八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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四十三話:挑発

 

 ―――どうしてこうなった。

 

 レジアスは苦悶の表情を浮かべて頭を抱える。今回の地上本部襲撃はただのテロではない。裏切られた末のテロだ。スカリエッティとは今まで好待遇で取引を行っていた。普通であれば縁を切られることはあっても敵対することはない。

 

 だが、普通という言葉が狂人に当てはまるわけもない。現実としてあっさりと裏切られ自分はピンチに陥っている。それどころか死んだはずの親友までもが生きているという信じられない事実にこの年にもなって泣きたい気分になってくる。

 

「ええいっ! なぜこんな時に限って最高評議会からは何もないのだッ! 今回のスカリエッティの行動はあの方達からしても不利のはずだッ!!」

 

 不安や動揺を打ち消すようにレジアスは声を上げ、机を叩き付ける。幾ら地上と言えど今回のテロは管理局全体の信頼を脅かすものだ。今テレビではこぞってテロを許した管理局の現体制の甘さについて評論家が好き勝手に語っているところだろう。

 

 せっかく、今まで何十年もかけて積み上げてきた管理局への信頼を今回の件で壊されかけたのだ。幾ら直接的なダメージが無いからとはいえ最高評議会も黙っていられないはずである。だというのに自分の下には何一つ連絡が無い。一体どういうことなのかと叫びたくもなる。

 

「答えてあげようか?」

「―――誰だッ!?」

 

 突如として背後から聞こえてきた声に立ち上がり叫び返すレジアス。その姿は老いていても迫力のあるものであったが、相手は特に気にすることもなく皮肉気な笑みを浮かべるだけである。

 

「衛宮…切嗣…ッ!」

「何年ぶりかな? レジアス中将」

「何の用だ!? そもそもどこから入ってきた!?」

「あなたが知りたいことを教えるためさ。それとこれはホログラムだよ。もっとも、セキュリティ的には侵入したことに変わりはないけどね」

 

 激昂するレジアスの神経を逆撫でするようにどこか馬鹿にするような口調で語る切嗣。すると面白いようにレジアスの形相が凄まじいものに変わる。それを冷ややかな目で見つめながら切嗣のホログラムは口を開く。

 

「連絡が無い理由は考えれば三つしかないだろう。一つはもう取る力が無い、二つ目は取る必要が無い程に信用されている。そして三つ目は―――見捨てられたということさ」

 

 最後の言葉を強調して語る切嗣にレジアスは驚愕の表情を浮かべる。最高評議会に取り入ってここまで這い上がってきた。自分の方も利用されていることは百も承知であった。しかし、自分が捨てられることは想像もしていなかった。

 

 どんなにやり方が汚くとも、時に反発しようと目指す場所は同じだと思っていた。共に人々を守る為に邁進してきたはずだ。それが捨てられるなど、裏切られるなど信じられるはずがなかった。

 

「ふざけるな! 最高評議会はわしの味方だろう!? 貴様のような薄汚い犯罪者ならばともかく、わしは地上部隊の中将だぞ!」

「薄汚い犯罪者なのは否定する部分が欠片もないが……あなたは一つ間違っている」

 

 レジアスの侮辱的な言葉にも特に何も思わず、むしろ当然だと受け入れながら切嗣は返す。その顔は相手を憐れむような表情でいてどこか道化を見るような笑いがあった。あまりにも場違いな表情にレジアスは思わず怒りを鎮め呆然とその顔を眺めてしまう。

 

 同時に頭の隅である恐ろしい考えが浮かぶ。自分はとんでもない勘違いを今までしていたのではないかと。同類だと思っていた人間はその実、人間と呼べるような存在ではなく、ただの化け物だったのではないかと。

 

 

「最高評議会が味方をするものは一つ―――“正義”だけだよ」

 

 

 それ以外の全ては正義の名の下に切り捨てる。彼らはそれ以外の機能を持ち合わせていない。公正さの怪物。人を見ることなどない、平等に人類にとって有益か否かで判断する。切り捨てる者の中に愛する者が居ようが自分が入っていようが関係はない。平穏(現状)を乱す者は容赦なく排除する。それが―――正義の味方(・・・・・)

 

「あなたは身近な人間を見ている。この世界を守ることを優先し、他の世界に目を向けなかった」

「何を……それが当たり前だろう。足元すら固められずに何を守れるというのだ!」

「ふ……だから理解できていないんだ。最高評議会は数字以外で人間を判断しない。どこまでも平等で残酷だ」

 

 レジアスと最高評議会はそもそもが相容れぬ存在だ。過激で冷酷な判断をすることは同じでも目標とするものが違い過ぎる。レジアスは愛するミッドチルダを守るために尽くし、最高評議会は名も知らない救う義務すらない大勢を守る。

 

 共に理想を求める手段は同じかもしれない。しかし、到達地点に抱くイメージが余りにも違い過ぎた。そこに気づくことが無かったが故にレジアスは良いように利用された。利用しているつもりが結局は操られていたのは自分だったという滑稽な道化(ピエロ)だ。

 

「そんなはずは……そんなはずはない! わしは―――」

「ゼスト・グランガイツ。あなたは親友が生きていたという理由だけであれだけの動揺を見せた」

 

 自分は最高評議会と同じで目的の為に大切な者を犠牲にできない程弱くない。そう言おうとしたが切嗣からゼストの名前を出されて押し黙る。共に夢を語り合った親友を失いたくなどなかった。自分に出来得る限りのことをして彼を危険から遠ざけようとした。

 

 しかし、彼は逆に不審に思い首を突っ込んでしまい帰らぬ者になったはずだった。あれからどれだけの罪の意識と自責の念に悩まされたかなど覚えていない。過去を変えられればと願ったこともないわけではない。それだけの想いがあった。

 

「彼らは知り過ぎた。それ故に消さなければならなかった」

「まだ遠ざければ何とでもなったはずだッ! ゼストの部下にしても家族を人質に取ればどうにでもできたはずだッ!!」

「生きている限り計画の情報が洩れることもある。ああ、1%でも大勢の人々を危険に晒す可能性があるのなら排除しないとね。だってそれは―――正しい(・・・)ことだから」

 

 自嘲気味に笑いながら切嗣はかつてスカリエッティに語った言葉と似た言葉を吐く。とうの昔に正しいだけでは何も救えないと理解している。絶望的な状況でも奇跡を起こせる存在を知っている。だが、それでも、ある願いを叶えるために間違った選択を選び続ける。

 

 そんな切嗣の姿にレジアスは遂に自分と彼らが全く別の人種だと理解する。否、同じ種だとは思えなかった。―――馬鹿げている。確かに自分も正義を成そうとしてきた。しかし、あくまでも現実的な範囲でだ。幾ら犯罪者が嫌いだと言っても皆殺しにしようなどとは思わない。

 

 だが、彼らは違う。世界中の犯罪者が消えることで過半数以上の人間が救われるのなら愛も憎しみもなく殺し尽くすだろう。そして自分達が最後の犯罪者になれば戸惑うこともなくその心臓を止める。何もない、何も生み出さない。利益などは一切生まれず夢だけが叶う。

 

「愛する者を踏みにじることを戸惑うようじゃあの脳味噌共(・・・・)の仲間にはなれないよ」

「くっ…!」

 

 俯き拳を握り締めるレジアスにどこか達観したように言葉をかける切嗣。その言葉遣いは今まで敬意を払っていた最高評議会のことを軽蔑するものになりどこか素の彼が滲み出ていた。

 

「それと……お節介だが、もう少し人を疑うことを覚えた方が良い。身内意識が強すぎるあなたには部下を疑うことなんてできないかもしれないけどね」

「……どういうことだ。地上部隊に貴様ら側の人間が居るとでも言うのか?」

「さあね。ただ、あなたを疑心暗鬼にさせるための罠と思った方がいいかもしれないよ」

 

 最後の言葉を残しホログラムは消え去る。残されたレジアスは様々なことに頭を悩ませ椅子に深く座り込む。そして先程よりも途方に暮れて再び頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 目を覚ますと見知らぬ部屋だった。そう言えば入院した時もこんな目覚めだったなと思いながらスバルは意識を覚醒させる。真っ先に思い出したのは後頭部をナイフの柄で殴られた鈍い痛みだった。そこまで思い出したところで勢いよく起き上がる。

 

 丁寧に掛けられた毛布が剥がれ落ちるが気にしない。体を動かし拘束されていないか確認するがどうやら相手は何もしていないようだ。続いて部屋の中を確認する。医療道具らしきものがいくつか置かれているだけで殺風景。扉は自分の横手に一つ。

 

 デバイスのマッハキャリバーを探すが流石に取り上げられたのか見当たらない。すぐに逃げ出すべきか状況を把握するべきか迷っているところで扉が開かれる。すぐにでも戦闘が出来るように体の筋肉に力を入れたところで固まってしまう。それは入ってきた相手が余りにも見覚えのある姿をしていたから。

 

「ああ、目が覚めたのか。気分はどうだ?」

「リイン…曹長?」

 

 見覚えのある銀色の髪に特徴的な前髪。違いと言えばバッテン印の髪飾りが着いていないことぐらいだ。しかし、他の部位を探せば違いは多く見つかる。ツヴァイの空色の瞳と違い彼女の瞳は夕焼けのような赤さを持つ。

 

 何より、体の大きさが違う。ツヴァイは基本的にミニチュアサイズで手の平に収まる大きさだ。そして見た目年齢も6,7歳程度。だが、目の前にいる彼女は平均的な女性よりも少し大きいぐらいの伸長で、尚且つ明らかに成熟した女性だ。ついでに言えばかなりグラマラスな体型である。

 

「曹長? ああ、後継機のことか。私はリインフォースⅠ、簡単に言えば彼女の姉だ」

「リイン曹長のお姉さん…?」

 

 詳しい事情は分からないが道理でよく似ているわけだと納得するスバル。同時に身内の身内だと分かり体の力を抜く。その様子にアインスは少し微笑みながら持ってきたお茶をお盆から取り、スバルに渡す。

 

「喉が渇いただろう」

「あ、ありがとうございます」

 

 お茶を渡されたことで喉が渇いていることに気づき一口お茶を飲む。喉が潤う感覚にちょっとした幸福感を感じながらスバルはもう一度アインスを観察する。こちらに対して特に気負うことなく笑顔を向けながら椅子に座る姿はさながら一枚の絵画のようだ。

 

 ツヴァイも成長すればこのような人になるのだろうかと思うが性格のせいかイメージが湧いてこない。彼女は人形のような整った美しさを持ちながらもどこか人間らしさを感じさせる。今もお茶を飲む自分を見てクスリと笑っているところなど実に人間らしい。

 

「しかし……毒が入っているとは疑わないのだな」

「へッ!?」

「冗談だ」

 

 突如として物騒な言葉をかけられ思わずお茶を吹き出しそうになる。すぐに冗談だと分かり何とか抑えることに成功するが冷や汗をかいたことには変わらない。そんなスバルの様子にアインスは今度は悪戯が成功したとばかりに可愛らしく笑う。まるで子どもような仕草に起こるに怒れずにスバルはどうしたものかと困ったような表情を見せる。

 

「すまないな、簡単なコミュニケーションをとろうとしただけだ」

「心臓に悪すぎます……」

「そうなのか? 旦那の場合『君に殺されるのなら喜んで』とジョークで返してきたのだが」

「旦那さんゾッコンですね……というか結婚していたんですか」

「ああ、困ったところもあるが自慢の夫だ」

 

 これが惚気かと遠い目をしながらスバルは息を吐く。同時にこんなにも美人で可愛らしい奥さんに愛されているその旦那さんはさぞ幸せだろうなと思う。しかし、彼女はそれがとんでもない思い違いであることにすぐに気付くことになる。

 

「夫と言えば……迷惑をかけたな」

「え? 何がですか?」

「その―――頭の傷は痛まないか?」

 

 時間が停止する。頭の傷とは自分がはやての父親と呼ばれた人物に殴られた傷に違いが無い。だが、そこから目の前の女性に結びつくことなどなかった。どう見ても無害そうな女性なのだ。しかし、自分を傷つけた相手を夫と呼んだ。つまりは敵だと意識した瞬間にアインスを睨み付ける。

 

「そう警戒しなくても大丈夫だ。私はお前に危害を加えない。そもそも今の私はお前よりも弱い」

「……説明してください。どういうことなのか」

「何をだ? 私に答えられることなら構わない」

 

 いつでも動けるように体に力を入れながらもスバルは動くことができなかった。どういうわけか目の前の女性を傷つける気になれない。本当に相手にはこちらを害する気が無いのではと信じかけてしまう。何よりも今の話から考えればはやての父親の妻であるならば必然的にはやての母親となる。一体、どういうことなのか。

 

「教えてください。どうして家族同士で敵対しあうなんて悲しいことをしているのか」

「……いいだろう。そうだな……全ては私が主の下に来たことが始まりだな」

 

 スバルの真摯な瞳を見て、アインスはゆっくりと語り始めるのだった。

 遠くて近い、あの頃の思い出を。

 





ツヴァイ「―――リインは叔母さんでは、ない……ない、のです……!」

リインフォースⅡ最後のセリフ(大嘘)



それと関係ないですがFGOやってる人は感想でネタばらししないでね。
アサシンエミヤの正体にワクワクしてる作者にばらさないでね。
設定だけで短編書けるぐらいワクワクしてるからお願いだよ。
もう、CVの時点で叫び声を上げたけどストーリーによる詳細はまだだからばらさないでね。
トマトルテとの約束だよ?

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