博麗靈夢は語り継ぐ   作:宇宮 祐樹

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03

 

 音も無く降り注ぐ雪が、視界を遮る。その中で一つ、淡く光る力を追って、私と魔理沙は雲に近づくほどに高い空を飛んでいた。

 首元から入る冬風に身を震わせ、白く染まった息を吐く。隣の魔理沙もマフラーに顔を沈め、高くなるにつれて増す寒さに肩を少し震わせていた。

 

「寒いな」

「そうねえ」

 

 冷たい手をすり合わせながら、魔理沙に答える。手袋でも持ってこればよかったかな。

 そんな私達の事も露知らず、春色の力はふよふよと飛んでいく。身を縛るような寒さに耐えながらそのあとを追うと、はっきりとその姿が見えてきた。

 

「……なあ、あれか?」

「そうね」

 

 曇天にぽっかりと穴をあけたような、上に空いた穴。中は暗く、先は見えない。ただ、そこから感じる違和感はとても強く、思わず私と魔理沙は進む足を止めていた。

 桃色の力が、暗闇の空間に吸い込まれる。それを目で追っていると、ふとその穴の前に、数人の人影が見えた。

 

「咲夜さん?」

 

 その一人は、見覚えのあるメイドだった。魔理沙と顔を見合わせて咲夜さんのそばに寄ると、あちらの方もこちらに気づいたらしく、少し驚いたような様子で口に手を当てている。

 そして、咲夜さんの向こうには同じような恰好をした三人の幽霊が不思議そうにこちらを見つめていた。

 

「あら、霊夢に魔理沙、ごきげんよう」

「ごきげんよう、じゃないでしょ。あんた、なんでこんな所にいるのよ」

 

 仕事中じゃないからか、砕けた口調の咲夜さんに疑問を投げかけると、彼女は後ろの幽霊たちに手をやって答えた。

 

「丁度この騒霊たちと出会って、一曲聞かせて貰ったところなの」

「騒霊?」

 

 咲夜さんの言葉に、魔理沙が眉を顰める。そうして話題に上がったからか、三人のうちの淡い桃色の一人が、私達の前に出て話し始めた。

 

「そう、騒霊音楽隊って知らない? 私達はお呼ばれ出来たんだけど、ちょっと時間が早かったみたいなのよね」

「それでここで時間潰してたら、そこのメイドさんがやってきたの。だからお花見の前に一曲披露したのよ~」

 

 ラッパを持った騒霊に続いて、赤い色の……なんだっけ。きーぼーど、だったっけ。夢美が言ってたような気もするけど、詳しい名前は知らない。

 それにしても、お花見? 冥界で?

 

「この先で花見だ? 桜なんてあるのか?」

「あるにはある。大きな木が一本だけで、私達が見た時は枯れてたけど」

 

 私と同じことを聞いた魔理沙に、黒い服のヴァイオリンを持った騒霊が答えた。

 

「でも、私達が来る頃には満開にする、って言ってたわ。だから、今なら多分きれいに咲いてると思うけど」

「はーん、なんだか分かってきたぞ……」

 

 腕を組んで、魔理沙が考えるような素振りを見せる。私も魔理沙と同じで、大体わかった気がする。

 ただ、本当にそれだけのために異変を起こすだろうか? いやでも幽香とか神綺とかもそんなのだったし、案外辺りなのかもしれない。

 

「それで、霊夢たちはどうしてここに? まさかあなた達もお花見?」

「違うわよ。ただの異変解決」

 

 異変? と咲夜さんは一度だけ首を傾げ、すぐにああ、と手を叩いた。

 

「この冬のことね。それなら奇遇だわ、私もそれを解決して来い、ってお嬢様に言われてたのよ」

「咲夜がか? お前んとこのお嬢様も変なこと言うんだな」

「ええ。紅魔館の力を広めるチャンスだし、とりあえず適当にやってきなさい、って。でも私、異変解決なんて初めてだから。何も手がかりが無くてふらふらしてたら、綺麗な音楽が聞こえてきて」

「……異変は?」

「後でやろうと思ってたのよ」

 

 意外と天然なのかもしれない。オフだと結構変わるなこのひと。

 けれど咲夜さんは気にした素振りも見せず、後ろを振り向いて三人の騒霊に話しかけていた。

 

「それはそうと、あなた達の音楽、とても素晴らしかったわ。今度、屋敷の方でも演奏して下さる?」

「ええ、もちろん。声さえかけてくれれば、いつでも演奏しに行くわ」

「またオファー!? やったわねルナサ姉!」

「けっこう感覚短くない? スケジュールまた合わせとかないと」

 

 咲夜さんの呼びかけに、騒霊ががやがやと騒ぎ始める。音楽を奏でなくても騒霊は騒霊みたい。

 

「あー、なら少し道を開けてくれるか? 今は異変解決中なんだ。悪いがギャラリーは引っ込んでてくれ」

「あらら、邪魔者扱いされちゃった」

「博麗の巫女だし、逆らったら殴られるのかな」

 

 殴らないわよ、ぶっとばすだけで。

 どうやらこの世界の博麗の巫女は、割といいイメージがないらしい。さっき雪女も通り魔とか言われたし。色々とやらかしてるみたいだけど、私からしたら他人事だから実感が湧かない。

 とにかく、早く異変解決のために進まないと。

 

「それで結局、どくの? どかないの?」

「……異変のためなら、仕方ない。もう少し待つことにするわ」

「えぇ~、まだ待つの~?」

「まあでも、叩かれるのはやだしー」

 

 だから叩かないってば。

 そう言いながらも道を開けた三人に軽く礼を済ませ、先に進む。しばらくすると後ろの方から、綺麗な音楽が私たちの耳に届いてきた。気になって後ろを振り向くと、三人が向かい合わせになりながら、それぞれの楽器を奏でている。

 

「まあ、上手いのは確かだな」

「そうね」

「また今度聴かせてもらいましょう」

 

 異変が終わったときの宴会に一曲弾いてもらおう。きっとすごく盛り上がる。

 と、そう考えついたところで、何気なく私の横を飛んでいる咲夜さんに視線を向ける。私の顔を見た咲夜さんは不思議そうに首を傾げた。

 

「どうされたの?」

「いや……ついてくるの?」

「あら、いけなかったかしら」

 

 いけない、という訳ではないけど。

 何せ急についてこられたから、少し驚いただけで。

 

「ここであなた達と会えたのは僥倖だったわ。あなた達についていけば異変を解決できるんでしょう?」

「……なあ霊夢、すごく腑に落ちないんだが」

「私たちもアリスに手伝ってもらったでしょ。それに、人員は多いほうがいいわよ」

 

 別に競争意識がある訳でもないし、人手が多いに越したことはない。それに敵対する意思もないみたいだし、好きにさせればいいんじゃないかな。

 そう伝えてやると、咲夜さんはとても嬉しそうに頬を緩めた。ただでさえ美人な咲夜さんが微笑むと、破壊力がすごい。柄になく少しだけドキッとしてしまった。

 

「では、行くとしましょう。あそこでいいのよね?」

「ああ」

 

 咲夜さんの指さす方向には、私たちを飲み込まんとしている深淵のような穴。

 襲い掛かる違和感に耐えながらも、私は咲夜さんと魔理沙の後を追った。

 

 

 視界に広がるのは、暗闇と漆黒。肌を瘴気のようなものが走り、どうしてか体全体が重く感じられた。

 周囲には、ふよふよと白い幽霊が浮いている。しかし幽霊たちはこちらに気づいても危害を加えようとせず、気ままに漂っていた。餅みたいだ。触ったことないけど。

 

「変なとこね。なんだか気分が悪いわ」

「そうかあ? 私は平気だけど」

 

 長袖のメイド服の上から肌を撫でる咲夜さんに、頭の後ろに手を回した魔理沙が答える。おそらく瘴気への耐性だろう。現に私も違和感を感じているのだし。

 そう言葉を交わしながら、現れた石畳の上に降り立つ。上を見上げると、そこには天に高く伸びる階段があった。

 

「これを上るのか……?」

「飛べばいいじゃない」

 

 顔をしかめる魔理沙にそう応え、もう一度体を浮かせて階段を登る。

 その瞬間、目の前を白い霊力弾が横切った。

 

「……」

「お、おい、霊夢……?」

 

 それを筆頭に、今まで漂っているだけだった幽霊たちの動きが止まる。気が付けば幽霊の数は先ほどよりも倍くらいに増えており、私たちを囲んでいた。

 どうやら、無視していたわけではなく、私たちの様子をうかがっていただけらしい。魔理沙が箒の上に飛び乗って、その隣で咲夜さんがナイフを構えていた。

 

 沈黙が流れる。

 

「駆け抜けるわよ!」

「あぁ!」

 

 そうして飛び出した瞬間、視界を白の弾幕が塞いだ。避ける隙間もない高密度の弾幕が、群れを成して襲いかかる。

 飛び交う霊力弾を避け、懐にしまった札を返しに放つ。放った札は弾を撃ち続ける幽霊に命中し、その魂を浄化させた。魔理沙と咲夜さんも迎撃は行っているが、いかんせん数が多い。

 

「霊夢、前!」

 

 魔理沙の言葉に顔を上げると、目の前に霊力弾が迫っていた。

 手に持った札をかざすけど、もう遅い。眼前に飛んでくる霊力弾は、張った結界をすり抜けて、私の目の前で――綺麗に、はじけた。

 白い粒子が舞う視界には、一本のナイフが剣先を前に向けてふよふよと漂っている。その光景にぽかんとしている私の背中を、咲夜さんが軽く叩く。

 

「ぼーっとしてないで、早く終わらせるわよ」

「ありがと」

 

 助けられた礼を言いながら、飛来する霊力弾を撃ち落とす。弾幕の間を縫うようにして飛んで行った札が、次々と幽霊を浄化させていった。

 そうして階段を駆け上がること、しばらく。次第に幽霊の数は減ってゆき、あれだけ騒がしくなっていた階段は静かな闇とぼんやりとした灯篭の光だけが姿を残していた。

 

「もう終わりか? 意外といなかったな」

 

 地面に降り、箒を肩に担いだ魔理沙が辺りを見回して呟く。隣に立った咲夜さんは手に持ったナイフをしまうと、腕を組んで不思議そうに首を傾げた。

 

「でも不思議ね。普通の幽霊が攻撃してくるなんて、めったにないと思うのだけれど」

「ああ、まあ……確かにそうだな。でもま、こちとら無断侵入なんだ。撃たれたって不思議じゃないぜ」

「……そうね。あなたが言うと説得力があるわ」

 

 自分の泥棒癖を分かっているのか、魔理沙がけらけらと笑う。そこら辺は私は良く知らないが、咲夜さんはいつも対応に当たっているらしく、呆れて溜め息を吐いていた。

 周囲を覆う瘴気は、進むごとに強さを増していく。下手に体力を使わないよう、私達は長く続く階段を歩きながら、今回の異変について会話を続けていた。

 

「とにかく、この異変の趣旨は春が奪われたってことだ。そして、この先にあるのは、騒霊たちの言葉を信じれば、桜。この二つを繋げるなら、咲夜、お前はどう思う?」

「そんなもの、咲かせる以外にないと思うわ」

 

 まあ、春と桜で連想できる言葉なんて、それ以外にないと思うけど。

 こちらに目をやった魔理沙にうなずくと、魔理沙は後ろ足で階段を器用に上っていく。

 

「そこまでは私も霊夢も分かったんだ。けど、そこに行きつくまでに疑問に思わないか?」

「疑問?」

「ああ。単純に言えば、どうして春を集めなければいけないのか。どうしてその桜は、春になっても咲かなかったのか。おそらく、今回の異変のカギはそれだと思う」

 

 春になっても咲かない、冥界の桜。この先にあるのは、そういった奇妙なものだと魔理沙は語る。

 

「どうしてその桜は花をつけなかったのか。どうして、ここまでの春を集めなければいけないのか。そして、一季節の半分を持って行ったにも拘わらず、あの騒霊たちを見る限り、桜は未だに開花していない」

 

 おそらくだが、と魔理沙は指を一つ立てて。

 

「その桜は、本来なら咲かないもの。咲いてはいけないようなものだったんじゃないか? それを咲かせようとしているのは、とても危険なことじゃないのか?」

「……なるほどね。つまり、事は見えてるものよりもかなり重大になっていると」

「今の状態じゃそれは分からんけどな。でも、それくらいの心構えはあった方が良いと思うぜ」

 

 黙々と思考を巡らせる魔理沙に、咲夜が感心したように頷く。

 

「驚いたわ。まさかあなたが、ここまで考えてるなんて」

「……ケンカならこれが終わってからにしようぜ」

「いえ、褒めてるのよ、魔理沙。私にはここまでの考えが巡らなかったもの」

 

 喜んでいいのかどうか分からなさそうな表情で、魔理沙が頬を膨らませる。咲夜さんにも悪気はないと思うし、いつもの魔理沙みたいに喜べばいいと思うんだけどな。

 そんな事を思いながら、ふと魔理沙の言葉を思い出す。

 

 春を集めるとは言うけれど、季節を集めるなんて、そんな事できるのかな。

 

 少なくとも、私には出来ない。アリスも、飛んでいたものを捕まえただけみたいだし。おそらくレミリアでも、魅魔みたいな強い存在でも、それが出来るかは分からないだろう。

 季節というのは巡るもの。循環し、生きる者全てに影響を与え、生命を包むように存在している。それを、アリスが持っていたように形にすることは、とても難しいことだと思う。そしてその上で、その力を自分のものとして行使しようとしている。

 なんだか、とても危険な気がする。悪い予感というか、身震いというか。

 

「まあ、とにかく異変は異変だから、解決しないとな。そのために、まずは――」

 

 と、魔理沙が担いだ箒を下ろし、階段の先を見据える。私と咲夜も同じようにして魔理沙の視線の先を見上げると、そこには広い踊り場に立っている一人の少女が見えた。

 

「――あいつを倒さないと、話にならないみたいだな」

 

 深い緑のベストに、同じ色のスカート。背丈は私より低いけれど魔理沙よりは高く見えて、背中に背負っている二本の刀がそれよりも彼女を大きく見せている。

 肩先まで届くのは、雪のように白い髪。そうして眼の横の髪を撫でる彼女の周囲を、ふわふわと大きく透き通った幽霊が漂っていた。

 

「……なんだか騒がしいと思ったら、人間だったのね」

 

 小さく上げられた手に、漂う幽霊が収まる。そうして彼女が猫を撫でるように指を這わせると、幽霊はしゅるしゅると尾をはためかせていた。

 

「あん、お前も幽霊か?」

「半分だけどね。それで、あなた達は幽霊じゃないのに、どうして冥界(こんなところ)へ?」

「そんなこと分かってるでしょ。早く春を返してちょうだい」

 

 そう返すと、その女の子はくすりと笑って、手元から幽霊を離す。放たれた双腕は背後に背負われている刀の柄を握ると、すらりとその刀身を露わにした。

 返す言葉は、ない。その代わりに、刃の鈍い煌めきが敵意として向けられる。

 

「先へ渡りたければ、この魂魄妖夢を倒してからね」

 

 刀を構えたまま、彼女――妖夢は私達を見下ろして動かない。鋭く光る視線の奥には、揺るがぬ意志が見えた。

 リボンの中から札を取り出し、手のひらには陰陽玉。隣の魔理沙は帽子の中から八卦炉を取り出して、妖夢を挑発するかのように笑みを浮かべている。

 しばらくの睨み合い。その静寂に、ふと呟いたのは、咲夜さんだった。

 

「まったく、早く終わらせればいいのに」

 

 面倒くさそうにため息をつく咲夜さんは、私達の間を抜けて、剣を抜いた妖夢の前へと立ちはだかる。そうしてそれぞれの指の間に挟んだナイフを、妖夢のほうへ向けた。

 

「咲夜?」

「面倒だから、ここは私がやってあげる」

 

 気楽そうに言う咲夜さんに、妖夢が眉を顰める。

 

「あなた一人で私に挑むつもり?」

「ええ、そのつもり。いけなかったかしら」

 

 手の内でナイフを遊ばせながら、咲夜さんは何でもないように呟く。私達のほうへ視線を向けないあたり、黙って見ていろ、と言っているような気がした。

 後ろに一歩下がり、魔理沙と視線を合わす。魔理沙は咲夜に心配そうな視線を向けながら、私の隣へと寄ってきた。

 

「別にいいわ。あなたを倒してから、そこの博麗の巫女とそのおまけも倒してあげる」

「おまけって言うな!」

 

 叫ぶ魔理沙を無視して、妖夢は石段を飛び下りる。振り上げた刀身は鈍く光り、咲夜さんを目掛けてとてつもない速さで襲い掛かる。

 

「妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなど、おそらく無い!」

 

 

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