八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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二十六話:道標

 

 今日も今日とて新人達は厳しい訓練に汗を流す。何週間も繰り返し訓練をしていれば慣れそうなものだがそうもいかない。毎日毎日、己の限界を超えるように鍛え続ける。言うのは簡単だがそれを実行するのは簡単ではない。しかし、新人達は各々が自らの目指すものの為に精進し続ける。

 

「うわぁあああ!」

「おらおら、もっと力入れて腰落とさねーから吹っ飛ぶんだよ!」

 

 そう。例え、自分よりも小柄な上司からハンマーで吹っ飛ばされようともめげることはしない。大木に叩き付けられた背中が痛み、呼吸が詰まるがすぐに立ち上がりバリアを張りなおす。そして、再び副隊長、ヴィータからの攻撃を全力で受け止め始めるスバル。

 

 フロントアタッカーの役割はただ前線で敵と戦い合うことだけではない。常に前線を支え続け、敵の攻撃を防ぎ死中に活路を見出させる時間を稼ぐのも役目。何より、後ろにいる仲間や一般人を守るための盾となることが求められる。それ故に敵の防壁を破ることに特化したヴィータは練習の相手としては非常に理想的なのだ。勿論、まだまだ彼女に全力を出させるには至ってはいないが。

 

「ぐぎぎぎっ!」

「よーし、その感覚だ。忘れんじゃねーぞ」

「はい!」

 

 地面を削りながらではあるが後ろに叩き付けられることもなく、障壁を破られることもなく耐えしのぐことに成功する。そのことにヴィータは満足げに頷きアイゼンを下す。それが休憩の合図だということを何度も吹き飛ばされているうちに覚えたスバルは精根尽き果てたように崩れ落ちる。根性だけは誰にも負ける気はないが流石に気が抜ければ足腰が立たない。

 

 大の字に寝転がり、辺りを見ると他の者達も丁度休憩に入っていたのか各々の寝やすい体勢で地面に転がっていた。なんとなくそのことにおかしさを感じ頬を緩めるスバル。そんな折にふと視線を感じてそちらに目を向ける。隊のうちの誰かかと思ったがその予想を裏切り、そこにいたのは茂みに隠れるようにこちらを見る猫であった。

 

 何故、こんなところに猫が? そう思った瞬間に猫は幻だったかのように音もなく姿を消していた。まるで狐につままれたかのような気分になり、丁度近くに自分と同じように転がっていたティアナに尋ねてみる。

 

「ねえ、ティア。今あそこに猫が居なかった?」

「はあ? いくらなんでもここまで来る猫なんていないでしょ、普通」

「んー、でも確かに見たような……」

「何かと見間違えたんじゃないの?」

「それも、そうかなー……」

 

 確かに見たと思うものの、他人から否定されていくうちに自信がなくなってくるものだ。スバルは自分の見間違いだったのだろうと結論付けて茂みから目を反らす。そして、ティアナに訓練の進行具合を尋ねる。

 

「ティア、そっちの特訓はどんな感じ?」

「今はとにかく反応訓練と魔力運用の基礎ばっかりやってるわ。そっちは?」

「こっちはバリアとシールドとフィールド魔法の使い分けと防御の練習をやってる」

「お互い基礎練習ってところね」

 

 現在なのはが新人達に課している訓練のほとんどが基礎を鍛えるためのものだ。それはどんな任務からでも生きて帰ってくるという最低にして最高の条件を満たすためである。何を為すにしても自分が生きていなければ意味がない。なのはが心に抱く想い故の指導方針は新人達にも伝えられている。

 

 早く強くなりたいティアナからすればもどかしさを感じるものであるが頭ではそれが正しいことが分かっているために一応の納得を見せている。さらに言えば、その方針を真っ向から破りそうな相棒がすぐ隣にいるので不満を言っている場合ではないのだ。

 

「でもどんどん強くなってるから、これでもっとみんなを守れると思うんだ」

「……ま、それがあんたの役目だから頑張りなさい」

「うん! どんなことになっても後ろのいる人達だけは守ってみせるから!」

「あんたが先に倒れたら後ろが大変なんだからそこらへんも考えてよね」

「あはは、大丈夫だって」

 

 何が大丈夫なのか。快活な笑顔を見せる相棒に思わずため息をつく。いつもいつも、自分が危険でも平然と渦中に飛び込んでいくのはいったい誰なのか。この能天気な笑顔の持ち主は分かっていない。いや、分かってはいるのだろうが正す気などこれっぽっちもないのだろう。そうでなければ“みんな”という言葉の中に彼女自身が入っていないように聞こえるはずがない。

 

「それにしてもヴィータ副隊長って凄いよね。あんなに小さいのに何回も吹き飛ばされちゃった」

「……あんた、怒られても知らないわよ」

「おい、スバル。お前あと十本追加な」

「ええーっ!?」

「ほら、言ったでしょ」

 

 不用意な発言からヴィータの怒り、といっても小さいものを買ってしまい休憩時間を終わらせられるスバル。そんな若干涙目になっているスバルを脇目にしながらティアナも休憩を終えて立ち上がる。それを見てフェイトと話していたなのはも訓練を再開するためにこちらに向かってくる。

 

「それじゃあ、再開する? あ、それか何か聞きたいこととかはない?」

「聞きたいことですか? 今は特に……」

 

 そこまで言ってティアナの頭に基本ばかりで成長したという実感が持てないことが浮かぶ。今までの彼女であれば思ってはいても上司との関係を考えて口にしなかった。しかし、以前からの会話でなのはに対しての親しみが上がっていたために思い切って言ってみることにする。

 

「いえ、あの……基礎を固めることは大切というのはわかります。でも、今の状況から少しでも早く強くならないとダメだと思うんです」

「そっか。うん、強くなれないと確かに焦るよね」

 

 ティアナの言葉になのはは笑顔を崩すことなく頷く。ティアナの焦りはもっともだ。センターバックというポジションの特性上、直接的な身体能力や反応速度、魔力運用が上がっても自分で実感できる上達にはならないのだ。勿論、外から見ているものからすれば以前との違いははっきりと感じることができるのだが自分自身となるとそうもいかない。彼女がこうした悩みを抱くのはある意味で当然の帰結なのだろう。

 

「じゃあ、ティアナに質問ね」

「え? は、はい」

「ティアナが早く強くなるには何をしたらいいと思う?」

 

 今度は逆になのはに尋ねられて面を食らうティアナ。何をすれば強くなれるのか。今までとにかく強くなりたいと思って訓練を行ってきたが、訓練の過酷さもあり自分で考えるということをやめていた。そのことに改めて気づき、彼女は答えを出すために頭をフル回転させる。

 

 どうすれば早く強くなれるのか。それを達成するためにまず必要となってくることはどういった強さを目指すかが重要だ。一人で何でもこなせるオールラウンダーを目指すのか。一点特化の職人のような力を目指すのか。それだけで方向性は大きく変わってくる。改めて自身が目指ししているものを考える。彼女は兄の夢を叶えるために執務官を目指している。つまり執務官に必要な能力を考えればいい。

 

 執務官は部隊を率いて事件に取り組むこともあれば、単独で潜伏任務を行うこともある。要するにある程度のことはこなせるようにならなければならない。そうなってくると目指すのはオールラウンダーに近い魔導士だ。オールラウンダーはその名の通り全てがこなせなければならない。その時に第一に必要になってくるのが基礎だ。どっしりとした土台を作りその上に全てを積み上げていく。結局のところなのはの言うように基礎を鍛えなければ話にならない。

 

 自分に改めて理解させるためにわざと考えさせたのかと恐る恐る目を向けてみるが、なのはは相も変わらぬ笑顔だった。そこから彼女は別の答えを求めているのだと察して再び考え始める。基礎以外で強くなる方法。オールラウンダーとして完成する道筋。それは―――

 

「欠点の克服、もしくはそれを補う何かを見つけることだと思います」

「うん、その考えでいいよ。じゃあ次はティアナ自身の欠点は何かな?」

「……色々とあり過ぎてどれから言えばいいか」

「それじゃあ、ティアナが今一番足りないなぁって思ってることを言ってみようか」

 

 自己評価の低いティアナは欠点と言われていくつも思い浮かべてしまう。そんな様子にかつての自分もこんな感じだったなと思い出しながらなのはは諭す。欠点を無くすと言えば聞こえはいいが正確に欠点を把握していなければ意味がなくなるどころか悪影響になりかねない。変える必要のない場所を無理に変えておかしくなった人間は数え切れないほどいるのだから。

 

「つまり、一番大きな欠点から埋めていけってことですか?」

「そうだよ。それで、ティアナ自身は何を埋めればいいと思う?」

 

 改めて問い直されてティアナは熟考する。自分にとって足りず、今ここでどうにかしておかなければ後々に影響が及びそうなもの。そう難しく考えるが中々答えは出てこない。そこで一旦視点を変えて自分が日頃どんなことに苦しみを感じているかを考えてみる。射撃の命中率は特別悪いわけではない。

 

 ポジション取りなどはまだまだ甘いがそこは普段の訓練でやっているので加えるものではない。そうなってくると自分に足りないものは魔力量だ。恐らくフォワード陣の中では一番低いだろう。今はカートリッジで誤魔化しているが連戦続きなどになればもろに響いてくる。これに対する対処法をいくつか身につけておいても損はないはずだ。

 

「魔力が少なくてもどうにかして戦える技術が足りないと思います。私は魔力量も多くないので」

「そうだね。カートリッジにも限りがあるし、使い過ぎは体にも良くない。それでも戦わないといけない時にどうするのか」

 

 ティアナ自身も考えてみるが中々思い浮かばない。そもそも魔力量は天性のものだ。増やそうと思えばそれこそ外法を用いた手術でもしなければダメだろう。そしてそんなものはいくら強くなれると言われてもお断りの代物だ。つまり現状としては打つ手が無い、というのがティアナの考えだった。しかし、なのはの方は違っていた。何か名案でも思い浮かんだのか、悩む教え子の様子が面白いのかニコニコと笑っている。ティアナもこれ以上は考えても仕方がないと思い、なのはに尋ねる。

 

「あの、何か方法はないんですか?」

「あるよ。私のとっておきのが一つね」

「それって、一体?」

「それは……午後のチーム戦が終わってから教えてあげる。終わったころにはきっと準備も整っているだろうから」

 

 そう言って悪戯っぽく笑って見せるなのはに何も言えずにティアナは頷く。この時は思いもしなかった。まさか、自分があれほどの技を教えてもらえるようになるとは。

 

 そうして時は流れ午後の訓練も終わり、フォワード陣は全員がまるでゾンビのようにフラフラと整列し、あいさつを終えて解散となった。だが、ティアナだけは居残り訓練と称してなのはと共に訓練場に残る。一体何をするのだろうかとティアナが見つめる中、なのははあたりを見回し納得したように頷く。

 

「よし、これだけあれば十分かな。ティアナ、そこで良く見ててね」

「はい」

 

 いよいよ始まると思い、真剣な眼差しをなのはに向ける。視線を向けられるなのはだが特に緊張した様子もなく桃色の魔方陣を展開し、その中心に魔力を溜めていく。ここに来てティアナは周りの魔力、正確に言えば自分達が訓練の際に放出した魔力の残りが集まっていくことに気づく。

 

「これって……確か収束魔法」

「そう。今日の練習でみんなが使った魔力を掻き集めて一つの塊にする。分かっていると思うけど今の私はほとんど自分の魔力を使っていない。まあ、私が訓練で出した魔力は使わせてもらっているけどね」

 

 なのはは戦闘の後半で自身が使用した魔力を再利用するためにあらかじめ収束しやすい形で放出している。これをやるのとやらないとでは大きな差が生まれるが、何も他の魔導士の魔力が使えないわけではない。しっかりと他人が使った分まで吸収しズルいとでも言えるレベルでの巨大な魔力の塊を生み出す。

 

「この集めた魔力を使って砲撃を―――放つ!」

『Starlight Breaker.』

 

 本人とレイジングハートからすれば十分軽め、だがティアナからすれば度肝を抜くような極太の桃色の柱が空に向けて撃ち出される。しばらく撃ち出された先にある空をポカンとした表情で眺めていたティアナであったがハッと我に返る。あれを自分に見せてくれたということは理由は一つ。自分にあれを習得してみせろということに他ならない。

 

「……あれが私にもできるんですか?」

「収束魔法はその名の通り魔力の収束、それと放出を上手く出来ればね。ティアナは凄く器用だからちゃんと練習すればできるよ。まあ、そのためには基礎を今以上に固めないといけないんだけどね。体への負担も結構重たいし」

「あんなに凄いのが?」

 

 今の今まで自分には特別なことはできないのではないかと思っていたティアナ。しかし、あれだけの攻撃が撃てるようになると言われれば、それこそそんな気持ちは吹き飛ばされてしまう。まさに切り札と呼んでもいい代物だ。魔力切れを起こしていても一発逆転を狙えるカード。戦術の切り札、エースオブエースの名に恥じぬ強力な技だ。だからこそ、ティアナの心に小さな怯えが現れる。

 

「スターライト・ブレイカーは私とレイジングハートが考えたとっておきの魔法なんだよ」

「えっと……そんなものを私なんかが教わってもいいんですか?」

「勿論。ティアナと私は同じポジションなんだし、それに……ティアナに覚えてもらえると私も嬉しいかな」

 

 そう言ってはにかむ様に笑って見せたなのはの顔にティアナは思わずドキリとする。普段の教官としての顔とは違う少女のような顔に不意を突かれたのだ。そんなティアナの心情を知ってか知らずかなのははゆっくりと歩み寄っていく。

 

「ティアナは自分のことを才能が無いって思ってるかもしれないけど全然そんなことはないんだよ。隊長陣のみんなもティアナの能力の高さを認めてるんだよ。勿論、私もね」

「……あ、ありがとう……ございます」

「それに、ティアナを教えられたら嬉しいなって思ってスカウトしたんだしね」

 

 ティアナは掠れた声で礼を言うが、脳が固まっていた。彼女は普段からよく自分のことを凡人だと評していた。一見すれば謙虚に見えるかもしれないがそれはどれだけ結果を出してもまだ足りないと思う完璧主義な面の表れでもある。それと同時に誰かから認められたいと願いながらも本当に認めてほしい相手からはもう認めてもらうことができない故の苦しみでもあった。それを普段の会話や、以前からの付き合いの長いスバルから聞き察したなのはは彼女をできうる限り認めてあげることにしたのだ。

 

「ティアナになら私のとっておきが使いこなせると思ったから見せたんだ。今すぐには無理だけど、これからはスターライト・ブレイカーができるように訓練をしていこうと思うけどそれでいいかな?」

「はい! 頑張ります!」

 

 断る理由などないのでティアナは疲れなど吹き飛んでしまったかのような元気な返事を一つ返す。その様子になのはもニッコリと笑い、ねぎらいの言葉をかける。

 

「うん。それじゃあ、今日は戻ってゆっくり休んで明日に備えてね。それと、夜中に出動がかかる場合もあるから眠れるときに寝るように他のフォワード陣にも伝えておいてくれる?」

「分かりました!」

 

 どこか気分が高揚しているかのような早歩きで去っていくティアナの背中を見つめなのはは晴れ晴れとした気持ちで大きく伸びをする。今日はいい気分で残りの仕事ができるなと思ったところにフェイトから連絡が入る。良いことがあれば悪いこともある。そんな当たり前のことを思いながらなのはは通信に出る。

 

【なのは、レリック事件の犯人について進展があったから隊長陣は至急集まってくれないかな】

「犯人の? 分かった。すぐに行くねフェイトちゃん」

 

 通信を切り、顔を引き締める。未だに事件は本格化してはいないがここから大きな変化が訪れるかもしれない。そうなると、しばらくはのんびりと教え子の成長を実感する暇もなくなるかな。そう、心の中で小さくぼやき、隊舎の方へ駆け出していくなのはであった。

 




これでティアナは大丈夫かな。
約一名どういう行動にでるのか分からないのが居るけど。

それと書き方を変えてみました。見辛かったら言ってください。

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