八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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三十八話:素顔

 

 小さな金属音と共に引き金が引かれる。銃弾が放たれるまでの僅かな時間にフォワード陣は反射的にジグザグに駆け始める。もしも相手の放つものが魔力弾であれば簡単に追尾機能をつけられただろうが生憎質量兵器。しかも拳銃ではその機能はない。

 

 動いている相手に銃弾を当てるのはプロであっても簡単なことではない。そのため不規則な動きを続けていれば相手はこちらに当てることは難しい。しかも相手は宣言通りに殺す気はないらしく足を狙って撃ってきているためにさらに当たる確率は低くなっている。

 

「全員、物陰に隠れながら後退!」

「冷静だな。だが、いつまで保つか」

 

 このままでは勝てないと瞬時に判断をして撤退の指示を出すティアナ。その様子に少し感心したような声を出しながら男は銃を止め、ゆっくりと歩き出していく。既にここは彼の狩場、どこに人が隠れられる場所があるかなど手に取るように分かる。まるでそう語りかける様な足取りに四人は息を潜めながら思考を働かせる。

 

 スバルも男に思うことはあるが気にしていれば一瞬のうちにやられてしまうので今は思考の片隅に追いやっている。魔法を使えない以上はこちらの攻撃手段は限られてくる。また、念話も使えないために連携も取り辛い。

 

 だが、その程度のことで完全に連携が防がれるようなやわな訓練は組んできてはいない。簡単なジェスチャーとアイコンタクトだけでお互いに作戦を伝え合う。こちらに戦う手段がない以上は取れる手は撤退してAMFから切り抜けることが最善の策。場所が分かれば破壊することもできなくもないが敵が分からせてくれるとは思えないためひとまず却下。

 

 三十六計逃げるに如かず、とにかく逃げるしか道はない。だが、やられるばかりで終わるほど素直でもない。何とか相手の裏をかいてやろうとお互いに頷き合い四人は一斉に動き始める。

 

「分かれて動き始めたか。時間を稼いで救援でもを呼ぶつもりか?」

「はぁっ!」

「てやっ!」

 

 一斉に姿を現し、動き始めた四人の動きに男は僅かに目を見開く。ティアナとキャロがまず飛び出して逃げ始めることで敵の注意を向けさせ銃口を向けさせたところで横合いからスバルとエリオが突進を仕掛けてくる。そんな攻撃的な作戦の意図を時間稼ぎかと判断しながら男は迎撃に応じる。

 

「いい連携だな」

 

 右方向から繰り出されるエリオの槍による鋭い突き。それを難なく躱し照準をエリオに合わせようとしたところに左手からスバルの拳が襲い掛かってくる。今度はスバルに狙いを絞ろうとすればエリオからの攻撃で中々攻めることが出来ない。

 

 どちらも魔法によって強化されたものではないが鈍器で殴られることと何ら変わらない。特にスバルに関しては元々の身体能力も高いためにナックルを下手な場所に受ければ最悪死にかねない。そのために安易に攻めることが出来ないのだ。

 

 チラリとこちらから去っていくティアナとキャロを見つめ思考を巡らす。後ろに逃げたところで隊長達と合流するにはここを通らなければならない。さらに言えば彼らはノーヴェとウェンディが元居た場所を去ったことを知らない。そうなれば必然的に挟み撃ちのプレッシャーもかかってくるはずである。

 

(だが、そうは見えない。まだ、何か策があるのか? それともあちらから隊長達以外の救援が来ているのか……いや、今考えることじゃないな)

 

 エリオとスバルの攻撃を最小限の動きで躱しながら男は考える。そもそも自分の目的は隊長達との合流を遅らせること。最大戦力を他の戦場に回さないのが自分の役目だ。できれば捕らえて研究所に招いてほしいと言われているがスカリエッティの願いなど叶えてやる必要はない。少しでも余裕がなくなれば実行する気などない。

 

(このまま避け続けて時間を稼いでもいいが……少々反撃させてもらおう)

 

 一拍の間も置かぬ完璧な連携の前に手を出せないと思わせてもあまり意味はないだろう。ここで反撃をした方が相手の焦りを誘える。そう考え男は反撃に出るための一手を打つ。接近戦では役に立たないキャリコを手放しちょうど膝下の高さにいるエリオの目の前に落下させる。

 

 突如として目の前に銃器が飛んできたために反射的に顔を反らすエリオ。そこにできた隙は微々たるものであった。だが、戦闘においてはその隙は余りにも大きい。連携に生じた一瞬の空白を逃がさず男は大型のナイフを取り出すと共にエリオへと斬りかかる。

 

「くっ!?」

「上ばかり見ていても仕方がないぞ」

 

 ストラーダを盾にしてナイフの一撃を防ぐエリオであったが間髪を入れずに放たれた蹴りを足に入れられてよろめく。そこへ止めを刺すために男が一歩踏み込もうとするがそんなことはスバルがさせない。ローラーブーツを穿いた足で顔面に向けて蹴りが繰り出される。

 

「もう、あたしの前で誰も傷つけさせない!」

「……覚悟は認めるが、まだ力が伴っていないな」

 

 体を無理矢理動かして後ろに大きく飛びながら男はナイフをスバルの軸足目がけて投げる。蹴りの反動を一手に支える軸足は動かすことが出来ない。エリオのカバーも間に合うことはない。間違いなく当たると男が確信した時、ナイフはオレンジ色の光弾によって弾き飛ばされた。

 

「ありがとう、ティア!」

「なに!? なぜ、魔法が……いや、そうか。AMFの範囲外に出てヴァリアブルシュートを使ったのか。これだけの距離を移動させるには四層は必要だろうに、よくやるよ」

 

 本来使えないはずの魔法による攻撃が現れたことで動揺を見せる男であったが種が分かるとすぐに冷静さを取り戻す。ヴァリアブルシュートはAMFを突破する外殻の膜状バリアでくるんだ多重弾殻射撃というものである。 理論としては外部の膜状バリアが相手フィールドに反応してフィールド効果を中和、その間に中身をフィールド内に突入させるものである。

 

 言うのは簡単だが扱うのは中々に難しく大量の魔力消費に精密な魔力制御が要求される。さらにただのガジェットが纏うAMFと違い今回は半径百メートルにまで距離が取られている。その中を突き進ませるために外殻の膜状バリアは最低でも四層は作られているはずである。それでも一度の攻撃で消えてしまう程度しか魔力は残らないのか光弾は塵のように消えていた。

 

 だが、こちらまで攻撃は届くのだ。それが与える戦略的優位性は計り知れない。男はナイフをもう一本取り出しながら遠くで構えるティアナとキャロを睨む。キャロの補助により威力を上げているのだろうがティアナの額には大粒の汗が見られる。しかし、その顔はこちらが優位に立ったことを確信しているのか僅かにではあるが笑っていた。

 

「末恐ろしい子達だ……本当に」

 

 感心したような声を出しながら男は再び隙の無い連携で攻めてきたスバルとエリオに対処する。しかし、今度はティアナとキャロの攻撃にも注意を向けなければならない。四人を相手にいつまでも完璧な防戦ができるわけがない。

 

 ついに男は一瞬ではあるが足を震わせ体を傾かせ隙を見せる(・・・・・)。そこへエリオとスバルが攻め込んでいく、かと思われたがエリオは攻撃するのではなく男の脇をすり抜けるように駆け出してく。

 

「ほう、あくまでも僕を抜いて隊長格にデバイスを届けるのが目的か」

「そう、隊長達のデバイスは全部エリオが持ってる。きっとすぐに隊長達を連れて戻ってきてくれる! そうしたらあたし達の負けはない!」

「まともに戦わずにあくまでも防戦に徹する。勝てないのなら負けない策を立てるか、悪くない」

 

 足止めを破られたというのに全く抑揚を変えない男の声に有利に立っているはずのスバルは何か嫌な予感を覚える。それと同時に男の声をどこかで、遠い昔に聞いたことがあるような胸騒ぎに襲われる。

 

 一体自分の心はどうなっているのだと思いながらスバルは後少しでAMF内から抜け出すところのエリオに目をやる。後、一メートルで抜ける。だと言うのに男はまるで何の問題もないとでも言うように振り返ることもしない。何かがおかしい。気を付けてとエリオに声をかけようと口を開いたところでエリオがAMFのフィールドから一歩足を踏み出す。

 

 

「言い忘れていたけど、AMFを出た所には―――魔力で作った地雷が山ほどあるからね」

 

 

 爆音が壁を揺らし、聞く者の鼓膜を破らんと激しく吠えたてる。火炎は大きくその口を開き、少年を呑みこんでいく。まるで呑み込んだ少年を噛み砕き味わうように、爆発は一度に留まらずに連鎖して続いていく。

 

「エリオ―――ッ!?」

 

 思わず叫び声を上げ助けに行こうとしてしまうスバル。だが、戦闘中にそのような行動をとれば相手の思うつぼだ。今までは手を抜いていたとでも言うように流れるような無駄のない動きで男はスバルの脚の健のある場所をナイフで切断する。

 

 脚に力が入らなくなり為すすべなく膝をつきながらスバルは悟る。男が見せた隙とは相手を罠にはめるために創り出した意図的なものだったのだと。自分達は僅かな隙を突くことで相手に行動と作戦を教えてしまったのだと。

 

「エリオ君! スバルさん!」

「キャロ、今は敵に集中しなさい!」

 

 大切な仲間が立て続けに傷つけられたことに取り乱しそうになるキャロを抑えながらティアナは照準を男に合わせる。ティアナとて内心は怒りと動揺でどうにかなってしまいそうであるが、今は敵を倒すことに集中する。幸いにも敵はこちらを殺さないと宣言している。現にスバルは丁寧に足だけを切られている。

 

 そこから考えればエリオも生きている可能性が高い。そう、信じるようにしてティアナは引き金を引く。多重構造のオレンジの光弾は真っすぐに男を目がけて飛んでいく。その速度は直線的であるがゆえに速い。既に生身の人間に避けることのできる距離ではない。そう―――常人の倍以上の速さで動けなければ。

 

固有時制御(Time alter)――(――)三倍速(triple accel)

 

 突如として掻き消える男の姿。自分の目がおかしくなったのかと一瞬瞬きをするティアナ。そしてもう一度目を開いたときに目の前に見えたのは姿が確認できないほどの速度で自分達の下へ移動してきた男の姿だった。

 

「まずい! 逃げ―――」

「られるとでも思っているのかい?」

 

 肉体を撃ち抜かれた焼けるような痛みが足から脳まであっという間に届く。男もAMFから出たことで魔法の使用が可能となり自らのデバイスで撃ってきたのだ。しかし、まだ自分には手が残っているとティアナとキャロは歯を食いしばって男に反撃を行おうとする。だが――――

 

「その気合は認めるけど、既に君達は詰みだよ」

 

 その手も容赦なく撃ち抜かれる。吹き出す血が少女達の顔を染めるのを無表情に見つめながら男は作業的にバインドで二人を縛り上げる。そしてAMFを解き一ヶ所に集めるためか二人を運び、残る二人の下に向かう。

 

「……地雷は最後って言ってましたよね。あれは嘘だったんですか…?」

「クレイモア地雷はあれで最後だった。魔法の方は何も言っていない。嘘はないよ」

「くっ……」

 

 戦闘を開始する前に『クレイモア地雷も今ので最後だ』という発言をしていたことを尋ねるティアナであったが詐欺まがいな回答を返されギリリと歯ぎしりをする。相手は最初からこちらが取るであろう作戦は全て予想していたのだ。それに敢えて乗ることで逆にこちらを策にはめていたにすぎないのだ。

 

 相手の方が一枚も二枚も上だったと悟るがもう遅い、こちらは敗北したのだ。そう諦めた時、不意に男が若干慌てたように体を動かした。一体何がと思い目を向けてみるとそこにはフラフラと揺れているものの何とか立って男に攻撃を仕掛けるスバルの姿があった。

 

「まだ……諦めない」

「驚いたな。健を切ったのに動けるのか、スバル・ナカジマ。いや、神経ケーブルの強度に阻まれたのか? だが、無意味な抵抗は止めておいた方が良い。また、新たな犠牲を出したくないのならな」

 

 これ以上攻撃を仕掛けてくるようならば二人を殺すと告げるように男は銃口を二人の前にチラつかせる。悔しそうに歯を食いしめるスバルであるが相変わらず反抗的に男を睨み付ける。その目には怒りと共に疑問の色があった。

 

「以前にあなたと会った後から考えていました。あなたがあたしに言った言葉の意味を」

「人間になりたければ理想を捨てろ、そう言ったかな。結局、君は人間になるのかい? それとも機械として生きていくのかい? 正義の味方なんて借り物の理想を抱いて」

「その前に一つ教えてください。あなたはどうしてあたしを救おうとしてくれたんですか?」

 

 男の瞳が驚いたように見開かれる。まさか気づくとは思っていなかったという目にスバルは自分の考えが正しかったのだと理解する。男は足元に居るティアナとキャロやまだ回収していないエリオのことなど眼中にないようにただ思いつめた様子でスバルだけを見つめる。その瞳の映る絶望の深遠さに呑まれないようにスバルは睨み返す。一秒、一分、はたまた一時間も分からぬ時間睨み合った後、遂に男が口を開く。

 

「後悔だ……全てに対する後悔だよ。正義の味方という愚かなものを目指した後悔ゆえに同じ破滅の道を行く君を許せないんだ」

「後悔…? 何で後悔なんてするんですか?」

「……知る必要はないよ。君はただ理想を捨てて人間らしく生きればいい」

「それじゃあ、答えになっていません! 知りたいんです。でないと何かを選ぶことなんてできません!」

 

 答えようとしない男にスバルは一歩も引きさがらないという目をして叫びかける。その瞳に男は何か眩しいものを見るように目を細める。かつて自分にもこのような時があったと思いながら息を吐く。もはや人質の二人ことなど頭にない。エリオに至ってはどうせ動けないだろうと考え確認しようともしない。そんな男にスバルは更に追い打ちをかけようとするが先に男が口を開く。

 

「知りたいんだな? 全てを。これから先に見る地獄を、君は見る覚悟があるんだな?」

「……はい」

「いいだろう。なら、まずは君の理想の根底にあるものを砕いてやろう。ああ、以前の時にもこうすればよかったんだ」

 

 どこか呆れたように冷ややかな声を出しながら男は顔を隠す布に手をかける。遂に素顔をあらわにするのかとその場に居る者達の視線が男に集中する。自分の理想の根底にあるものを砕くとは一体どういうことなのかとスバルは唾を飲み込む。

 

「君はあの空港火災の犯人は誰か知っているかい?」

「その言い方、まさか……あなたが…!」

「ああ、そして……もう一つ。君はこの顔を―――覚えていないかい?」

 

 顔を覆う布が完全に取り払われ男の素顔が明らかになる。

 

 

 ―――その顔を覚えている。

 

 

 目に涙をため、生きている人間を見つけ出せたと、心の底から喜んでいる、男の姿を。その顔があまりにも嬉しそうなので、まるで救われたのは自分ではなく、男の方ではないかと錯覚するほどに。死の直前にいる自分が羨ましく思えるほど、男は何かに感謝するように、ありがとう、と何度も何度も繰り返した。忘れるはずなどない、その顔は自分の理想そのもので、憧れで、自分を救ってくれた―――正義の味方だった。

 

 

「これで分かっただろう。君の理想は最初から―――壊れていたんだ」

 

 

 衛宮切嗣はかつて自らが救った少女の前に、此度は敵として再びその顔を見せたのだった。

 







切嗣「はやては君の理想の真実を言わなかった」
スバル「部隊長は十分話してくれた! あなたは理想の真逆に居る人だと!」
切嗣「それは違う。僕が……君の理想だ」
スバル「嘘だァアアッ!!」

実はこういう展開にするつもりだったんだ(大嘘)


ついでに。

アインス「私が……主の母です」
はやて「噓やぁああッ!!」
アインス「そして妹よ。お前が……主の叔母だ」
ツヴァイ「嘘ですぅううッ!!」

こっちは本編でやるかも(真顔)

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