鬼脚   作:algn

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Burning ruins 1

 朝、いまだ寒気の残る3月の午前8時。

 とある大都市の一角、年度の終わりに忙しなく動き回る群衆を横目に乗用車が次々と通り抜けていく大通り。バス停でバスを待つスーツ姿の男性が持つ新聞の一面には、中規模の犯罪組織が壊滅した、と記されている。

 そんな通りから路地へ抜け、人通りがいまだ絶えないオフィス街の中心に、なんの看板も出していないビルがある。そここそが『ギルド』の入り口。余程のことがなければ一般人の見識の外にいる存在ばかりが集う裏世界の何でも屋の入り口である。

 特に装飾のない入り口を抜けると、素朴なオフィスビルの外見からは想像もつかないほどのにぎやかさとなっている。まるで高級レストランのような内装で、キッチンの周りにはカウンター席があり、そこから少し離れて集団で座れるスペースも多く用意してある。入り口近くの受付の横には巨大なボードが設置されており、なにか紙がスペースを埋めるかのように張り付けられている。

「受付さん、マスターいますかね?」

 赤挫 啓はその受付で若い女性と話していた。

「はい、今朝食をとっておられるはずですよ」

「おろ、報告はもう少し待った方がいいですかねぇ」

「でしたら後でマスターに伝えておきますので、先に朝食をとっていては?その顔色から察するに、まだなのでしょう?」

「あぁ、そうしましょうかねぇ。言伝よろしくお願いします」

 受付から離れた啓はそのままカウンター席につく。するとキッチンの奥のスペースから初老の男性が暖簾をかき分けながら顔を出した。

「よう!啓、仕事終わりかい?」

「おはようございます西郷さん、マスターへの報告も兼ねて朝食を取りに来たんです」

 その男性の名前は西郷 百海(さいごう どうかい)、還暦を迎えたばかりのギルドにおける料理長である。

 彼の作る料理は主食モノが多く、カロリーが高いため男性陣に好評である。百海には妻の汐(しお)がおり、彼女は夫の作る料理とは違いヘルシー路線の料理が多い。そのためか女性に好評だ。

 夫婦そろって住み込みでギルドの台所を預かる重役である。ギルドのメンバーならばいつでも無料で食べられるためかギルド内における2人の評価は特に高い。

「朝飯かァ、お前さんが来るのも久しぶりだ。どうだい、朝からガツンといっとくかい?」

 百海はそのたくましい腕をまくって笑顔を見せる。

 啓はつられたように笑顔になり、

「そうですね。せっかくなのでお任せしますよ」

 と続けた。

 数十分後、啓の前には山盛りの白飯、脂の乗った鮭のハラミ、香ばしいきつね色のから揚げ、豆腐とワカメのシンプルな味噌汁など、多くのメニューが並んでいた。

「お前さんは『朝は和食派だ』なんて言ってたよなァ?どうだい、これだけ並べば満足するんじゃないかい?」

 百海は豪快に笑う。啓はあぁ、以前言った気もしますねぇ、とつぶやきながら箸に手を伸ばす。

「では、いただきます」

 それを聞いた百海はまた笑顔で「おう!」と威勢のいい返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、そのまま一時間も話し込んでしまいまして」

 啓ともう一人、黒のスーツに身を包み、手にカバンを持った男性が廊下で話している。

 朝食をとりながら百海と談笑していた啓がマスターからの呼び出しに気づいたのは実に通知から40分が経った後のことである。

「やれやれ、俺を待たせるとはいい度胸してやがるよなぁお前は」

「おや、お怒りですか?」

「いや、いつものことだし気にしてはないがね」

 啓に文句を言っている男性、名前は集塊 柊之(しゅうかい ひでの)という。啓や百海の雇い主、つまりギルドのトップに立つ者、ギルドマスターと呼ばれている。

 年は30近く、かつては様々な戦場を飛び回った傭兵だったことぐらいしか経歴が明らかになっておらず、ギルドの創設者にして最も実力をもった者である。

「で、報告は書面で送った通りなので問題はないはずですが、それでも呼び出すとは何かありましたか」

 啓は態度を切り替え、自身を呼び出した理由を柊之に尋ねる。

 そう、啓が朝からギルドにいたのにはそういう理由があった。仕事、いや依頼の報告を前日のうちに書面で送り、その帰りにちらっと寄ったときに柊之から、『翌日もう一度来るように』と言われていたのだ。

 柊之は、首を横に振り啓の質問に対して否定を示す。

「そうじゃない、少々難儀な依頼が来たものでなぁ、相談をしようと思ってるんだ」

 柊之はそう言って、手に持つカバンから一枚の紙を取り出し、啓に渡す。

 しばらくその紙を眺めていた啓だったが、やがて顔を上げる。その表情は怪訝なものに変わっていた。

「これは……このグループが何か……?」

 紙に書かれていたのはとある宗教グループの情報だった。

「どうもきな臭い、と思い探りを入れた。どこにでもいるものだよなぁ、そういうことをする人間ってのは」

 柊之の言葉に頷き、再度紙に視線を戻す。

 書かれているのは、その宗教の概要、グループの本拠地、そして―――

「……人身売買……ですか。随分とまぁ典型的な悪人ですねぇ」

―――人身売買の証拠資料とバイヤーのリストだった。

「せこいことしてるようでな、そいつらの頭の中に金のことはちっとも入っちゃいねぇ。すべて神への供物なんだと」

「根っからの狂信っぷりですねぇ、本当に吐き気がするほど。しかしそれでは買い手は何を支払っているんでしょうか」

「それはおそらく、クスリの類だろうと俺は踏んでいる。幻覚と神に縋った狂信のダブルパンチだな」

「シャレになってないでしょそれは。ですがこの買い手のリスト……」

「……随分と多いだろう。それだけの動きがあればどこかで掴めるはずなんだが」

実際、ギルドの力は今や裏世界では誰も無視できないほどの影響力を持っている。人身売買は裏世界でもタブーとして扱われており、ひとたびそれが行われればどこからかギルドに情報が舞い込むようになっている。

10や20ものバイヤーがつく売り手ならば、見過ごすはずはない。その宗教グループによる被害者は28人にまでのぼっていた。それだけの数をギルドに全く気取られずに達成する、となれば。

「……おそらくリストの名前は架空のものでしょうねぇ」

「そう思うか?」

「私たちの影響を受けずに30人弱を取引。そんなことが複数団体で行われていれば、この宗教団体もある程度名前が知れ渡ってしかるべきでしょう」

ましてや、と啓は言葉を続ける。

「裏世界……私たちのいる世界は、虚飾に塗れた表とは違う。この数の団体がかかわっていながら、情報を隠し通すことは、事実上不可能と見るべきです」

啓は情報の書かれた紙を柊之に返した。さりげなく後でコピー送ってくださいね、と一言付け加えておく。

それを柊之はカバンに紙をしまいながら、分かった、とだけ返事をして、廊下を歩きだした。

「とりあえず、だ。なんにせよこんな事態を見逃していられる俺たちじゃないだろう。明日にはこいつらの殲滅を受付のボードに出しておく」

「わかりました。では私もそろそろ帰りますね」

そうして二人は別れた。

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