八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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五十二話:旧友

 

 あの日、恐らくは自分の人生最後の日になるはずだった日に。ゼストは自らの部下を率いて戦闘機人を製造していると思われるアジトに赴いていた。その時にチンクらと戦闘になり部下を庇って傷を負ったことで結局誰一人守れずに一度目の人生を終えた。自分は親友に殺されたのかもしれないと僅かながらの疑問を抱きながら。

 

「レジアス、あの事件でお前はどう絡んでいたんだ」

「儂を恨むか……ゼスト?」

 

 だが、幸か不幸か彼は今ここにこうして生きている。疑問を晴らすチャンスがまだ残されていたのだ。レジアスとスカリエッティが繋がっていたことはもはや確かめるまでもない事実。後は、彼がどんな想いをもってそうしたのか、それを知るだけだ。

 

「例えお前が俺達を殺すつもりだったのだとしても恨むつもりはない。ただ俺は……あの日描いた理想を確かめて死にたいだけだ」

「お前は昔から少しも変わらんな。どこまでも武骨で真っすぐだ」

「ただの時代遅れというやつだ。いつまでも昔を引きずって前に進もうとしない。いや、もとより今の俺は死者も同然。変わりようがない」

 

 人間というものは進化か退化かは分からないが元来変わりゆく生き物だ。変わらない人間などいない。もし、変わらない者が居たのだとすればそれは変わる前に死んだだけ。レジアスは変わり、ゼストは変わる前に死んだ、それだけの話なのだ。

 

「……ああ、話そう。全て話すためにここに残っておったのだからな。お前達、悪いが二人だけにしてくれ」

「……分かりました」

 

 レジアスに促されて思うところはあるもののゼストは信頼のおける人物だと知っているので部屋から出て行くオーリス。しかし、もう一人のピンク色の髪をした秘書は出て行こうとしない。

 

「どうした、お前もだ」

「……しかし、一人では危険です。せめて護衛を」

「構わん、儂はゼストと話がしたいだけだ。いいからお前も出ていけ」

「分かりました……では」

 

 一切譲る気のないレジアスの様子に諦めたのか女性もまたオーリスに続き扉に向かって歩き出す。その様子を見ながらゼストは静かに口を開く。

 

「変わらんと言ったが、一度死んだせいか俺も少しだけ変わったことがあってな」

「なんだ?」

「少々、身内を―――疑うようになった」

 

 女性のかぎ爪のような武器を自身の薙刀で受け止めながらゼストは鋭い視線を投げかける。女性の方は驚くレジアスを尻目に舌打ちをしその真の姿を現す。長い茶色の髪に異性を誘惑するような美貌。そしてスカリエッティの戦闘機人であることを証明する特殊なスーツ。長い間管理局に潜入していた二番目、ドゥーエだ。

 

「なんだ貴様は!?」

「自由に姿を変える戦闘機人だ。普通の検査ではまず引っかからん」

「あら? あなたに情報を与えたことはないのだけど」

 

 レジアスとオーリスを守るようにドゥーエに立ち塞がるゼスト。その口ぶりに自身の情報が漏れていたことを悟り訝しげな表情をするドゥーエ。彼女は勿論、姉のウーノでさえ徹底して自分の行動は隠していたはずなのだ。

 

「さて……俺とお前が敵対しているように貴様らは一枚岩ではないからな」

「あの男ですか? ドクターに従っていれば何度でも人が救える(・・・・・)というのに、困ったものね」

「貴様らの言う救いも碌なものではないのだろう」

 

 ドゥーエの情報を流していたのは切嗣である。本来であれば必要のないレジアスへの挑発を行ったのも暗に彼女が忍び込んでいることを知らせるためである。切嗣の目的は敵を完全に排除したうえで願いを叶えることであるので敵と敵をぶつけ合わせて戦力を削る工作も行っていたのだ。もっとも、今回の件についてはスバルを助けた空港火災の件でのお礼返しの意味も込められているのだが。

 

「何はともあれ邪魔をするのなら始末するだけ」

「……やれるものならな」

 

 かぎ爪を光らせ、獰猛な獣のように目を細めるドゥーエに対し、ゼストは自然な構えで立つ。一秒、一分、はたまた一時間かも分からぬ時間の中でお互いに隙を狙う。どちらも勝負を長引かせるつもりはない。故に戦いは一撃で決まる。緊張と圧力が極限まで高まり怯えたオーリスが身じろぎし僅かな音が起きた瞬間に―――両者共に動き出した。

 

「はあっ!」

「ふん…!」

 

 速かったのはドゥーエであった。姉妹から受け継いだ戦闘データを基に生み出された最速の動きと最高の一撃。全てがデータ通りに行き、その爪は容赦なくゼストの身を引き裂こうとする。だが、ゼストの太刀は最後の一瞬で容易く彼女の予想を上回り―――一閃した。

 

「な…ッ!?」

 

 驚き目を見開く彼女の目の前でその爪は容易く砕かれ、血が舞い踊った。咄嗟に防御に使った爪のおかげか、はたまたゼストが命までは奪う気が無かったからなのか彼女の命はまだある。しかし、それだけであった。戦闘機人と言えど動くことができない程の重傷を負わされたのだ。勝負はここに決まった。

 

「ま…さか……私の戦闘データは…妹達の経験を基にした完璧なものなのに……」

「お前達の技術について俺はよく知らんが……高々数年の戦闘データで騎士に勝とうと思ったのは間違いだったな」

 

 同じ戦闘機人同士でデータを共有し、自分が経験したのと同じ効果を得る。それは素晴らしい機能であり人間の何倍ものスピードで成長することができるだろう。しかしながら、今回は相手が悪かった。彼女達の稼働歴と同じほど、否、それ以上に戦場で生きてきた騎士と相対したのだ。彼女達が集めてきたデータなど優に上回る経験を保持する者に勝てる道理はない。

 

「じっとしていればこうなることもなかったものを……」

「く…っ」

 

 手早くバインドで拘束し、万が一にも逃げ出さないように気絶させてからゼストはレジアスに振り返る。

 

「邪魔が入ったが話を続けよう」

「そいつはどうするつもりだ?」

「直にここにも局員が来る。あの騎士なら職務を忠実に果たしてくれるだろう」

 

 ここに来るまでに何とか巻いてきたシグナムのことを思い浮かべながらゼストは答える。その言葉にレジアスは元は地上を守るストライカーだった親友が今は犯罪者となっている事実にどことなく憂いを覚え、同時に自身も罪を犯していることを思い出し渋い表情を見せるのだった。

 

「単刀直入に聞くぞ、レジアス。あの事件はお前の差し金か?」

「……確かに儂はスカリエッティと手を組んでいた。だが、お前とお前の部下を殺す気などなかった。別の事件に回して嗅ぎ付けられないようにしたかったんだが……それが結果としてお前をあの場所に向かわせてしまった……」

「そうか……」

「こんなことを言う資格などないと分かっている。だが、それでも……儂はあの事件をずっと後悔してきた。お前も部下も殺したくなどなかった…!」

 

 もしも、ゼストがあの時死んでいなければ、命令に従いスカリエッティのアジトに行っていなければレジアスは引き返すことができたかもしれない。だが、何かを失ってしまったが故に引き返すことを許せなかったのだ。大切な者を失った代償に必ず目的を達成しなくてはならないと強迫観念に際悩まされてきた。それが彼の本心であった。ゼストは後悔の念を吐き出す親友を黙って見つめていたが、やがて静かに口を開く。

 

「レジアス、お前のやり方が正しかったかどうかは俺には判断できない。だが、それでも聞いておきたい。お前は、小さな何かを切り捨てていくやり方が正しいと心の底から思っていたのか? 小さな事件の犠牲者のために憤り、犠牲を許せなかったお前が本当に納得をして行動できていたのか?」

 

 大の為に切り捨てられる弱者がいる地上の現状に疑問を抱きレジアスはそれを変える為に上を目指した。過激なやり方であったが本質にはいつも地上を守りたいという想いがあった。そんな彼が地上すらも傷つける悪事に手を染めるのはどれだけの苦痛であっただろうか。

 

 ゼストの問いかけは責めるものではなく友の心情を思いやる類いのものであった。だからこそ、レジアスは逆に苦悶の表情を浮かべ苦しんでいるのだ。これほどまでに自分を思いやってくれる友を殺めてしまった事実に。

 

「“俺”は……納得できなくとも地上全体の為になるように行動するつもりだった。だが、結局のところ何もできなかった。全体も個も両方守ろうと中途半端になったのが今の様だ。蝙蝠のようにどちらにも見捨てられ結局願いは叶えられなかった」

 

 自嘲気味に笑いながらレジアスは答える。今のレジアスは最高評議会にもスカリエッティにも見捨てられている。おまけに本来であれば指揮を執って戦わなければならない地上の危機にもこうして指を喰えて見ているだけだ。誰よりも地上を守ると言い続けてきたくせに肝心な時にはいないなど笑い話にもならない。侮辱され、軽蔑されてもなんらおかしくはない。しかし、ゼストの反応は全く別のものだった。

 

「そうか……安心した」

「なにを…?」

「悔いる心があるのなら、あの日描いた理想を全て失ったというわけではないということだ。それならば、まだ戻ることはできる」

 

 ゼストの言葉にレジアスは言葉を失う。もう後戻りなどできないと思っていた。このまま苦悩しながら過ちを犯し続けなければならないのだと思っていた。だが、彼はまだ引き返せると言うのだ。

 

「俺を許すのか…? ゼスト」

「許すも何も俺は初めからお前を恨んでなどいない。俺が死んだのも部下を死なせてしまったのも全ては俺の力不足だ。これはどんな理由があろうと変わらん」

「しかし……」

「悩むなどお前らしくもない。お前はいつも行動でその意志を示してきただろう。俺はともかくお前はまだ死んでいない。これからすべきことがあるはずだ」

 

 そうは言われたもののレジアスには自分が何をすればいいかが分からなかった。というよりも今の自分に何かを行う権利があるのかが分からなかった。罪悪感に浸りこのままここに座り続けていたかった。そんな友に見かねたゼストが一喝する。

 

 

「何を悩んでいる! 俺達は―――地上の平和を守るのだろう!」

 

 

 余りにも単純な、思い出すことすら忘れていた純粋な感情。その想いを今更ながらに思い出しレジアスは目を見開く。地上に、何の罪のない民間人が命の危機に晒されている。地上部隊の者ならばそれを見れば考える間もなく動くはずだ。愛する地上を守るという馬鹿みたいに単純な理想の為に。

 

「……そうだな、まだやるべきことがあったな」

「そうだ、それでこそレジアス・ゲイズだ。土に帰るまでの残り少ない時間しかないが俺も手を貸そう」

 

 差し出された手を少し戸惑うように見た後にレジアスは力強く握り返す。不運なすれ違いから道を違えていた友が再び(くつわ)を並べ歩き出す。地上に再び平和を取り戻すために。

 

「……話は終わられましたか」

「旦那! 無事か!?」

「アギト、それにシグナムか……俺を捕まえるのか?」

 

 二人の話が終わったのを見計らったかのようにシグナムとアギト、リインフォースが入室してくる。その後ろにはやはり気になったのかオーリスも続いている。その姿に既に目的を達したゼストはどうしたものかと眉間に皺を寄せる。だが、シグナムの返事は違うものだった。

 

「いえ、八神二佐よりレジアス中将、そしてできればあなたにも頼みごとがあると」

 

 

 

 

 

 地上最前線にて鎬を削るノーヴェ達戦闘機人と六課フォワード陣。その戦いは今まさに終焉を迎えようとしていた。―――フォワード陣の勝利をもって。

 

「こいつら……こっちの連携を読んできてるっス!」

「ワンパターンな連携なんて時間をかければ必ず破れる。勉強しなおさないとね!」

 

 戦闘機人はその機械性をもってノータイムでの情報伝達と連携を可能とする。しかし、彼女達には圧倒的に経験と練習量が足りない。故に単純かつワンパターンでしかない。もしもスカリエッティが研究者ではなく指揮官であればこうしたミスは犯さなかったであろうが彼は自身の技術に慢心をしてしまった。それ故の失敗だ。

 

「なんで邪魔をするの。私はただお母さんと心を取り戻したいだけなのに」

「どうしてわからないの? その取り戻したいって気持ちや一人になりたくないって怖さも心なんだよ!」

 

 そしてルーテシアの強力な召喚獣は同じ力を持つキャロが相殺し完全に抑え込んでいる。純粋な力比べで勝てないのであれば未熟であっても経験を積み続けてきたフォワード陣に勝ち目はない。戦闘機人達は常に格下と戦い力をつけてきたがフォワード陣は常に格上と戦って力をつけてきたのでそれは当然帰結だろう。

 

「このままでは攻めているこちらが不利です。オットー、一度ここは仕切り直しを検討した方が」

「相手にも決め手がない今なら可能か……そうした方が良いかもね。ドクターのこともあるし」

 

 一度フォワード陣との戦闘を止めて一ヶ所に集まるディード達。このままでは負けてしまうが相手に決め手がない今ならば退却することも可能だ。ここは一度引いて作戦を立て直すべきだ。そう考える四人だったが―――既に手遅れであった。

 

(全員その場から離脱しなさい。大きいのを撃つわよ)

(了解!)

 

 先程まで戦っていたスバル達がさらに離れていく光景にまず初めに気づいたのはノーヴェであった。次にウェンディが自身らを狙う狙撃手の存在に気づく。

 

「なんスか……あの馬鹿げた魔力は、あんな魔力持ってないはずっしょ!?」

 

 見上げた先に居るティアナに対して思わず叫び声を上げるのも無理はない。ティアナ一人では到底まかなうことのできない魔力が彼女の銃口から発せられているのだ。現実的に不可能だという想いとあれを撃たれればひとたまりもないという危機感を感じても仕方がない。

 

「あれはまさか……収束魔法? そんな、事前情報にはなかったのに……」

 

 オットーが事前情報にはなかったと呟くがそれも当然だろう。なにせこれがぶっつけ本番の初使用なのだから。あの日、強さを求めてなのはから教わった技を日々の訓練の中で少しずつ自分のものとし、今日この負けられない大一番で放つ。その度胸こそがティアナの最大の武器である。

 

「収束完了、ありったけのカートリッジも使った……いくわよ、なのはさん直伝!」

「まずい! 逃げるぞ!!」

 

 慌てて逃げ出そうとする彼女達であったがとき既に遅し、星の光からは決して逃れられない。数多の強敵を打ち破ってきた高町なのは、レイジングハートの伝家の宝刀。それが今、愛弟子に受け継がれ放たれる。

 

「スターライト―――ブレイカーッ!!」

 

 オレンジの極光が辺り一面を染め上げる。放たれた以上どこにいようとも逃げ場はない。防ぐにはとにかく距離を放して防御するしかないがその距離は取れなかった以上何をしても無駄だ。戦闘機人達を中心に着弾し、その一撃は核爆発が如き様を見せる。

 

 人間以上の耐久力を誇る彼女達と言えどひとたまりもない。光が消えた後に残っていたのは倒れる彼女達と街の残骸だけであった。その光景に撃った張本人はしばらく黙っていたがやがて顔を引きつらせながら口を開いた。

 

 

「やりすぎたかも……」

 

 






「侮るな。あの程度の爆発、ガス爆発として隠蔽できずして何が監督役か。
 ガス会社からの懇願? は、隠蔽をやめさせたいのならその三倍は持ってこいというのだ。
 よいか新入り。監督役とはな、己が視界に入る全ての事件を隠蔽するもの。
 ―――苦情の山なぞ、とうの昔に背負っている」

 スターライトブレイカーの隠蔽作業員の名言(棒読み)


二十六話以来のスターライトブレイカー。ようやく使わせられてよかった。
さて、次回は優雅となのはさんですね。

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