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「そもそも魔術というのは周囲に流れている魔力を導くためのもの。自らの持っている魔力に指向性を持たせて放つ魔法との本質はあまり変わらないわ」
パチュリーがそう言うと、魔理沙はふむ、相槌を打った。
「周囲に流れているのを扱うのは聞いたことが無いな」
「そうでしょうね。西洋と東洋ではそもそも基礎の点で違うところがあるみたいだし、あなたが一つの方法――いわゆる、魔法だけしか知らないのも無理は無いわ」
なるほどなあ、と魔理沙が頷いて、手元のペンを取る。
「つまり私は魔法しか知らないが、西洋の方ではどちらかといえば魔術の方が浸透していると」
「そういう事になるわね。もともと私たちは生まれつきそこまで魔力を持っていないの。だから周りにある魔力を使って自分の物にするっていう魂胆ね」
「生まれつきの魔力の差に西と東の違いがあるのか?」
「そっちは八百万の神がいるんでしょう?」
そう魔理沙に告げながら、パチュリーは後ろで紅茶を運んでいる少女へと目配せした。背中あたりまで届くロングの紅い髪に、後ろに蝙蝠のような羽を生やした女性。パチュリーが使役している悪魔の一人であった。
「魔力というのは神から授かるものだと私たちの先人は考えているわ。だから神の数が多いあなた達の方が、生まれつき身に宿る魔力が多いんじゃないか、って話」
「日本の神の数、ねえ。特に気にしたことは無かったけど」
「あなた達は神様なんて有り余ってるんでしょう? 神の力っていうのは存在するだけで他の物に影響を与えるの……ありがとう、小悪魔」
パチュリーが礼を言うと、小悪魔がゆっくり頭を下げる。それを見て、魔理沙は少しばかり驚いていた。
ただの一魔法使いが、下級ではあるものの悪魔を従えるとは。悪魔というのは魔法使いが扱う神話の中でも最上位に位置する者だ。それを自らのものとして使役するのは、かなりの高等な魔法使いしにか出来ない事だ。
「小悪魔が珍しいのかもしれないけれど、そもそもあなた達との悪魔という概念が違うのよ」
魔理沙の視線に気づいたパチュリーが紅茶のカップを置いた。
「わたし達にとって悪魔は身近に存在するものなの。ちゃんとした代償を払いさえすれば、こうしてわたし達の手伝いもしてくれる便利な使い魔よ」
「なんだか危なそうだな……後ろから刺されたりしないのか?」
「あいつらにそんな力、あるわけないじゃない……ああ、あの子は別よ。私に付いてきただけ」
からかう様にパチュリーが笑う。後ろにいる小悪魔は居心地が悪そうな様子だったが、パチュリーが助言を入れると、すぐにほっとした顔になった。
「こんな風に、場所と宗教の違いだけで魔法っていうのは様々に変化するものなの。こっちでは悪しきものとされる悪魔が、向こうでは都合のいい手駒になるくらいはね」
「それじゃあ、私にも魔術は使えるんだな」
「練習さえすればね。いまさら遅いと思うけど」
確かに、と魔理沙が思う。今のパチュリーの話を聞けば自分の体が魔法に特化しているのは明白だし、生まれてこの方一つの手法でしか魔法を使ってないせいか、そっちの方が体に染み込んでいるのだ。
「ただ、原理さえわかれば簡単なこと。魔法を使えるくらいの基礎とそれに準ずる魔力の質があれば、その力の方向を変えるだけで魔術は簡単に使うことが出来るわ」
「あとは知識だけって事か」
「そういう事ね。学びなさい」
そうパチュリーが言った瞬間だった。突如として大きな轟音が部屋中に響き渡り、カップの中にある紅茶に波を立てた。本棚がぎしぎしと軋み、体の軸が揺れる感覚が魔理沙を襲う。
その震源である下からは、魔理沙が感じ取っていたもう一つの大きな力が、さらに大きさを増して上へと上がってくることが感じられた。突然の出来事に困惑し、魔理沙はパチュリーに言葉を求めた。
「地下に張ってある結界が壊されたわ。おそらく妹様が起きたみたいよ」
「妹様?」
「そう。この館の主人、レミリア・スカーレットの妹、フランドール・スカーレット。今は地下牢に幽閉されているわ」
適当に説明すると、パチュリーは小悪魔へテーブルの上のものを片付けるように言い、いつのまにか脇に抱えていた魔導書を開いた。そのまま詠唱を始めると、魔理沙とパチュリーを包み込むようにして魔力の結界が張られてゆく。魔理沙からすると、とてつもなく早い詠唱だった。
「周囲の魔力を凝固させて壁にする魔術よ。基礎的なものだから覚えておきなさい」
小悪魔が避難したことを確認すると、パチュリーが続けて詠唱を始める。今度は本棚に入れられたあらゆる本が一斉に飛び出し、魔理沙達の周りを守るようにして展開された。魔理沙が部屋に入る前に遭遇した自立防衛型の魔導書。感じる魔力は、先程のよりも上位のものだ。
「そ、その妹様ってのはどこにいるんだよ」
「さあ? 分からないからこうして全方位を守ってるのよ」
あなたも一緒にね、と面倒くさそうにパチュリーがぼやく。
「そもそも、普通の妹様ならこんな事しないし」
「じゃあなんでこんな事してるんだ?」
「あなた、分からないの? 無駄に力が大きすぎるでしょ」
その瞬間だった。
魔理沙とパチュリーの足元にある床が、はじけ飛んだのは。
「んな馬鹿な!?」
「伏せて!」
二人の声が重なった一瞬後に、魔力の障壁が吹き飛ばされる。
砂煙が晴れた後に立っていたのは、結晶のかけらを吊るした羽根を持った、フランドールだった。
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やはりレミリアは吸血鬼という事もあってか、スペルカードルールに慣れていないはずにもかかわらず、中々やっかいな弾幕を撃ってくる。大きな玉で視界を防いでくると思えば、所々に細かな球を配置して小手先の勝負をしてくる……と思えばまた、開けた場所から一気に撃ってくるような、大胆な戦い方に切り替える。
おそらく吸血鬼という種族自体の強さではなく、柔軟な環境に対応できるレミリア自身の強さなのだろう。
流石は当主と言うべきか、手ごたえのある相手だった。
「そんなに逃げてばっかりでいいのかしら? 博麗の巫女だったらもっと気張りなさいな」
上から赤い球状の大玉を振らせているレミリアが叫ぶ。
大玉の一つを陰陽玉ではじき返すことでそれに応え、レミリアをキッと睨みつけると、彼女は私の事をあざ笑うかのようにして目を細めた。
「気分のいいものね。博麗の巫女を手玉にとるというのは」
「そうね」
やたらと高圧的なレミリアに、口数が少なくなる。
今思い返せば、レミリアは私を仕留める機会は何度もあったはずだ。それなのにレミリアはまるで必死に避けている私を弄んでいるかのようにして、何度も何度も私にチャンスを与えてきた。いや、無理やり与えられて楽しむようにさせられている、という事か。
吸血鬼だから、こんな大きな館の当主だからと言って、こんなにも態度が大きくなるものか。
まだ井戸の中しか知らない彼女に、なぜこうも見下されなきゃいけないのか。
「ほら、もっと飛んで見せてよ。飽きさせないでちょうだい」
いらっ。
「うるさい!」
右足に力を込めて、思いっきり振り抜く。
飛んで行った陰陽玉はレミリアの顔の横を掠めて、後ろの壁にめり込んだ。
コントロールが上手くいかない。情に流されちゃだめ。
「……本当に、この程度なの?」
私が外したことに呆れたのか、レミリアがつまらなそうに呟く。
その目は先程の嘲笑うような目ではなく、道端の石ころを見るような、冷たい目に変わっていた。
「呆れた。博麗の巫女というのなら、私くらい簡単に倒せると聞いたのだけれど」
誰に、という疑問は浮かばなかった。
明らかに失望されているような、氷のような目が私に突き刺さる。
「だいたい、あなた自身が決めたスペルカードルールすら使ってないものね。とんだ期待外れだわ」
そこを突かれると、少し困る。
美鈴はあちら側から言ってきたとしても、ルーミアなんて弁明の余地もない。
いや、そもそもスペルカードを使う機会すらなかったというか。
――私がスペルカードを使いたくなかった?
だんだん、自分の考えが分からなくなってきた。
「それで、私相手になるとそうやって感情に流されて。本当に博麗の巫女があなたに務まるの?」
失望、というよりは純粋な疑問に見えた。
そんなこと言われても、私だって急にこんなところに連れられて、勝手にスペルカードなんて言われて、それで異変を解決しろなんて言われてるんだ。少しはこっちの身にもなってほしい。
だけど、それでも幻想郷を守るのは博麗の巫女の仕事で。
こんな事で根を上げてたら、幻想郷を守ってやる、なんて言えない。
まあつまり、レミリアの言葉も一理あるという事で。
「そうね。少し舐めてたみたい」
博麗の巫女、というものを。
昂ぶる感情を何とか抑え、すぅと息を吸うと、心なしか視界が晴れた。
そこまで言うのなら、やってやろうじゃないの。
大きな翼をはためかせているレミリアを正面にとらえ、リボンに仕舞った赤色のカードを構える。
「『科学の苺と赤い十字架』!」
「待ってましたー!!」
甲高い叫び声と共に、レミリアと私の真上に大きな穴が現れた。その中からは無数の巨大な赤い十字架が、レミリアに向かって次々と降り注いぐ。絶え間なく振り続く十字架にレミリアが圧されたのか、乱立していく十字架の隙間を縫うようにして躱していく。
瞬く間に大広間を十字架が埋め尽くし、レミリアと私の距離が開く。そして、その間には、紅い服を着た一人の女性が立っていた。
この館よりも真っ赤に染まった長髪に、同じ色をした大きな瞳。ちゃんと戦闘用の外套は羽織ってきたらしく、彼女の背中ではためいていた。
岡崎夢美。
かつて並行世界より現れた、ただの人間である。
「久しぶりね靈夢、こんな楽しそうなことに呼んでくれちゃって」
こちらに振り返った夢美は、人のよさそうな笑みを浮かべて、私に語りかけてきた。
「……は?」
一方で、私は混乱していた。
確かにこのカードは岡崎夢美をイメージして作ったものだ。それは認めよう。私の筋書きどおりなら十字架の形をした霊力弾が降ってきて、面制圧をするといった、普通のスペルカードになったはずだ。
それが、どうして夢美が出てくることになったのか。そんな事は思ってないし、現に私はレミリアを前にしてあわあわとうろたえている。
「へえ、式神なんて、珍しい物を持ってるじゃない」
どうやら突然現れた夢美に驚いているのは私だけのようで、レミリアも感心したように夢美の方に目をやった。
「なにあれ!? もしかして吸血鬼!? すごいわね、靈夢! やっぱりここには未知が満ち溢れているわ! ……ああ、別にシャレじゃないのよ?」
夢美の方もここに来た事に違和感を感じている訳では無く、空を飛んでいるレミリアを見て目をキラキラと輝かせている。先程の言動から考えて、夢美の認識は自分から来たというよりも、私が呼び出したようだった。
「ふふ、ようやく楽しくなってきたわ」
満足そうに笑うレミリアは、右手に光の槍を生み出した。
それに呼応するかのように、夢美が左右に紅い十字架を従える様に生成する。
「行くよ! 吸血鬼ちゃん!」
夢美の言葉が合図となって、夢美とレミリアが同時に空を駆ける。
最大速度で駆け抜けたレミリアと夢美は空中で衝突し、レミリアの紅い槍と夢美の赤い十字架がぎりぎりとつばぜり合っていた。
「ふ……ぬおおおお!」
だが、レミリアが片手なのに対し夢美は左右の十字架を交わらせて受け止めている。力の差は明確で、夢美も全く歯が立たないと言う訳では無いが、決して有利なわけでもないようだ。
そのままレミリアが夢美の実力を見抜いたのか、交差している十字架に足をつけて跳躍。夢美の体が吹き飛ばされ、紅い槍の矛先は、後ろを取った私の方に向いた。
「おおぅ」
まーバレるわな、そりゃ。
飛んでくる槍を、陰陽玉ではじき返し、夢美の方に目をやると、なんとか空中で姿勢を作り直していた。
「よそ見かしら」
囁くような甘い声に、私の体が反応する。
瞬間的に右を振り向くと、私の目の前にレミリアの顔があった。
そのまま脇腹に強い感触。蹴られた事が分かったのは地面に叩きつけられたあとで、大の字になりながら、やっぱり強いなあ、と私はレミリアをぼんやりと見上げていた。
「だいじょぶ?」
夢美が私の方に降りてきて、そんな言葉をかけてきた。
まあ、まだまだやれるけど。やっぱり痛い。
けど。
「負けるわけには、いかないからね」
「そうそう、それでこそ靈夢よ」
私の言葉に反応したかのように、夢美が天を仰ぐ。その途端に、大広間の天井が赤い光を帯びる。
レミリアも驚いたように視線を上げ、その先にあったのは赤く光る大きな十字架だった。
そう、十字架。
吸血鬼の弱点でもある、夢美の得意技だ。
「なるほどね。そういうこと」
納得したように、レミリアがひとりごちる。
レミリアのような強い吸血鬼が十字架で浄化される事は無いだろうが、少なくとも弱体化までには追い込めるはずだ。その状態のレミリアならば、夢美と力を合わせて勝てるかもしれない。
そもそも吸血鬼を相手にする時点で、このカードを使おうと思っていたし。
夢美の手を借りて、ゆっくりと立ち上がる。
「
夢美の言葉通り、レミリアはまだ忌々しそうに十字架を見上げていた。
即ち、十字架によって行動が制限されているということ。
弱体化どころか、ここまで効果があるとは、好都合だ。
「一気に片付けてやるわ」
そう意気込んで、陰陽玉を足元に寄せる。
右足全体にありったけの霊力を込めて、レミリアに打ち込んでやろうと思いっきり振り上げた。
今度は、外さない。
右足が陰陽玉に当たると同時に、大きな衝撃破が私の体を突き抜ける。
「なばっ……!」
「ちょっ、何!?」
だけど、それは私のものではなく、私の立っている下、階下からの攻撃だった。
突然地面が爆ぜて、私と夢美は大きく後ろに吹き飛ばされる。
まさか、まだレミリアにこんな力が残っていたなんて。そう驚いてレミリアの方に視線を向ける――が、レミリアの方も想定していない出来事らしく、目を見開いて焦るように叫んでいた。
「パチェ!? どうしたの!?」
その呼び声に反応したのは、紫色のゆったりとした服を着た女性。
そして、その後ろには、なぜかボロボロになった魔理沙の姿があった。
「魔理沙!? なにしてるの!?」
「おう霊夢、ちょっとした……緊急事態?」
「緊急事態よ」
「だ、そうだぜ」
その女性は魔理沙の問いに冷静に返した後、周りに浮かせている魔導書を一気に展開、詠唱に入った後に様々な色の光線を砂煙に撃ち込んだ。
「決闘の最中に水を差して悪ぃな。んで、あんたがレミリアか?」
埃塗れになった三角帽子をくい、と上げながら、上空にとどまっているレミリアを見上げる魔理沙。
その顔は、魔理沙にしては少し面倒くさそうな、だけど面白そうな複雑な表情をしていた。
こくりと頷いたレミリアに対し、魔理沙はそのままはは、と笑いながらぼやくように呟いた。
「あんたの妹……ちょっとばかし、強すぎだぜ?」
その途端、砂煙から突如として黒い影が飛び出した。
きらきらとした金色の髪に、赤いスカートと白い帽子。
そして背中には、歪な枝のようなものに吊るされて、きらきらとした宝石が輝いていた。
「フラン? フランドール!?」
フランドール――そう呼ばれた少女は、レミリアの方を
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