翌日の朝、ボード前には5~6人ほどの人だかりが出来ていた。それは柊之の言っていた『宗教団体の殲滅』が正式に仕事として申請、受理されたことを示していた。
「うん、珍しく仕事が早いですねマスターは」
その様子をカウンターから遠目に見ていた啓は、手元に一枚の紙を持っている。昨日と同じく、啓の朝食を作っていた百海がキッチンから覗き込んだ。
「そいつは今日貼られた仕事じゃないのかい?お前さんが持ってるってことはもう受けちまったのかァ」
「えぇまぁ。ただかなり手こずるであろう事案ですし、複数人で当たれとの指示も出てますので、ここであれを受ける人を待とうかと」
啓が持っていた紙。先の宗教団体を殲滅するという仕事依頼書のコピーであるそれには、遂行担当者:赤挫 啓、と既に書かれていた。マスターによる直の指名である。また、『この件に関して作戦、および計画は彼に一任する』との文言も書かれており、これはすなわち啓がこの事案における代表者であり、責任者でもある事を示していた。百海がそれを見てからかうように笑う。
「はっはー!お前さんが代表か!『鬼火』の名前を持つお前さんが代表となりゃ、こりゃすぐに枠が埋まっちまうなァ」
「からかわんでください、その二つ名で呼ばれたことも他の人から言われたこともないです。無論自称したことも一度もありはしません。だいたい言い出したの百海さんでしょう」
「なんだつまらん。我ながらよくできた二つ名だと思っとるがなァ」
そういって朗らかに笑う百海。うんざりしたように啓が文句を言う。
「やめてくださいよ……今は新人教育もたまにやるんです、そんな二つ名が万が一広まったらどうするんです」
勘弁してくれ、という視線を受け、しかし百海はからかうのをやめようとしない。
「そん時はそん時だ。お前さんの功績にもハクがつくってもんだろ?マスターはともかくとして、古参の連中にも少しは認められるってもんよ」
「嫌です、勘弁してください。だいたいそんな二つ名じゃ上の人にかえってバカにされます。それに二つ名なんぞつかなくても実力の証明はいくらでも……っと、マスターから連絡ですね、朝食は後でいただきます」
デバイスの着信音が鳴り、画面を見るとそこには集塊 柊之、の文字が。席を立ち、百海と別れて受付横のエレベーター前に立つ。なお去り際に「広めたら蹴り倒しますよ」と百海に言ってきている。まぁあの百海という男は、冗談と本気の境をよく理解している。だから大丈夫だろう、とも思っていた。
エレベーターの扉が開き、顔を引き締める。ここから先は、少し緊張していく方がちょうどいい。啓にとってこの先はそれだけの意識を持てる場所だった。
「おや、私が最後ですかね?だとしたら待たせたようで申し訳ないです。しかし意外に集まりましたねマスター。5人編成とはちょっとした襲撃任務のようです」
啓が柊之の部屋についたころ、部屋にはほかに4人の男女がそれぞれの場所に立っていた。それぞれ啓が入ってきたときの反応が異なり、一番扉に近い位置にいた男は啓のほうを見ながら深々と腰を折り、壁際に控えていた女は啓を見るなり笑顔で駆け寄っていく。残りの二人、柊之の傍で話し合っていた男たちもまた、「どうも」という短い言葉とともに頭を下げた。柊之はそんな室内の人間を面白そうに眺めている。
「一番最後だが気にすることはない。別に何時までに来い、なんて言ってないからな。今回は全員面識があるみたいだし、スムーズに事が運ぶだろう。5人でもうまくまとまるさ」
「そうですね。まぁ知り合いならば変に気を使うこともないでしょう。このメンバーだと出立は明日以降になると思いますが、それでもよろしいですか?」
「赤挫殿、その、出立の日時について少々ご相談が」
啓の言葉に反応した男がいた。柊之の傍で話し合っていたうちの一人、名を高座 示(たかざ しめす)といい、高身長に白髪の混じった黒髪、本人がモノクルと呼ぶ片目のレンズ型デバイス、纏った燕尾服が特徴的な50過ぎの男性である。その丁寧な物腰からよく『爺』と若いメンバーに呼ばれている。
「えぇ、できる限りは対処しますが、何か?」
「申し訳ありません。現在、得物を点検に出しておりまして。無論参加はできるのですが、その、できれば少々お待ちいただきたく……」
「わかりました。しかしあなたが重火器カバンを手放すとは、長く使いすぎてついにガタが来ましたか?」
そう、彼が仕事に用いるのはスーツケースから展開することによって巨大なガトリングガンとなる武装、通称『重火器カバン』である。そのスーツケースにはさる大富豪の家紋が刻まれており、彼はそれを使って、ギルドに参加する前から多くの悪党を屠ってきた。
示は啓の言葉を否定する。
「違うのです。確かに古いですが手入れは欠かしておりません。その、本業の方で無理をさせてしまいまして、これを機に古いパーツを新調しているのです。今最終調整に入っているので、明日には完成すると言われました」
「了解です。そういえば執事時代当初から使ってきた相棒と言ってましたね。古いパーツではそろそろ厳しくなってきているんでしょうか?あいにく使わないので銃火器には疎いんです」
示の本業。それは世界有数の大富豪の令嬢に仕える執事である。卓越した重火器の扱いと仕事の迅速さからその家の敵を葬る、いわゆる裏の仕事を一任されてきたという。だが、その家が大きくなるにつれて敵も増え、一人では立ち行かなくなってきたため、ギルドに助力を求めながらも、自身もギルドに協力する、という形でこれまでと同じようにその家を裏から支えている。
そこに先ほど示と話していたもう一人の男が割り込んできた。
「そういや爺は執事が本業だったか!こんな世の中だ、昔とは頻度が変わってきてんだろ?」
咥えていた煙草を灰皿に擦り込み、会話に割って入ってきた男。名前はグレッグ・サンデリアスといい、海外で傭兵稼業に勤しんでいたスナイパーである。上はフード付きのパーカー、下にジーンズ、という服装を好んでいるようだ。柊之を暗殺する、という依頼を受け襲撃した際、逆に捕縛された挙句暗殺対象の柊之に雇われたという経歴を持つ。軽口で優しいスナイパーのお兄さん、とは本人の談。
「グレッグ殿、爺というのはやめてもらえませんか?確かにこの中では最も高齢ですが、流石に傷つくものですよ?」
「ハッハー!そんなの今更だろうに!しっかしあれだなー、俺の相棒もそろそろメンテに出してやろうかな?あいつも俺も随分歳食ったもんだ。俺まだ30代だけど」
「そうですな、あなたの得物も随分と使い込まれておるようで。良ければ私の方で技師を手配いたしましょうか?今私の得物を預けていますので、腕は確かですぞ?」
「よせやい、爺とは違うんだ。自分の愛する女をやすやすと他人に渡すなんざいい男としちゃ失格だろうに」
そのまま銃火器のメンテナンスについて話し始めた二人をよそに、啓は駆け寄ってきた女と扉近くにいた男に話しかける。
「影志岐さん、東上寺さんはなにか相談事はありますか?」
「はい!はいはい!赤座先輩はいつになったら私のレッスンに付き合ってくれるんですか!?ナイフ術のレッスンの約束、忘れたとは言わせません!」
啓の言葉に真っ先に反応したのは女の方だった。彼女の名前は影志岐 環季(えにしな たまき)という。年齢は18歳、本来ならば高校3年生かそこらといった年齢なのだが、様々な事情により彼女は15歳の頃からギルドのメンバーとして活動している。啓よりも後に加入し、啓の指導を受けてきたためか、啓のことを『先輩』と呼び尊敬している。男受けするプロポーション、とはグレッグが彼女に言ったことで、その言葉が表すように、美しいモデル体型をしている。主な武装はナイフと爆薬である。主に戦闘面での学習意欲が高く、また若いためか次々と技術を吸収していくので、ギルドないでもかなり期待されている新人である。余談だが、かなり良く声が通る。
「この仕事が終わったら考えてあげます。他にないのなら少し控えていただきませんかねぇ」
「それまえの仕事で一緒になった時も言ってました!私覚えてますよ!?あと今言質取りましたよ!取りましたからねっ!」
興奮する環季を適当にあしらいつつ、啓はもう一人の東上寺、と呼んだ男の方に顔を向ける。
「東上寺さんはどうです?」
話しかけられた東上寺は目を合わせないまま啓の言葉に答える。
「え、あぁはい、そうッスね、自分は特には問題ないです」
東上寺 奏(とうじょうじ かなで)、啓と目を合わせないまま話す13歳の少年は、盲目だった。それ故に社会と適合できなくなり、途方に暮れていた幼少時代に任務中の示に拾われ、紆余曲折を経てギルドのメンバーとなっている。彼の武器はその感覚とボウガンである。盲目の代償か、聴覚が優れており、反射する音の違いを読み取ることによって三次元的な空間把握能力が極めて高い。それ故に、遠くから近づく存在を察知する、心音で相手の精神状態を判断するなど多くの面で機械よりも優秀なセンサーぶりを披露している。ボウガンは示による指導で会得したもの。改造ボウガンによって相手の気づかぬ範囲で狙撃を行ったりもする。
「そうですか。何か作戦の案でも構いませんが」
「うーん、おじいの武装が戻ってくる前に偵察だけしてくるというのはどうッスか?」
「そうですねぇ、そうするなら高座さんの意見も聞いておきましょうかね。偵察するなら、2~3人いれば十分でしょうしメンバーの選別も同時にしましょう」
その言葉に奏は頷き、示のもとに歩いていく。示も会話が聞こえていたのか、グレッグとの話を打ち切り、こちらもまた奏に歩み寄った。
「おじい、明日偵察に出ないッスか?武装が戻ってきてなくても偵察だけなら問題ないでしょ?」
「ふむ……まぁ悪くはないか。偵察ということは奏が出るのかい?」
「そうッス。あ、出るんならメンバーの選別をするって赤挫さんが」
「了解した。まぁお前と赤挫殿、儂は武具を取りに行くし、ここはグレッグ殿が適任であろう」
その言葉に影志岐がつっかかる。
「聞き捨てなりませんよ!?なぜ私は候補にすら入らないんですか!」
「それは私から言いましょうか?」
次は啓が口を挟む。
「影志岐さんは偵察苦手でしょう?あぁ答えなくて結構ですよ、分かってます。そんな感じがします」
「ひどいです!まぁ確かに偵察とやらは勉強してないので言い返しませんがね!」
「ですよね。ということでグレッグさんと東上寺さん、それに私の3人で行きましょうか」
「りょーかい、まぁいい選択なんじゃね?」
「了解ッス。まぁ妥当な線だと思うッスよ」
そこまで話し合ったところでここまで寡黙だった柊之が話に加わった。
「話はまとまったな?OKだ。なら今日は解散だな。俺もこれから出かけなきゃならないんでな、この部屋は閉めるぞ」
それぞれその言葉に返事をして部屋から出ていく。最後に残ったのは啓だった。
「マスター、今回も無事に終わってくれるでしょうか?」
「……それはお前次第だ、とだけ。失いたくないなら自分が真っ先にやるのが一番手っ取り早いだろう?」
その言葉にため息を一つ。そのあと、柊之に一礼してから啓も部屋を出ていく。
それぞれが帰路につき、一人いまだに部屋から出ない柊之は、啓に言われた言葉を、啓に言った言葉を頭の中で何度も反芻していた。