八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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五十八話:意地

 はやての予想外の強さに切嗣はどうしたものかと悩む。遠距離戦ではとてもではないが勝ち目はない。そもそもこの状態から狙撃が可能な状況に持っていくことはできない。近・中距離を保ちながら戦うのがベストだ。先程は予想の範囲外からの攻撃だったために対処ができなかったがはやての近接戦は一流レベルではない。そうであれば十分対抗できる。

 

(あまり時間はかけられない。肉を切って骨を断つ)

(回復は任せろ。死にながらでも回復させてやる)

 

 アインスと短く言葉を交わす。今の切嗣は魔力が続く限りは再生を行うことができる。その際に訪れる苦痛は殺した方がまだ情けになるレベルのものだが贅沢は言えない。勝つためならば何度でも死んで見せる。

 

固有時制御(Time alter)――(――)三倍速(triple accel)!」

 

 急激な加速を用いてはやて達からすれば消えたように後ろに回り込む。そして標準を合わせることもなくコンテンダーを放つ。

 

「はやてちゃん、後ろです!」

「了解や!」

 

 しかし、弾丸は器用に避けられカウンター気味に石化効果を持つ槍が投擲される。それを同じように三倍速で躱しながら切嗣は相手の持っている情報の考察を行う。

 

(コンテンダーを防がずに避けたのは間違いなく意図的だろう。そして逆にこっちがコンテンダーを撃ってすぐに強力な魔法攻撃を仕掛けて来たのはコンテンダーに連射性能がないのを知っている。……やはり十年前のあの時に情報を隠せなかったのは痛いな)

 

 戦闘においての事前情報は勝敗を大きく左右する。そもそも、暗殺者である切嗣にとって自身の戦い方を知られるというのは致命的だ。知らなければ一撃必殺の起源弾も知られてしまえば対策はとれる。さらに切嗣の持つはやての情報は少ない。不利は否めない。だが。

 

(起源弾が使えなくとも……屠るだけの威力はある。前情報がないのなら余計な先入観は捨てろ。あの子はもう……無力な子じゃない)

 

 そう簡単に負ける男ではない。新たにコンテンダーにカートリッジを装填しながらはやてを睨み付ける。対するはやてはその瞳を冷静に見つめ返しながら攻撃を始める。

 

「リイン、できるだけ細かい攻撃頼むわ」

「はい―――フリジットダガー!」

 

 無数の短剣が切嗣を取り囲むように出現する。それはツヴァイがアインスの魔法であるブラッディーダガーを独自に発展させたものだ。一つ一つが細かく氷の刃という言葉がしっくりとくる。氷の刃となったそれは魔法によって『発生した効果』となっているために起源弾の効果は発動できない。しかし、切嗣が対抗できない理由はどこにもない。

 

「アインス」

「ああ―――ブラッディーダガー」

 

 目には目を歯には歯をとでも言うように血に染まった刃をぶつけ合わせる。アインスとて失ったものを失ったままにしていたわけではない。ユニゾン時限定ではあるがかつての魔道の一端を扱うことができる。

 

固有時制御(Time alter)二倍速(double accel)

「偽レヴァンティン、シュランゲフォルム」

 

 刃がぶつかり弾けた爆炎の中から再び襲い掛かってくる切嗣。それに対しはやては蒼天の書のデータから創り出したレヴァンティンのレプリカを振るい鞭のように叩き付けてくる。蛇のようにうねる連結刃が切嗣を飲もうとした瞬間―――

 

固有時制御(Time alter)――四倍速(square accel)

 

 さらなる加速をもって連結刃をすり抜ける。世界を置き去りにして男は駆ける。左手に持つナイフを娘の心臓に突き立てるために。

 

「はやてちゃん!!」

「なめんといてーや!」

 

 まるで瞬間移動でもしてきたように現れ真っすぐに突き出されるナイフに対し体を捻り避ける。しかし躱しきれずに腕を掠り鮮血が宙を舞う。その血に対してか、体に走る激痛にか、切嗣は瞳を震わしながら追撃の為に右手のコンテンダーを突きつける。

 

「くっ…!」

 

 避けることのできる距離ではないと悟ったはやては弾丸が起源弾か否か一瞬悩む。だが、防がなければやられると判断し一か八かシールドを張る。しかしながら、切嗣の狙いはその悩み()を生み出すことだった。

 

「後ろだよ」

「しもうた!?」

 

 再び四倍速をもって完全に前方に意識を持っていかれたはやての後ろに回り込む。骨が捻じれる音が聞こえ筋肉が引き千切れる。しかし、決して武器は離さずに彼女の心臓目掛け、震える引き金を引く。

 

「させないです! 凍てつく足枷(フリーレンフェッセルン)!!」

「ちっ、後ろはあの子が守っていたか…ッ!」

 

 だが、彼の弾丸はツヴァイが設置していた設置型凍結魔法により防がれる。対象周辺の水分を瞬時凍結させ、目標をその中に閉じこめて捕獲する効果のために起源弾相手であってもただの(・・・)分厚い氷として防壁となる。

 

「ナイスや、リイン!」

「はいです!」

 

 喜び合う二人に対して追撃することなく切嗣は距離をとる。本来であれば追い込むのが定石であるが体中を駆け巡る激痛には耐えられなかったのだ。まるで切嗣の方が攻撃を受けたかのように内出血でドス黒く染まる手を抑えながら血を吐き捨てる。本来であればここで死んでも何らおかしくない傷だ。だが、彼はまだ死ねない。

 

Avalon.(アヴァロン)

 

 死にゆく体を無理やり現世に引きずり戻すように回復をする。傷は綺麗に消えてなくなるが内出血で染まった肌は元に戻り切れず褐色に染まり姿を変える。そのあまりにも強引な治療に驚いたような視線を向けながらはやてとツヴァイは声をかける。

 

「死ぬ気か、おとん?」

「死ねないさ。願いを叶えるまではね」

 

 死にながら戦うなど狂気の沙汰に他ならない。ヒュドラの毒を受け死ぬほどの苦痛を受けても不死のために死ぬことのできなかった賢者よりは楽であろうがそれでも常人の思考は既に捨てられている。そんな狂った男に対してツヴァイはある不自然な点に気づく。

 

「むむ、おかしいです。あれだけの魔法を使い続けて魔力切れにならないなんて」

「そういえば……おとんはそんな魔力が多い方やないのにな」

 

 肉体を死の淵から蘇らせる魔法が低コストで使えるはずがない。しかも彼らはグレアム達との戦闘後すぐにはやて達と戦闘を開始したのだ。魔力が回復させるだけの時間などない。どこからか大量の魔力を得ているに違いない。そこまで考えてはやてはある可能性に気付く。

 

「おとん―――レリックを埋め込んだやろ」

「……ふ」

 

 正解だと答えるように切嗣は微かに笑う。魔力が足りないのならそれを外部から取り込めばいい。ただ、それだけの理由で切嗣は自らレリックウェポンになる道を選んだ。

 

「現状の僕の魔力量ははやてにも劣らない、そもそも今の僕は人間よりも兵器に近い」

「拒絶反応は大丈夫なん?」

「問題はない。戦闘に支障が出るような手術(・・)は受けていない。持久戦をしかけても無駄だよ」

 

 ゼスト、ルーテシアの実験データのおかげで、彼はゼストのように不完全な状態でのレリックウェポン化ではない。スカリエッティからの完璧な手術により完成度の高いレリックウェポンと化している。皮肉にもそれは最高評議会がかつて計画していた人造魔導士計画の完成形でもある。

 

「……そういう意味で言ったんやないんやけどな」

 

 こちらの弱点を見つけようとしているのだと判断した切嗣に対してはやては目を瞑り溜息を零す。ただ、自分は相手の体を心配しただけであるのだから。しかし。

 

「……まあ、ええわ。そんなら―――加減はいらんな」

 

 はやてが再び目を開けた時にはその瞳から一切の甘さは消えていた。

 

「リイン、念のためにあれ(・・)の準備しといて」

「はいです!」

「でも、その前に勝負が決まったらごめんな!」

 

 何やら指示を出したかと思うと新たに自身の指に指輪を創り出すはやて。それは指輪型のデバイスであるクラールヴィントのレプリカであった。

 

「戒めの鎖!」

「これはシャマルの…ッ!」

 

 指にはめたクラールヴィントから切嗣を囲うように白のワイヤーが作り出される。その拘束は非常に強力であり束ねれば象ですら動きを止めることができるだろう。しかし、一本ずつであれば引き千切ることもできる。切嗣はすぐに切らなければならない最小限のワイヤーを見極めナイフで切り裂いていく。だが、はやてがそれだけで攻撃をやめるはずもない。

 

「鋼の軛!」

「今度はザフィーラの魔法か…!」

 

 地面からの幾多もの拘束錠が切嗣に襲い来る。それは本家のザフィーラと比べれば数段の格落ちであるが戒めの鎖との合わせ技であれば頑強なる軛となる。如何に速く動けようとも動くことそのものができないのであれば何をすることもできない。

 

「騎士達の技をここまで……」

「私のはみんなの真似事。十年かけてみんなから学んだけど足元にも及ばん。でも、籠められた想いだけは本物や」

 

 今度はレヴァンティンを弓に変え矢を番えながらはやては拘束した切嗣の方を見る。対する切嗣は何とか抜け出そうともがくがそう簡単には逃げられない。

 

「私は夜天の王。真似事でも守護騎士達を従えとるのには変わらん。やからこれは私達家族全員の想いや―――ちーと痛いけど我慢してーや」

 

 弦を引き絞り冷たい声で宣言する。本家本元のシュトゥルムファルケンには及ばないがそれでもはやての馬鹿げた魔力の副産物が生み出す威力は凄まじい。そんなものをまともに食らえば幾ら回復できても意識を保てるとは思えない。逃げる以外に道はないが、逃げ道はない。その事実に切嗣も腹を括った。

 

 

Sturmfalken(シュトゥルムファルケン)!」

 

 

 一条の流星が如き矢が放たれ―――大爆発を巻き起こす。

 

「これで少しは凝りたらええんやけどなぁ」

 

 爆風と炎に紛れて地に落ちていくコンテンダー(・・・・・・)を眺めながらはやては呟く。今の一撃は間違いなく直撃した。少なくともあれを受けて平然とした顔で出てきそうな人間をはやては知らない。何より相手は武器を手放した。そう―――慢心していた。

 

 

Penetration shot(ペネトレイション・ショット)

 

 

 突如として右肩に鋭い痛みが走り、続いて鼓膜に微かな銃声が届く。気づいた時には既に遅かった。撃ち抜かれた肩から噴き出る血に二人して意識を奪われてしまう。

 

「はやてちゃん!?」

「手当は後や、リイン! 私の甲冑を!」

Panzergeist.(パンツァーガイスト)

 

 しかしながら、攻撃の手が収まるわけもない。容赦のない弾丸の雨が続けざまに襲い掛かってくるのを体に魔力の甲冑を纏い何とか受け流していく。そして、どういうわけかまだ意識を保っている敵を見る。

 

「……なんや、日焼けでもしたんか?」

「全身に叩き付けられる魔力を逆に全身から魔力を放出することで防いだんだよ。……もっとも、そのせいで後遺症は残ったけどね」

 

 まるで焼けたかのように顔の半分が浅黒い肌になっている切嗣に余裕があるようにはやてが問いかける。それに対して切嗣も余裕があるように返事をするが実際のところは息を吸うだけで体に激痛が走っているような状態だ。

 

 彼がやったことは体に走る魔力回路に許容量以上の魔力を一気に流し込み自ら暴走させて全身から魔力放出を行うという自爆のようなものだ。確かに相手からの攻撃を相殺し攻撃を防ぐことはできるが普通であれば死んでいる。全身全てを一瞬にして再生するアインスの力がなければ今は黒焦げの死体が一つ転がっているだけだっただろう。

 

「さっき落としたデバイスはどういうことなん? おとん幻術でも使えたん?」

「あれはデバイスじゃないよ。ただの質量兵器(・・・・)だ。以前に愛用してきた品だけどデバイスのある今は使っていない。だからおとりに使わせてもらったんだ」

「相変わらず卑怯な手使うな、おとん。そんなんやから自分の本当にやりたいことを嘘で塗り固めて自分でも分からんようになるんや」

 

 昔から勝負事にはどんな汚い手を使ってでも勝とうとする子供じみた性格の父親にはやては溜息を吐く。本当に変わらない。変えられないからいつまでたっても苦しみ続ける。傍に居てくれる人達を失い続ける。そんな人生は見るだけで嫌になる。だから―――

 

「まどろっこしいのはもうええ、これで終わりや」

 

 ―――ここで終わらせる。

 

 はやてが怪我をしていない左手を掲げるとかつてアインスから受け継いだ魔法が発動される。それは惑星のような黒い魔力の集合体。彼女が持つ広域殲滅の魔法の中でも随一の破壊力と範囲を持つそれはかつて夜天の書が破壊の象徴であったことを明瞭に思い出させる。

 

「……アインス、目には目をだ」

「いいだろう。全霊をもって相手をしよう」

 

 まるで鏡合わせのように右手を掲げる切嗣。すると同じように破滅に誘う深淵の星が生み出される。本来であれば切嗣には使えない魔法であり彼の戦闘スタイルからすれば無駄に魔力を食うだけの必要のない魔法だ。それでも彼はどういうわけか真正面からぶつかり合うことを選択した。

 

「遠き地にて……」

「闇に沈め!」

 

 まるで宇宙の創生のように天体がぶつかり合う為にお互いにが近づいていき―――

 

 

『デアボリック・エミッションッ!!』

 

 

 ―――お互いを食い潰していく。

 

 黒い波動が迸り空と大地を埋め尽くす世界の終りのような光景の中で父娘は争い合う。

 そんな二人を見守るように空からは季節外れの雪が舞い落ちて来るのだった。

 

 




はやて「―――我が骨子は捻じれ狂う(I am the bone of my sword.)
はやて「―――偽・天地焼却せし黄昏の剣(レヴァンティン)

実はシュトゥルムファルケンはこれをやりたくて撃たせただけなんだ、すまない。

後、レヴァンティンの当て字は完全に妄想。
終末者鍛し破滅の炎(レヴァンティン)というのも考えました(中二感)

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