八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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四十九話:変動

 

 息が上がるのを押し隠し平気なフリをする。こちらの疲労は大きいというのに相手の疲労は少ない。自身の雷の性質を持つ技は当たってもその力を半減される。恐らくは電気そのものをシャットダウンする技術を用いているのだろう。戦闘機人らしい機械的な能力に歯がゆい思いをしながらフェイトはバルディシュを高く掲げる。

 

「いい加減に理解してください。私達にはあなたを害する気はないのです」

「こっちにもない。でも、これは私が私であるために必要なこと。だから、そっちに降りる気はない」

 

 トーレが少し疲れたような声で告げる。確かにトーレとセッテにはフェイトを殺すような意図はない。スカリエッティからの命令もあるが、彼女達にはスカリエッティの技術で生まれた者達はみな姉妹という認識がある。そのために力で押していながらも本気で倒そうという意思がないために未だに戦闘が続いているのだ。

 

「いやはや、その頑固さは実に君の母君に似ているよ、フェイト・テスタロッサ。くくく!」

「お前は…!」

「ドクター……危険だと言ったはずですが?」

「心配ありがとう、トーレ。しかし、心配には及ばないよ。既に保険(・・)は整っているからね」

 

 緊迫した戦場には余りにも不釣り合いな笑みを浮かべながら男が現れる。このアジトの主、ジェイル・スカルエッティ。フェイトを生み出したプロジェクトの立案者でありこの事件の首謀者。その姿を見咎めた瞬間にフェイトの頭から冷静さは失われ飛びかかろうとする。

 

「随分と嫌われたものだね。しかし、全ては私に届かないよ」

 

 その本来はあり得ない不用意さが仇となり赤い糸により彼女の四肢は身動きできないように拘束されてしまう。しまったと顔を歪めながらスカリエッティを見ると、その手には彼が開発したのであろう特殊なデバイスのようなものが装着されていた。その程度のことも確認せずに飛び出した自分に思わず唇を噛みしめるフェイトにスカリエッティは何もなかったとばかりに平然と近づく。

 

「そうだ。その反発的な瞳、かつて狂気に囚われていたプレシア女史を思い出させるよ。ああ、実によく似ている。容姿も、その在り方もね」

 

 彼女の母親と在り方が似ている。それは大体の人間にとっては褒め言葉として受け取られるだろう。しかし、フェイトの場合はまるで意味合いが違ってくる。彼女の母、プレシア・テスタロッサはかつてフェイトを生み出した―――本物の娘のクローンとして。

 

「私の技術を完成させ尚且つ実行にまで移した彼女はまさしく天才だった。それだけに彼女が死んだことが残念だ」

「心にも思ってないくせに…!」

「本心だよ。彼女は実に見ごたえのある人世を送っていたからね。愛する娘の為にそれこそ世界を滅ぼそうとするほどの欲望。ああ……実に素晴らしい。そうでなければつまらない」

 

 心の底から尊敬の念を表すように語るスカリエッティ。しかしながら、その顔はどうしようもないほどに歪み、酷く、楽しそうであった。彼にとっては全ての欲望は愛でるべき美しいもの。それが大きければ大きいほどに見物する喜びは上がる。

 

 元々は優しかった人間が悲劇をきっかけとして人の道を踏み外して落ちていく。しかも、どれだけ落ちても最後の最後まで変わり果てる前の願いを抱き続ける。それ故に苦しみは増していき心は壊れていく。それでも希望を求め最後の最後に絶望して流す涙はさぞや美しいだろう。

 

「人でなし……あなたは人間なんて何とも思っていない…!」

「失礼だね、私は人を愛しているよ。全ての娯楽は人間が作り出した物でしかない。ならば人間とは最大の娯楽であるはず。それ故に私は敬意をもって彼らの命を弄ぶ。それが私にとっての愉悦なのだから」

 

 周りの人間を人間として認識せずに弄ぶ人間は多くいる。だが、彼は違う。人間を愛する者として、愛するがゆえに汚し、冒涜し、弄ぶ。歪みきってはいるが彼の愛だけは本物だ。娘達とて必要となれば利用する人間だが、娘が死ねば声を上げて泣くほどの愛も兼ね備えている。彼は誰よりも人でなしで、誰よりも人間らしい。

 

「狂ってる……」

「確かにそうだろう。私は狂った目的を成すためだけに創り出された存在。ならば狂っているのが普通だ」

「創り……出された?」

 

 予想だにしなかった言葉に思わずスカリエッティの顔を凝視する。その顔は特に気にしたふうでもなく楽しそうに笑っており、未だに自分の生まれに対して思うところのあるフェイトには眩しく見えた。同時に犯罪者相手にそんなことを思ってしまった自分に嫌気がさし目を伏せる。そんな様子すら面白そうに眺めながらスカリエッティはさらに語っていく。

 

「ああ、そうか君は知らないのだね。私もね、君のように創り出されたものだ。世界に平和をもたらすという狂った願いを叶える為にね」

 

 最高評議会が世界を平和にするための技術を生み出すべく創り出した古代技術の遺児。アルハザードというおとぎ話より生み出された智の怪物。それこそがジェイル・スカリエッティ。だが、怪物は人の指示などには決して従わない。その非をフェイトは叫ぶ。

 

「……じゃあ、どうしてその願いと反対の行動をしている!」

「おや、それを君が言うかね? 母親に望まれたにもかかわらず―――アリシア・テスタロッサになれなかった君が」

 

 冷たい黄金の瞳が彼女を見下ろす。その冷たさは彼女に在りし日の母の瞳を思い出させた。死んだ娘を生き返らせるためにクローンを創り出し記憶を植え付けた。それでも死者を蘇らせるなど人間の力では不可能で、結局別の人格が生み出され似ても似つかない別の人間が生まれた。

 

 別人だと素直に認めることができれば憎むことはなかっただろう。しかし、プレシア・テスタロッサはフェイトとアリシアを無意識のうちに同一視するように見てしまった。だから違いが浮き彫りになった。自分を呼ぶ声が異なる(・・・)と錯覚してしまった。元々違うのだから違って当たり前だと言うのに。

 

「我々は共に製作者からすれば不出来な粗悪品だ。望まれたことを成せぬガラクタだ。それは私達だけではない。世界には周囲から望まれぬ生き方をするしかできぬ人間はいくらでもいる。例えば……君の子ども達のようなね」

 

 そう言ってスカリエッティが指を鳴らすとある光景が画面に映し出される。それは地上にて戦闘機人達と戦っているフォワード陣の姿。正確に言えばフェイトの子どもであるエリオとキャロが無残にも敵に屠られている姿であった。

 

「エリオ! キャロ!」

「この子達は本来であれば愛ある親の元で育つはずだった。しかし、少年は偽物であるとして実験所に捨てられた。また、少女は強すぎる力を持って生まれたが故に災いをもたらすとして捨てられた」

 

 子どもには親を選ぶ権利もなければ好きな才能をもって生まれてくることもできない。生まれ落ちた時点でレールが敷かれている。自分で道を開くことが出来ると人は言うだろう。しかし、赤ん坊の時から親の庇護下から抜け出るまでに自分で道を開ける子どもは居ない。

 

 子どもの世界は狭く、その中心にいるのは常に親である。その神とも呼べる存在が子どもを否定すれば世界から否定されたもの同じだ。そこから立ち直れる子はフェイトのような特殊な例ぐらいであろう。

 

「彼らに非があったのか? そんなことがないのは君も良く知っているだろう。ただ、彼らは特定の生き方しかできなかった。だというのにそれが周囲に望まれなかった故の悲劇。私ならばそのような非合理的な価値観は作らないのだが……今の世界では認められなくてね」

 

 スカリエッティの言う合理的な価値観とは実力のあるものならば何をしても良いというもの。人としての倫理観の外にある行為も肯定すること。普段のフェイトであれば絶対に許容しない。すぐに否定していた言葉だった。しかし、今の彼女にはできなかった。エリオもキャロもその生まれが、存在が“異質”であったために疎まれ、排除された。

 

 逆に言えば彼らが異質でない、非合法な生まれが肯定され、巨大な力が必要とされる世界ならば二人は捨てられることなく穏やかな生活を送れていた。こんなふうに痛めつけられることもなかった。そう思ってしまうと否定することが出来なかった。彼女も人の親であるために。

 

「変えようじゃないか世界を。我々のような者が胸を張って生きていけるような世界にしようじゃないか。勿論、あの子達も一緒だ」

「……それは脅しと取っても構わない?」

「くくくく、そう聞こえるかね。そう思うのならばそう思うがいい。まあ、これだけは言っておこう。君がこちらに来てくれるのならば彼らの安全は保障するよ」

 

 信用などできない胡散臭い約束。しかし状況から見れば従うしか道のない状態。故にフェイトは押し黙り画面に映る子ども達の姿を見る。圧倒的な数の差によって削られていく小さな命。今すぐにでも止めたい。勝ち目がないのならせめて命だけでも救いたい。親として当然の感情がフェイトの胸を締め付ける。

 

「さあ、今こそ家族で手を取り合う時だ」

 

 スカリエッティが手を伸ばす。その手を取ればフォワード陣達の命は保障される。何のことはない、ほんの少し手を伸ばせばいいだけの話だ。全てを捨てて限りある大切な者を取ればいいだけだ。しかし―――

 

 

「断る」

 

 

 フェイトは体に纏わりついた赤い糸ごとその手を振り払った。驚く三人をよそ目にバルディシュの刀身を二本に分ける。そして服装も変わりかつてのソニックフォームよりもより鋭利で薄い極限まで研ぎ澄まされた刃のような装甲に変わる。

 

「……これは驚いた。まさか君が子どもを見捨てるとはね」

「見捨てたんじゃない。助ける必要がないだけだ」

「どういうことだね?」

「あの子達の目は欠片たりとも―――諦めていなかったからだ!」

 

 子ども達が諦めないのなら自分が諦めるわけにはいかないとばかりに超高速の踏み込みでスカリエッティに斬りかかる。間一髪のところでトーレがそれを防ぐがその速さは彼女の想定の範囲を容易く超えていた。スピードでは決して負けないと自負していた彼女にとってそれは動揺を生み出すに十分すぎるものだった。

 

「状況はもう決まっているというのに足掻いて意味があるとでも?」

「私はよく知っているから。あの目は、あの目をしている人は絶対に負けないって」

 

 思い出すのはなのはの瞳。いかなる状況であろうと、絶望が世界を覆ったとしても彼女だけは決して諦めなかった。だから自分はあの時彼女に負けた。いや、自分でなくともあの状態の彼女に勝てる者などいなかっただろう。そんな彼女と同じ瞳をフォワード陣はしているのだ。ならば負けることはない。

 

「信頼か、理解できないね。最後に信じられるの自分(・・)以外にないというのに」

「自分以外信じられない人は必ず負けるよ」

「くくく、言い切るね」

 

 元々険悪だったムードがさらに険悪になり空気が針のように感じられる。この期に及んでも下がろうとしないスカリエッティを守るようにトーレとセッテが前に出てフェイトと交戦を始める。状況は先程と同じ二対一だというのに今度はフェイトが二人を圧倒しだす。その様子に娘達が負けているというのにスカリエッティは笑い出す。

 

「くははは! 一撃でも当たれば死ぬ装甲で私の最高傑作達を圧倒するか。ああ、これは少し反省しないとね。性能にこだわり過ぎてロマンを忘れていたよ。今度はもっとピーキーな―――」

 

 そこまで言ったところで不自然にスカリエッティの声が途切れる。

その顔を喜びとも驚愕とも見分けのつかぬ表情が浮かび、彼の声は途切れさせられたのだった。

 

 

 

 

 

(エリオ…キャロ……大丈夫?)

(なんとか……大丈夫…です)

(こっちも……まだ…いけます)

 

 全身がボロボロになり今にも倒れてしまいそうなティアナが二人に呼びかける。帰ってきた返事はどれも弱々しいがその芯にある力強さだけはまだ残っていた。三人は戦闘機人四人にルーテシアとその召喚獣十数体を相手にしてまだ粘っていた。

 

 戦略的目標としては相手をできるだけ消耗させることなので成功したと言っていいだろう。しかし、戦術的目標としての勝利は掴めそうもない。だが、三人は誰一人として諦めていなかった。ここにあと一人が加われば世界の終わりすら防いでしまえるように思えるだろうがスバルは今は敵だ。どうしようもない。

 

「たく、ちょこまか逃げやがって! いい加減諦めろよ! お前らに勝ち目はねえんだよ!」

「そうそう、残念なお知らせも入ったっスしねー」

 

 物陰に隠れている三人に対してノーヴェとウェンディが煽るように声をかける。三人共そのような子どもじみた挑発に乗るような性格ではないが残念なお知らせという言葉に目を向ける。その視線を一身に浴びるようにギンガの姿が現れる―――スバルに横抱きにされた状態で血を流しながら。

 

(ギンガさん!)

(待ちなさい、エリオ。今出て行ったらそれこそ袋叩きよ)

(でも…!)

(……いいから、耐えなさい)

 

 乱雑に地面に投げ捨てられたギンガの姿に思わず飛び出そうとするエリオだったがティアナに止められる。それに対して抗議の声を上げるが血を吐くような言葉にハッとして口を閉じる。本当は彼女だってすぐに駆け付けたいのだ。しかし、それをすれば飛んで火にいる夏の虫だ。みすみす仲間を失うわけにはいかない、地上の為にも、仲間の為にも。その葛藤が彼女の中にあるのだ。

 

「ちっ、出てこねーのかよビビり共が。いーぜ、そっちがその気ならこいつをぶっ殺してやるよ」

「ノーヴェ、それちょっと不味いんじゃ……」

「うるせえ!」

 

 痺れを切らしたノーヴェが姉妹達の制止を振り切り身動きの出来ないギンガに殴りかかる。本人としては脅しとして言ったつもりでスカリエッティの命を守り回収するつもりだったのだが、姉妹達に誤解されてしまったために子どもっぽい彼女は引くに引けなくなってしまったのだ。

 

 若干の後ろめたさもあり幾分か威力を殺した拳がギンガに迫る。事実を知らないキャロが思わず声を上げてしまいそうになりエリオがその口を手で塞ぐが結局のところノーヴェの手がギンガに届くことはなかった。

 

「……なんだよ。別にドクターの命令は忘れちゃいねーよ」

「…………」

 

 ノーヴェの手はギンガの方を向いたまま背を向け、目を閉じているスバルによって掴まれていたのだ。命令に忠実に従うようにスカリエッティから操られているはずなので命令違反をしそうになった自分を止めたのだろうと考えたノーヴェは拗ねたように手を引こうとする。だが、スバルの手は決して彼女を放さなかった。

 

「ちっ、おい放せよ! ドクターの命令は守る―――ッ!!」

 

 物体が壊れる音がする。振動(・・)が走りノーヴェ以外の人間にも何が起きたかを知らせる。掴まれていたノーヴェの手が―――振動により破砕されたことを。

 

「な、何すんだよ、お前ッ!?」

 

 スバルが若干手加減をしたからなのか血が出ているわけではない。しかし、これから戦闘に使うことは到底できなくなった自身の右腕を見てノーヴェは激昂し、周りの姉妹は何が起きたのかを理解できずに固まる。そんな中スバルはゆっくりと振り向き目を開ける。その瞳の色は―――澄んだ空色だった。

 

 

「さあ、反撃開始だよ、みんな」

 

 




スバルが青目に戻った理由は次回に。

しかし、ここの未来スバルはおかん属性がつくのだろうか。
バトラーならぬメイドのサーヴァントの召喚ができるな(笑)

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