これからも、頑張っていきます。
戦争は、ありとあらゆるものを破壊していく。
土地も、財産も、そして人の命さえも。
だが、そんな地獄の中でも紡がれる命もある。
そして、ここにもひとつの新しい命が今まさに紡がれようとしていた。
霧隠れの里。
四方を海に囲まれた島国にあり、常に発生している霧によって、天然の要塞と化している隠れ里である。
そんな里の中にある屋敷の中。
とある部屋の前で行ったり来たりを繰り返す2mを越すであろう巨躯の男。人並外れている体格も目立つが、それ以上に青黒い肌が目立つ。
そんな男が扉の前をずっと歩き回っているのは、軽くホラーである。
「まだなのか」
ポツリと漏れた声は、ひどく落ち着いておらず、扉の中で新しい命を産み出そうと頑張っている伴侶が聞いたら間違いなく笑われるだろう。
そう思ったときだった。
屋敷中に、響きわたるであろう産声が扉の向こうから聞こえたのは
「旦那様」
扉が開き、初老の女性が出てくる。ひどく疲れたような顔をしているが、笑みを浮かべている。
「無事に生まれましたよ。男の子です」
「そうか」
よくやったと、心の中で呟く。
医師からも、母体の事を考えると産むべきではないと言われていたのだが、絶対に産むのだと断言した伴侶がついに母になり、自分も父になったのだと思うと感慨深くもなる。
「どうか、会ってやってください」
「うむ」
部屋に入ると、1つの布団が引かれており、その中に雪のように白い肌をした伴侶が我が子の頬に手を当てて微笑んでいる。
その光景に思わず、動きが止まる。
嬉しいような、恥ずかしいような、けれども経験したことがあるこの気持ち。なんという名前だっただろうか。
「ホージロ様」
鈴のような声に呼ばれる。いつの間にか、伴侶は起き上がっており、その腕に産まれたばかりであろう我が子を抱いている。
「よくやった、フカ」
感謝と感激の思いがつまったその言葉に、フカは目尻を下げて、幸せそうに微笑む。
布団の傍まで歩いていき、その横に座る。
フカに抱かれている我が子はすやすやと眠っている。
自分と同じ青色の髪に、目の下にあるエラのような模様。フカに似た白い肌と、時折開く口から除く鋭い歯。
間違いなく自分達の子だなと思える。
「ホージロ様、あの」
「どうした」
「この子の名前は考えつきましたか?」
フカの陣痛が始まり、産婆と共に扉の奥に行くときにフカが自分に子供の名前を考えて欲しいと言ってきたので、扉の前で歩きながら考えていた。そして、ひとつの名前が浮かび上がってきた。
「ああ、この子の名前は鬼鮫だ」
「鬼鮫」
フカも名前を繰り返す。1度呟いたかと思うと、鬼鮫、鬼鮫と何度も名前を繰り返す。
「どういう意味なのですか?」
「うむ。鬼鮫の鬼という文字は、鬼のように強くなってほしいからだ。未だに、戦争は続いているからな。だから、強い男に育ってほしくてな」
「鮫の意味はなんでしょうか?鮫も、強くなってほしいからですか?」
「いや、違う。鮫は、魚の中でも交尾をする魚だ。つまり、愛を知る魚だ。この子にも、愛を知って欲しい。それに」
「それに?」
「俺の名前はホージロ、お前の名前はフカ。どちらも鮫に縁があるからな」
「ふふっ、なるほど。そう、鬼鮫、いい名前ですね」
どうやら名前を気に入ってくれていたらしく、笑いながら、赤子の頬を撫でているフカを見て、自分が先程感じていた気持ちを理解できた。
ーああ、本当に
「幸せ、ですね」
フカの言葉が胸の深くに染み渡る。
戦争に勝つためにと、自身の体を鮫のようにする人体実験に参加した。確かに強くなり、里に貢献することはできた。が、その代償に青黒い肌になり、他人からは兵器としか見られなくなった。
そんな自分を愛してくれる存在なんていないと思っていたのにー。
あの時、同じ任務についていたフカに惚れてしまい叶わないと思っていたのに、向こうも思ってくれていたようで、紆余曲折ありながら、共にあり続けられるようになったのがまるで奇跡みたいに思えた。
これ以上の幸せなんてないと思っていたのにそれ以上の幸せがここにある。
だから、なのか。本当は幸せな夢をあるいは敵の幻術にかけられているのではないか。
もし、そうであったのならば、自分はー。
「ホージロ様、この子を抱いてあげてください」
「む?」
「まだ、抱いてはいなかったでしょう?ですから」
そう言われて、渡された我が子は驚くくらい軽く、少し力をいれてしまったら、壊れてしまうのではないかと思うほど弱々しい存在だった。
でも、それ以上に
「暖かいでしょう?」
フカの言葉に頷く。この暖かさは、本物だ。夢でもなく幻術でもない、偽りのない本物だ。
胸の奥が熱くなる。
目から、何かが溢れるのを感じる。
「フカ、鬼鮫を生んでくれてありがとう。俺を父にしてくれてありがとう。鬼鮫、生まれてきてくれて、・・・・ありがどう」
最後は言葉にならなかった。
その光景を慈しむような目で見る伴侶が見えた。その伴侶も、目尻に光るものがあった。
そんな両親の姿を見た赤子はただ楽しそうに笑っていた。