博麗靈夢は語り継ぐ   作:宇宮 祐樹

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■『東方妖々夢』
01


 

 幻想郷にも冬がやってきた。

 絶え間なく振り続ける雪のせいで妖怪も人間も心なしか元気がなくなって、色々と周りが静かになるこの時期。

 とは言っても魔理沙はいつも通りやって来るし、妖怪退治の依頼も少なくなったとはいえ定期的に駆り出される。最近は何故か紅魔館の連中が神社にやってくるようになり、曰く「太陽が出ていないから」とのこと。

 正直よく意味は分からなかったが、別に断る理由も無かったので、一応のもてなしはしている。そうして分かったのは、こいつらは多分なにも考えて無い。

 咲夜さんにも話をしてみたけど、「たぶんあなたの事を気に入ったんじゃないですか?」とずいぶん曖昧に返されて終わってしまった。

 まあ、いいんだけどさ。

 

 境内はいつも通り、雪がしんしんとふっている。ふと右手を出してみれば、大きな牡丹雪が二、三粒落ちて来て、瞬く間に溶けて消えた。残った水滴を手を振って落とし、頭に振ってきた雪を何回か払いながら、私は境内の雪かきに取り掛かることにした。

 幻想郷の雪は静かだ。大粒の雪が、音もなく静かに降り積もる。風が吹くことも無く、ただ絶え間なく淡々と降るだけの、そんな雪だ。私が前に居た幻想郷とは少し違うけど、こういった雪も良いと思う。

 ただ、どうも解せない点が一つだけ。

 ……さすがに、降りすぎじゃない?

 

 

 境内に積もりに積もった雪を撤去しながら、改めて考えてみる。

 

 そもそも五月まで雪が降っているってどう考えてもおかしいと思う。明らかな異常だ。元の幻想郷でもここまで長引いた雪は無かったし、おそらく異変とみてもいいだろう。

 だけど、そうなると人里の動きや妖怪の動きが少し変になってくる。この雪が明らかにおかしいと思えば、少なくとも妖怪か人間のどちらか一方から異変の調査を依頼されるはずだ。

 妖怪にとっても、人間にとっても冬が長く続くのはよくないこと。それを分かっているのなら、誰かが私に頼んでも良い筈なのに。

 でも、それを言うと私は人里の危機を見逃してるダメ巫女ってなるのよね。こりゃいかん。

 

 そりゃウチだって苦しい。蓄えておいた食料だってもうそろそろ無くなりそうだし、薪ももう底をついた。暖をとる手段が布団に潜るくらいしかなくなったし、買い出しに行くのにも寒くて行けない。

 私としては早く異変解決に行きたいんだけど、それだとどうも都合が悪くなるかもしれないのだ。

 

 こっちの幻想郷とあっちの幻想郷じゃ都合が違うわけだし、あっちで普通だったことがこっちでは通用しない事もありえる。もしもこの長い冬がこっちの幻想郷での普通だったら、私が異変解決に行くのはどうもおかしい話になってしまう。

 それでも、幻想郷というところでは博麗の巫女がすべて正しく動くのだ。もしこの冬を異変だと断定してしまえば、これまでの常識が覆ってしまうことになる。

 

 その判断をするためにあえて自分から行動には移さなかったのだが、どうも受け身になりすぎた感じはある。

 でも人里に行った時の感覚はそう変わらなかったし、「今年は冬が少し長い」程度の言質しか得られない以上、そうたいした異変ではないらしい。

 となると次に問題になってくるのは私の方で。

 これからこの長い冬をしのぐ方法を考えなければならないのだ。

 正直言って無理。さっさと異変にして解決してしまいたい

 

「よう霊夢、また雪かきか」

 

 しばらくして、魔理沙がやってきた。いつもの服の上に、薄紫の上着を羽織っている。

 

「それしかやることないのよ。本当、長い冬ねえ」

「全くだぜ」

 

 そう答えると、彼女は箒に乗ったままぶるぶると体を震わせた。魔理沙なら魔法で何とかなりそうなものだけど、そうでもないみたい。魔力で体を覆うくらいならできそうだけど。

 

「もう異変にしちゃおうかしら……」

 

 反応の変わらない魔理沙を見て、ついつい言葉が漏れる。

 博麗の巫女が異変解決と称して行動すれば、それは異変なのだ。もしこれが異変でなく、ただの雪として異変解決に行ってしまえば、私は幻想郷に異変を起こしたことになってしまう。

 慌てて口を隠し、恐る恐る魔理沙の方を見る。もし聞かれてしまっていたらどうしよう。あー。

 

「やっと言ってくれたか」

「……え?」

 

 予想外の反応に、思わず素で返す。

 

「いつ解決するのかって思ってたが、ようやくする気になったんだな。全く、ぐうたらな霊夢の事だと思っていたが、こうも遅れるとはな」

「え? どういう?」

「そうと決まれば早速異変解決だ、ほら、行くぞ霊夢。準備はとっくに出来てるんだろ?」

 

 困惑する私を無視して、魔理沙が箒の上から手を差し伸べる。

 そんなわけで、どうにも締まらないまま私と魔理沙は異変解決へと赴くのだった。

 ……異変なら、言ってくれたっていいじゃない。魔理沙のばか。

 

■ 

 

 白銀に染まった幻想郷を見下ろしながら、以前までいた幻想郷に思いを馳せる。

 ここはあそこと何ひとつ変わっていない。住んでいる人も、妖怪たちも、みんなそのままだ。それを知らない私だけが、まるですげかえられたようにここにいる。疎外感、みたいなものだろうか。時たまそんなことを感じるようになった。

 

「しっかし、こんな大きな異変を起こす奴がいるなんてなあ」

 

 陰陽玉を遊ばせて飛んでいる私の横で、魔理沙がそうぼやいた。

 

「心当たりはないの?」

「全く。そういうお前はどうなんだ?」

「あったら魔理沙に訊いてないわよ」

 

 私が返すと、魔理沙はだよなあ、と笑って見せた。

 

 さて、今回の異変、一言でいうと「冬が長い」ということだ。

 冬なんて長くても二月程度で終わってしまうし、ましてや五月にこんなに雪が降るなんてことはありえない。もっとも、そこまで長引かせてしまったのは他でもない私なんだけど。

 しかしこれだけの現象を引き起こせるとなると、相当力の強い妖怪、もしくは季節の神格あたりが怪しくなってくる。

 かといって妖怪にしても、神格にしても冬が長く続くのはあまりよいことではない。

 季節というのは巡り廻って力を持つもの。その流れを崩してしまうのは、神格にとって力のバランスを崩してしまうのと同意義なのだ。妖怪にしても、冬が長く続くのは活動に支障をきたす。

 となると、今回の異変の首謀者があまり掴めない。どうしたものか、と考えを巡らせる。

 

「こんなに冬が続いたら、春が無くなっちまうぜ」

「その分、夏は涼しそうでいいけどね」

「違いないな」

 

 そう冗談を交わし、あてもなく魔理沙と飛び続ける。

 当面は異変の手掛かりを探すことになりそうだ。

 

「一応アリスにも協力してもらうように頼んだんだがなあ」

「アリス?」

「あれ、お前に紹介してなかったか? ホラ、人形遣いの」

 

 その名前に、ある人物が思い浮かぶ。

 魔界神である神綺の娘――正確には、魔界神が作り出した有象無象に過ぎない――である、アリスという少女。小さな人形と五色の魔法を使う、幼い見た目に反してかなり上位の魔法使いだ。

 私も何度か戦ったことがあるけど、あれは並大抵の魔法使いでは太刀打ちできないほど強い。さすがは魔界神が溺愛する創造物と言ったところか、レミリアですら苦戦を強いられるほどだろう。

 

「アリスがここに?」

「おう……ってなんだお前、知ってたのか」

「ええ、噂程度にはね」

 

 そう適当に言ってごまかしておく。

 おかしい。普段ならアリスは魔界にこもりっきりで、たとえ出てきたとしてもこんな寒い時期に出てくるはずがない。異変解決に協力するためだと言っても、そもそも魔界にいるのなら魔理沙と繋がっている時点で不思議だ。魔界の入り口には結界が張ってあり、そこを通るには管理者の私が結界を解かなければならないのだから。

 ……もしかすると。

 

「魔理沙、アリスは今どこに?」

「どこって……そりゃ、家にいると思うけどな」

「お願い」

 

 不思議そうにこちらを見る魔理沙にそう頼み、アリスの家へと向かおうとした、その時だった。

 

「こんにちは、博麗の巫女さん」

 

 私と魔理沙の背後から、そう声がかかった。

 振り向くと、そこにいたのは一人の女性だった。薄紫のショートボブに、同じ色の瞳を持った女性。白いマフラーのようなもので口元を隠しており、優しく微笑みながらふよふよと浮かんでいる。

 

「お散歩かしら? そこの魔法使いさんは友達?」

「……ええ。大事な親友よ。あなたも散歩かしら?」

「そうねえ。あなたたちと同じみたい」

 

 リボンの中から札を取って身構える。魔理沙も私の横に並び、左右に魔法陣を展開した。

 

「あんた何だ? 私たちに何か用か?」

「あら、用なんて別にないわ。ただ、雪が降ってるからご機嫌なだけよ」

「こんなに寒いのに?」

「だって私、雪女だもの」

 

 雪女。

 寒いのや雪が大好きで、他の妖怪と違って冬になると活発になる妖怪だ。

 そう考えると、今回の異変はこいつらにとって得でしかない。得意の寒気を操る能力も存分に発揮できるし、何より雪が降って困らないのはこいつらだけ。

 ……あれ? もしかして今回の異変、こいつが原因か?

 

「霊夢」

「ええ」

 

 魔理沙もそれに気づいているのか、箒を握る手を強くする。

 

「覚悟しなさい雪女! あなたの目論見もここで終わりよ!」

「……はい? どういうこと?」

 

 とりあえず叩いておけば黒か白か分かるはず。何やら呆けた顔の雪女に向けて、魔理沙がマスタースパークを放つ。

 それを合図に私は、札を展開しながら雪女へと飛び掛かった。

 

 

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