八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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三十四話:話をしよう

 

 扉を叩き中の人物に入っても良いかを伺う。許可は簡単に下り四人そろって中に入る。部隊長の部屋はその大きさに比べて中に物が少なくだだっ広く感じられる。それは何も錯覚ではなくツヴァイ専用のデスクがミニチュアサイズの為にその分スペースが空いて見えるのだ。

 

『失礼します!』

「なんや、もしかして話の件? そんな大した話やないから休んどっても良かったんよ」

「いえ、四人で話し合って決めたので問題はありません」

 

 急ぐ必要はなかったと申し訳なさそうにサンドイッチを片手に語るはやて。そんなはやてにティアナが代表して答えるが他の三人はサンドイッチに目がいってしまう。休憩時間に間食を取っている最中だったのかと思うがどうもそうではないらしい。

 

「ん? ああ、これは私のご飯やね。ほら、片手で摘まめるものなら仕事しながらでも食べれるやろ」

「そ、そうですね」

 

 実は遅い朝食だったらしく働き詰めている状態らしい。食事の時間すら仕事に割かなければならないほどに部隊長というものは忙しいものなのかと戦慄する四人を気にすることもなく最後の一切れを口に押し込み水で流し込むはやて。

 

 その姿からは食事を楽しむという姿勢が一切感じられず、ただの栄養補給の光景にしか見えなかったと後にエリオはフェイトに語ったという。そしてそこからはやてが叱られたのは別に言わなくともいいことだろう。

 

「ただ口に運ぶだけで栄養摂取ができる……サンドイッチやハンバーガーを考えた人は天才や。四十八時間書類耐久レースもこれで楽勝や」

「あ、あの、やっぱり日を改めた方が良かったり……」

「いやいや、大丈夫よ。これは私がなんかやっとらんと落ち着かんだけやから」

 

 四十八時間書類耐久レースという恐ろしくて内容の聞けない言葉を聞かなかったことにしてスバルが尋ねる。どこからどう見ても忙しそうなので気が引けたのだ。しかしながら反ってきた答えは自主的に自分を追い込んでいるという修羅の如き姿勢だった。

 

 これには無言のまま四人全員がワーカホリックにはなりたくないと思った。もっとも、こういったものは本人が成りたい成りたくないでコントロールできるものではない。気づけば仕事が楽しくて仕方がなくなるか仕事をしていないと落ち着かなくなるのだ。

 

「あ、シャマルには内緒にしといてな。また怒られるのは堪忍やからなぁ」

「怒られるのが嫌ならしなければいいんじゃ……」

「私もそう思います」

「キュクルー」

「う…っ。やめてや、そんな純粋な目で汚れた私を見んといて」

 

 エリオにキャロ、そしてフリードに純粋な眼差しを向けられ割と本気で苦しむはやて。子供の頃はこんな大人にはならないと誓った。だが現実とはいつも悲しく、大人になるということは悲しいことなのだ。そう気づいた時には自分一人の時は料理をする時間がもったいなくてついつい余り物やお惣菜で済ませてしてしまうのが主婦の悲しい性なのだ。

 

「……と、いつまでも立たせ取るのも悪いし座って楽にしてええよ」

「いえ、私達はこのままで大丈夫です」

「そか、それなら部隊長命令や。のんびり座って楽にしなさい」

「しょ、職権乱用……」

「使えるものは何でも使うのが私の主義や。さ、座った、座った」

 

 ニコニコと笑いながら強制的に新人達を楽にさせるはやて。ティアナはその頭に茶色の耳が付いているように錯覚したがそれは気のせいだろうと首を振る。因みにその後タヌキという異名がはやてにつけられていると知った時に妙に納得したらしい。

 

「さて、何の話をするかは言ってなかったよね」

「はい」

「ほな、今日話すことは基本質問やな。ということでにみんなに一つ質問や」

 

 こんな軽いノリで語っていいものなのだろうかという新人達に語り掛けるはやて。新人達も終始こういったノリで進んでいくのだろうと体の力を抜き聞き入る。だが、今までの空気を根っこから破壊しつくすような爆弾をはやて自身が投下する。

 

 

「一匹の羊を犠牲にせんと他の六十億の羊が死ぬ時、みんなはどうする?」

 

 

 何を言っているのだろうと四人の表情が固まる。特にスバルはあの男との会話を思い出し人形のような死んだ表情になる。そんな様子をはやては笑みを湛えたまま眺める。彼らがどんな答えを出すのかを黙って促す。しかしながら勢いよく答えが返ってくるような質問でもない。しばらくは沈黙が続く。だんだんと気まずさが出始めてきたところで初めにティアナが口を開く。

 

「一匹を犠牲にします。可愛そうだけど……そうしないと他の六十億が死ぬんならどうしようもないです。でも、他に方法があるのならそれを探します」

「ほー、冷静な判断と優しい心を持ったええ判断やな。キャロとエリオはどうや?」

「私は……出来るなら羊さんを両方助けてあげたいです」

「僕もです」

「うんうん、真っすぐで欲張りな答えでええなぁ。スバルはどう思う?」

 

 質問を振られて俯くスバル。以前なら両方救って見せると豪語しただろう。だが、あの光景を見た後では口が動いてくれない。どうしたいかなど自分でも分からずに頭の中の白紙にペンで書きだしてはぐしゃぐしゃと消して、書きだしては消してを繰り返す。そんなことだから当然のように答えは。

 

「……分かりません」

「そうか、それならしゃーないなぁ」

 

 答えが返ってこないことも答えだと言わんばかりに満足げにはやては頷く。一体この質問には何の意味があるのだろうかとスバル以外の三人が思い始めたところではやてが重ねて質問を投げかける。

 

「じゃあ、さっきの質問の羊を人間に代えて考えてみようか」

 

 その言葉に先程は一番に答えたティアナでさえ口をつぐむ。人間に代えれば重責は跳ね上がる。命に貴賤はないと言う人間は多くいるが道端の虫を踏みつぶして自首する人間は特定の宗教に属する人間ぐらいなものだろう。

 

 人間は同族を殺すことをタブーとしてきた生き物だ。それがどういった理屈かは想像するしかないが羊と人間では殺すハードルが上がることだけは確かだ。冷静な数の判断も情に動かされ鈍り始める。はやては更に追い打ちをかける様に条件を追加していく。

 

「因みに一人はキャロと同じぐらいの女の子な」

「わ、私と同じぐらいですか?」

「そや、さらにさらにその少女は世界を滅ぼしてしまうと評判の爆弾付きや」

「なんですか、そのトンデモ設定は?」

 

 世界を滅ぼす少女という眉唾物な設定が出てきたことに少しジト目になるティアナ。いくらロストロギアが身近にある世界出身だとしてもキャロぐらいの少女と世界の破滅は結び付けづらい。はやてはそう思うのも無理はないだろうなと苦笑いをしながら頬を掻く。

 

「私が犠牲になることで世界が救われるなら……」

「ダメだよ、キャロ! そんなの間違ってるよ!」

「あー、あんた達。あくまでもキャロぐらいの年って設定よ。あたしも嫌だけどさ」

 

 予想以上に感情移入し自分が犠牲になろうとするキャロにそれを止めるエリオ。どこぞの小説でありそうな展開ではあるがあくまでも設定の為にティアナが宥めすかす。その間スバルははやてが何を言おうとしているのかを薄々と感づき始めていた。この話は決して空想のものではないということを。

 

 

「少女を犠牲にせんと世界が滅ぶ。それを知った―――その子の父親はどうしたと思う?」

 

 

 今度こそ本当に空気が凍り付いた。もし、何も知らない赤の他人ならば割り切って犠牲にすることもできるだろう。だが、自分の家族を、最愛の娘を、世界の為だから死んでくれと割り切れるだろうか。フォワード陣はほとんどが血の繋がった家族を持たぬ者達だ。それ故に家族大切さを他の誰よりも理解している。勿論、それを失った時の想像を絶する絶望も。

 

「そ、そんなの……悲しすぎますよ。だって、家族ですよね?」

「うん……家族や。誰が何と言おうとも家族や」

「それなのに殺すか殺さないかを選べなんて……できない」

「でもな、選ばんといけんかったんよ。どうしようもなくなってどっちかを選ばんといけんこうなった」

 

 はやての話し方が変わったことにティアナが感づき驚愕で目を見開く。彼女もまた気づいたのだ。はやての話が架空の話ではなく実際にあったことなのだと。そして、その少女の正体にも薄々と感づき始めていた。

 

「結論から言うとな。その子の父親は―――娘を捨てて世界を取ったんよ」

「あんまりです……そんなの」

 

 未だに真実に気付いていないエリオは自分と同じように見捨てられた少女を思い、目に涙をにじませる。だが、父親のことを悪く言ったりはしない。それは自分自身が父親に複雑な思いを抱いているのもあるが、一番の理由は選べなかったからである。

 

 自分はどちらかを犠牲にするなんてことはできなかった。それなのに選んだ人間を非難することはできないという理性が働いたからである。

 

「でもな、そこに正義の味方が現れたんよ。世界も少女も両方救ってみせる本物の正義の味方が」

 

 どこか懐かしそうに目を細めて語るはやてを新人達は黙って見つめ続ける。何を思っているのか。何を感じているのかは本人以外に分からない。それに他人が踏み込んでいい領域でもないだろう。

 

「少女は正義の味方に救われて世界から危機も去って物語はめでたしめでたしで終わりや」

「ハッピーエンドで良かったです……」

「でもな、物語はその後も続くんや。物語の続きってのはええことばっかりやない」

 

 少女も世界も救われたハッピーエンドに胸を撫で下ろすキャロ。しかしながら物語は、人生というものはそこで終わりではない。ハッピーエンドのその裏側を、救われた人間のその後を想像したことがあるだろうか。本当に誰一人として犠牲になっていないと言い切れるのだろうか。少なくともはやての物語は完全無欠というわけにもいかなかった。

 

「娘を犠牲にすることを選んだ父親は娘が救われた後にどうなったと思う?」

「それは……」

 

 娘の無事を喜んで再び仲の良い親子に戻った? もしもその勇気があれば簡単にそうなることが出来たかもしれない。だが、その勇気がなかった場合。娘を犠牲にしようとした罪悪感に耐えきることが出来なかった場合、どうするだろうか。自分の行いは全て間違いだったと突き付けられた父親はどうなるだろうか。

 

「逃げた。娘の言葉も聞かんと罪悪感に襲われて逃げた。自分のことを救えた人を殺してきた人殺しだって言うて何もかもから逃げた」

 

 逃げたという軽蔑的な言葉を使うがはやての顔は悲しみと慈悲に満ちていた。憐れんでいた。逃げるしかできなかった養父のことを。自分の罪深さに絶望することしかできずに、縋るものを全て破壊しつくされた男の生涯を。

 

「最高の結末を導いたはずなのに全ての人が救われたわけやなかった。奇跡が起きたからこそ絶望した人もおった。これはそういう話や」

「でも…でも……それならどうしたらいいんですか? 結局誰かが悲しむしかないならどうしようもないじゃないですか」

 

 スバルがここに来て初めて声を上げる。それは全ての人に笑っていてほしいというあくなき欲望から訪れる苦悩。自分の目の届く範囲の人に笑っていてほしくて全てを救おうとする。だが、この世は全て等価交換。

 

 誰かの笑顔を守るためには誰かに絶望を味わわせなければならない。救えば救うほどに誰かが絶望を味わっていく。今度こそ誰も悲しませないと決めても、結局取りこぼした人間が現れる。どうしようもない。

 

 自分で救う範囲を決めなければ全てを救うことなどできはしない。だが、割り切れない。この世にはまだ苦しんでいる人間が居るというのに自分一人がのうのうと生きるなど耐えられるはずがない。もし耐えられるのなら、初めから正義の味方など目指しはしない。

 

「どうしたらええか。答えなんてない問題が人生にはようけある。だから選ぶんよ、自分が少しでも後悔しない道を。みんなにもいつかその時が来る。その時は覚悟せんとね」

 

 みんなと言っているがこれは実質スバルに宛てたメッセージのようなものだ。選ぶ基準は誰も決めてはくれない。ただ自分自身が全ての責と罪を背負うことを覚悟して選択しなければならない。人間として生きるか、機械のように生きるか、スバルは必ず自分で答えを出さなければならない。はやてはその覚悟を決めろとスバルに告げているのだ。

 

「……ま、話はこれで終わりや。私が言いたかったことはどちらかを選ばんといけんこうなった時は自分が後悔せん方を選ぼうってことやな」

「あの、質問良いですか」

「なんや、言ってみ」

「……物語に続きがあるのなら、その少女は()どうしていますか?」

 

 スバルからの問いかけにはやては面白そうに笑う。その後の選択をした少女は何を選んだのか。その答えを知りたくて問いかけてきたスバルにどことなく昔の自分を思い出したのだ。一呼吸おいてはやては静かに、しかしはっきりとした声で答える。

 

「伝えたいことを伝えるために諦めんと父親を探し回っとるよ」

「そうですか……見つかるといいですね」

「そうやね。おっと、もうこんな時間か。今日は付き合わせてごめんなぁ。今度はもっと楽しい話しような」

 

 はやてが最後に後悔などないといった笑顔で宣言したところで話はお開きになる。部屋から出ていくフォワード陣を見送るとはやては椅子に深くもたれかかる。そこに先ほどの話を聞いてはやてを気遣いに来たのか一匹が音もなく現れる。

 

「んー、いらんお世話やったかな。何だかんだ言ってスバルはある程度立ち直っとったし。あれなら私が何もせんでも一人で選ぶ勇気が持てたかもなぁ」

「…………」

 

 無言で佇む動物に独り言のように語り掛けながらはやては大きく伸びをする。そして机の引き出しからアルバムを取り出し車椅子に乗った自分とそれを押す養父の姿が映った一枚を撫でる。

 

「おるんやろ、おとん。前はまんまとやられたけど今度はそうはいかんよ。うちの子らにちょっかい出す前に捕まえたる」

 

 はやてはスバルからの話で謎の男の正体に当たりをつけていた。というよりは直感的なもので相手が養父であると確信していた。まさに骨肉の争いになるかもしれないこれからの戦いに心配するような目を向ける一匹に笑いかけアルバムを閉じる。

 

「大丈夫、どんなことがあっても……覚悟はできとる」

 

 そう呟き、はやては窓の外に目を向ける。父娘の再会の時は―――近い。

 




自分一人になるとついつい料理の手を抜いてしまうのはよくあること。

次回はようやく予言の内容が書けます。後、ヴィヴィオも書けたらいいなぁ……。

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