原因が不明。不治の病というやつかもしれない」

「そんな……はやてちゃん」

「何かできねーのかよ、切嗣?」

「石田先生は優秀な医者だ。その人が言っていることだ。……僕達にはどうしようもない」

 

 静かに淡々と語る切嗣とは反対に騎士達は顔を歪めて悲しみの表情を作る。

 その様子に計画の成功を確信する。人間であれば何かをしたいと思う。

 機械であれば与えられた命以外には動かない。

 

「そして足先から始まった麻痺は今や膝を越えて、少しずつ上に上がってきている。しかもこの数ヶ月(・・・)は特に進行が早い」

 

 シャマルとシグナムがまさかという表情を浮かべるが気づかないふりをしてそのまま話を続ける。恐らく二人は真相にたどり着いたのだろう。そうであってくれなければ困る。

 一刻も早く蒐集を開始してもらいたいのだから。

 

「このままだと麻痺は内臓器官まで上がって来る……つまり―――『死』が迫ってきている」

「嘘だろッ! なんではやてがッ!?」

「ヴィータ、落ち着け」

「落ち着けって、ザフィーラ! だってはやてが―――」

 

 取り乱して机を叩きつけるヴィータをザフィーラが目で制す。

 その目を見て何を言わんとしているかを悟り彼女は口を噤む。

 二人共原因に思い当たり、同時に治療法にも思い至ったのだ。

 

「……とにかく、覚悟だけはしておいて欲しい。いつ何が起きてもおかしくない」

「……分かりました、お父上」

「それじゃあ、僕は眠らせてもらうよ。……少し疲れた」

 

 切嗣は相も変らぬ無表情のまま頭を抑えながら自室に戻る。

 騎士達は苦悶の表情を浮かべその姿を見送るだけだった。

 家族の危機に悲しみの感情をあらわにするヴォルケンリッター。

 娘の死が近づくことを何とも思っていないように淡々と語る父親。

 

 

 ―――これじゃあどっちが機械か分からないな。

 

 

 客観的にその様子を想像した切嗣は内心でそう自嘲するのだった。

 

 

 

 

「……主の病因は十中八九、闇の書だろうな」

「闇の書の魔力が、リンカーコアの未成熟なはやてちゃんの体をむしばんでいるんだと思うわ。それが健全な肉体機能どころか生命活動さえ阻害している……」

「なぁ、シャマルの治療でどうにかならないのかよ! シャマルは治療系は得意だろ!」

「……ごめんなさい。私の力じゃ」

 

 何故今の今まで気づかずに呑気に過ごしていたのかと己の身を呪いながらシグナムは言葉を絞り出す。

 この世の終わりのような顔でシャマルは分析を行い、ヴィータはそんなシャマルに涙ながらに縋り付く。

 もしも自分達が罰を受けるのだというのなら何も文句はない。

 自分達はそれだけのことをしてきた。だが……どうして関係のない主なのだ?

 何も悪い事をしていないはやてなのだ? そんな不条理だけが騎士達の胸に渦巻く。

 

「少し場所を移そう。ここだと主が起きてきたときに聞かれる可能性がある」

 

 シグナムの提案により騎士達はリビングから移動しシグナムの部屋に移動する。

 しっかりと施錠をし誰も入って来られないようにして改めて話し始める。

 結界を張ることも考えたが切嗣に何かやましいことをしていると察知される恐れがあるので控えておいた。

 

「我らヴォルケンリッターは主はやてに多大なる恩を与えて頂いた。今、その主が危機的状況にある。ならば我らはこの恩を返さなくてはならない」

「はやてを助ける。どんなことをしてでも…ッ!」

「残された手は余りにも少ない。しかし―――ゼロではない」

 

 四人の視線が一つに交わる。彼等には闇の書の守護騎士としてのつながりがある。

 故に言葉など交わさなくとも相手が何を考えているかは分かる。

 主はやてを闇の書の呪いから解き放つには一つしか方法がない―――

 

『闇の書の蒐集を行い、主はやてを闇の書の真の主にする』

 

 闇の書が完成すればこれ以上はやての体を蝕む必要はない。

 完全に病が消え歩けるようにもなるだろう。最低でも病の進行は止まる。

 それこそが騎士達に残された唯一の道。しかし、それではある問題が発生する。

 

「だが、それは我らが主によって禁じられている」

「そう。優しいはやてちゃんは自分の為に他の誰かに迷惑をかけることはしない」

「だとしても……はやてが死ぬなんて認められない」

「そうだ。主の死を座して待つなど我らにはできない」

 

 主の命を破ることになるのだと考えると自然と表情が暗くなる。

 しかし、だからといって失うことを許容するなど到底出来る物ではない。

 そんなことができるのは与えられた指示をただこなすために存在する機械だ。

 もしくは愛の何たるかを知らない薄情者だ。

 

「烈火の将シグナムとしてではなく、八神はやての家族として私は主を救いたい…ッ」

「私も救いたい。それに家族の危機に何もしないなんて家族失格よ……」

「はやてを助けたい。そのためならなんだってする!」

「異論などない。我らの主は八神はやて以外に居ぬのだから」

 

 例え、騎士として許されざる所行だとしても構いはしない。

 不忠を罰せられるのだとしても構いはしない。

 ただ主を、一人の少女を、救えるのなら騎士の誇りすら喜んで捨てよう。

 

「そうと決まれば一刻も早く蒐集を行わねば」

「だが、主はやてとお父上に気づかれるわけにはいかない。あくまでも無関係に」

「そうね。誓いを破るのもあるけど二人には明るい道を歩いて欲しいものね」

「はやてと切嗣の未来を血で汚させない」

 

 各々が自身の獲物に不殺の誓いを立てる。

 彼等は古代ベルカの生きる継承者だ。それ故に非殺傷設定などという便利なものはもっていない。

 彼等にとっては殺さないことを前提に戦うという事は己の全力を出せないと同義だ。

 

 だからと言ってその程度の不利で怯むような彼等ではない。

 多少のハンデが何だというのだ。

 その程度で泣きごとを上げるのなら。障害を越えられぬというのなら。

 ―――八神はやての騎士を名乗りはしない。

 

「申し訳ございません、我らが主」

「ただ一度だけ」

「あなたとの誓いを」

「破る」

 

 四人が誓いを破ることへ苦悩しながら目を瞑る。

 その心中は恐らく誰であっても計り知れないだろう。

 だが、目を開いたときにその目に宿っていたものは強い覚悟だけだった。

 

『我らが不義理をお許しください』

 

 もはや、止まれぬ。

 覚悟を決めた騎士が足を止めるときは目的を果たしたときか、力尽きた時のみ。

 だが、しかし。例え力尽きるのだとしても一歩でも前へと進みながら倒れる。

 決して諦めはせぬ。何もかもを捨て去ることになったとしても。

 

 

『全ては―――主、八神はやての為に!』

 

 

 その為ならこの身はどんなことでもしてみせよう。

 

 

 

 

 

(ようやく蒐集に動き出したか……)

 

 切嗣は自室にてシグナムの部屋に仕掛けておいた超小型の盗聴器から受信を受けて情報を得ていた。

 騎士達の尻に火をつけるためにはやての病状を話したのが功を奏した。

 もし、騎士達がただの機械であれば従順にはやての命に従い蒐集を行わなかっただろう。

 

 だが、騎士達は人間のように家族を想う気持ちをもって誓いを破った。

 人の愛情を利用する手は腐るほど使ってきたのでやるのは簡単だった。

 本来ならもう少し早くしかけてよかったのだがある都合で遅らせた。

 まあ、若干闇の書からの働きかけがあったかもしれないが騎士達の想いは本物だろう。

 

(騎士達が全員で動くときは基本、僕は動けない。アリアとロッテに頼るしかないな)

 

 今までは騎士達が常にはやての傍に居たのでその間に切嗣が動くことができた。

 しかし、蒐集が始まった以上ははやての守りが手薄になる。

 如何に闇の書の情報を隠蔽しているとはいえその力を求める者は後を絶たない。

 仮に悪魔の頭脳を持った男が少し闇の書に興味を持っただけでも居場所は割れてしまうだろう。

 

 守りが手薄な時にはやてを始末されでもすれば封印ができなくなってしまう。

 さらに病状が悪化した際に周りに人が居なければそのまま死に闇の書に転生を許してしまいかねない。

 そんなまぬけな結果だけは絶対に防がなければならない。

 

(しばらくは予定通りにはやてを監視しつつ様子見に徹するべきだ。ヴォルケンリッターが早々に負けるとは考え辛いんだ。わざわざこちらの手札を見せる必要もない)

 

 いずれは騎士達と敵対することは確定しているのだ。もしかすれば管理局とも。

 計画通りにいくのならばたいした労力もいらないだろうが戦うはめになればここで手札をさらすのはデメリットしかない。

 戦場に置いての情報の価値は黄金よりも重い。秘匿するにこしたことは無いのだ。

 例えそれが現状味方をした方が効率が良いような相手であってもだ。

 もっとも、それも時と場合で変わるだろうが。

 

(高町なのはの情報は与えるべきか? いや、今は管理局に嗅ぎつけられるのを避けるために地球から遠い世界に行かせるように仕向けるべきだな)

 

 しばらく騎士達の行動を不信がる演技をしておけば間違っても地球、海鳴市で戦闘を行うことはないだろう。

 与えるとすれば時間が無くなり切羽詰まってくる時期。もしくはある程度余裕が出てき始めた頃。

 どちらにしても今すぐではない。

 ただ、終盤には管理局にも関わらせる必要が出てくる。

 こちらは欲のある者に情報が渡らないように少数精鋭で居るが故に駒が足りないのだ。

 

(万が一にもあってはならないが封印に失敗した場合はこの街ごとアルカンシェルで消し飛ばす必要がある。ベストがダメならベターな手段を用意しておくべきだ)

 

 切嗣はグレアム達に仮に自分達が封印に失敗した場合は闇の書をこの街事消し飛ばすように進言していた。

 数え切れない人が犠牲になるだろうが60億人より少ないのは確かだ。

 もっとも、それは本当に最悪の手段で管理局が出てくるなら、優秀な魔導士を使いなんとかさせるためである。

 欲を言えばグレアムが指揮権を握れればいいのだがそれは微妙な所だろう。

 

(後は臨機応変に対応しておくべきだな。過度に緻密な計画は一度崩れると立て直しがきかないからな)

 

 そう結論付けてロッテとアリアに暗号化したメッセージを送り盗聴器を片付ける。

 下から二番目の引き出しを開け拳銃をどけて二重底にしてある部分にしまう。

 拳銃はカモフラージュだ。現代日本で引き出しを開けていきなり拳銃が出てくれば誰だってそっちに注目するのが当然だ。

 

(しかし……僕は何をするべきかしか考えていないな。それに比べて騎士達は何かをしたいと心で決めていた。僕より遥かに人間らしい。しかし、そうすると僕は―――)

 

 ふとした思考が頭をよぎり、それを必要ないと切り捨てようとしている自分に気づきさらに深い思考の泥沼に引きずり込まれてしまう。

 “何をしたいか”ではなく“何をするべきか”で動く。

 それはただの機械である、ただの現象である、それは人の生き様とは程遠い。

 ならば何年も前に人の生き様を失った自分は―――

 

 

 ―――本当に人間と言えるのか?

 

 




次回から本編開始になるかと思います。

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