八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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二十八話:理解

 今回のホテルアグスタのガジェット襲撃の事後処理も終わり六課に帰還した隊員達。新人達は自由時間となり、隊長陣は今回の件についての会議室で報告と会議を行っていた。その中でヴィータは一人苦悩に満ちた表情を浮かべていた。

 

「ヴィータちゃん、どうしたの?」

「なのは……いや、スバルのことについて考えてたんだけどよ」

「私からも言っておいたけどスバルはちょっと頑張りすぎているよね」

 

 今回の暴走とも呼べるスバルの行動。表面上だけ見れば緊急事態に焦った新人がミスを犯したという簡単なものだ。だが、現実としてはそれほど軽いものでないことはなのはも分かっていた。

 

 突撃癖があるのは前々からわかっていたことだが誰かを守るということになるとそれに拍車がかかる。いや、ブレーキが外されると言ってもいいかもしれない。とにかく、スバルの行動は異常性を感じさせるのだ。

 

「新人が暴走するのは見慣れてるんだけどよ。そいつらは普通はパニックになって訳が分からなくなって暴走してる。でも、あいつの場合は違う。冷静な上にどうなるか分かったうえで突っ込んでいったとしか考えられねえ」

 

 スバルは状況を的確に判断していた。そしてなにより、自分が撃ち落とされる可能性を十分に理解していた。あくまでも平然として、民間人の危険と自分の危険を天秤にかけ民間人の方を取って見せた。その後に自分に訪れるであろう結末をあっさりと受け入れて。

 

「自己犠牲……にしては度が過ぎてるよね。どっちかと言うと―――」

「強迫観念やな」

 

 なのはの言葉よりも先に話を聞いていたはやてが結論を出す。そのことに若干驚くもののなのはも答えは同じなので無言で頷く。ヴィータも同じようなものを感じ取っていたらしくはやてに続くように発言する。

 

「前のとこの上司も、付き合いの長いティアナも前からあんな危険行動を取り続けてきたって言ってる。1,2回ならともかく取り続けんのはどう考えても異常だ。あいつ、何があったんだ?」

 

 自分の身を一切(かえり)みずに他者の為に命を懸けることを当たり前に行う。言葉にすれば何とも美しく、何とも気高い人間性だ。ヒーローと言っても差し支えないだろう。だが、しかし。現実にそんな人間が目の前に居たらどう思うだろうか?

 

 ヒーローや英雄は普通の人間には、否、人間の理解には及ばない。他者の目から見ればただの異常者にしか映らないのだ。そう、平和を目指したが故に人間であることをやめようとした男のように。男のことを思い出してしまいどこか不安げなヴィータの質問に対して答えを返したのはなのはだった。

 

「ヴィータちゃんは四年前にあった空港火災を覚えてる?」

「ああ、はやてが仮だけど指揮をしてお前も出動したやつだよな?」

「うん。スバルはね、あの火災にあって生き残った(・・・・・)人達の一人なんだ」

 

 生き残った。それは正しいことであり、喜ぶべきことである。しかし、あくまでもそれは当事者以外からの主観。“生き残れた”のか“生き残ってしまった”のかは本人だけが知るところである。

 

「火災の発生地に居た人達は全員死んじゃって……スバルだけが助け出されたの」

「助け出されて……どうなったんだよ?」

「そっから先は私が話そうか。この前ナカジマ三佐から詳しいこと聞けたからな」

 

 この世の終わりのような地獄の中、“正義の味方”によって救い出されたスバル。そのことを聞きヴィータは顔を歪めると共にさらに尋ねる。その疑問に今度ははやてがなのはからバトンを受け継ぎ、つい最近スバルの父親であるゲンヤと姉のギンガと話して聞けたことを話し始める。

 

「スバルは昔は傷つくのが嫌いな子でストライクアーツも魔法も習ってなくて、あの事件の後から強うなろうとし始めたらしいんよ」

「別にそれは悪いことでもないよな」

「まあ、それだけならええんやけど、その時から今みたいな性格にもなって……あるものになるって決めたんやって」

 

 険しい表情で語るはやてになのはとヴィータは唾を飲み込む。普段は険しい表情をしないはやてがこういった表情をするときは必ず何か重い出来事があったときだ。つまり、今から言うことは少なくともはやてにとってはそれほどの話なのだ。

 

「自分を救ってくれた人みたいに―――正義の味方になりたいって」

 

 ああ、やっぱりそうか。ヴィータの心に沸いた感情は驚きではなく納得であった。ただひたすらに誰かの為だけに行動し続ける姿はまさに正義の味方であった。だが、それは人の理想が生み出した偽りの正義の味方だ。

 

 誰かのためにしか生きられないのははっきり言って歪みでしかない。正義の味方という理想像は現実に現れれば何者よりもおぞましい存在である。人間味を感じさせなければ人間はその人物を同じ人間とは思えない。はじめは救ってくれたことに感謝をするだろう。

 

 しかし、時が経つにつれ何も求めない正義の味方に疑心を積もらせる。本当に彼は無欲なのか? 実はもっと恐ろしい何かを企んでいるのではないか? 最後には人々は事実無根の罪を正義の味方に被せその命を奪うだろう。自らを正義(・・)と名乗って。

 

「まあ、その夢を目指すっていうのは間違いやないんやけどな。ただ、自分をないがしろにし過ぎなんよな」

「きっと……罪悪感があると思うんだ。自分だけが生き残ってしまったって」

「だから自分の命を投げ出してまで、誰かを助けるって責務を果たそうとしてるのか? せっかく助けてもらった命をなんてことに使ってやがんだよ……」

 

 重い空気が流れる。全員がスバルの抱く感情を思い、どうにかならないものかと頭を悩ませる。災害などで自分一人が生き残ってしまった場合に起こる心の病であるサバイバーズギルト。病名としては一言で済んでしまうが現実としては単純な問題ではない。

 

 治療をするにしても無理に思い出させてしまうと精神が崩壊する恐れすらある。同時に正義の味方になるという夢自体は単純に罪悪感だけで成り立っているものでもないだろう。そこには多分に憧れも含まれており、今のスバルの原動力となっている。無理矢理止めさせることもできない。

 

「自分のせいで味方が危険になる……って言ったら止まっても納得はしねーだろうな」

「それに自分一人なら問題ないって孤独になりそうやしなぁ」

「……とにかく、少しずつ話してお互い納得いけるように頑張ってみるね。一朝一夕で変わるようなものじゃないと思うし」

「そうやね。それじゃあこれからはスバルの動向に気を付けて指導をお願いな」

「うん」

 

 ひとまずは現状を維持しつつ徐々に変えていく。そういったところで落ち着き、なのは達は解散していく。しかしこの時彼女達は予想していなかった。予想よりもずっと早くスバルの理想を否定する者が現れることを。

 

 

 

 

 

 一体、どこでこの者達は歪んでしまったのだろうか。

 

 目の前にある脳髄を入れた容器を見つめ切嗣は思う。しかし、すぐにその考えは間違えだったと目を瞑る。自分と同じだ。彼らはどこまでも真っすぐに生き過ぎたが故に他者から見れば歪んで見えるのだ。

 

 一ミリたりとも歪みがなく、どれだけ伸びようとも何人とも触れ合わないほどに真っすぐ。それは歪んでいないが故に歪みだ。本来人間とは大なり小なり歪みを抱えて生きているもの。それが人間のあるべき姿。だが、彼らにはそれがない。世界を救うという一点に全てのベクトルが向いている。

 

 無数の曲線の中に一つだけ直線が混じっている。そんな時、歪んで見えるのは曲線だろうか、それとも直線だろうか。本来、歪んでいることが正しい物の中に歪んでいないものがある。それこそが歪みなのだ。黒い紙(間違い)の上に一滴だけ垂らされた白い水滴(正しさ)。どちらが場違いかは明白。穢れなき正義など人間にとっては歪みでしかない。

 

「エミヤよ。計画の方はどのようになっているのだ?」

「順調です。そう遠くないうちに全ての準備が整います」

「そうか。しかしくれぐれも気を抜くでないぞ。この計画には文字通り世界がかかっておる。それを重々承知しておろうな」

「勿論です。必ず―――理想の世界を創り出しましょう」

 

 最高評議会の書記に問いかけに無感情で答える切嗣。スカリエッティが考え出した世界を望む世界に塗り変える禁忌。最高評議会はそれに飛びついた。もとより、喉から手が出るほどに渇望していたのだろう。彼らの理想とする平和な世界を。

 

「この時をどれだけ待ち望んでいたことか」

「悪という存在がない、真に平和な世界。恒久的に争いなど起きない世界」

「誰も傷つくことのないあるべき未来、あるべき世界の為に」

 

 平和の為だけに生き続けてきた三人は何も映していない切嗣の視線も気にも留めずに語り合っていく。良き未来を、良き人生を、幸福な世界を。余りにも美しく、汚すことを戸惑うような夢の世界。しかし人々は彼らにこう尋ねるだろう。そんな世界をどうやって創るつもりかと。だとしても、彼らは迷うことなく答えるだろう。

 

 

『“この世全ての悪”の根絶を行う』

 

 

 彼らは疑わない。この世の悪という悪が消えた世界であれば全ての人類は永劫の平和を手にすることができるのだと。盲目的に、狂信的に、かつての英雄達は世界の平和を謳い上げる。そんな様子を切嗣は黙って見つめていたがやがて立ち上がる。

 

「それでは、仕事の方に戻らせてもらいます」

「うむ、おぬしも計画の最終段階では表に立つのだ。準備は怠らぬようにな」

「心得ています、議長殿」

「エミヤ、スカリエッティへ私からの言葉を伝えておいてくれないかい」

「なんでしょうか、評議員殿?」

 

 議長からの言葉を最後に歩き出そうとした切嗣を評議員が呼びとどめる。そのことにほんの少しだけ眉を動かし、体の向きを変える。副議長はまるで買い物を頼むかのような自然さで告げる。

 

「私の体を至急用意しておいてくれ。私自らが最後は赴くとね」

「……分かりました。伝えておきます」

 

 余りのことに一瞬だけ目を見開くがすぐに元に戻り頭を下げる切嗣。そして、一度目の奥底で残忍な笑みを浮かべている世話係の女と視線を交わし歩き出していくのだった。

 

 しばらく歩いたところでデバイスからスカリエッティに通信を入れる。その顔がどことなく不機嫌そうに見えるのは本来は彼の顔など見たくもないからであろう。

 

「スカリエッティ、さっさと応答しろ」

【やあ、君の方から連絡をくれるなんて珍しいじゃないか。何かあったのかね?】

「評議員が至急体を用意しろと言っていた。それと最後には自分で動くとな」

【なるほど、確かに承ったよ。しかし、くくく……実に滑稽なものだ。そうは思わないかね?】

 

 隠すこともなく最高評議会が滑稽だと告げるスカリエッティに切嗣は沈黙で答えを返す。彼らは夢にも思っていない。スカリエッティが自分達の拘束から抜け出す機会を虎視眈々と狙っていることを。己の正義を信じて疑わない彼らは気づくことなどできはしない。

 

【私の生みの親には最高級のお返し(・・・)をしようと思っているのだよ。そのための小道具も先日(・・)手に入れたからね。そうだ、君もなにかするかね?】

「僕にとってはどうでもいいことだ。興味があるのは僕の望む世界だけだ」

【そうかね。いや、実に君らしい答えだ。ところで話は変わるが面白いものを見つけたのだが、聞きたいかね?】

「お前がそういう時はどうせ聞かなければならないことだろ。いいから話せ」

 

 ねっとりとした聞く者を不快にさせる声。切嗣はその声に何か自分にとって不味いことが起きたのだろうと判断する。スカリエッティにとっては他者の不幸ほど甘美なものはないのだ。そして、彼は切嗣の不幸を最も楽しんでいる節がある。そのため聞きたくなくとも最悪の事態を防ぐためには聞くしか道がないのだ。

 

【くくくく、では、そうさせてもらおう。スバル・ナカジマ、彼女を知っているね?】

「……それがどうした? 確かに僕はあの子を知っているがあの子は僕を知らないだろう」

【それがだね、そういうわけにもいかないみたいだよ】

「どういう意味だ?」

 

 嫌な予感がする。熱くもないのに背中に気持ちの悪い汗が流れる。あの時は、ただ無我夢中で助けただけだった。その後のことなど何も考えていなかった。何かを救わなければ心が壊れそうだったから小さな命を救った。そこであの子との関係は終わるはずだった。だが、しかし。

 

【彼女のデータを改めて取っていたのだが、その時に彼女が見せた行動、いや信念は実に素晴らしいものだった。自分ではなく他者を第一に考え、戸惑うことすらなくその命を名も知らぬ誰かの為に投げ出せる精神性】

 

 一瞬目眩がする。何の冗談だろうか。それじゃあ、まるっきりどこかの愚かな男の行動じゃないか。いや、下手をすればそれ以上だ。まだ絶望を、現実を知らぬが故に割り切ることもできていないのだろう。他者から見れば異常者でしかない行動を取り続ける人間などもう増えなくていい。そう思うが現実は変わらない。

 

【その姿はどこからどう見ても―――正義の味方だったよ】

「…………あの子は誰かを切り捨てるような真似はしたかい?」

 

 知ってしまった新たな己の罪に愕然とする切嗣。だが、すぐに思考を切り替えて自分との差異を確認する。正義の味方など目指してなるものではない。全てを救うことなどできはしないのだからいずれ自分のように滅びを迎える。

 

 しかし、全てを救うことを諦めれば間違いなく自分と同じ存在になり果てる。それだけは防がなければならない。彼女を救ってしまった身として、多くの人を殺めてしまった咎人として。

 

【いいや、確認できてはいないが恐らく彼女はそれができないだろう。彼女が追っているのはあの日の理想像()だからね。あの日の君は普段と違い誰かを見捨てたりはしなかっただろう?】

「……ああ、それを聞いて少しだけ安心したよ。まだ、どうにかなる」

 

 できれば自分のように家族や大切な人間を切り捨てるような人間になって欲しくない。間違いで塗り固められた道を歩くのは自分一人でいい。あの子はまっとうに生きるべきだ。誰かを見捨てるような立場に立たず、普通に、ごく平穏に暮らしてほしい。

 

 そのためには正義の味方というものを目指されては困る。目指し続ける以上は必ずどちらか片方を切り捨てなければならない場面に遭遇する。かつての衛宮切嗣がそうだったように。そして、正義に味方することを選んでしまえばもう後戻りはできない。永遠に地獄を歩き続けるだけだ。

 

「スカリエッティ、もしもあの子達とお前の娘達がぶつかる時は僕を呼べ」

【彼女と話をするつもりかね。それはいい、憧れの人物と会えるのだから彼女も喜ぶ(・・)だろう】

「ちっ……話はこれで終わりだ。仕事を怠るなよ」

 

 通信を一方的に切り、切嗣は足早に歩きだす。偽物の正義の味方などに憧れるのは間違いだ。彼女の傍には人間味を捨てることなく彼の思う本物の正義の味方となった者達がいる。目指すべきはそちらだ。名も知らぬ誰かの為に己の全てを賭ける生き方など間違っている(・・・・・・)

 

 

「正義の味方という効率を優先するだけの“機械”は僕で終わらせる」

 

 

 その為ならば、全力で、己の全てをかけて―――彼女の理想(全て)を否定しよう。

 




頭冷やそうかは回避。なお、ケリィがスバルを否定しに来るもよう。

ようやく話も本筋に入ってくるかな。ASと違ってSTSは序盤が長く感じる。
まあ、話数が違うので当たり前ですが。

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