八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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六十四話:Zero ☆

「……やっぱりお前のことは理解できないな」

 

 かつて正義の味方に憧れ、遂にただ一人のための正義の味方になった男は呟く。敵はまさに自分にとって運命とも呼べる敵だったのだろう。だというのに、最後の最後まで彼を理解することはできなかった。否、決して理解できないからこそ宿業なのだろう。

 

「でも―――確かに僕の願いは叶った」

 

 糸が切れた人形のように膝を折り崩れ落ちる。それと共に切嗣の固有結界も崩壊していく。役目は果たした。後はあの聖杯を作られる前に巻き戻してやればいいだけだ。もはやこの体に為すべきことはない。

 

「おとん! おとん!」

「八神部隊長、危ないです!」

 

 崩れ去っていく世界の中必死に切嗣を助けようと駆け出すはやて。しかし、地面が割れ崩壊していく中を進むのは自殺行為だ。スバルが羽交い締めにするように抑えこむ。

 

「君達はそのままいれば元いた場所に戻れるはずだ。何も心配しなくていい」

「そういうことを……言っとるんやない! まだ…! まだ何にも返せとらん!!」

 

 はやての頬を涙が伝う。このまま父と母はこの世界と共に消えていくつもりなのだ。親孝行だってしていない。まだ、言いたいことがある。お礼を言いたい。頑張ってきたことを褒めて欲しい。文句だって言い足りないほどある。だから死んで欲しくない。消えて欲しくない。

 

「参ったな……」

 

 自身の死は元々覚悟していたことだ。なにも困ることはない。だが、あの子に泣かれるのは困る。娘には強く笑って生きていって欲しいから。ユニゾンを解除する。時が動き始める。自分と妻の命が死へと向かい止まることなく歩みを再開した。

 

「お礼なんていいんだよ、はやて」

「はい、必要とか理屈ではないのです。私達はただあなたのことが大切なのです」

 

 ただ親として子どもを大事にする。それ以上の理由もなければ、それ以下の理由もない。ただそれだけなのだ。親孝行をして欲しいわけではない。ただ―――生きていてくれればそれでいいのだ。

 

「はやて、それにツヴァイ」

「そして騎士達にもお伝えください」

 

 切嗣とアインス、どちらも言いたいことは同じ。そして一つで十分。

 

 

『幸せになって欲しい』

 

 

 どこまでも穏やかな笑顔で言われた言葉を最後にはやて達は元の世界に戻る。もう、この世界で出会うことはないだろう。

 

 娘の無事を確信した二人は安堵の息をつく。もう、大丈夫だ。これで守りたかった者は最後まで守れた。二人の心に残ったものはそんな充足感であった。しかし、切嗣の胸にはもう一人への想いが残っていた。

 

 

「アインス…君は、僕といて……幸せだったかい?」

 

 

 ずっと傍にいて支えてくれた最愛の女性が幸せであったか。それが彼の心残りであった。

 

「私は、お前を心から愛して、傍にいられて、本当に幸せだった」

「僕も幸せだった。……でもね、僕は…誰もが幸せな世界を創る事は……出来なかったんだよ?」

 

 偽りなど欠片もないと分かる無邪気な笑みを向けるアインス。だが、切嗣の方は少し自信無さ気に小さな声でなおも問いかけた。そんな夫にアインスは困った人だと笑い優しい言葉を返す。

 

「お前の理想は叶わずとも誰よりも尊いものだ。それに世界は創れずとも―――正義の味方にはなれただろう?」

「……うん、そうだね。僕は正義の味方になれたんだ」

 

 誰もが幸せになって欲しいという願いは叶えられなかった。だが、それでも正義の味方になりたいという願いは叶えられた。それで十分ではないか。

 

「正義の味方になれた……それに何より―――君が最後まで傍に居てくれた」

 

 これ以上の幸せを望むのは罰当たりだろう。何より、自分にはこれ以上の幸せを思いつかない。失うばかりの人生だったというのに最後の最後まで隣に愛する人がいてくれた。何という幸福だろうか。

 

 

「ありがとう、アインス。―――君を愛せて本当によかった」

 

「ああ……私もお前を愛せてよかった」

 

 

 その言葉を最後に二人は世界の崩壊に呑まれて消えていったのだった。

 

 

 

 

 

 廃墟の中を探し人を求めて彷徨い歩く。固有結界から抜け出た後に合流したなのはや騎士達と共にはやてはこちらに戻ってきているはずの切嗣を探す。生きている可能性は万に一つもない。だが、それでも探さずにはいられなかった。

 

「主はやて、あちらの方に匂いが」

「ほんま? お手柄やザフィーラ!」

 

 獣状態のザフィーラが微かに残る匂いを嗅ぎ当て走り出す。その後ろからヴィータを背負ったシグナムが歩いていき、さらに後ろをシャマルに支えられたはやてがその続く。

 

「これは……」

 

 一足先に探し人の姿を見たザフィーラは小さく声を零す。遅れて辿り着いたシグナムとヴィータもその光景に何も話すことができずにただ黙って見つめていた。そして、最後に到着したはやてとシャマルも声を失う。

 

 

「………あほ」

 

 

 見つけた二人は予想通り既に息絶えていた。しかし涙は出てこなかった。ただ、その光景の美しさと温かさに不思議な笑みが零れるだけだった。

 

 

「そんな幸せそうな顔して死んどったら文句の一つも言えんやん……」

 

 

 彼らが見たものは瓦礫にもたれかかり肩を寄せ合う夫婦の姿だった。まるで眠っているように穏やかに瞼を閉じ安らかな笑みを浮かべる二人。その姿から分かることはただ二つ、思い残すことなどないということと―――二人の愛が確かなものであったということ。

 

 

「おやすみな……おとん…アインス」

 

 

 男は正義の味方になりたかった。

 誰もが平和な世界が欲しかった。

 でも世界は残酷だった。

 

 何かを助けるには何かを犠牲にしないといけない。

 それを知った男は機械となって引き金を引き続けてきたのだった。

 そんな男がある足の不自由な少女の養父となった。

 

 父となった男は娘に心を救われ、妻の愛に魂を救われた。

 人殺しだった男は最後の最後に愛する者の―――“正義の味方”となった。

 これはそんな話(A man of story.)

 

 

 

 ――ケリィはさ、どんな大人になったの?――

 

 ――僕はね、正義の味方になれたんだ――

 

 

 

 

 

 

 ~Four years later~

 

 雲一つない快晴の中、ミッド郊外にある墓地にはやては一人訪れていた。墓を軽く掃除し花を供える。墓の名義は『八神切嗣、八神リインフォースⅠ』。きっと二人ともこの苗字でも許してくれるだろうと思いこの名義にした。

 

「あれから色々あったけど、今はみんな大分落ち着いて暮せとるよ。……まあ、今でもスバルは危なっかしいことするけどな」

 

 二人に最近の出来事を伝えていく。あの後の事後処理などは一年以上尾を引く大変なものとなったが今では綺麗さっぱり終わり肩の荷は下りている。服役しているレジアスももう数年もすれば出られるだろう。本来であれば終身刑ものであるが最後の最後まで身を挺して地上を守り続けた姿を見た市民が減刑を求めた結果だ。

 

「火災したビルの中に突っ込んだり、溺れてる人を見かけたら飛び込んで……あかん、上司は胃が痛そうやなぁ」

 

 レスキュー部隊に配属され常に人助けできるようになり張り切っているのか度々新聞などで取り上げられている。もっともブレーキをかけることを忘れているので無茶をするのは変わっていないが。

 

「そんでも『私が目指した正義の味方は間違いじゃなかった』ってあん時のおとんに憧れとるから大切な人を捨てるような真似はせんと思うわ」

 

 切嗣が見せた娘のための正義の味方の姿はスバルに自分の憧れは間違いではないと確信させた。自分の目指した人は決して間違いではなかった。誰かを救う正義の味方を目指して家族を守り、困っている人を助けと大忙しだ。

 

「そうそう、困ると言えばリインとアギトがまーだ喧嘩するのがなぁ。まあ、そういうところが可愛ええんやけどな」

 

 アギトは最後までミッドを守り満足気に死んでいったゼストに変わり、今はシグナムをロードとしている。その影響で今では八神家の一員となっている。ツヴァイとは仲が良いのか悪いのかよく喧嘩をしている。

 

「他のみんなも元気にやっとる。休日にはちゃんとみんな揃って食事をしとるし、健康状態も大丈夫や。……私が一番不健康な生活送っとるかもしれんけど」

 

 自分の仕事人間ぶりを思い出し昔とは随分変わったものだとしみじみと呟く。今ではツヴァイが立派な監視役として成長したおかげで食事を抜くことはないし、徹夜をすることもない。ただし、何かしらの事件が起きれば話は別なのだが。

 

「まあ、それは置いといて、今度うちの道場のミウラがインターミドルに出ることになったんよ。緊張しやすい子やから二人も応援したってや」

 

 ザフィーラやヴィータなどが指南している子どものミウラ。上がり症ではあるがその実力は本物である。同じ大会にヴィヴィオやその友達も出ることになっているのでその影響で少しでも楽しんでくれればと願う。

 

「……と、もうこんな時間や。今日はえらい長いこと話してもーたな。ほな、今度はみんなで来るからな」

 

 随分と時間が経ったことに気づき、背を向ける。その背中に追い風が優しく吹きかかる。まるで二人に背中を押してもらったような気分になり、はやては楽し気に笑う。あれから色々なことがあった。そしてこれからも色々なことが起こっていくだろう。それでも、はやては胸を張ってこう言うだろう。

 

 

 

 ―――私は今、幸せです。

 

 

 

 ~Fin~

 

 

 




完結です! ここまでついて来ていただいた読者の皆様には感謝の言葉しかありません。
感想・評価ありましたらおねがいします。
あと、新作投稿しましたのでそちらも読んでいただけると嬉しいです。


それと、ここから先は蛇足のおまけです。読まなくても特に問題ないです。
ではどうぞ。


おまけ~イノセントに切嗣が居たら~





「切嗣? こんなところでボーっとしてどうしたんだい?」
「アインスか……少し話しをしないかい?」

 自宅のベランダから月を眺めていた切嗣にアインスが声をかける。それに対して切嗣は穏やかな顔で声をかける。

「私は構わないよ」
「ありがとう」

 横にずれ彼女が隣に立てるようにする。アインスはそのことに少しドキドキしながら隣に立つ。

「どうしてこんなことをしているんだい?」
「今日は月が綺麗だったから見ていたんだ」

 何食わぬ顔で口説き文句を言ってくる姿に思わず顔が赤くなるが当の切嗣はなにも気づいていないのか特別な反応は見せない。ただ、どこか遠くを見るような目で月を眺めているだけである。

「ずっと昔、僕は正義の味方になりたかった」
「諦めたのか…?」
「僕が夢見ていた正義の味方はみんなを救うんだ。誰も犠牲にしないし、殺しもしない。そんな世界の平和を守る正義の味方になりたかった」

 子供の理想論を語る男の瞳はどこまでも疲れ切った老人のようであった。その姿にアインスはこの男は壮絶な人生を送ってきたのだと理解する。自分の想像が追いつかないほどの地獄を彼は歩んできた。

 ―――私が居る。お前の傍にいてやる。

 頭にノイズが走る。それはどこかの誰かの言葉。聞き覚えがあると言うよりも魂が覚えているような言葉が頭をよぎる。

「でも、そんな理想論は叶わなかった。絶望した僕はただ諦めて正反対の道を歩いて行った」

 誰かを救う反対は誰かに絶望を与えること。人類を救うために人を殺し続ける。切嗣は一言も喋っていないのにアインスは何故だかそれが理解できた。

 ―――私の幸福はお前の傍に居ることだ。

 またもノイズが走る。今度は先程よりも鮮明に、それでいて残酷に。

「でも―――間違いに気づかせてくれた人がいた」
「間違い…?」
「うん。正義の味方はね、別にみんなのため以外に戦っちゃダメだなんて理由はないんだ。誰か一人のために、少数を守るために戦うこともできるんだ」

 正義の味方とは何も世界を守るだけの存在ではない。小さな家庭を守る正義の味方も存在する。家族のために努力する父親や母親はどれだけ非力な存在であろうと正義の味方だ。

「それに気付けたんだ。だから、僕は本当に守りたい人のためだけに戦った」

 老いぼれた老人のような瞳に若々しい炎が宿る。人というものは不思議な生き物だ。何かやりたいことがあれば老人であっても若々しい。逆に何もない無為な人生を送るものは二十年生きただけで古ぼけて擦り切れた存在になる。切嗣は本当にしたいことを、答えを見つけることができたのだろう。

 ―――私は一人の女性としてお前を愛しているからだ。

 今度はノイズではない。明確な記憶として浮き上がる。何度生まれ変わることがあっても消えぬ愛の記憶。


「そうして僕はただ一人のための―――正義の味方になれたんだ」


 満足気に語る男の姿に不思議と涙が零れてくる。それは嬉し涙だ。愛する者の願いが叶ったことへの祝福の雨。

「アインス…? どうしたんだい」

 突如泣き出したアインスに驚き近づく切嗣。その胸にアインスは飛び込む。思わず固まってしまう切嗣を見上げてアインスは悪戯っぽく微笑む。

「それで、お前(・・)はこれからどうするんだ? ただ一人の正義の味方で終わるのか?」
「アインス……そうか…そうだね、もう少し欲張ってもいいかな」

 彼女の変化に気づき優しく抱きしめながら切嗣は月を見上げる。
 そして誓うように宣言する。



「今度は―――家族だけの正義の味方になるよ」



 男の誓いは彼女の胸に届き、さらに隠れて二人の様子を伺っていた家族にも届くのだった。


~おわり~



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