八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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三十六話:思惑

 夜の闇に明るい炎がはぜる。人間というものは不思議なことに炎の揺らぎを見ているだけで心を落ち着けることができる。それは遥か昔から人が炎を手に取る勇気を持った瞬間から約束されたことなのかもしれない。

 

 例え、如何なる過去を持っていようとも魂に刻まれた安らぎだけは変わらない。一度死んだ男であっても、心などないと信じる少女であっても、生きる意味すら失いかけたユニゾンデバイスであっても、変わることはない。

 

「……何の用だ、エミヤ」

「仕事の話だ」

 

 だが、そんな安らぎを乱す者が現れる。夜の闇に紛れるような黒いコートに黒いスーツ、黒い髪に黒い瞳。黒一色といった男、切嗣が女性と共に現れる。女性、アインスの方はまるで正反対にするよう示し合わせたかのように闇を打ち消す銀色の髪に白い肌をしている。

 

「通信で話せばいいだろう。わざわざこちらに来る必要もない」

「なに、明日あなたが目的を果たせばもう会うこともない。死に際の別れぐらいは顔を合わせるべきだろう?」

 

 特に拒絶する空気ではないが訪れられた屈強な顔の男、ゼスト・グランガイツは来る必要はなかったと返す。しかし、切嗣はその返しは予想していたのかすらすらと返答する。特に反論はないのか、悟り黙り込むゼストに代わり安らぎの時間を邪魔されたアギトが食って掛かる。

 

「旦那が死ぬっていうのかよ! ふざけたこと言うな!」

「……そうだね。少し言い方が悪かったね」

「すまないな、アギト。切嗣は私がお前とルーテシアと話したいという願いを叶えてくれただけだ」

「アインス、それは……」

 

 流石に子どもに対して言い返すほど冷静さを失っているわけでもなかったので素直に謝る切嗣。そこにアインスが少し悪戯っぽく真の理由を伝える。若干恥ずかしいのか困ったような顔をする切嗣にアギトとルーテシアの視線が集中する。

 

「はぁ……とにかく君は二人と話しておくといい。僕はゼストと話をしてくるよ」

「ああ、そうさせてもらおう。アギト、それにルーテシアいいか?」

「まあ、アインスがそうしたいって言うなら付き合ってやってもいいぞ」

「私も別に」

 

 ガールズトークの邪魔はしないように切嗣はゼストに目配せをしてその場を離れていく。ゼストも不満はないのか一度だけアインスの手を訝し気に見た後に続いていく。

 

 ゼストは基本的に野宿をしていることがほとんどだ。そのため少し進めば森などがありそこまで歩くこともなく話が聞かれない場所まで来ることができる。身分証明書を偽装などすれば簡単にホテルなどに泊まることもできるがあくまでも武人である彼は自らを偽るということを良しとしないのだ。

 

「明日の地上本部での公開意見陳述会にはレジアス中将が間違いなく居る。ようやくあなたの目的を果たせる機会が巡ってきた……が、明日は無理だ」

「……理由は?」

「AMFで囲まれた地上本部に生身で乗り込み、魔法無しに数百人単位でいる警護の者達を相手にしてなおかつ厳重な防壁で封鎖された会議室に乗り込める確率は? そこからさらにレジアス中将と落ち着いて話ができる確率は? ゼロとは言わないが不可能に近い。それでも明日は参加するのか?」

 

 口早に説明された説明にゼストは黙って目を瞑り考え込む。AMFで相手の魔法の一切を封じ込む。それは一見理想の作戦のように見えるがデメリットも存在する。それは戦闘機人とは違うゼストやルーテシア、アギト、切嗣もまた魔法が行使できなくなるという点だ。

 

 ゼストは一線級の騎士である。そのため魔法が使えなくとも数十人程度なら切り伏せられるだろう。だが、魔法が使えなくては数百人単位での相手は無理だ。さらに言えば公開意見陳述会の護衛は精鋭揃いである。肉体的にも相当に鍛えられた者達が警護する。流石のゼストもそれらを相手にして目的を達成できる可能性は限りなく低い。

 

「ルーテシアも参加する。今回は規模も大きい。手助けするにこしたことはない」

 

 しかしながら、ゼストは作戦への加入をためらわない。それはルーテシアの為である。ルーテシアはかつての部下の忘れ形見と言ってもいい存在。それを守り抜くことこそが部下の未来を奪ってしまった自分のせめてもの償いだと思っているからである。

 

「そうか。まあ、僕に止める権利はない、好きにすればいい。参加しないのならあなたにやってもらいたいことがあったんだが仕方ない」

「……エミヤ、一つ聞きたいことがある」

「なんだい?」

「アインスの手の平にできたまめは―――銃を持たせた影響だな?」

 

 夜の闇の中にゼストの声が吸い込まれる。切嗣は無表情のままゼストを見つめ返す。それが答えであった。切嗣はアインスに―――愛する妻に戦場に立たせる訓練を施し始めたのである。誰かを殺し、誰かに殺されるかもしれない死と隣り合わせの戦場に。しかも彼女が魔法を使えないということは結論から言えば質量兵器以外にない。

 

「今までお前は曲がりなりにも彼女を争いから遠ざけようとしてきたはずだ」

「それはどうだろうね」

「そのお前がどういう心変わりだ」

「必要か不必要だけだよ。僕が根拠にすることはね」

 

 お互いに目を反らすことなく話し続ける。どちらも戦場に立ち続けてきた者だ。睨み合いになったところで臆することはなく、弱みを見せることもない。だが、武人であるゼストと暗殺者である切嗣では化かし合いは切嗣に軍配が上がる。

 

 ゼストは目を反らし大きく息を吐く。これ以上は何を言ったところで無駄だろうと諦めたのだ。非武装員が戦場に出るなどという行動に納得がいかない。しかし、本人達が望んでのことであれば止めない。彼はそういったある種の潔さも持ち合わせている。

 

「お前が良いのなら俺もこれ以上は言わん。今の俺は死者、生者に忠告など度が過ぎた真似だ」

「……その言葉はどうかと思うよ、ゼスト」

 

 自らを死者と語るゼストに対して初めて切嗣の表情が変わる。そのことに驚いたのは何もゼストだけでなく、切嗣本人もしまったと顔をしかめていた。

 

「俺は一度死んだ身だ。土に帰る僅かな間を過ごしているだけにすぎん」

「だが、それでもあなたは生きている。理不尽に命を奪われた者が望んだ―――今という時を」

 

 だから、あなたは何があっても生きなければならない。

 そう言われたような気がしてゼストは確かに贅沢な発言だったかと恥じる。同時に目の前の男がそのことを言ったことにとてつもない違和感と憐れみを覚える。切嗣自身もそれは分かっているのか複雑そうに目を背ける。

 

「皮肉なものだな。誰よりも理不尽に命を奪ってきたお前が、誰よりも命の尊さを理解しているとはな」

「そんなものじゃない。ただ……償いという自己満足に浸っていたいだけさ」

「自己満足か……。俺の行動もそうとれんこともないな」

 

 両者共に自嘲気味に呟いた後は不自然な程に痛々しい沈黙が流れる。その空気に耐えかねたのか、それとも用はもうないということなのか背を向けて歩き出す切嗣。ゼストはその背中を黙って見送っていたがその背中がもう見えなくなりかけた所で声を投げかける。

 

「エミヤ、お前の望みは何だ?」

「……世界平和だよ。最高評議会の望む世界を実現するだけだ」

「嘘だな、それはお前の望みではない。望みであれば必ず主体性がある。だが、今のお前は死者のように流されるままだ、それも意図的に。……何を企んでいる?」

 

 今の切嗣は最高評議会からの命令やスカリエッティからの依頼で動いているのがほとんどだ。命令されたことに忠実に従うだけの機械。だが、ゼストの直感は裏に何かかがあることを察知していた。このまま何もせずに終わるような男ではない。

 

 味方や上司を騙してまで何かを成そうとしている。そう感じられずにはいられなかった。切嗣はその懐疑の籠った視線を背中で受けながら二つある月を見上げる。その瞳には鏡のように月が写っているだけだった。

 

 

「人から争いを奪うなんてことは不可能だ。いかなる奇跡をもってしてもそれはできない。でも……人が争いをする必要を無くすことはできる。過去も未来も、そして現在もね」

 

 

 一体それはどういう意味だとゼストが尋ねる前に切嗣は歩き去っていく。

 残されたゼストは一人背中に薄ら寒い何かを感じながら立ち尽くしていたのだった。

 

 

 

 

 

 一人の男が目の前にある大量の宝石のようなものを見つめ笑っていた。赤く輝く結晶に青いひし形の石のようなもの。それらはどちらもロストロギア。レリックはその総数は50個以上、ジュエルシードは現存する12個全て。

 

 これだけあれば世界の一つ二つは簡単に滅ぼせるだろう。だが、そんな無粋な真似に使うのではない。もっと素晴らしいことに使うのだと男、スカリエッティは更に笑みを深める。そんなところにある通信が入ってくる。

 

【スカリエッティ、明日の準備は既に整っているか?】

「これはこれは最高評議会殿。ええ、ガジェットに私の作品たち共に最高の状態。いつでも構いませんよ」

【よろしい。抜かりなく行うように】

「それはもちろん。しかし、最高評議会殿も酷なことをされる。仮にも彼らは身内だというのに」

【より大きな善の為だ。少々の犠牲は構わん。最後に世界が救われればそれでいいのだ】

 

 自分の身内ですら正義の為であれば容赦なく切り捨てる。その冷酷さに、滑稽さにスカリエッティはさらに笑みで顔を歪ませる。想像するだけで楽しくなるのだ、彼らに、自分の生みの親に同じように恩返し(・・・)をすることが出来ると思うと。

 

「くふふふ……そう、新しい世界の為には、あなた方が再びこの世界の指導者として立つためには必要なこと」

【より完璧な平和を実現するには指導者の存在は不可欠。それも絶対的な支持を得た上でな】

 

 しかしながら今は道化を演じなければならない。忠実に仕えるというのも面白い。だが、かごの中に囚われているだけでは鳥は満足できない。既にかごのカギは手の内にある。今は最高のタイミングを見計らっているに過ぎない。彼らが最も絶望するその時を。劇が最も盛り上がるその時を。

 

【では、首尾よく進めるように。必要ならこちらから根回しもしてやろう】

「くくく、ご援助、痛み入ります。ああ、それと評議員殿。私が作った()の出来は如何でしょうか?」

【問題はない。いい出来だ、私としても満足だよ】

「それはそれは、私も嬉しい限りですよ……くふふふ」

 

 スカリエッティの唇の端が一層吊り上がる。全ては計画通り。それは間違いないだろう。ただ、相手が思い描いていた展開とは違ったものになるかもしれないというだけの話。手の平の上で踊っているのは果たしてどちらか。

 

【それでは、くれぐれも失敗せぬようにな】

「もちろん、全ては平和な(・・・)世界の為に」

 

 仰々しくお辞儀をしてみせるスカリエッティに満足したのか最高評議会は通信を切り、姿を消す。それを確認するとスカリエッティは今までの笑いなど我慢していたに過ぎないとばかりに絶叫するように嗤い始めた。

 

「くくくく! はははは! さあ、いよいよだ。最高のショーをこの世界の全ての人間にお見せする時が来たのだ!」

「虚しく終わりを告げる古い世界、いつまでも自分達が支配者であると思い込んでいる古い者よ、終わりの始まりだ!」

私達(わたし)の生みの親へ最高の恩返しをしてやろう。その手で愛したものを壊す甘美な時を」

「存分に味わっていただこうじゃないか……くくく、ふはははっ!!」

 

 スカリエッティの声が暗闇に響き渡る。その声は一部の隙間もなく繋がれているというのに声が変わっているように聞こえ、まるでそこに二人(・・)いるかのように聞こえるのだった。

 

 

 

 

 

 部隊長室ではやてはニコニコとした様子でメールを読んでいた。その様子にツヴァイはいったい誰からなのだろうかと気になり、ふよふよとはやての肩に飛んでいく。

 

「はやてちゃん、誰からのメールですか?」

「グレアムおじさんからや。今度、こっちに来ようと思ってるらしいんよ」

「グレアムおじいちゃんですか。それではやてちゃん嬉しそうだったんですね」

「あはは、そう見えた?」

 

 片手でツヴァイの頭を撫でながらはやては笑う。メールなどを見て笑ってしまうのを人から見られると少しばかり恥ずかしいものだ。しかし、そのまま終わるのも少し癪だったので平気なフリをしてメールに返信内容を打ち込んでいく。

 

「こっちは元気でやってます。二人(・・)も元気なので心配しないでください……と、最後はこんなもんでええか」

「はいです! それじゃあリインはそろそろ支度をします」

「そうやな、明日の公開意見陳述会の警備に夜のうちから行ってもらうんやったな。辛いやろうけどがんばってな」

「ヴィータちゃんもなのはさんもフォワードのみんなもいるから大丈夫です」

「そっか、それじゃあお願いな。私とフェイト隊長とシグナムも早朝に中央入りするからな」

 

 メールを送信し大きく伸びをして立ち上がるはやて。同じように背伸びをするツヴァイ。まるで姉妹のような行動だがここには二人以外の人間はいないので誰も指摘を入れない。もっとも、微笑ましいだけの行動なので笑われるだけだろうが。

 

「公開意見陳述会……なんも起こらんのが一番やけどなぁ」

 

 だが、そんなに甘いことはないだろうとはやてはどこか達観した考えでドアを開ける。その手にリインフォースⅠの残した魔道の欠片を握りしめながら。

 

 公開意見陳述会、様々な思惑が渦巻く中、運命は急激に動き始める。

 




アギトとアインスは結構仲良しです。因みにケリィとは微妙な関係。

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