八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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四十話:戦況

 

 切嗣とフォワード陣が戦闘を行っている中、時を同じくして機動六課本部にも敵の魔の手が伸びていた。大量のガジェットに戦闘機人。ボーイッシュなオットーに同じ顔だがこちらはロングヘアーのディード。二人の戦闘機人に対して対抗できる力を持っているのは現状の六課にはシャマルとザフィーラの二人しかいなかった。

 

 サポートのプロにディフェンスのプロ、だが所詮は二人。双子であるディードとオットーの戦闘機人コンビは相手の体力が切れるまでじっくりと攻めていくつもりであった。計算通りならば既に二人は倒れているはずである。だが、あろうことか二人はまだ立って必死に防衛線を守り続けている。如何にして二人は耐えしのいでいるのか。その答えは単純明快、彼らは二人ではないからである。

 

「何とか凌げてるわね……」

「だが、このまま長期戦が続けばこちらが不利だ」

「とにかく耐えよう……」

 

 シャマルとザフィーラの横に並ぶのは仮面を着けた男。男はガジェットが近づいてくるのを見つけるとどこからともなくカードを取り出し、ガジェットに投げる。カードは魔法をあらかじめ仕込んでおく使い捨てのデバイスのようなものである。カードから周囲に拡散する魔法弾、クラスター爆弾のようなものが放たれ、ガジェットを一掃する。しかしながらガジェットは未だに数え切れないほどにいる。

 

「キリがないな。ザフィーラ、鋼の軛で一掃できないか?」

「相手がただの巨体ならやるのだが、あれは良く動く虫のようなものだからな」

「それにあの子達を自由にさせるわけにもいかないものね」

 

 仮面の男が一掃できないかと相談するも流石のザフィーラにも無理である。敵が闇の書の闇のような存在であれば一気に引きちぎるような攻撃もできたのだが、小さなガジェットでは大技を使ったところで魔力の無駄でしかないだろう。打開策は依然として耐えて救援を待つことのみである。

 

 一方のオットーとディードの方も中々攻め切ることが出来ずに困惑していた。そもそも仮面の男という存在は事前情報には全くなかったものである。だと言うのに、あらかじめこの場所で張っていたかのように現れ、こちらの妨害を行い始めたのだ。さらに、三人の様子から考えれば知らない間柄ではないと知ることが出来る。しかし、やはり情報には載っていないのである。

 

「事前情報にはあなたの存在はありませんでした。何者ですか、仮面の紳士?」

「聞かれて答えるとでも? まあ、一つ言えることは()は気楽にどこにでも現れるものだよ」

「猫?」

 

 一体何者かと問いかけるディードであったが、軽く躱されてしまう。少しだけムッとなるが、そもそも仮面で自分の顔を隠している人間が自分の素性を簡単に明かすわけもない。そう考え、思考をクリアにする。彼女とオットーは元々人間的な感情を抑えめに作られている。

 

 故に何も考えない状態に戻すのはそれほど難しいことではない。ただの機械のように自分に与えられた使命だけを忠実にこなす。そこに疑問を感じることもなければ不満を抱くこともない。人と機械の中間というよりは機械に近い存在である。

 

「ツインブレイズ、これで終わらせます」

「レイストーム、落とすよ」

「来るぞ!」

「しかし、こうしてあなた達と隣り合って戦う日が来るとはね……」

「そういう感慨深いことは後で話しましょ」

 

 二本の光剣を握るディードに緑色のエネルギー破を拳に宿すオットーと相対るすザフィーラ達。そんな自分達の様子がおかしいのか、複雑そうな声で仮面の男は呟く。その声は確かに男のものであったがどこか女性らしさを感じさせるような弱さがあった。

 

 それに気づいたシャマルが後で話そうと促し、気持ちを切り替えさせる。彼女達の間には一言では言い表せない複雑な事情がある。しかし、今それを意識して戦い、油断を見せれば明日には両方が棺桶に入っていることだろう。

 

「ここは主はやての、部隊員の帰る場所! 必ずや守護してみせる!」

 

 ザフィーラの雄叫びを合図として両者は激しくぶつかり始めるのだった。

 

 

 

 

 

 地上本部会議室、つい数時間前までは白熱した議論が行われていたここも突如現れたスカリエッティ達の攻撃によりその姿を様変わりさせていた。外からの侵入を防ぐ頑強な扉は皮肉にも自らを閉じ込める檻となり管理局の重役達を閉じ込めていた(・・)

 

 そう、今は過去形である。重役達といえども緊急事態に椅子に座ってふんぞり返っているだけではない。外からの有志と協力をすることでなんとか扉をこじ開けることに成功したのだ。扉が開いた以上はいつまでもここに居る必要もない。すぐにでも全員が出ていく、というわけにはいかず、会議室に居た人間の半分以上は未だにその場にとどまっていた。

 

「外の状況はどうなっている? そもそも相手は何者だ?」

「外の様子は各地に居る部下から情報を集めて情報を整理しているところです。敵は情報によると戦闘機人とガジェット、裏にはジェイル・スカリエッティがいる可能性があります」

 

 それは少しでも新しい情報を得るためである。これからの対策を練るために、少しでも利益を得るために、この不祥事を利用するために。各々が様々な思惑を巡らす中、情報を最も多く握る者が会議室の中央に居た。

 

 テロの鎮圧にあたっている機動六課の部隊長、八神はやてである。現状、はやては状況を説明するという役割を担っているために戦闘に出ることも指揮を執ることもできない。だが、それは本来ならばの話である。自ら率先して最新の情報を集めてそれを公表しここに居る者達に利益を与える。

 

 一見するとはやてには利益が無いように見られるがそうでもない。彼女は情報を整理して公表するという名目をもって各地で戦闘を行っている部隊員と連絡を堂々と取り、尚且つ秘密裏に指示も出しているのだ。勿論、その程度のことを見抜けないような清廉潔白な人間などここにはいない。だが、自分達に利益がある以上は見て見ぬふりをする。

 

 あのレジアスでさえ、黙っておくのが自分にとっても最も利益のある行動だと踏み何も文句を言っていないのだ。もっとも、文句を言えば逆に正当な職務を妨害しようとしたとして後で晒しあげられるか、裏切り者だと冤罪をここぞとばかりに被せてくるだろうが。

 

「地下にて機動六課の部隊長と隊員数名が敵と戦闘中、敵は戦闘機人三名、純魔導士一名。ミッド中央上空では副隊長、曹長がオーバーS(・・・・・)ランク魔導士とユニゾンデバイスと戦闘中。機動六課本部に戦闘機人とガジェット襲撃、隊員が防戦中。ガジェットの群が複数ミッド上空を旋回、正し被害は今のところなし」

 

 まとめた情報を述べつつ一ヶ所だけを強調して読み、傍に控えていたシグナムに目配せをする。その意図を読み取ったシグナムは誰にも悟られぬように静かに動き、ヴィータとツヴァイの援護に向かい始める。

 

 得られた情報を伝えてはいるがそこに仮面の男になりすました二人の女性のことは入れていない。あらかじめ彼女達のことはこちらに伝えないように言ってある。そもそもどこに行くか自体は二人の経験に任しているのだ。違反に近い行為だがばれた場合はたまたまその場にめぐり合わせて援護に入ったと白を切るつもりだ。

 

「さてと、こっからは……みんなを信じるしかないな」

 

 万全とは言い難いが出来得るだけの策は講じた。できることはもはや天に祈る程度だろうとはやては感情を鎮めるように目を瞑るのだった。自分のすぐ下に追い求めた人が居るのを我慢するために。

 

 

 

 

 

 地下通路にてなのはから現状、六課とスカリエッティ側は均衡していると伝えられる切嗣。思い通りの展開になっていないことに表情を歪ませる切嗣。一体誰が援護に向かっているかは切嗣の知るところではないが手練れであることだけはなのはとフェイトの表情から察する。

 

「時間はかけたくないんだが……その様子だと僕を逃がす気はないようだね」

「人質を取っていてもここから動けないのならあなたに勝ちはありませんから」

 

 フォワード陣は間違いなく切嗣に人質に取られている。だが、人質が居るだけでは切嗣もどうしようもないのだ。逃げ道を確保することができなければいつまでもここから離れられず、時間をかければ敵に囲まれかねない。

 

 これが一般人を人質に取っているのならばいくらでも粘れるかもしれないが、人質が局員である以上はそれもできない。局員である以上は覚悟の上とされて命を危険に晒す突撃などを行われる可能性が高くなる。人質の優位性が無くなれば犯人に勝ち目などない。

 

 それを十二分理解しているからこそのフェイトの発言である。切嗣はあの少女が良く成長したものだと考えながら脱出のための計画を立て始める。既に切嗣の頭にはまともに戦うという考えはない。不利になれば逃げる、それだけである。

 

「大人しく捕まってください。あなたも、もう何の意味もないことだとわかっているはずです」

「……黙れ。僕が止めない以上はこれは意味のある行動だ」

「間違いは正すことが出来ます。やり直すことだって不可能じゃない」

 

 フェイトの説得に対して敵意をむき出しにして反論する切嗣。確かに切嗣が今なお人を傷つけ続けているのは間違いだろう、意味のない行為だろう。だが、切嗣だけはそれを認めることが出来ない。自分がそれを認めてしまえば今までの犠牲を踏みにじることになる。それだけは認めることが出来なかった。

 

「もう、何もかも遅すぎる。僕は僕の方法で世界を平和にするしかない」

「あなたのやり方で世界が平和にできないのはあなた自身が分かっているはずです!」

「……いいや、方法はある。僕の願い(・・)を叶えることは不可能じゃない」

 

 そう言い切る切嗣の深淵の瞳に底知れなさを感じ、思わずなのはとフェイトはひるんでしまう。一体何を見つけたのかは二人にはわからなかった。しかし、二人には切嗣が願いを叶えられるというのに欠片も喜んでいないということだけは分かった。

 

 本当に願いが叶う間近だとしても喜びの表情が欠片も見えてこない。また、望まぬ何かを行おうとしているのではないかと勘ぐってしまうのは仕方のないことだろう。

 

「何をやるつもりなんですか?」

「敵が計画の内容を教えるわけがないだろう」

「はやてちゃんにもですか?」

 

 はやてという言葉が出てきた瞬間にこれでもかとばかりに表情を歪める切嗣。その様子からは彼が娘のことを割り切れていないことがありありと見て取れた。なのははそこに希望を見出しさらに声をかけていく。

 

「なぜ、ここではやての名前が出る。僕はあの子のことなんてどうとも思っていない」

「うそだよね。だってあなたは―――はやてちゃんのお父さんだもの」

 

 なのはの言葉にフォワード陣が全員息を呑む。一方の切嗣は何かを言い返そうとして口を開けては何も出てこずに口を閉じるという行動を繰り返す。あの頃に比べて随分と脆くなった。体は機械のように動いてはくれずに感情が先走り物事を完全に隠すことが出来ない。だが、それでも、彼は誤った道を歩き続けなければならないのだ。

 

「会いに行ってあげてください! はやてちゃんは待ってます! はやてちゃんに会えば何かが変わります!」

「確かに……はやてなら何かを起こすかもしれない。でも、そうなるわけにはいかないんだ」

「もう悲しいことはやめても良いんです! あなたはそんなことを望む人じゃないでしょ!」

「……いいや、分かっているはずだ。僕は家族だって(・・・・・)利用する人間だとね」

 

 話はこれで終わりだとでも言うように切嗣はスバルの首筋にナイフを押し当て、盾に取る。もう引き戻させることはできないのかと歯噛みしつつ、なのはとフェイトは戦闘態勢を取る。スバルを単独で人質に取ったということは動きやすくし、この場から逃げるということだ。はやての為にもスバルの安全のためにもこのまま逃げさせるわけにはいかない。

 

 しかし、フェイトには一つ気になることがあった。スバルの脚はとてもではないが素早く動けるものではないのだ。切嗣自身が切ったことでまともに歩くことは難しくなっている。だと言うのにスバルを人質に選んだ。切嗣がわざわざ足手まといを連れていくとは思えない。たまたま近くに居るスバルを選んだのか、元々それが目的なのか、もしくは―――

 

「なのは! すぐに抑えないと逃げられる!」

「良く分かったな。だが、もう遅い」

 

 事前にヴィータから聞いていた情報を思い出し慌てて確保に向かおうとするが時すでに遅し。地面の中からセインが飛び出てきてそのまま切嗣とスバルを掴んで再び地面に潜り込んでいく。スバルは最後の抵抗を試みるが後頭部をナイフの柄で殴られ気を失いそのまま連れ去られてしまう。その余りの手際の良さにフェイトは思わず貌を歪めて悔しがる。

 

「スバルッ!? すぐに追わないと!」

「ティアナ、待って。その体じゃ追えないよ!」

「でも、なのはさん、スバルが…ッ!」

 

 スバルが連れ去られたことで普段の冷静さを失い今すぐにでも追おうとするティアナだが足と手を撃ち抜かれた彼女ではとてもではないが追えない。悔しさのあまり噛みしめた唇から血を流しながらティアナは俯く。

 

 なのはも冷静を保つようには言ったが内心では少なからず焦りと悔しさが生まれていた。だが、相手を追おうにも地下に潜りこまれてはどうしようもない。魔法ではない技術の為に探知もできない。

 

 地下ごと破壊してしまうという手もあるがこんなところで使えば例え非殺傷で相手が傷つかなくとも瓦礫などで潰れて死んでしまう。相手の目的地さえわかればなんとなるのだがそれが分かっていればこんなところにはいない。現状、打つ手なしである。

 

「とにかく一度情報を整理しないと―――」

【―――こちらグリフィス、至急救援を求めます!】

 

 さらに悪いことは続くものである。六課の留守を任されていたグリフィスから救援の連絡が届く。先程までは何とか防衛線を維持していたものが破られたということは何かがあったということに他ならない。

 

「一体何があったの? グリフィス君」

【敵と戦闘中に新たな敵が―――大量のタンクローリーに突撃され隊舎が破壊されました!】

「……え?」

【さらにAMFで囲まれてこちらの戦力の大部分が削られ―――】

「グリフィス君!?」

 

 余りにもあんまりな現状報告に思わず気の抜けた声が出たところで通信が途切れる。どこの誰がそのような常識外れの戦術を行ったかなど考えなくともわかる。しかし、幾ら何でも逃げてからの時間が短すぎる。本人ではなく、別の誰かが代わりに行ったと考えるのが妥当だろう。急いで救援に向かうために準備をしながら頭を悩ませる。

 

「一体、誰なの?」

 

 なのは達が呆然と呟いた時、機動六課には雪のような肌(・・・・・・)に反発するような黒い銃を構えた女性が現れていたのだった。

 





タンクローリーについては次回に詳しく。

それと九州にお住いの方はご無事でしょうか?
私の住んでいる地域はついさっきも揺れましたが大丈夫です。

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