八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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二十九話:休暇の始まり

 隊長の前に整列する新人達。明らかに疲れたような顔をしている者は居てもその姿が汚れている者はいない。これも新人達の力が上がってきたためである。勿論、指導者の立場からすればさらに訓練を厳しくしてもいいというサインでもあるのだが。

 

「それじゃあ、今日の訓練はこれで終了ね」

「今日? まだ午前ですよね?」

「いいんだよ、今日は。そうだろ、なのは」

 

 いつものように訓練を終えなのはからの指導を受ける新人達だったがなのはの言葉に疑問符を浮かべる。太陽は自分達の真上にあり、どう見ても昼前である。それにも関わらず終了というのはどういう了見なのかとエリオが疑問を口にする。それに対してなのはとヴィータはニコリと笑い答えを伝える。

 

「そろそろ訓練も次の段階に行くところだしね。今まで休暇らしい休暇もなかったでしょ。だから、今日の午後は訓練はお休みです。みんな町にでも出て遊んでくるといいよ」

「本当ですか? よーし、ティア一緒にアイスを食べに行こうよ!」

「あんたはホント、アイスが好きよね……はいはい、どうせ断っても我儘を押し通すんでしょ」

 

 相変わらずアイスには目がないスバルに呆れたように見つめるティアナの頬も緩んでいた。やはり休暇というものはいくつになっても嬉しいものなのだ。もっとも、仕事が生き甲斐になりかけているワーカーホリックな人物も目の前にいるのだが。それは言わないのが花というものだろう。

 

「あ、そう言えばエリオとキャロはミッドの街はまだ慣れていないんだっけ?」

「はい、こっちに来てからは基本的に六課の中に居ましたし」

「じゃあ、お勧めのアイス屋さんとか教えてあげようか? 他にも行ってみたいところとかない。あたし達の方が詳しいから教えてあげられると思うし」

「馬鹿、スバル。いきなり言われたって何答えていいかわからないわよ」

 

 街の様子をあまり知らないというキャロにずいずいと押し売りをするように世話を焼きたがるスバル。そんなスバルを慣れた手つきで宥めるティアナ。キャロは思わず犬と飼い主のようだなと思ってしまうが流石に口にはしなかった。

 

 エリオも同じような感想を抱くがそれ以上にスバルからの心遣いが嬉しかったために笑みを零す。今まで色々なことがあったが自分の周りには優しい人がいてくれる。それがどれほどの幸福かを子供らしくもなく噛みしめる。

 

「あれ、どうしたのエリオ? あたしの顔に何かついている?」

「いえ、ただスバルさんって凄く親切だなって……そう思っただけです」

「あはは、当然だよ。だってあたしは―――正義の味方になるからね」

 

 スバルの言葉にエリオとキャロは首を傾げ、ティアナはまたかとため息をつく。どちらにせよ何か不味いことを言ってしまったという雰囲気ではない。

 

 だが、ほんの少しの距離しか離れていない隊長二人の空気は凍り付いたように冷たくなっていた。新人達はそのことに気づくことなく話を続ける。

 

「あんたも相変わらず子供っぽい夢を持ってるわよね」

「そうですか? 私はかっこいいと思いますよ、正義の味方」

「僕もです。フェイトさんみたいな人が正義の味方だと思ってます」

 

 本気でスバルが目指しているのは知っているティアナではあるがその素直になれない性格からか微妙な表情で子供だと評する。一方、エリオとキャロは文字通り子供であるので彼女の願いに素直に賛同する。

 

 何よりも二人の心には自分達を優しく救い上げてくれたフェイトという正義の味方がいるので明確なイメージを持っている。自分達が親から捨てられ、自分の力も心も制御することが出来なかったときに手を差し伸べてくれた人。これが正義の味方(ヒーロー)でないのならば一体誰が正義の味方(ヒーロー)なのだろうか。

 

「フェイトさんって白馬の王子様とか似合いそうだしねー」

「それは正義の味方とは違う気がしますけど……でも、確かに似合いそうですね」

「でしょー。まあ、確かにちょっと違う気もするけどね」

 

 話はそのまま誰々にはこんな役や、服装が似合うのではないかといったものに変わっていき、和気藹々とした雰囲気のまま新人達は歩き去っていく。そんな新人達の背中を何とも言えぬ表情で見送るのは、なのはとヴィータの二人組である。

 

 正義の味方になると言い切るスバルの顔には曇りなど欠片もなかった。それが良いことかと言われれば良いことなのだろう。だが、一欠けらも迷いがないというのもそれはそれで不気味である。何か言うべきかとも思うがやはり何と言えばいいのかが分からない。

 

「やっぱり、どういうものを目指しているかが分からないと何も言えないよね……」

 

 人の心も体も救おうとするのならばいい。一人一人を見つめて救っていくというのならば何も間違いではない。全てを救おうという心を持ち続けられるのならば目指しても構わないだろう。

 

 しかし、それに耐えられるのか。何度も何度も伸ばして手から、指の間から零れ落ちていく命を直視し続けることができるのか。まだ若く小さなあの少女に。それだけがなのはは心配だった。そんな彼女にヴィータが切り替えさせるように声をかける。

 

「まあ、今日は久しぶりの休暇なんだ。今言うのは酷だろ」

「そうだね。タイミングも大事だよね。それじゃあ私達も戻ろうか」

 

 今話すのは時期尚早。そう結論付けて新人達の後を追うように歩き出すなのはとヴィータ。しかし、この数時間後にこの話がある男により急速に進展していくことを二人はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 流れる白銀の髪、雪のように白い肌、鮮烈な真紅の瞳。一言でいえば絶世の美女。こんな自分には余りにも勿体ないと思ってしまう彼女を観察する。彼女、アインスはホテルのベッドに腰かけ何やら雑誌らしきものを読み、時折嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

 その顔は子を見守る母のような温かさと穏やかさを兼ね備えていた。だから彼女が何を読んでいるかを切嗣は聞くこともなく察することができた。あの小さく弱々しかった子も今では一人で立ち、自分の道を歩いている。それがどんなに嬉しくとも顔には出せない。もっとも、彼女はそんな彼の心を見透かしたように声をかけてくるのだが。

 

「切嗣、こっちに来てみろ。主のことが載っているぞ」

「……僕はいいよ。雑誌は余り読まないからね」

「いいから、私がお前と共に読みたいのだ」

 

 悪戯気な笑みと共に期待の籠った眼差しを向けられる。あいにく、切嗣にはこの視線に打ち勝つ術を持ち合わせていない。困ったような、はぶてたような顔をして彼は彼女の元に行き、隣に腰を下ろす。そうすると図ったように勝ち誇った笑顔を向けられる。

 

 彼女がいつまで経っても娘のことを割り切ることのできない自分に対して気を使ってくれたのは分かる。しかし、こんな笑顔を向けられると惚れた弱みに付け込まれたような気持になってしまう。恐らく、衛宮切嗣という男はリインフォースⅠには勝てない定めなのだろう。

 

 そんなどうでもいいことを考えながら切嗣は彼女が開いた雑誌に目を落とす。探す必要もなくあの子の姿を見つける。写真に写っているのはあれから十年の時を経て成長した娘の姿。元々童顔だったためかあの頃から大きく顔立ちが変わったという印象は受けない。しかし、確かに感じられる成長に心臓が鷲掴みにされたような感覚を覚える。

 

「あれから十年、主は立派になられた。この目で見ることができないのが少し残念だがな」

「……直に会えるさ」

「ああ、その時は……私達と戦う時だろうだな」

「君が望むなら……いや、何でもないよ」

 

 ―――君が望むなら今すぐにでもはやての元に送り届けよう。

 

 切嗣はそう言おうとしたがアインスのむすりとした表情を見てやめた。何度もこのことについては話し合ったが彼女が自分の傍から離れると言ったことはただの一度もなかった。

 

 彼女はろくでもない自分を愛してくれている。それがどれだけ嬉しくて、悲しくて、憎いのかは言葉では言い表せない。彼女に幸せになって欲しいと一人の男として願わない時はない。だが、しかし、この身は一人の女性ではなく世界に、今までの犠牲に奉げると決めた。

 

 それがどれだけ歪んでいるか、穢れているか、間違っているかなど考えたくもない。そしてそんな間違ったことに新たな犠牲を強いている自分がたまらなく憎い。もし、過去に戻れるのなら自分は間違いなく生まれたばかりの自分を殺すだろうという自信があるほどだ。

 

「はやても、ヴォルケンリッター達も今を生きてくれている。ただ生きていてくれるだけで僕は良いのに……どうしてまた敵になったんだろうな」

「運命的なもので私達は対立することが定められているのかもしれないな」

「運命か……嫌いな言葉だ。神様はいつだって身勝手で我儘だ」

 

 神は気まぐれで人を殺す。人を苦しめる。誰も望みもしない運命を押し付けて人間が足掻くさまを見て興じる。衛宮切嗣は神や英雄という存在が嫌いだ。彼らは人を争いに向かわせる。宗教に至っては人類史を見れば最も人を殺してきたと言っても過言ではない。

 

 もっとも、多くの場合は人間の欲望の大義名分として働いてきたのが現実だろう。だとしても、人を争いに向かわせるそれが切嗣は嫌いだった。争いを起こしている身で言うのも滑稽だがどうしようもなく嫌いだった。

 

「そうか? 私はこれが運命だというのなら悪くないと思うぞ」

「どうしてそう思うんだい?」

「簡単なことだ。私も騎士達も主はやてに会え、何より……お前に会えたからな」

 

 そう言ってはにかんだように笑う彼女がどうしようもなく眩しく見え、彼は目を細める。アインスの考えこそが人間的で正しい考えだろう。彼女は未来を信じている。過去に囚われてなどいない。輝かしい人間の可能性そのものだ。

 

 だが、それでも―――彼はそのような運命を認められない。

 

 目の前の誰かが死ぬ運命があるのならそれを捻じ曲げてみせよう。

 その人物が死ななければ世界が滅ぶ運命だとしても救ってみせよう。

 犠牲無くしては生きられない運命(ルール)など破壊してみせよう。

 

「アインス、そう思ってくれるのは嬉しいし、僕も君に会えたことは人生最大の幸福だと思っている。でも……彼らが死ななければならなかった運命なんて、僕は認めない」

 

 数え切れないほどの人々に犠牲を強いてきた。死ぬべき運命にある人間を殺し、生きるべき運命にある人間を生かし続けてきた。以前は正しいことだと自分を騙して行ってきた。しかし、今となっては自分の行動全ては間違いだったのだと悟らされた。

 

 なら、死ぬべき運命の人々もまた間違った運命だったのだ。彼らは生きるべきだ。報われるべきだ。間違った運命でその生を弄ばれるということなどあってはならなかったのだ。全ての人間が平等に生きることのできる世界であるべきなのだ。

 

「そうか……ああ、お前はそういう男だからな。なら、仕方ない」

「ごめん……」

「気にするな。私はそんなお前を愛しているのだからな。お前の全てを私は肯定しよう」

 

 アインスは切嗣の願いを知っている。どうしようもなく愚かで破綻した願いを。そもそも、彼の願いは願いと言っていいものかすら分からない。何故なら彼自身が破綻していることに薄々気づいているからだ。だとしても、彼は止まらない、止まれない。

 

「ありがとう、アインス。僕は―――犠牲になった者達全てを報い、救いたい」

 

 その想いだけは本物だ。どれだけ過程が、今までの人生が間違っていたとしてもそれだけは言える。その為に彼は悪魔との契約を結んだ。自らが正義の味方などというものを目指してしまったが故に失われた命に報いるために。彼らに救いを与えることだけを考えて。

 

「ああ、お前のその願いに私は協力しよう」

 

 ベッドのシーツを様々な想いからきつく握りしめる切嗣の手の上に自分の手を重ね合わせてアインスは憐れむような、悲しむような表情を作る。そのままどれほどの時間が経ったのかもわからないほどに沈黙が部屋を支配していたがやがて一つの通信でそれが破られる。

 

【突然の連絡申し訳ありません。ドクターからの連絡です、衛宮切嗣】

「ウーノか……なんだい?」

【レリックの発見に伴い機動六課が動いたのでルーテシアお嬢様の補助を行っていただきたいと】

「……スバル・ナカジマも居るということだな?」

【はい。詳しい情報は随時ご連絡します】

 

 あの子が動くのならば動かなければならないだろう。心を折るのは早い方が良い。それだけ立ち直るのに時間を割けるのだから。切嗣は立ち上がると手早く準備を済ませながらマルチタスクで戦略を練り始める。同時に抑えきれない感情からある願望をポツリと漏らしてしまう。

 

 

「もう二度と、正義の味方(・・・・・)という必要悪が生まれる必要のない世界を……僕は創る」

 

 

 それが自分に唯一できる贖罪だと決めて(・・・)、男は破滅することだけを望みに歩み続ける。

 




戦闘の前の段階って書くことが少ないからいつもより文量少なめに……しかも書くのが遅れた。
次回は戦闘とスバルとの出会いだから早く書けるといいなぁ(願望)

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