博麗靈夢は語り継ぐ   作:宇宮 祐樹

12 / 15
紅霧異変とその後の顛末


08

 

 空に紅い霧はもう見えず、雲一つない蒼穹が広がっている。

 蝉の鳴き声も日を経るにつれて収まっており、少しずつ秋の訪れを告げていた。

 

「そもそも私は私の自由意志じゃなくて、あなたの記憶が産んだものなのよ」 

 

 博麗神社の居間、対面に座る岡崎夢美はそう話し始めた。

 

「私の記憶?」

「そう。あなたがこれまでに倒した強大な力を、あなたが無意識にそのカードに封じたの」

 

 彼女はそう、私の後ろで結っているリボン――正確には、その中身を指さした。私がそれを取り出すと、彼女も興味深そうに私の手の動きを追った。

 

「にしても、私がそんな小さなカードに封じられているなんてね。やっぱりここは神秘の宝庫だわ! 今からでも住み着きたいくらいに!」

 

 目を輝かせながらそう叫ぶ夢美だったが、次の瞬間には「でも無理なのよね」と肩を落として項垂れる。私はいつになっても変わらない夢美に少しの懐かしさを覚えながら、次の質問を投げかけた。

 

「それじゃ、あなたは夢美の分身ってこと?」

 

 しばらくの沈黙。

 何かいけなかったか、と急に変わった空気に困惑していると、やがて夢美がぽつぽつと、妙に言いにくそうな顔で語り始めた。

 

「分身、っていうのは言い得て妙ね。私は私だけど、靈夢の記憶に沿って生み出された私だから。今の私がしそうにない事も、靈夢が『岡崎夢美ならばこうする』と思えばしてしまう訳だし」

 

 つまり、今の岡崎夢美に自由意志は無く、私の意志だけで動いていると。

 目の前の、夢美によく似た人物は、そう言った。

 

「私は、私じゃない。だけど、あなたが私を私だと思うのなら、私は私なのでしょうね」 

「……? ちょっとよく分からない」

 

 夢美の巧妙な言い回しに、思わず私は両手を上げた。

 要するに、目の前の夢美はあくまでも本当の夢美ではなく、私が『岡崎夢美』という人物を思い描いた結果だということ。そして、私が思い描く『岡崎夢美』を忠実に再現するということ。

 それだけの事実を、どうも私の頭は受け入れなかった。

 

「つまり、あなたは本当の夢美ではないと?」

「それも難しいわね」

 

 私が三度目の質問を投げかけると、夢美は腕を組んで目を伏せた。

 どうも、夢美自身も今の現状を正しく理解できていないのだろう。

 

「何事にも『代用』というものがあるわ。『本来在るべきもの』の代わりに用意されるものだけど、時にはその代用が『本来あるべきもの』に格上げされることもある」

 

 そこで夢美は一つ置いて、赤い瞳を細めながら口を動かした。

 

「本当の私は、既にいなくなってしまったから、今は私が本物なの」

「…………は?」

 

 予想外の言葉に、思わずそう返してしまった。

 いなくなった? いなくなったって言うのは、つまり夢美が前来たように、別の並行世界に飛んで行ったってこと? それとも、博麗神社からいなくなったってこと?

 頭の中が、そんな疑問で埋め尽くされる。ただ一つ、行きつく答えに到達させないがために、必死に他の答えを探そうと思考が渦巻いてゆく。

 

「だから、ごめんね、靈夢」

 

 夢美が、申し訳なさそうに呟いた。

 違う。

 謝ってほしいんじゃない。

 

「私ね、死んじゃった」

 

 

 未だに煙が立つ紅魔館の一室、赤い十字架が乱立している中で、私は地面に落ちたフランドールをゆっくりと抱き上げた。

 

「殺ったのか?」

 

 恐る恐るといった様子で、魔理沙が私の腕の中のフランドールに視線を送る。

 

「んなわけないでしょ」

 

 そもそもスペルカードに、大した殺傷力はない。

 ましてや、こんな窮屈に縛られたルールで、吸血鬼であるレミリアやフランを殺す事が出来る筈もない。

 実際に腕の中のフランドールは気絶しているだけで特に目立った外傷も無く、レミリアの方は頭を押さえながら立ち上がっているところだった。

 

「やっぱり、強いわね。見込み通りだわ」

 

 口元に薄い笑顔を浮かべながら、レミリアがこちらに語りかけた。

 

「当然。あんまり私を舐めないことね」

 

 こちらも強気で返してやると、レミリアは頬を吊り上げながら、鈍く光る八重歯をのぞかせた。その身から感じる雰囲気からは程遠い、幼い笑い声が鳴り響いた後、その声の主は真紅の瞳をこちらに向けた。

 

「終わりね、博麗の巫女」

「ええ、これでおしまい」

 

 そう声を交わすと同時、レミリアの左手に小さな魔法陣が展開される。

 ほどなくして、体の重みが抜かれるような、妙な感覚に襲われる。十分に充てられていた妖気が急に消えた感覚のそれだ。ふと窓の外に目をやると、さっきまで立ち込めていた紅色の霧は、まるで幻想の様に消えていた。漆黒の空には星一つ輝いておらず、紅色に染まった月がぼんやりと佇むだけだった。

 

「この子、お返しするわ。ケガもないし、安静にすればきっと大丈夫」

 

 そろそろ腕が疲れてきたので、抱きかかえたフランドールを咲夜さんの元へ返す。レミリアは持てないみたいだし。身長的に。

 咲夜さんは私からフランドールを受け取った後、「お部屋で休ませておきます」と言ってどこかに消えてしまった。

 

「それにしても、私とフランを前にして対等に渡り合うなんてね」

 

 心から感心した様子で、レミリアが私にそう言った。

 

「あなたは力を持っている。だから、あなたは博麗の巫女なのでしょうね」

「……どういう意味?」

 

 意味ありげなレミリアの語りに、思わず問い(ただ)す。

 しかし、レミリアから帰ってきたのは、ただの短い言葉だけだった。

 

「決められた道を、進みなさい」

 

 

 

 夏の陽もずいぶん低くなり、風が涼しくなってきたある日のこと。

 境内で掃除をしているといつもの様に魔理沙がやってきて、開口一番こんなことを言い出した。

 

「宴会しようぜ!」

 

 あまりにも唐突で無鉄砲な提案に、私は思わず眉間に皺を寄せた。

 

「何だよその顔は」

「だって……ねえ?」

 

 別に嫌と言う訳ではない。私だってお祭り事があれば出来る限り顔を出すし、バカ騒ぎが嫌いなわけでもない。宴会をすること自体も嫌ではないが、いろいろ問題があるのだ。

 

「まず、お金ないし」

 

 こんな貧乏神社に、宴会一回分の食糧と酒を賄える資金なんてない。ましてや、森で一人研究に耽っている魔理沙に、それだけの資金があるとも思えない。むしろ毎日昼餉(ひるげ)を食べにくる時点で察している。

 そんな魔理沙が無鉄砲にそんな事を言う訳がない。何か解決方法があるのだろうと、私は魔理沙の次の言葉を待った。

 

「それがな、少しいい話があるんだ」

 

 予想通り、悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、魔理沙が人差し指を立てた。

 

「レミリアたちを誘ってみたところ、飯やら酒やらほとんど賄ってくれるらしくてな」

「あいつらが?」

 

 魔理沙の口から意外な人物の名前が飛び出し、思わず訊き返してしまう。

 

「洋モノの酒も出してくれるらしいぜ? こりゃあもうやるしかないよな」

 

 勝手に話を、と思ったが、もう一度考える。

 確かにレミリアの住んでいるような大きな屋敷ならば十分な蓄えがある筈だし、それこそ宴会一回分ならば難なく賄えるだろう。それに、レミリアたちは今回の異変を起こした首謀者だ。少し汚い考えだが、迷惑料として取っておくのもいいだろう。

 

「……まあ、それなら」

「そう言うと思ったぜ!」

 

 渋々といった感じで承諾すると、魔理沙は私の背中を強く叩いて、手にした箒に飛び乗った。

 

「昨日の敵は今日の友! じゃ、適当なヒマしてるやつらを呼んでくるぜ!」

 

 

 

 

 

 

 夢。

 黒い空間。

 一人の女性が、そこにいた。

 

「上手くいった。上手くいった」

 

 紅色の唇が、ゆっくりと動く。

 

「そう。早急に、着実に、しっかりと。一つも洩らしてはいけない」

 

 女性の細い指先が、私の頭に添えられる。

 

「一つ目はこれでお終い。全ては順調、結へと向かう」

 

 その女性の口元が、少し緩んだ、ような気がした。

 

 

 声が、聞こえる。

 それと同時に、胸の苦しみ。体の全身が熱くなるのと同時に、力が抜けていく奇妙な感覚。

 視界が、まるで水の中にいるように揺らぐ。同時に胸の苦しみも強くなり、思わず苦痛に声を上げる。

 痛い。苦しい。辛い。

 ――死んでしまう。

 ぼやけた視界の中で、突然人影が私に覆いかぶさる。

 金色の髪に、白黒の装い。

 その人物は、私の顔を覗き込むと、すぐに近くにいる誰かに声をかけた。

 そうして、もう一人。

 魔理沙と同じ金髪を長く伸ばした、綺麗な女性。

 

 

 ――――同じだ。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

 奇妙な夢から目を覚ましたその日、私は宴会に使う料理の材料を買うために人里に降りていた。

 大半はあっち(紅魔館)が賄ってくれるとはいえ、会場の主である私が何も出さないというのもおかしな話だろう。とはいっても面倒なので適当な食料を買って、後は鍋に突っ込んでしまえばいい。少し早いが白菜鍋だ。これが日本の味とか言っとけばなんとかなる。

 

「ああ、霊夢! よかった丁度いいところに……」

 

 いつもより少し多めの買い出しを終えた後、人里をぶらぶらと散策していると、慧音と出会った。何やらただ事ではない様子で、肩で息をしながら言葉を詰まらせる。

 とりあえず落ち着いて話すように促すと、慧音は息を整えながら、すぐに体を起こした。

 

「実は近くで妖怪が出てな。今すぐに退治してもらいたい」

 

 そう足早に案内され、辿り着いたのは人里のはずれ、竹林の入り口付近。

 着いた時には既に百足の妖怪が暴れまわっており、どうやら妖力が暴走しているように見える。

 私は荷物が入っている鞄を慧音に渡し、後ろのリボンから札を数枚取り出して、暴れ狂う巨大百足に向けた。

 

「霊符『夢想封印』」

 

 スペルカードではない、本物の夢想封印。

 虹色に光る霊球が百足に向かって飛んでいき、一気に爆ぜる。百足の妖怪はうめき声を上げながら浄化の痛みに悶え、やがて地面に横たわって動かなくなった。

 妖怪の秘めている妖力が暴走する事は、決して少なくない。私が請け負う妖怪退治というのも大半がそれに当たり、対処法もこうして浄化してやる他に方法はないのだ。

 

「これだけ?」

 

 そう確認しようとした瞬間、足元から同じ百足の妖怪が数体、地面を破って現れる。

 急いでその場から後ろに跳び、予備用の札を取り出すと、そこには同じような百足の妖怪が六体、細長い胴体をうねらせ、無数の足をうじゃうじゃと動かしながら固まっていた。

 妖力が暴走し、同じ妖力を持った妖怪が同調して結合する。かなり珍しいケースだ。その分、厄介で面倒な仕事になる。もしかしたら、予想以上に戦いが長引くかもしれない。

 

「霊夢……!」

「みんなを避難させて」

 

 そう慧音に告げて、拳を構える。陰陽玉は神社に置いてきてしまったし、大幣(おおぬさ)も今は無い。

 信じられるのは、己の拳のみ。

 

「行くわよ! 覚悟しなさい!」

 

 そう気持ちを引き締めながら、私は百足の大妖怪に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次から妖々夢です
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。