お許しを
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フランドール――どうやら、魔理沙の言葉によると、レミリアの妹であるらしい――が手にした黒いオブジェを一振りすると、その切っ先からは閃光がほとばしり、私の頭の上を通り過ぎた。その瞬間、殴りつけられるような熱風に襲われ、思わず両手で顔を防ぐ。
どうやら彼女の武器は、この光線らしい。
「あなたが、お姉さまの敵!」
そう叫んだかと思うと、フランドールは黒いオブジェをこちらに向けて、その先から光線を放射状に放つ。すぐさま足の発条を使って後ろに大きく跳躍。光線と光線の隙間をすり抜けるように躱し、そのままフランドールと距離を取る。
うーん、距離をとっても熱線で一気に焼き切られるし。近づいたら近づいたでああいう散弾を撃たれると厄介だし。遠近両用なんて、ずるい。
「どうするの?」
「考え中」
まるで他人事のように訊いてくる夢美にそう返し、ふむ、とフランドールを観察する。
そもそも、フランドールはなんで今になってここに出てきたのだろう? 最初からレミリアと同時に二人がかりで戦えばよかったのに。確かに手の内を見せないように伏兵として隠しておく、という手もあるが、レミリアの実力を考えれば普通に二対一の状況を作る方が効率的だろう。
どうも、出てきたこと自体に納得がいかない。そもそも、どこにいた?
「フラン……?」
そう思考を巡らせていると、ようやく十字架の呪縛から解かれたレミリアがフランドールに近づいた。
並べてみると背格好も似ているし、顔つきもどこか通ずるものがある。髪の色は違えど、姉妹と言われれば納得する程度。こんな状況でなければ、穴が空くほど観察していただろうに。
「フラン、あなた、どうして」
「お姉さまを、助けたかったから」
まっすぐな瞳で、フランドールがレミリアの目を見つめた。
その言葉には、計り知れない程の決意が見える。間を置かずに言ったのが何よりの証拠だ。
吸血鬼の姉妹愛。対象が私でなければ、まあアリっちゃアリだろう。
「……あなた、実はけっこう余裕でしょ」
考えが口に出ていたのか分からないが、夢美が呆れた声で言ってきた。
余裕というか、こんな事を考える位にはおかしくなってきたというか。
要するに疲れてきたという事だ。
「早く終わらせたいのよね」
「あなたねえ……」
「霊夢!」
なんてことを話していると、ぼろぼろになった魔理沙がこちらに駆け寄ってきた。
スカートの端は破け、トンガリ帽子も埃だらけ。一体何をしでかしたのかと
「あんたは休んでなさい」
「な、なにおう!? まだ何も言ってないじゃないか!」
「どんだけ付き合ってきたと思ってるの」
どうせ、私も一緒に戦う、みたいなことを言うつもりだったくせに。
それに、魔理沙には悪いが、今の魔理沙が戦線に加わってもお荷物にしかならない。怪我人を抱えながら吸血鬼二人を相手にするなんて芸当、私には無理だ。
それにしても、どんだけ付き合ってきたの、という言葉が出てくるのは心外だった。
私は彼女の本当の友人ではないのに。
「魔理沙の看病はこっちでするから安心して」
そう言ってきたのは、魔理沙と一緒に出てきた、紫色の女性だった。先程の魔術を見る限り中々高位の魔法使いらしく、傍らには数冊の魔導書をふわふわと浮かせていた。
名前も知らないが、敵意らしい敵意も感じられない。簡単に信用しすぎな気もするが、今のこの状況じゃ任せるしか選択肢はないだろう。
「誰だか知らないけど、任せたわよ」
そう言って、改めて真正面に佇む吸血鬼の姉妹を見据える。
「あっちのお話も終わったみたいだし、ちゃちゃっと片付けちゃいましょう」
そう軽口を叩く夢美に頷いて返し、傍らに陰陽玉を侍らせる。夢美も同じように赤い十字架を生成すると、退屈そうに首を鳴らした。
正面には、それぞれ紅い槍と黒いオブジェを手にしたフランドールとレミリア。
これで終わらせてやる、と意気込んで私は勢いよく地面を蹴った。
■
私が生まれつき持っていた能力は、とても危険なものらしく、実の親であるお父様が娘である私を地下牢に閉じ込めるほどには危険だったらしい。私自身もその能力を本能的に知っていて、その使い方も全部理解していたけど、お父様やお母様は私と口を利こうとすらしなかった。
そんな私の事をいつも気にかけてくれたのが、私のお姉様、レミリア・スカーレットだった。
毎日毎日飽きもせず、レミリアお姉様はいろんな事を私に話してくれた。今日は何があったとか、外の世界はどんなのだとか、私の持っている力のことも知っていて、それについても話してくれた。薄暗い地下牢の中での、唯一の話し相手だった。その時から、私はいつも心のどこかでお姉様を慕っていたんだと思う。
そんなお姉様に、迷惑なんてかけれなかった。お姉様は外に出たくないの、と聞くけれど、私にはお姉様だけいれば十分だったから。どうせ私がこの檻の外に出ても、お姉様に迷惑をかけるだけ。そう思うと、必然と私は外に出たくない気持ちが強くなっていた。
そうして、四百年と少し。こうして私は今、外に出て戦っていた。
どうしてか、は知らない。戦い方も知らないはずなのに、不気味なほどに自然に体が動く。
ただ私の頭の中には一つ。
お姉様を、助けたかった。
■
フランドールの熱線を陰陽玉で受け流し、距離を詰める。片側から感じるとてつもない熱量に何とか耐え切りつつも、ふとフランドールの方に目をやると、こちらに手を突き出して手のひらを見せつけていた。
何を、と思った瞬間、その手の中に小さな黒い球体が生成された。それに気づいた時には遅く、フランドールがその球体を握り潰した直後、私の真上からシャンデリアが降ってきた。
「危ない!」
すぐさま夢美が十字架を飛ばして、シャンデリアを突き飛ばす。そのまま十字架はフランドールの方へと飛んでいき、フランドールの眼前に迫った瞬間、シャンデリアは十字架ごと粉々に砕け散った。
きらきらと輝く破片の中からは、またしても片腕を突き出すフランドールの姿。その手は閉じられていて、ゆっくりと開くと、黒色の破片がはらはらと零れているのが見えた。
すると、真上から感じる強力な妖気。思わず上を見上げると、レミリアが槍を構え、こちらに突撃してくるのが見えた。
何とか回避しようにも間に合わず、陰陽玉を抱きかかえるようにして槍を受け止める。さすがは鬼の名を冠する妖怪という事も有ってか、だんだんと押され始めてきた。
「何つー馬鹿力……」
思わずそうつぶやいた瞬間、レミリアの口元が吊り上がる。
第六感が逃げろと告げたのも束の間、さっきまで私がいた所を無数の熱線が貫いた。
横を見れば、こちらに棒切れを向けるフランドールの姿。
夢美は、とその横に目をやると、洗濯物みたいに十字架にもたれかかっていた。
「た、頼りない……」
死んではいないと思うけど、自分から出てきておいてそのザマとは。
「よそ見してるヒマなんて、あるのかしら?」
そう言ってきたレミリアの手には、赤く光る一枚のカード。
「紅符『スカーレットマイスタ』!」
そう叫んだと同時、目が眩むような紅色の弾幕が私の目の前に広がった。
放射状に撃ち込んでくる小粒の妖力弾に、逃げ場を塞ぐような巨大な妖力弾。そんな弾幕が薙ぎ払うかのように展開されて、たまらず左に大きく逃げる。
数秒前までいた所に、紅色の奔流が流れるのを背中から感じる。絶対アレ非殺傷弾じゃないでしょ。弾から感じる力が違うし。
そんな事を考えていると、前方にフランドールの姿を捉える。得物の切っ先はコチラに向いていて、ああ、挟まれたんだな、とようやく理解した。
「禁忌『レーヴァティン』」
ぼそり、と呟くと同時、今までよりも数倍大きな紅いレーザーが放たれる。
前方には迫ってくる熱線、後方には密度の細かい紅色の弾幕。
「あー……」
どうしようもなく、思わず声が漏れる。
前に進んでもフランドールに斬られるし、後退してもあの弾幕の密度じゃ回避できそうにもない。スペルカードを使ってもいいんだけど、恐らくその場しのぎにしかならないだろう。
短い時間のなかであーだこーだ考えて、辿り着いたのは一つの結論。
ちょっと、頑張る。
飛ぶスピードをもっと速くして、迫りくる熱線に正面から向かう。フランドールが占めたような顔をするが、今は無視。
そのまま私が熱線と接触しようとした瞬間、一気に体を捻って熱線を回避。背中に熱い感触を受けながらも、構わずフランドールへと襲い掛かる。
そのまま、右腕に霊力を集中。青い焔のようなものが右腕全体に灯り、二、三回拳を閉じたり開いたり。
「っ!」
フランドールが不味いと思ったのか、得物を思いっきり振り上げた。
熱線、というよりも赤いレーザーがこちらに向けられる。部屋全体を焼き切るほどに巨大なレーザーを、私は霊力を灯した右手の甲で受け止めた。
そのままゆっくりと力を流して、右腕を滑らせる。とてつもない熱量と妖力が体の右半分を襲い、思わず顔が歪む。だが、それに反して力の操作は簡単だった。
そうして、熱線の力を完全に制御し、右腕に全神経を集中させて、レーザーをレミリアの方へ受け流す。床と壁を伝いながら、赤い熱線が弾幕を放ち続けているレミリアへと勢いよく襲い掛かった。
「うそ」
フランドールが、信じられないものを見たような顔で呟いた。
そもそも、放った攻撃の規模が大きいから制御が曖昧になるのは当然のことだ。今回の場合は私の腕という明確な手ごたえもあったし、思いのほか力の制御も上手く行ったのでフランドールが呆けるのも無理はない。
霧散して消えるレーザーを確認して、フランドールに近づく。フランドールが私の方に気が付くがその時には遅く、私はフランドールの羽根を掴んで思いっきりレミリアの方向へと投げ飛ばした。
なんとか回避できたみたい。これでまた、仕切り直しだ。
「あんたはちゃっちゃと起きなさい」
あれだけの騒ぎがあったのに、未だに寝ている夢美の頭を蹴ってやると、変な声を上げてゆっくりと起き上がった。
「うん……やられた」
「まだ終わりじゃないわよ」
「そうは言ってもねえ……」
そう言って、困ったように夢美が視線を上を向く。
夢美の視線の先には、対照的にそれぞれの得物を構えるフランドールとレミリアの姿。その二人の目から、見えない決意がひしひしと伝わってきた。
「ああいうのは、相手したくないなあ」
「そうね」
様々な相手と戦ってきた中で、ああいう目をした相手は何度も見た。
けれど、正直そいつらの都合――レミリア達の都合なんて知らないし、知りたくもない。
彼女らには彼女らの決意があって、それに基づいて行動しているだけ。それがかわいそうな理由であっても、私には全然関係ないこと。他人の事に首を突っ込む趣味もないし、聞かされても何をするつもりもない。
私は私で、幻想郷を守るために動いているから、それ以外のことは関係ない。
たとえ、この幻想郷が私の生きてきた幻想郷じゃなくても、私は今を守るだけだから。
闘うことは、そういうことだから。
……なんだか、少し恥ずかしい。
「でも、やらなくちゃ」
一つ息を吐き、肩の力を抜く。
その時、レミリアとフランドールが同時にカードを抜いたのが見えた。
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フランドールが檻の中から出たくないと言ったとき、私はひどく両親を怨んだ。
私たちの両親はフランドールを危険だからだと言って地下に閉じ込めた。日に二回の食事を届けるための役は実の姉である私に任され、両親はフランドールの力に恐れながら、毎日私にフランドールの事を聞いて来た。
フランドールには、退屈しないように色々な話をした。今日はこんな人が来ただの、今外ではこんな事が起こっているだの、フランからすれば全く関係ない話だったが、私にはそうすることしかできなかった。その時、私は自分がいかに非力であるかを実感した。もっと私に力が有れば、フランドールをここから出してやれることが出来るのに。
ある日、フランドールに外に出たくないか、と聞いた。
ここでフランドールが外に出たいと言えば、私も協力できるからだ。毎日話をして、「生きている」私から言えば両親も納得するだろう。フランドールの力は決して危険なものじゃない。そう願って、私は彼女に聞いたのだ。
けれど、帰ってきた言葉は否定の言葉だった。
フランドールは、外の世界への興味すら、失っていたのだ。
私はひどく両親を怨んだ。怨みに怨み、しまいには殺してしまった。自分の親を、この手で。不思議と、悲しいといった気持ちはなかった。ただ言えることは、私にはフランドールしかいないということだけだった。
両親を殺した私は、とある妖怪の誘いによってこの幻想郷に移住することになった。その妖怪から渡された条件は不思議なものだったが、それだけで済むのなら別にどうでもよかった。私にはフランドールと一緒に暮らせる環境があれば、それでよかったから。反対する者はいなかった。
そうしてどういうわけか、フランドールはあの地下から出て来てくれた。
理由なんて知らない。誰の手助けが有ったかなんてどうでもいいし、フランドールがただ教えただけのスペルカードを使って、博麗の巫女と互角に戦うことも今の私にとってはどうでもいい。この勝負の結末すら、どうでもよくなっていた。
だって、フランドールが出てきてくれたから。
それ以外、私は何も望まない。
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「『紅色の幻想郷』」
「QED『495年の波紋』」
レミリアとフランドールが同時に詠唱し、眼が眩むほどの紅い光があたりを包み込む。
その光が晴れた瞬間、私たちの真上にはかつてない量の弾幕が展開されていた。
レミリアの弾幕は紫色の大玉に、その後を追うようにして展開される小さめの妖力弾。それはレミリアが手を振るうたびにまるで水面のように揺らめき、ゆっくりとこちらに向かってくる。それに対してフランドールの弾幕は小粒の妖力弾を全方位に放つだけだが、壁や天井に触れるたびに弾が反射してこちらに向かってくる。
それが、同時。たまらず私は夢美の首根っこを掴むと、夢美も同じことを考えていたのか、赤い十字架を展開して身を守った。いくつもの弾が十字架で弾け、金属をこするような音が耳の奥を刺激する。
「夢符『封魔陣』!」
押され気味の夢美を見て、たまらず私もカードを抜いた。二重に張られた結界が私と夢美を包み、周りの弾幕をかき消しながら広がっていく。これで大分スキが出来たはずだ。必死に十字架を展開する夢美から手を離し、今まで立っていた巨大な十字架を蹴って跳躍する。
レミリアとの距離は、依然空いたまま。けれど、弾幕が途切れた今なら
「禁忌『フォーオブアカインド』ッ!」
弾幕が途切れたのを見かねたのか、フランドールが詠唱。
すると、驚くことに、フランドールが四人に増えた。
「なんつー……」
変なスペルカード、と呟こうとした瞬間、分身した四人のフランドールが一斉に弾幕を放つ。先程の弾幕とは段違いの密度を見せ、辺り一面が青色の妖力弾で埋め尽くされる。たまらず私は陰陽玉を正面に構え、飛んでくる妖力弾を受け止めた。一発に込められた力は弱いが、如何せん数が多い。
すると突然、陰陽玉を構えた腕に強い衝撃が走る。熱い痛みと共にその方向へ目をやると、拳を私の腕にめり込ませ振り抜いたレミリアの姿。そのせいで陰陽玉が吹き飛び、青色の弾幕が私の視界を埋め尽くす。
「終わりよ」
どう避けようかとルートを構築しているうちに、レミリアが紅い槍を構える。目と鼻の先に向けられた真紅の槍は今にも私の顔を貫きそうな勢いで迫り、眩しい閃光と共に私の視界を塗り潰した。
……やっぱり、負ける?
二対一だから? レミリアとフランドールの決意に負けたから? それとも、岡崎夢美に頼りすぎたから?
違う。
まだ、負けていない。
「まだ」
向けられた真紅の槍を右手で掴む。手のひらに肌が焼ける感覚があったが、気にしない。そのままレミリアの胸倉をつかみ、フランドールの方向へ投げ飛ばす。レミリアが子供の体型で良かった。こうして投げ飛ばしやすかったから。
驚愕の色に染まるレミリアの顔を見送りながら、フランドールの放つ弾幕のルートを再構築。密度は濃いものの、避けられないという訳では無い。身をねじ込んで、腕で弾をはじき返しながら、だんだんとフランドールの方へと距離を詰めていく。
「なんで……」
そう、フランドールの口が動くのが見えた。
「なんで、そんなに強いのよ! 私たちは吸血鬼よ? あなたは人間でしょ!? なんで、こんなに、私たちが負けないといけないのよ!」
叫び、と言うよりは糾弾に見えた。
目に涙を溜めながら、四人のうちのフランドールが黒いオブジェの切っ先をこちらに向ける。
その頃には既に、私とフランドールの距離は五歩程度にまで縮まっていた。
「これじゃ……これじゃあ、お姉さまを守れないじゃない!」
フランドールが切っ先から閃光を撃ち出す。
だが切っ先を向けられた時点で躱すことは容易であり、オレンジ色の閃光は数秒まで私のいた場所を空しく突き抜けていった。
「別に、私自身が強いわけじゃない」
三人のフランドールの放つ弾幕を避けながら、切っ先を向けてきたフランドールに急接近する。だけどフランドールは既に抵抗するような素振りは見せず、ただ俯いてその場に佇んでいるだけだった。他の三人の分身は消え、スペルカードの発動時間が終了する。
「私の想いの方が、あなた達二人の思いに勝っただけ。ただ、それだけのこと」
手の内に隠したカードを構え、フランドールと後ろにいるレミリアに照準を合わせる。
「そっちにどんな事情があるか知らないし、私は聞きたくもない、ただ、私は博麗の巫女よ。私は、異変を起こした者には必ず勝たなきゃいけないの」
霊符『夢想封印』
私の知らない術だけれど、記憶が教えてくれた、博麗の巫女の奥義。
八つに光る霊力の球が私を包み込み、フランドールと、後ろで肩を抑えているレミリアに向かって飛んでゆく。
「博麗の巫女を、なめんじゃないわよ」
光に包まれたフランドールとレミリアを見ながら、私はそう呟いた。
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