「………」
俺は現人神になる為の準備をしている。
だけど、無宗教を貫いている俺が現人神になれるのだろうか?
そんな疑問も当然現れて思わず訊いてみたが、
早苗さん曰く「神様も人のようにそれぞれですから大丈夫ですよ」と言ってくれたが…不安だ。
「弱気になるな…どんな修行も耐えると誓ったんだ」
深呼吸をして丹田に力を入れ、己に渇を入れる。
俺は諏訪子さん達の気持ちを裏切るような事は絶対にしたくない。
服を着替え終えると部屋を出る。
今の俺は私服ではなく一般的に言う神官用の白衣と青い袴を着ている。
例え信仰心がなくとも形だけはしっかりしようという事らしい。
本来、現人神は信仰が重要なのだが神仏嫌いな俺の場合は違う。
あくまで己の肉体や精神を修行で徹底的に変えていくらしい…説明だけではピンとこない。
「健さん、着替え終えましたか?」
外では早苗さんが待っていた。
諏訪子さんと神奈子さんは準備の為、ここにはいない。
ふと早苗さんの傍には水が入ったタライと…酒瓶。
まさか飲むのか?…そう思った俺は一瞬で表情を変えてしまった。
「ふふっ大丈夫ですよ、これは飲む御神酒ではありませんから」
そんな俺を見て笑いながら言う早苗さんに少しだけ安心した。
どうやら身を清めるという意味で水に神酒を混ぜ、己の体を濡らすらしい。
確か、禊といったか? 親父がそんな事言っていた気がした。
だがこの秋の季節に全身を濡らすのは少し寒いだろうな。
「今、柄杓を持ってきますのでお待ち下さいね」
「いや、大丈夫です…すいませんが手伝ってください」
神社へ戻ろうとする早苗さんを呼び止める。
そして俺は右手でタライを掴んで既に包帯を外した左腕を水に浸す。
冷たい感覚を感じながら俺は右腕も浸す。
両腕を清め終えると早苗さんがタライを持って心配そうに俺を見る。
「本当に…いいんですか?」
「はい、お願いします」
するとタライの水が全て俺に降り注ぐ。
流石に少し寒くなったが、逆に清々しい気分だった。
この青空のように、一瞬だけだが穏やかになったと思う。
「大丈夫ですか?」
「ん? 冷たくて気持ちが晴れた気分ですよ」
「………」
笑って返す俺を早苗さんは微笑んでくれた。
この違和感…どこか引っ掛かるな。
何かあるのだろうから、思い切って訊いてみるか。
「何か…俺に言いたい事でも?」
「え?」
「いえ、特に無いのでしたら構わないのですが…」
「…健さんは強い人だなって思ったんですよ」
早苗さんの言葉に俺は意外そうな顔をして振り向く。
強い? 俺が? 何故?
不思議に思った俺は、首を傾げながら尋ねた。
「何で俺が強いと?」
「あの生死の選択を迫られ、普通なら迷いに迷って絶望すると思います。
現人神を選んだとしてもその難行を恐れてしまうかもしれない」
「………」
「でも健さんには少なくとも恐れを感じないんです。だから強い人なんだと思っただけなんです」
「ははは…ただ諦めが悪いだけですって。それに不安や恐怖だってありますよ」
苦笑いしながら言うと、ふと左腕を見つめる。
左腕は僅かに震えていた…水を被った寒さのせいだろうか。
いや、俺は恐れている…25年間という短い間生きていた人間を辞める事を。
本能が恐れているのだろう、止めたくても止められない。
「情けねぇな…早苗さん達に言ったばかりなのに…」
「健さん?」
「見て下さい。この左腕のように俺は怖がっているんです。
これから人間を捨て、現人神への修行に向かう強さには見えませんよ」
左腕を早苗さんに見せて、自らを嘲笑うかのように言う。
すると左腕に暖かい温もりを感じた。
それは早苗さんが両手で手の無い左腕を握っていたからだ。
人肌の暖かさは心地よさを感じる。
「さ、早苗さん?」
「【奇跡】が起こるようにお呪い(まじない)です」
まるで悪戯した子供のような無邪気な笑みでそう言う早苗さん。
それを見て流石に少し恥ずかしくなった俺は顔を赤くして、
早苗さんが手を離してくれたと同時に左腕を隠した。
いや、こんな美人に腕を握られてあんな笑みをされたら嬉しいけど…恥ずかしいだろ?
「あら、早苗ったらあたし達が準備している間に健を誘っているわ」
「健も顔の割には純情だね~」
「「!?」」
上を見上げると神奈子さんと諏訪子さんがいた。
つーか、飛んでいる…神だからこれくらいできるか?
じゃなくて!
「そんなつもりじゃありませんよ! 神奈子様!」
「顔の割にって酷くないですか諏訪子さん!?」
顔を赤くして否定する早苗さんと並んで俺も抗議する。
二人は地面へ降りると愉しそうににこちらを見ていた。
確かに目つきが鋭いから、よく悪人面とか言われたがこれはかなり傷つく。
この人相の所為で警察に幾度か職質かけられた事もあったけど俺は何もしていない。
「まぁいいわ、今から山頂へ行くわよ」
「山頂?…ここから歩くと少し時間かかりますよ?」
「仕方ないな~。しっかり掴まってね!」
「えっ?…うわっ!?」
そう言って諏訪子さんが俺の右手を掴むと身体が浮き出す。
独自に空を飛ぶというのは人間には無い為、
俺は諏訪子さんの手をしっかり掴まりながら浮いている風景を見た。
どうやらこの幻想郷は【飛ぶ】というのは珍しくは無いらしい。
因みに早苗さんも飛べるらしい…俺も現人神になれば飛べるのだろうか?
俺達が辿り着くと山頂ならではの広大なる風景が目に入る。
その絶景に見惚れていると神奈子さんに呼ばれた為その場所へ向かう。
するとそこの地面には古代の文字らしき物が円の中に描かれ、
円の周りには4本の巨大な柱が立っている。
そして辺りにはデカい岩がたくさん転がっていた。
「その陣に入って真ん中に座りなさい。胡座で構わないわ
座ったら左腕を天に掲げて右手で支えなさい」
神奈子さんの指示に従って陣の真ん中に座る。
すると諏訪子さんが俺の前に立って左腕に何かをつけた。
鉄の輪…そこにも古代の文字らしきものが描かれている。
「これから大地を司る現人神としての儀式を始めるよ。
詠唱が必要だけど、これから私が言うのと同じ事言えば大丈夫だから」
それだけ言うと俺は静かに頷いた。
左腕を天へと掲げるように上げ、右手で上げた腕を支える。
神奈子さんは空に浮かび、いつの間にか背中に巨大な注連縄をつけていた。
「諏訪子、健…始めなさい」
「はいはーい。健、行くよ?」
「…はい!」
返事をすると諏訪子さんが両手を地面に着け。
神奈子さんは両手を柱に向ける。
すると柱が光り、下の陣に光が灯される。
その光に俺は言葉に出来ないような畏れを感じた。
『母なる大地よ…厳父なる山よ…巌らんの岩よ…』「母なる大地よ…厳父なる山よ…巌らんの岩よ…」
諏訪子さんの言葉の後に唱えていく。
光が強くなり、辺りの岩が浮いてきた。
さらに詠唱を続けていくと岩が上に集まっていき、凝縮し小さくなり始めた。
『我は大地を讃え、崇め、畏れ、敬おう!』「我は大地を讃え、崇め、畏れ、敬おう!」
凝縮された岩が俺に向かって落ちてくる音が聞こえる。
恐らく鉄の輪をはめた左腕に向かってくるのだろう。
普通なら恐怖を感じると思うが、俺は集中して詠唱するしかない!
覚悟は既に決めてあるのだから!
『今、降り注ぐ巌に誓う者の名は…』「今、降り注ぐ巌に誓う者の名は…」
修行?…耐えてやる、格闘家を嘗めるな!
祟り?…消してやる、死んでたまるか!
守矢神社の皆にこれから恩返しをしなければならないし、
俺の人生を奪ったあの影野郎をぶん殴らなければならねぇんだ!!
『岩上 健なり!』「岩上 健なり!」
岩が俺の左腕にくっ付くと凄まじい痛みが俺を襲う。
例えるなら強力な電撃と高熱が一気に左腕に来る感じだ。
声も上げられない痛みとはこの事か。
ただ痛みを受けて悶える事しかできなかった。
「~~~ッ!?」
「健!」
「後は耐えるだけね…信仰が無き者には拷問より地獄よ」
痛みに悶えている俺はひたすら耐えた。
だが…負けたくは無い。
歯を食いしばりながら立ち上がろうとした瞬間、
『愚か者め…祟りを消す気か?』
忘れたくても忘れられない声が聞こえる。
諏訪子さんと神奈子さんは後ろを振り向く。
そこには…影がいた。
赤い目と口しか見えない顔だが明らかに怒りを表している。
「祟り神がここに何の用かしら?」
「事によっては私たちが相手するよ?」
二人がカードらしきものを持つと影はニヤリと笑う。
すると影は地面に…いや、影へ入り込んでいく。
…何処へ行った?
『我の目的…この愚か者を…祟り殺す事だ』
「消えた!?」
「健、逃げて!」
影が俺の影を通じて現れると右手を俺に向ける。
二人は突然の事に反応が遅れた。
再びニヤリと笑う影は何かを唱えようとしたその時…。
俺の目は確実に奴を見据えていた。
「ハァッ!」
『!?』
俺は左腕を鋭く振り上げて影の顎を捉えようとした。
影は再び消えると少し離れた位置で現れる。
表情は変えていないが、さぞかし驚いているのだろう。
『何だ…その妙な【手】は?』
「妙な手じゃねぇ、これはテメェをぶっ飛ばす為の【拳】だ!」
新しい拳…それは【岩で出来ている拳】だ!
俺は左の拳を握り締めて叫ぶと一気に突っ込もうとする。
だが先程までの痛みと疲れで集中力が途切れかけている。
すると諏訪子さんと神奈子さんが俺の前に立つ。
「これ以上悪戯が過ぎるなら…容赦しないよ?」
「私達の前から消えないなら…消すわよ?」
鉄の輪を構えた諏訪子さんと四本の柱を背中につけた神奈子さん…。
二人が本気の目で影に言うとさすがに不利と感じたか、
山頂から飛び降りながら影は消えていった。
『抗うなら精々頑張ってみるんだな。我が名は呪影(じゅえい)…祟りを残す神なり…』
それだけを言い残すと影…呪影の気配が完全に消え、静かになった。
最後まで立っていた俺は緊張が切れたのか、そのまま倒れてしまった。
新たな自慢の左腕を抱えながら…。
閲覧ありがとうございました。
頑張って2話連続投稿できてよかったです!
という事で、健は新たに岩の拳を得られました。
健が格闘をやっていたとの事ですが、総合格闘技のジム通いをしていました。
空手とボクシングが得意で、関節技や寝技はあまり得意ではありません。
また次回もよろしくお願いします。